「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第11話 四天王と過ごした二週間、そしてテスト

 それからの二週間は、文字通り「夢のような」日々だった。

 

 朝、小鳥のさえずりと共に起床。

 

 フユミとアキハ先輩が作る朝食を全員で囲む。

 身支度を整え、迎えに来た黒塗りのリムジンに乗り込む。

 車内では、制服姿のアキハ先輩がマイクを握り、高らかに「バスガイドごっこ」を開始する。

 

「本日は晴天なり。右手に見えますのが――」

 

 最初はドン引きしていた俺たちも、三日目には慣れ、一週間が経つ頃には「これがないと一日が始まらない」と思うようになっていたから、人間の適応能力とは恐ろしいものだ。

 

 学校に着けば、コハルと隣の席で授業を受け、昼休みは生徒会長執務室のアキハ先輩や文芸部室のナツキや特進クラスのフユミに声をかけ、いっしょにランチ。

 

 放課後になり、リムジンに乗り込み、別荘へ向かう。

 夕食のメニューで揉め、スマブラで騒ぎ、コハルのダンスに手拍子を送り、ナツキの脚本を読んで構想理解に務める。

 

 そして夜が更けるまで、互いに教え合いながらペンを走らせる。

 

 美少女四天王との同居生活。

 字面だけ見ればハーレムラノベのようだが、修羅場らしい修羅場はあんまりなかった。

 

 あったのは、拍子抜けするほど穏やかで、心地よい()()だった。

 

 

 

 

 そして、時は流れた。

 五月二十七日、水曜日。

 中間テスト前日である。

 

「忘れ物はありませんね?」

 

 夕暮れ時の別荘。

 玄関ホールには、それぞれのボストンバッグが積み上げられていた。

 

 二週間を過ごしたこの場所とも、今日でお別れだ。

 あんなに長く感じた合宿も、終わってみればあっという間だった気がする。

 

「お世話になりました、会長」

 

 フユミが深々と頭を下げる。

 

「楽しかった〜! また夏休みにでもやろうよ!」

 

 コハルが名残惜しそうにリビングを振り返る。

 

「……有意義な時間でした。学習効率も、精神衛生も、極めて良好でした」

 

 ナツキも珍しく素直な感想を漏らした。

 

「ええ。私も楽しかったですよ。……さあ、参りましょうか」

 

 アキハ先輩は優雅に微笑み、先頭に立って歩き出した。

 迎えのリムジンに荷物を積み込み、全員がシートに収まる。

 

 ドアが閉まると、重厚な静寂が車内を包んだ。

 いつものように、アキハ先輩がマイクを手に取る。

 

「……皆様。長らくのご乗車、誠にありがとうございました」

 

 その声は、いつもより少しだけ優しく響いた気がした。

 

「当リムジンはこれより、各経由地――皆様のご自宅を回り、終点へと向かいます。本日を持ちまして、当『木南観光ツアー』は終了となります」

 

 車窓を流れる景色を眺めながら、俺は胸の奥がキュッとなるのを感じた。

 

 明日からはまた、普通の日常に戻る。

 俺は一人暮らしのアパートへ。彼女たちはそれぞれの家へ。

 

 このマイクパフォーマンスも、これで見納めか。

 そう思うと、不思議なほど寂しい気分になった。

 

 リムジンは滑らかに走り続ける。

 それぞれが、それぞれの想いを胸に、明日の決戦――中間テストを見据えていた。

 

 祭りの時間は終わりだ。

 あとは、結果を出すだけだ。

 

 

 

 

 そして時は流れ、六月一日の月曜日。

 

 中間テストが返却された。

 結果から言えば、あの地獄のような(そして天国のような)合宿の成果はバッチリ出た。

 

「ヨシ、76点! 平均プラス15点!」

 

 答案用紙を見て、俺は小さくガッツポーズをした。

 数学でこれだけの点数を取ったのは、高校に入って初めてかもしれない。

 

「うわ〜! 58点! アタシにしては上出来すぎっしょ!?」

 

 後ろの席では、コハルが答案用紙を掲げて喜んでいる。赤点回避どころか、平均点に迫る勢いだ。

 

 俺たちがひとしきり喜び合った後の休み時間、ポケットの中でスマホが震えた。

 

 ナツキからのLINEだ。

 

『数学、80点でした。及第点です』

 

 短い文面だが、スタンプが「ドヤ顔の猫」だったので、彼女も満足しているのだろう。

 

 こうして、俺たちの勉強合宿と中間テスト編は、大団円で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 放課後。

 久しぶりに一人で自宅へ帰ると、門の前に見慣れた人影があった。

 

 揺れる金髪のツーサイドアップ。振り向いたのは麗しの碧眼。

 

 我が偉大なる幼なじみ。

 月澄(つきずみ)・フユミ・エインズワースである。

 

「おかえり」

 

「ただいま。どしたの、入りなよ」

 

 フユミは首を横に振った。

 

「ううん、今日は帰るわ。……ちょっと用件だけ伝えに来たの」

 

「用件?」

 

「私、しばらくは門限が厳しくなりそうなの」

 

 フユミは少しバツが悪そうに言った。

 

「ほら、急に二週間も外泊したじゃない? うちの親、ちょっと過保護だからさ。『寂しい寂しい』って言うのよ。だから、機嫌直しに、しばらくは早帰りすることになったの」

 

「ああ、なるほど……」

 

 年頃の娘が突然二週間も外泊したら、そりゃそうなる。過保護というほどでもない。

 

「というわけで、しばらくアンタの家の家事はできないから。わかった?」

 

 フユミは腰に手を当て、人差し指を突きつけた。

 

「いい? 私がいなくても三食きちんと食べること。コンビニ弁当ばっかりじゃダメよ。あと、お菓子を食べすぎないこと。それから、ちゃんとドライヤーを使って髪を乾かすこと。深夜アニメのリアタイとかゲームの攻略とかで夜ふかししないこと。洗濯物は溜め込まないこと。わかった?」

 

「ありがとうママ」

 

「誰がママよ」

 

 フユミはムッとした顔をしてから、ふと思い出したように言った。

 

「あと最後にもう一つ。……洗面台の鏡の裏に、小瓶があるでしょ?」

 

「え? ああ、なんかあったかも」

 

「あれ、アキハ先輩のボディオイルよ。三週間くらい前にアンタの家でスマブラやったとき、忘れていったやつ」

 

「アキハ先輩の? なんでそんなもんウチにあんだよ」

 

「だから、置いてったのよ。あの人、そういうとこあるから」

 

 フユミは呆れたようにため息をついた。

 

「使用期限が近いやつだから、今度会った時に持って行ってあげて。高級品らしいし、捨てたらもったいないわよ」

 

「あ、ああ……わかった」

 

「じゃ、言ったこと守るのよ。また学校でね」

 

 フユミはひらひらと手を振り、自宅へと消えていった。

 

 

 シンとした部屋に入る。

 「ただいま」と言っても、返事はない。

 

 二週間、あの賑やかな別荘で過ごしていたせいか、一人暮らしのアパートは妙に静かで、広く感じられた。

 

 適当に夕飯を済ませ、風呂を洗って沸かして入る。

 髪を拭きながら洗面台の前に立つと、フユミの言葉を思い出した。

 

「アキハ先輩の忘れ物、か……」

 

 鏡の裏の棚を開ける。

 すると、男の一人暮らしには似つかわしくない、洒落たガラスの小瓶が置いてあった。

 

 琥珀色で、とろみのある液体が入っている。

 俺は何気なくそれを手に取り、キャップを開けてみた。

 

「――――」

 

 瞬間。

 ふわ、と甘く、上品な香りが広がった。

 高貴な花のような、どこか懐かしい香り。

 それは、合宿中に何度も嗅いだ、アキハ先輩の匂いそのものだった。

 

 そのとき、俺はあることを思い出した。

 

 

 

 

 

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