「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第6話 ☆記憶喪失の真相/木南秋葉の告白(後編)

「その次の日の朝、私は彼を見つけ出して、病院へ連れ戻しました。前向性健忘について月澄(つきずみ)さんに知られれば、不安がらせてしまう。トーマさんの精神にも過度な負担をかける。脳に悪影響を及ぼすかもしれませんでしたから」

 

 整然と並べられた理屈。

 けれど、最も語るべき動機が欠けている。

 

 ナツキはその生臭い空白を、

 

「月澄さんに嫉妬したから、とは言わないんですね」

 

 突き抉るように指摘した。

 アキハは、いささかの動揺も一瞬の沈黙もなく、

 

「手厳しいですね」

 

 眉尻を下げて大人びた笑みを浮かべた。

 場違いに穏やかな反応に、ナツキは顔をこわばらせる。アキハはそんなナツキの畏怖を知ってか知らずか、二の句を継ぐ。

 

「おっしゃる通りです。私は月澄さんに強い嫉妬を覚えました。『トーマさんの命を助けたのは私なのに』と。まったく的外れで、馬鹿馬鹿しい思い上がりです。嫌がるトーマさんに手術を無理強いして、前向性健忘に追い込んだのは私なのに。一人相撲で負けて癇癪(かんしゃく)を起こしたのです。私はつくづく、ワガママな駄々っ子です」

 

 アキハは、自嘲するように視線を伏せた。

 長い睫毛(まつげ)は、かすかに震えている。その仕草は、大人に叱られるのを待ち構えている少女のようだった。

 

「だから、五月一日の早朝、私は使用人に指示してトーマさんを連れ出しました。そして、彼を誘惑して、関係を結びました」

 

 アキハは事もなげに言った。

 

「後は、お察しの通りです。『どうせ二股になるのなら』と、火伏さんと冷水さんも巻き込みました。そうすれば、誰も取りこぼさず幸せに出来ると考えたのです」

 

「……月澄さんの独走も、コハルさんと私の協力関係も、文芸部室での合宿に許可を出したのも、中間テストのための勉強合宿も、すべて計画通りというわけですか?」

 

「はい」

 

 アキハがうなずく。

 天使が通った、とでも形容されそうな静寂。

 

 ナツキは、自らを落ち着かせようと、震える手でティーカップに口を着け、一息に飲み干す。

 

 なるだけ丁寧に口をぬぐってから、アキハに視線を戻す。

 

 アキハは、心底ふしぎそうな顔でナツキを眺めている。

 

 その表情は、ひどく、あどけない。

 二歳の年齢差を踏まえてなお大人びていたアキハが、まるでずっと年下の童女のように見える。

 

 だまし絵を見ているような違和感に、ナツキは調子を狂わせる。

 

「な、なんですか? 急に(ほう)けて」

 

「コップを投げつけないのですか?」

 

「はぇ?」

 

「こういうときは普通、激情に任せて暴力を振るうものではないのですか? 映画などではそうでした」

 

 ナツキはうろたえ、鳩豆顔で固まった。

 アキハの発言の真意を汲み取るまで、さしものナツキの明晰な頭脳も数秒の時間を必要とした。

 

「しませんよ、そんなこと。カタにハメられたのは腹立たしいですが、あなたが先輩の命を救ったのは紛れもない事実ですから」

 

「そうですか。よかったです。殴られたり刺されたりする覚悟はしていたのですが、痛いのは苦手なので。安心しました。ありがとうございます」

 

 肩の力を抜いて、安らかに微笑むアキハ。

 

 あまりにズレた安堵を見て、ナツキはようやく理解した。

 

 木南秋葉は、人の頭の中を読める。

 誰が、いつ、どんなときに、何を、どうするか。

 アキハ自身がどのように干渉すれば、望む方向へ操れれるか。

 

 そういった機械的な相関と因果ならば、即座に計算し、完璧な計画を打ち出してみせる。

 

 しかしながら。

 

 木南秋葉は、人の心の内を読めない。

 なんでも容易くこなせて、他者も道具のように操れる彼女にとって、愛憎も喜怒哀楽も他人事で。

 それでも彼女は、恋に落ちれば嫉妬もするし、癇癪を起こして衝動的に求めるときもある。

 自分を含めて、誰が、いつ、どんなときに、何を、どう感じてどう思うのか、彼女は見当もつかないのだ。

 

 だからこそ、彼女は人を操ろうとするのだろう。

 

 わからなくて怖いから。

 わからないけど愛しているから。

 わからないからこそ、求めてしまうから。

 

 傑出と欠落。奉仕と支配。怪物性と人間性。

 

 木南秋葉は『子ども』なのだ。

 ナツキは初めて、アキハの心に触れた気がした。

 

 深呼吸をしてから、問いかける。

 

「……それで、これからどうするんです?」

 

 ナツキの声が凛々しく響く。

 

「過去の種明かしは済みました。問題はこれからです。この真実を、貴女はどう扱うつもりですか?」

 

「全て開示します」

 

 アキハは迷いなく答えた。

 

「月澄さんにも、火伏さんにも。私たちが今共有している『空白の一週間』の真実を、包み隠さず伝えます」

 

「……大変なことになりますよ」

 

「そうならないために、ベストは尽くしたつもりです」

 

 アキハの瞳に迷いはなかった。

 

「二週間をかけて親睦を深め、文化祭の準備も軌道に乗ってきました。文化祭を成功させるためには、四人の協力が不可欠。彼女たちは賢い。感情的になっても、目的のために私と手を組む道を選ぶでしょう」

 

「……そこまで計算済み、ですか」

 

「計算というより、祈り、ですね」

 

 アキハは薄く笑った。

 

「それに、そろそろ月澄さんや火伏さんが『気づく』頃合いです」

 

「え?」

 

「明確な根拠こそありませんが、彼女たちならば気づくでしょう。特に、月澄さんの手元には物理的なヒントが少しは残っているはずですから」

 

 病院や薬局に関するもの、たとえば領収書などが──。

 

 淡々と続けるアキハの声を聞き流しつつ、ナツキは愕然としていた。

 

 フユミが証拠を見つけることすら、計画のうちだったのか。

 

 アキハは指を一本立てた。

 

「文化祭までの一週間、私たちは事実上の紳士協定を結びます。抜け駆けなし、足の引っ張り合いなし。全員で協力して、最高傑作の劇を作り上げる。……そして」

 

 その瞳、光なき空虚の裏に、昏い炎がくすぶる。

 

「劇が終わり、トーマさんが全ての記憶を取り戻したその瞬間――本当の『審判』が始まります。誰が選ばれるか、正々堂々の勝負です」

 

 徹底している、とナツキは戦慄した。

 

 自分の嫉妬も、他人(ひと)の怒りも、全てを燃料にして、最も美しい結末へとひた走る。そのためのレールを敷いてある。

 

 そのとき。

 アキハの手元で、スマホが短く震えた。

 画面には『月澄・フユミ・エインズワース』の文字。

 

「……噂をすれば、ですね」 

 

 アキハは嬉しそうに目を細めた。

 

「では、二人にもお伝えしましょうか。事の真相を」

 

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