「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第4話 ☆コハルの名推理/フユミが掴んだ手がかり

 六月二十四日、水曜日。

 短縮授業を終えた、放課後の教室。

 

「コハル、今日も練習?」

 

 帰り支度をしながら、トーマが声をかけてきた。

 来る文化祭で、アタシ、火伏(ひぶせ) 琥春(こはる)を含む美少女四天王は、演劇をやることになっている。

 

 タイトルは【パリスの審判】。

 女神たちの宴会に、「最も美しい者へ」と刻まれた黄金のリンゴが投げ込まれるシーンから始まる物語だ。

 

 アタシの役は、美の女神アフロディーテ。

 物語の鍵を握る大役だし、気合を入れなきゃいけない。

 

「そだよー。四人ともセリフは完璧に入ったから、後は演出をちょこちょこ変えてくイメージかな」

 

 アタシが軽くうなずくと、トーマは目を丸くする。

 

「もうセリフ暗記したのかよ……四天王、揃いも揃って優秀すぎるだろ……」

 

「へっへー、そうでしょそうでしょ〜〜?」

 

「じゃあ俺は、家で差し入れでも作っとこうかな。明日には皆に渡せると思う」

 

「マジ!? ありがとー!」

 

「どういたしまして。手持ち無沙汰だし、こんくらいはするよ」

 

「なに作るの?」

 

「それは秘密。フユミとナツキとアキハ先輩にも内緒にしといて。せっかくだからサプライズにしたいし」

 

「りょーかーい」

 

 アタシは、手を振って教室を出ていくトーマの背中を見送った。

 その姿が見えなくなってから、ふぅ、と長い息を吐き出す。

 

 ……やっぱさ。なーんか、ヘンなんだよねー。

 

 GWのあの日、最後までシちゃってから、もう一ヶ月以上。

 

 普通ならとっくに「付き合ってください」とか、なにかしらアクションがあるはずじゃん。だってトーマは、そういうトコきっちりしてる人だから。

 

 あやふやなまま女子をキープするようなチャラ男じゃないし、大事なことから逃げつつエッチなことだけするような、ズルいヘタレでもない。

 

 それはアタシが一番よく知ってる。

 なのに、今のトーマはまるで『何もなかった』みたいに振る舞ってる。

 

 シカトしてるわけじゃない。いつも通り優しい。

 ちょっとした誘惑にもたじろぐし、何かと気にかけてくれるし、アタシのこと好きなんだとは思う。

 

 でも、なんか、宙ぶらりんだ。

 別に、アタシだけを見てほしいとか、独り占めしたいとかじゃない。4人でトーマと結ばれるエンドだって、アリだとは思ってる。

 

 でも、このモヤモヤはハッキリさせてほしい。

 そんなアタシの気持ちに気付かないほど、トーマはニブチンじゃない。ヤッた責任を無視できるような悪い人でもない。

 

 だったら、理由は限られてくる。

 

 たとえば――記憶喪失、とか。

 

「……ふっふふ、ありえねー」

 

 フツーなら『ドラマかよ』って笑うところだ。

 でも、アタシの中でそのピースは驚くほどピタリとハマった。

 それなら全部説明がつく。あの微妙なよそよそしさも、噛み合わない会話も。

 

「とりあえず、連絡とっとくか……」

 

 アタシは一人で呟いて、スマホを起動した。

 

 

 

 

 六月の雨は、いつまでも止まない。

 

「フユミ、家事なんてしなくていいのよ?」

 

 ママの言葉に、私は肩をすくめた。

 

「気にしないで。したくてしてるんだから」

 

 とはいえ、洗濯物が乾かないこの季節は憂鬱そのものだ。

 しとしとと降る雨音が響き続ける部屋の中、私は洗濯物を黙々と畳んでいた。

 

 自分の服、家族の服、そして――。

 

「……あ、これ」

 

 手にしたのは、薄手のマウンテンパーカー。

 色はくすんだカーキ色。少し古びていて、洗剤の匂いの中に、懐かしい匂いが少しだけ残っている。

 

 トーマの上着だ。

 

 そう言えば、返しそびれてたっけ。

 

 私は手触りを確かめながら、記憶を遡る。

 あれは四月三十日の夜。二人でコンビニまで歩いた時のことだ。

 

 例年になく冷え込んだ夜で、薄着だった私を見かねて、トーマが貸してくれたんだ。

 

『着といて。風邪ひいたら大変だから』

 

『アンタが風邪ひいちゃ意味ないじゃない』

 

『俺はバカだから風邪ひかないよ〜ん』

 

 あの、冗談めかした優しさ。

 その温もりが嬉しくて、私はつい、そのままずっと借りっぱなしにしていた。

 

 その後のドタバタ――勉強合宿や文化祭準備――ですっかり忘れていたけれど、もう季節は梅雨だ。一度洗ってから返そう。

 

「……ポケット、何か入ってないわよね」

 

 私は習慣的に、上着のポケットに手を入れた。

 ティッシュを入れたまま洗濯して大惨事、なんてのは何度かやった。だらしないアイツのことだから、お菓子の包み紙やレシートが入っている可能性だってある。

 

 指先で、乾いた感触がカサッと鳴る。

 

「ほら、やっぱり」

 

 取り出したのは、クシャクシャに丸まった感熱紙のレシートだった。

 私は呆れつつゴミ箱に捨てようとして――ふと、その印字が目に留まった。

 

 コンビニのレシートじゃない。

 もっと堅く淡々とした、明朝体の文字。

 

「……え?」

 

 私は、シワを伸ばしてその紙きれを広げた。

 そこに記されていたのは、見慣れぬ、しかしよく知る名前だった。

 

 【木南総合病院】

 

 木南(きなみ) 秋葉(あきは)の実家が経営する、この地域で最大の総合病院だ。

 

 日付は、四月三十日。

 トーマがこの上着を貸してくれた、まさにその日の日付。

 

 そして、診療科目の欄には、信じがたい文字が並んでいた。

 

【脳神経外科 外来・処置料】

 

「脳神経……?」

 

 思考が停止する。

 内科でも、整形外科でもない。脳神経外科?

 あの日、トーマはどこか悪かったの? 頭痛? それとも、頭を打った?

 

 いや、それにしては金額がおかしい。

 高校生が払えるような数字じゃない。

 

 その下には、処方箋もホチキス止めされていた。

 

 ロキソプロフェンのような、私でも知っている鎮痛剤に混じって、聞いたこともないような薬の名前がある。

 

 とっさにスマホで調べてみる。

 脳手術後の経過観察に使われるような、専門的な薬だった。

 

「なによ、これ……」

 

 手が震え始めた。

 四月三十日。それは、トーマの記憶が曖昧になり始めた起点の日だ。

 

 そして病院の名前は『木南』。

 点と点が、恐ろしいほどの速度で線になっていく。

 

 トーマは、あの日、脳に何かあったんだ。

 その直後に、平気な顔をして私に上着を貸してくれたの?

 

 記憶を失うかもしれないような、重大な何かを抱えたままで?

 

「……隠してたの? それとも、これも忘れてる……?」

 

 私はレシートを強く握りしめた。

 

 深呼吸して、思考を整理する。

 トーマには秘密がある。もしかしたら、命に関わるかもしれない。

 

 そして、その秘密を知っている人間がいるとしたら――。

 

「木南、秋葉……」

 

 雨音が、急に激しくなった気がした。

 私は上着を畳むのをやめ、スマホを手に取った。

 

 ただならぬ焦燥感が全身に伝う。

 震える指で画面をタップしようとした、そのとき。

 

 コハルからの着信が来た。

 

 

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