「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第7話 ナツキはとにかく朝が弱い

 ダイニングから逃げてきた俺は、ナツキの部屋の前までたどり着いた。

 

 コンコン、とノックをする。

 

 が、返事はない。まあ予想通りだ。

 

「ナツキ、入るぞ」

 

 俺はドアノブを回し、部屋へと足を踏み入れた。

 カーテンが閉め切られた部屋は薄暗い。照明をつけると、ベッドはもぬけの殻だった。

 

 すぐわきに、ブランケットで作られた巨大なミノムシが転がっている。

 

 ナツキである。

 相も変わらぬ寝相の悪さだ。

 

「おい、ナツキ。朝だぞ」

 

 俺はベッドに近づき、ミノムシの端――頭があるあたりを揺すった。

 

「…………」

 

 反応なし。

 ささやかな寝息が聞こえなかったら、死んでるんじゃないかと心配になるレベルの熟睡だ。

 

「おい、ナツキ。せっかくの朝食が冷めるぞ」

 

 もう少し強く揺すり、顔にかかっている毛布をめくる。きれいな黒髪を床に散らしたナツキが、安らかな寝息を立てていた。

 

 普段のクールで理屈っぽい表情はどこへやら。

 

 今はただの、あどけない女の子の寝顔だ。

 

「……んぅ、ん……」

 

 俺が声をかけ続けると、ナツキがうっっっすらと目を開けて――閉じた。寝ている。

 

「ほら、手ぇ貸してやるから」

 

 俺はナツキの腕を引いて起こそうとした。その瞬間だった。

 

 ガシッ。

 

「……?」

 

 ナツキが俺の腕を掴み返し、逆に引き寄せたのだ。

 

「おっと」

 

 体勢を崩しかけた俺の右腕を、ナツキがぎゅっと抱きしめてきた。

 

「……ああ。私はまさに、フロイトの引用ですよぉ……」

 

 どんな夢を見てるんだ。

 ナツキは幸せそうな表情で体を擦り寄せてくる。

 

 ジャージ越しに伝わる体温と、柔らかい感触。そして何より――細い。

 

 腕の中に収まっている彼女の体は、折れそうなほど華奢(きゃしゃ)だった。

 

 ちゃんと食べているのか少し不安になる軽さだ。いつだったか、『どうせ私は幼児体型ですよ』と言っていたナツキのふくれっ面が浮かぶ。あれ、これ空白の一週間の記憶かも……。

 

 いや、今これ思い出したらマズい気がする。

 

「おい、ナツキ。離して」

 

「……んんぅ……」

 

 ナツキはまるで聞いていない。

 優しく引き剥がそうとしてみるが、さらに強くしがみついてくる。

 

 このままではラチがあかない。

 かといって、このまま待っていたらダイニングの三人がシビれを切らして乗り込んでくるだろう。それはマズい。絶対に一番マズい。

 

「……いたしかたあるまい」

 

 非常手段だ。

 俺は床に膝をつき、ナツキの背中と膝裏に手を回した。

 

 そして、一気に持ち上げる。

 ひょい、と体が宙に浮く。

 やはりと言っては何だが、驚くほど軽い。クッションを抱えているような感覚だ。

 

 いわゆる、お姫様抱っこ。

 ナツキは俺の首に腕を回したまま、胸元に顔を埋めてスヤスヤと寝続けている。

 

「運ぶぞー」

 

 俺は荷物を運搬する業者のような気持ちで(必死に自分にそう言い聞かせて)、部屋を出た。

 

 

 

 

 ダイニングキッチンへの廊下を歩く。

 俺の腕の中では、ナツキが「むにゃ……重版出来(じゅうはんしゅったい)……」と寝言を呟いている。

 

 そして、ダイニングの入り口に到着した。

 

「連れてきましたよ〜!」

 

 俺は努めて明るい声で言いながら、中へ入った。

 

 瞬間。

 空間が凍りついた。

 

「「「………」」』

 

 コハルが、箸から焼き魚を滑り落とした。

 フユミが、味噌汁のお椀を持ったまま石像のように固まった。

 アキハ先輩が、虚ろだった瞳を見開き、スプーンを噛んでいる。

 

 三者三様の絶句。

 朝の爽やかなダイニングに似つかわしくない、重苦しい沈黙。

 

 俺はナツキをお姫様抱っこしたまま、立ち尽くす。

 ナツキは俺の胸に顔を埋め、幸せそうに寝息を立てている。

 

 数秒の静寂の後。

 フユミが、にこりともせずに言った。

 

「……朝から見せつけてくれるじゃない」

 

 絶対零度の声だった。

 

「わお……。ナッちゃん、寝込みに既成事実つくるとか、トリッキーすぎん……?」

 

 コハルが引いたような、感心したような顔で呟く。

 

「あらあら、これはこれは……うらやまし、いえ、微笑ましいですね」

 

 アキハ先輩が小声で何かを口走った。

 その異様な空気を感じ取ったのか、俺の腕の中で、ナツキが身じろぎした。

 

「……ん……?」

 

 ナツキがゆっくりとまぶたを持ち上げる。寝ぼけ眼《まなこ》で周囲を見渡す。

 

 凍りついている三人。高い視点。

 そして、自分を支えている腕と、目の前にある俺の顔。

 

 状況を理解するのに、四秒。

 

「ひゃ──!?」

 

 ナツキの顔が、突沸したように赤く染まった。

 

「な、な、な……!?」

 

「お、起きたか」

 

「せ、先輩! 何をっ、この体勢は!」

 

「いや、お前が起きないから運んで――」

 

「お、おろ、おろしてください!」

 

 ナツキは顔を真っ赤にして暴れだした。足をバタつかせる。

 

「わかったわかった! 暴れると落ちるぞ!」

 

 俺は慌ててナツキを椅子の上に降ろした。

 着地したナツキは、ジャージの襟を合わせてうずくまり、涙目になって俺を睨み上げた。

 

「も、もうお嫁に行けません……」

 

「大げさだろそれは」

 

「責任……取ってくださいよ……?」

 

 ボソッと言われたその言葉に、再びダイニングの空気が凍る。ヤバい、どうにか巻き返さないと!

 

「ハイッ!! 冷める前に頂きましょ!!」

 

 俺は全力で手を叩いて声を張り上げ、冷や汗を拭いながら、自分の席に着いた。

 

 フユミが無言で、俺の味噌汁にネギを大量投入している。牽制か、それとも精をつけろというメッセージか。

 

 ともあれ。

 こうして、合宿二日目の朝は、ドタバタと幕を開けたのだった。

 

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