「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
カリカリカリ。
カチャカチャ、カチッ。
シャーペンを走らせる音と、コントローラーの操作音が、リビングに小気味よく響いている。
俺とコハルとナツキは、中間テストに向けて数学の勉強。
フユミとアキハ先輩は暇なので、その間にスマブラで勝負をしている。二人は、先週も俺の自宅で戦っていた。つまりこれはリベンジマッチである。
「PKメテオキーック」
アキハ先輩の涼やかな声。
「チッ……」
フユミの舌打ち。お行儀悪い。
「からの空後《くうご》」
「あっ! それ届くんですか!?」
フユミが驚いている。
「ええ。さて、ダメージが100%を超えましたね」
「くっ──!」
淡々としたやり取りとは裏腹に、画面内ではコンマ一秒を争う超高速の攻防が繰り広げられていた。
アキハ先輩もフユミもガチガチのガチ勢だ。特にアキハ先輩。涼しい顔でえげつないコンボを叩き込んでいる。
そんなハイレベルな戦いをBGMに、俺たちは黙々とプリントに向かっていた。
(((……集中できない……)))
俺と、ナツキと、コハルの心が一つになった、そのとき。時刻にして、勉強開始から約2時間。
コハルがそろそろと手を挙げた。
「あのぉ……生徒会長殿……」
「なんでしょう、火伏さん」
アキハ先輩は画面から目を離さずに返す。
「誠に恐縮ながら、なにとぞ……なにとぞ気分の転換をお許しいただけないでしょうか……?」
コハルが机に突っ伏したまま、上目遣いで懇願した。時代劇の町娘がお代官様にすがるような、妙に芝居がかった下手《したて》な態度だ。
アキハ先輩は画面を見ているから無意味なのだが。
「あら。ご褒美のプリンはもう諦めてしまうのですか?」
「お待ちくださいお代官様! これには海よりも深〜いワケがあるのです!」
コハルはガバッと起き上がると、真剣な顔で訴えた。
「実は文化祭のPV! あれの素材として『アタシのダンス動画』を入れる予定だったじゃないっすか? すっかり撮り忘れてまして〜。ここ、ロケーション最高だし、今撮っとかないとマ〜ジで後悔すると思うんですよね……」
「ふむ……」
アキハ先輩はフユミのブラピを画面外へブッ飛ばし、ネスご自慢の煽りアピールをキメつつ考え込む。
「確かに、生徒会のPV制作は急務ですね。それに、火伏さんのダンススキルは我が校の貴重な広報資源です」
「でしょう!?」
「ええ」
アキハ先輩とコハルの話が進むのをヨソに、フユミが怒りにぷるぷる震えている。
「か、会長……いくらオフラインとは言え、煽りアピールはいかがなものかと思いますよ?」
「お〜けぇ〜い?」
アキハ先輩は腰に手を当ててヒネり、フユミの方へ振り返る。ネスの煽りアピールの真似である。フユミの美貌に青筋が数本浮かんだ。
間髪入れずにコハルが言う。
「あとさ、思ったんだけど、今度の舞台劇! あれ、フツーにやるよりも、『ミュージカル風』の方が面白そうじゃないですか?」
「ミュージカル、ですか?」
「そう! 歌って踊れる神話劇! アタシが振り付け考えるからさ!」
コハルの提案に、ナツキが眼鏡を光らせて反応した。
「……なるほど。悪くない着眼点です。ギリシャ悲劇と音楽の融合は、演劇の起源でもありますからね」
ナツキは手元のノートを閉じ、どこからともなく取り出した紙束を開いた。
「それは?」
「プロットメモです」
そういえば、ナツキは一昨日も『パリスの審判』を題材にした劇をやりたいと言っていた。どうやら、高層はかなり練り上がっていたらしい。
アキハ先輩も特に驚く様子はなく、むしろ「よく形になっているようですね」とうなずいている。事前の根回しは済んでいたようだ。
「配役は以下の通りです」
ナツキが示したメモにはこうあった。
【キャスト】
・ヘラ(結婚と貞節の女神):月澄《つきずみ》さん
・アテナ(知恵と戦いの女神):木南《きなみ》会長
・アフロディーテ(愛と美の女神):コハルさん
・エリス(争いと不和の女神):この私 冷水《しみず》 夏希《なつき》
ナツキ、自分用のメモに「この私」なんて書くのは変人だよ……。言わないでおくけれども。
ナツキは、華奢な体をぐぐんとそびやかし、胸を張ってみせる。
「私は進行役であるエリスとして、物語を混沌へと誘う朗読も担当します」
「ふむ、なるほど……。私がアテナですか」
アキハ先輩が興味深そうに顎に手をやった。
「知恵と戦術を司る女神。いやはや、恐れ多いですね」
絶好のハマり役に思えるが、これも言わないでおこう。
「私はヘラ……結婚の神様ね」
フユミはまんざらでもなさそうだ。
「アタシがアフロディーテ……美の女神ぃ〜? 照れちゃうな〜も〜〜」
コハルはデレデレと、しまりのない顔で笑った。
「というわけでアキハ様! アフロディーテの役作りとPV撮影を兼ねて、一曲踊らせておくんなまし……!」
「よろしい。許可します。トーマさん、撮影をお願いできますか?」
断れるはずもなし。
「ハイッッ!!!」
俺は居酒屋店員顔負けの声量で撮影機材を構え、カメラマンとしての位置についた。
◆
勉強道具を片付け、別荘の中庭に出た俺たち。
そこは、まるで映画のセットのような空間だった。
丁寧に刈り込まれた芝生の鮮やかな緑と、抜けるような青空のコントラスト。周囲を囲む白樺の木々が、高原の風に吹かれてサラサラと葉音を奏でている。
広々としたウッドデッキには、木漏れ日がスポットライトのように降り注いでいた。
「よし、いくよー!」
コハルがウッドデッキの中央に立つ。
スマホからアップテンポなダンスミュージックが流れ出した。
その瞬間。
コハルの纏う空気が一変した。
「――――」
いつものヘラヘラした笑顔が消え、真剣な眼差しになる。俺だけでなく、4人全員が息を呑むような気配。
ラフなニットパーカーとショートパンツ姿。けれど、動き出した彼女は完全に『ダンサー』だった。
しなやかに伸びる手足。
激しいビートを的確に捉えるステップ。
プラチナブロンドの髪の毛の一本一本までコントロールされたかのような、流麗なターン。
すごい。
ファインダー越しに見ているのに、その迫力に圧倒される。
ただ可愛いだけじゃない。挑発的で、情熱的で、見る者すべてを虜にするような『美』の暴力。
まさに、アフロディーテだ。
曲の終わり、コハルはカメラに向かって流し目を送り、ビシッと決めポーズを取った。
静寂。
そして――。
パチパチパチパチパチ……。
拍手が響き渡った。
「いや〜どーもどーもぉ」
コハルは後頭部に手をやり、
「どぉ? 撮れた?」
コハルがいつものギャル顔に戻って駆け寄ってきた。
「ああ、バッチリだ。……正直、見惚れたわ」
「にしし、ありがと! トーマに見惚れられるとか、役作り大成功って感じ?」
コハルは嬉しそうにピースサインをした。
「すごい……。ダンスが得意なのは知ってたけど、ここまでとは思ってなかったわ」
フユミも素直に称賛している。
「ええ。これならPVのクオリティも保証されるでしょう」
アキハ先輩も満足げだ。
「よしっ! 気分転換完了! これで心置きなく勉強に戻れるわ!」
コハルはタオルで几帳面に汗を拭うと、再び机に向かった。その姿は、さっきよりもずっと頼もしく見えた。
パリス不在の【パリスの審判】。
文化祭本番では、一体どんな争いが繰り広げられるのやら。俺は少しだけ戦慄しながら、カメラの録画を停止した。