「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第10話 文化祭初日、いざフユミのクラスへ

 七月二日の木曜日。

 

 快晴である。

 

 俺は浮足立っていた。

 

 七曜学園の文化祭、通称『七曜祭』の朝。

 突き抜けるような青空の下、熱気に浮かされている。

 

 午前九時。開会式。

 学園長の土屋ツユリが登壇する。

 

「堅苦しいことは抜きだ。法に触れぬよう楽しみなさい!! 以上!!!」

 

 マイクがハウるほどの豪快な声量で、会場の興奮はピークに達した。

 

 校内は、それはそれは賑やかなものだった。

 模擬店の呼び込み、廊下を走る足音、重低音のスピーカー。

 

 あらゆる音が混ざり合う喧騒の中でも、その()は響き渡った。

 

『――ご来場の皆様、ならびに在校生の皆様に、ご案内申し上げます』

 

 校内スピーカーから流れたのは、銀鈴を転がすような、透き通った美声だった。

 

 ざわざわ、と廊下の喧騒が波を打つ。

 

「え、誰だ今の声?」

 

「放送部のコ?」

 

「すげえ美声……」

 

 近くにいた生徒たちが足を止め、スピーカーを見上げる。

 

 俺もまた、その声の主に心当たりがありすぎて、思わず天井を仰いだ。

 

 ナツキだ。

 我が文芸部の後輩、冷水(しみず) 夏希(なつき)の声である。

 

『本日は、気温の上昇が見込まれます。こまめな水分補給を心がけ、体調の優れない方は、無理をせずお近くの教職員、もしくは文化祭実行委員および生徒会執行部員までお声がけください。腕章が目印です』

 

 淀みなく、滑らかに、そして慈愛に満ちたトーンで紡がれるアナウンス。

 

 いつもの芝居がかった雰囲気もなければ、人を煙に巻くような冗長さもない。

 

 ただひたすらに、情報を正確かつ美しく届けるためだけに研ぎ澄まされた、プロフェッショナルの仕事だった。

 

「……マジかよ」

 

 普段の、奇行と軽口を知っている身としては、別人か疑うほどの透明感だ。

 

『それでは、七曜祭でのひとときが、皆様にとってかけがえのない思い出となりますように』

 

 プツン、と放送が切れる。

 一瞬の静寂の後、「やっぱ今の放送部だよな?」「あとで見に行こうぜ」という興奮した声が波紋のように広がっていった。

 

 俺は苦笑するしかなかった。

 

 ナツキは本気だ。

 

 昨日の「プロフェッショナル」という言葉は、伊達じゃなかったらしい。あのお調子者のナツキが、冗長さを削ぎ落とし、完璧なナビゲーターに徹している。

 

 その事実が、この文化祭の凄まじさを俺に予感させた。

 

 ◆◆◆

 

 

 ナツキの美声に背を押され、俺は最初の目的地へと向かった。

 

 特別進学棟、二年A組。

 俺の幼なじみ、月澄フユミが所属するクラスだ。

 

 教室の前には、すでに長蛇の列が出来ていた。

 外装からして気合が違う。教室の入り口は深紅のベルベットカーテンで覆われ、看板には金文字で『クレープ・ド・セブン』と書かれている。

 

 出し物は、事前の情報通りクレープ屋兼カフェのようだ。

 

 三十分ほど並んで、ようやく俺の番が回ってきた。

 

「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」

 

 メイド服の女子生徒が、俺に声をかけた。

 め、メイド服……メイドカフェ要素もあるのか。

 

 フユミもメイド服着てるのか?

 

 にわかに楽しくなってきた。

 にわかに楽しくなってきたぞ!!

 

()()()()()()()?」

 

「アッハイ、一人です」

 

 女子生徒の静かな気迫に、俺は慌てて返答した。

 

 彼女は俺に、どことなく冷ややかな視線を向けてくる。

 

 特進クラスの生徒は、少し排他的なところがある。特に、フユミと親しい俺に対しては、その傾向が顕著だ。

 

「では、こちらの席へどうぞ」

 

 通されたのは、教室の隅にある二人掛けのテーブル席だった。

 教室内は、外の喧騒が嘘であるかのように静謐なクラシックが流れている。パッヘルベルのカノンだ。昔、フユミが演奏しているのを聞いたことがある。

 

 メイド服に身を包んだ女子生徒と、執事服に身を包んだ男子生徒たちが優雅に行き交っている。

 

 ……レベルが高い。

 内装も、衣装のクオリティも、学園祭の域を超えている。これもアキハ先輩の財力ゆえか? はたまた、フユミのファンクラブの力なのか……。

 

 思わず考え込んでしまう俺を、

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 女の子の声が現実に引き戻した。

 オーダーを取りに来たのは、メガネをかけた生真面目な雰囲気の女子生徒だった。

 

 彼女は机に冷水の入ったコップを置き、伝票を取り出す。

 

 彼女の顔には見覚えがある。

 

「あ、生徒会の」

 

 アキハ先輩からの呼び出しの際に、俺を案内してくれた女子だ。生徒会広報のCM映像にも映っていた。

 

「ええ、その節はどうも」

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

 俺たちは社交辞令っぽいやりとりをした。

 

「さて、ご注文は?」

 

「えっと、いちご生クリームで」

 

「承知しました。……ところで、日村さん」

 

 女子は伝票を書きながら、低い声で囁いた。

 

「はい?」

 

「アナタが月澄さんの幼なじみだというのは存じていますが、今日はあくまで『お客様』です。月澄さんに過度な接触を図ったり、業務の妨げになるような行為は、厳に慎んでいただきたい」

 

「は、はい……」

 

「彼女は我々のクラスの誇りであり、象徴です。美少女四天王の一角、特進クラスの至宝。高嶺の花、触れることあたわず。お分かりですね?」

 

 すさまじい圧だった。

 

「あ、あの。あなたは木南家の使いの方じゃないんですか?」

 

「ええ。我が一族は木南家の使用人の一族ですよ」

 

 サラッと言うことじゃないだろ。

 木南家ってそんなゾルディック家みたいなノリなのかよ。

 

「主人と推しは別腹です。私は木南家の使用人であると同時に、月澄様のファンクラブの会員です」

 

「か、会員って……」

 

「会員番号三十番台です」

 

「それが自慢になるってことは、ファンクラブの総会員数は途方もないってことすか?」

 

「フッ、笑止」

 

 笑止って今日び聞かないけれども……。

 小さく肩をすくめる女子生徒。その周囲の面々も、同様に嘲笑を浮かべている。

 

 どうやら俺は、このクラス全員から『フユミに群がる虫』として認識されているらしい。

 

 針のムシロとはこのことか、と冷や汗を拭っていると。

 

「――お待たせしました」

 

 凛然とした美声が降ってきた。

 

 顔を上げる。

 

 そこにはフユミが立っていた。

 

 

 

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