「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
朝のダイニングには、奇妙な空気がわだかまっていた。
「…………」
ナツキは顔を真っ赤にしてうつむき、焼き魚を箸でつついている。
さっきのハプニング――お姫様抱っこからの「責任取ってください」発言を、今さらながら
その向かいでは、フユミがニコニコと微笑みながら味噌汁を啜っている。
ただし、目は笑っていない。
そしてコハルは、頬杖をつきながらジトッとした視線を俺に向けている。
無言で放つ圧力は、『やってくれんじゃんトーマ』と糾弾している。
針のむしろとはこのことだ。
俺はいたたまれなさに耐えかねて、席を立つ。
「あー……アキハ先輩、そろそろコーヒー用意しますね」
逃げるようにキッチンへ向かう。
ナツキを迎えに行く前にセットしておいたエスプレッソマシンが、ちょうど抽出を終えたところだった。
カップに注がれた濃厚な黒い液体。
そこへ、スティックシュガーを惜しげもなく4本投入する。
さらに、冷蔵庫から取り出したホイップクリームを、これでもかと言うほど山盛りにトッピングする。
特製エスプレッソ・コンパナの完成である。
「アキハ先輩、どうぞ」
俺がカップを差し出すと、ぐったりしていた先輩は、ゆらゆらりと顔を上げた。
「ありがとうございます、タカ……」
「タカさんは来てませんよ」
「あら、トーマさん? ふふふ、夢の中ですねこれは……」
子どもみたいに笑ってから、カップをそっと受け取るアキハ先輩。
まだ寝ぼけているらしく、動作が緩慢だ。彼女は両手でカップを包み込むように持ち、ふう、ふう、と息を吹きかけ始めた。
「……ん、あつつ……」
カップのふちに口を近づけては、ぴくっと肩を震わせて離れる。
どうやら猫舌らしい。
普段の優雅で完璧な振る舞いからは想像もつかない、小動物のような愛らしさだ。
「……ん」
何度かトライして適温になったのか、ようやく一口、ちびっと啜った。なめらかな唇にクリームがついている。
ちびり、ちびり。
リスが木の実をかじるようなペースで、少しずつ、けれど確実に、糖分とカフェインを摂取していく。
そうしてカップの三分の一ほど飲んだ頃。
「…………ふぅ」
アキハ先輩は深く息を吐いた。
その虚ろだった瞳に、だんだんとハイライトが灯る。目が覚めてきたのだ。顔がほのかに紅潮したのは、コーヒーの熱によるものだけではあるまい。
アキハ先輩はシャッキリ背筋を伸ばしつつ、テーブルナプキンを手に取る。そして、口元のクリームを丁寧にぬぐった。
「失礼。お恥ずかしいところをお見せしたようですね」
淡々と言ってのける姿には、一周回って強者の風格がある。
「超かわいかったですよ」
俺がからかってみると、
「あら。照れますね」
アキハ先輩はふわりと笑った。
やっぱ強いな、この人……。
他の三人を見ると、神妙な面持ちをしていた。
「面の皮の厚さって強い武器よね……」
フユミ、真顔でなんてこと言うんだ。
「おっしゃる通りですよ月澄さん。恥じらっていては踏み出せない境地もあります。それはそうと、今日の食事もおいしいですね。以前にごちそうになったときも思いましたが、やはり月澄さんの料理は絶品です」
よどみなく褒めるアキハ先輩に面くらい、フユミは一瞬だけ黙り込んだ。
「……素材が良かったんですよ。お口に合ったなら何よりです」
ボソボソと照れ隠しを言うフユミに、アキハ先輩は笑顔で返す。
「フユちゃんはホントに、なんでもできちゃうんだねぇ」
コハルはしみじみと言いながら、焼き魚を綺麗に解体している。
「私もかくありたいものです。せめて、お昼までには自然に起きられるようになりたい」
ナツキは味噌汁をすすっている。
「まったくもう、褒めても何も出ないわよ」
フユミは呆れ顔だったが、まんざらでもなさそうだった。
◆
朝食後。
「さて、皆様」
その声には、いつもの絶対的なカリスマ性が戻っていた。
「きょうは休日ですから、勉強に集中できますね?」
アキハ先輩は、どこからともなく分厚いプリントの束を取り出した。
鈍器になりそうな厚みだ。
俺たちの合宿は、ここからが本番だった。
「うぉ……マジですか? これ全部ですか?」
コハルが引きつった顔で後ずさる。
「ご安心を。午前中は基礎固め、午後は応用演習、そして夜には確認テストを行います」
アキハ先輩はニッコリと微笑み、
「テストで合格点に達しなかった方は、夕食後のデザート――専門店からお取り寄せした、『一個千円の極上プリン』は抜きとさせていただきます」
「やります!!! 死ぬ気でやります!!!」
コハルが即答した。チョロい。いや、食い意地が張っている。
「ふーん。良くできたカリキュラムですね」
プリントをパラパラと捲っていたフユミが、つまらなそうに呟いた。
「基礎から応用まで網羅されてる。でも、特進クラスの授業進度なら復習レベルです。午前中で終わってしまいますけど?」
余裕しゃくしゃくだ。
さすがは学年トップの秀才。この程度の課題では準備運動にもならないらしい。
「ふふ、頼もしいですね。余裕があるなら、私とゲームでもしませんか?」
「遠慮しておきます」
「あら。またスマブラで負けるのが怖いのですか?」
「やってやろうじゃないのよ!!!!!」
「その意気や良し。それでは、10先でお願いします」
バチバチと火花を散らす二人を他所に、俺たちはそれぞれの席につき、ペンを握った。