「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第8話 俺と四天王と文化祭準備

 六月二十五日から七月一日にかけて。

 我らが七曜学園は、文化祭直前に特有の、熱病にも似た喧騒に包まれていた。

 

 梅雨明けは例年より早い。

 文化祭当日の天気予報は、幸いにも快晴らしい。

 

 放課後の校舎は、ベニヤ板を切るノコギリの音、演劇の練習をする声、どこかのクラスが流すBGM、そして、ペンキと接着剤の匂いで満たされていた。

 

 その混沌とした祭りの準備期間において、俺――日村(ひむら) 斗真(トーマ)は、奇妙な光景を目の当たりにしていた。

 

 体育館のステージ袖。

 文化祭二日目に、美少女四天王の四人で上演する劇――『パリスの審判』の大道具を作成している最中のことだ。

 

「フユミさん、そちらの青いペンキ、取っていただけますか?」

 

「ん。どうぞ。……あ、ナツキ。そこ、塗りムラができてる」

 

「ああ、ありがとうございます。いま塗り直します」

 

 我が文芸部の後輩の冷水(しみず) 夏希(なつき)と、特進クラスに所属する我が幼なじみ、月澄(つきずみ)・フユミ・エインズワース。

 

 普段なら顔を合わせれば皮肉の応酬か、俺を巡る牽制球の投げ合いに発展するのが常だった二人が、驚くほどスムーズに連携作業を行っている。

 

 それだけではない。

 

「皆さん、効率を意識してください。日没までに下地を終わらせましょう。差し入れも用意してありますから」

 

 現場監督のように指示を飛ばすのは、三年生の木南(きなみ) 秋葉(あきは)先輩だ。

 

 いつもなら「現場のことは現場の皆さんにお任せします」といった態度を取っている彼女が、ジャージの袖をまくり上げ、率先して指揮を執っている。

 

 そして、その指示に、フユミもコハルもナツキも、素直に従っているのだ。

 

 一癖も二癖もある皆が、文句の一つも言わずに。

 

「……不思議だ」

 

 俺は、刷毛(はけ)を片手に首を傾げた。

 

「なんだか、みんな妙に仲が良くないか?」

 

 俺の独り言を拾ったのは、脚立の上で照明の角度を調整していたコハル──火伏(ひぶせ) 琥春(こはる)だった。

 

「そう? 文化祭マジックじゃね?」

 

「マジックったって限度あるでしょ。ちょっと前まで結構バチバチしてたのに」

 

「勉強合宿もあったからね〜」

 

「にしたってじゃないか? フユミはクラス違うし、ナツキとアキハ先輩は学年が違うし……」

 

 なぜ美少女四天王の四人が、こんなに仲良くなっているのだろう?

 

 なんだかんだで揉めがちなグループだったはずなのに。

 

 揉める理由が解消されたと見るべきか。

 そもそも、揉める理由というのは……

 

「理由というのは、って」

 

 コハルが苦笑する。俺の考えは口に出ていたらしい。

 

「理由は、先輩のせいだったのでは?」

 

 ひょっこり現れ痛いところを突くナツキ。

 

「私たち四人組は、そもそも普通に仲良くやれるはずの集団だったのでは? バチバチしていたのは、先輩が複数の女子に曖昧な態度を取って情念を煽り焚き付けたからだったのでは?」

 

 とんでもない勢いで串刺しにされ、ぐうの音も出ない俺。

 

 ナツキは笑みを浮かべる。少々サディスティックな愉悦の色が浮かんでいる。心なしか、アキハ先輩に似た表情だ。

 

「共通の敵……もとい、共通の目的があれば、昨日の敵は今日の友、ですよ。最高の舞台を作るためには、一時の私情など些末なこと。われわれ美少女四天王はプロフェッショナルなのです」

 

「プロフェッショナルって、何の?」

 

「『乙女の』、だよね?」

 

 コハルが訳知り顔で言う。

 

「ヒロインの、と言い換えても良いでしょう」

 

 ナツキは意味深なウインクで話を切り上げ、作業に再び集中する。

 

 俺も手を動かしつつ、一人で考え込む。

 

 確かにナツキの言う通りかもしれない。

 文化祭は特別なイベントだ。学年やクラスの垣根を超えて、一丸となって一つの目標に向かう。

 

 その熱気が、彼女たちの関係性を一時的に融和させているのだろう。

 

 そう自分を納得させようとするものの、違和感は拭えなかった。

 

 仲が良い、というより──『連携』している?

 無言のサインで互いの動きを読み合い、完璧に近いバランスで共存している。

 

 まるで水面下で強固な不可侵条約でも結んでいるかのような、張り詰めた調和。

 

 俺がいないところで話し合いでもしたのか……?

 

「ちょっとトーマ、手ぇ止まってるわよ!」

 

 フユミが遠くから声を張り上げた。

 

「あ、悪い!」

 

「こっち手伝って!」

 

「今行く!」

 

 俺は慌ててひた走る。その後、落ち着いて考える余裕は無かった。

 

 

 そんなこんなで、完全下校時刻。

 

「では、私たちは用があるので」

 

 アキハ先輩が丁寧に一礼するのを、

 

「ああ、お疲れ様です。また明日」

 

 俺も頭を下げて見送る。

 

 文化祭が近づくにつれ、美少女四天王たちの距離も縮まった。

 放課後の準備作業が終わった後、四人でどこかへ消えていくようになった。

 

 俺が「どこ行くの?」と聞いても、「女子会」「衣装の合わせ」とはぐらかされる。

 

 まあ、俺に見せられない演出の相談でもあるんだろう。

 

 俺は忙殺される日々の中で、その違和感を深く追求することはしなかった。

 

 ただ、彼女たちが揃って夕闇の校舎へ消えていく後ろ姿が、どこか寂しく、それでいて眩しく見えたことだけが、頭の隅っこに引っかかっていた。

 

 結局、俺はアキハ先輩の言葉に従えたのだろうか。

 

 『好きなようになさって』と言われたものの、あっという間に文化祭前日だ。

 

 そうして時は過ぎる。

 偽りの平穏と、真実の爆弾を抱えたまま。

 

 

 

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