「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
前回までのあらすじ。
七曜祭初日!
フユミの属するクレープカフェにやってきた。
「アナタが月澄さんの幼なじみだというのは存じていますが、今はあくまで『お客様』です。月澄さんに過度な接触を図ったり、業務の妨げになるような行為は、厳に慎んでいただきたい」
女子生徒から注意された。
フユミは高嶺の花であるから、俺のような冴えない男が『幼なじみだから』という理由で近づくのは許されないのだろう。
その気持ちはごもっともである。
ちょっと挨拶したら退散するか……と思った矢先。
「――お待たせしました」
凛とした、それでいて春の日差しのように柔らかい声が降ってきた。
顔を上げる。
そこにはユミが立っていた。
フリルをふんだんにあしらった、クラシカルなヴィクトリアンメイド。
黒と白のコントラストの効いたメイド服が、フユミの金髪碧眼を引き立てていた。
「ふ、フユミ……」
似合いすぎている。
絵本の中から飛び出してきたかのような可憐さだ。
「はい、いちご生クリーム。生地が熱いから、ヤケドしないようにね」
フユミはトレイからクレープ皿を置くと、当然のように俺の対面の席に腰を下ろした。
瞬間、教室中の空気が凍りついた。
女子生徒が眼鏡を光らせ、他のメイドや執事たちが給仕の手を止める。
無言ながらも非難轟々。
(なんでアイツは月澄様の対面に座れるんだ)
(接客係じゃないだろ月澄様は)
(民草の目には眩しすぎるからキッチンをお任せしたのに)
という心の声が大音量で聞こえてくる。
俺って実はサトリ妖怪だったのかもしれん。
このままだと火の粉が降りかかる!!
「お、おいフユミ。座ってていいのか? 仕事中だろ?」
俺は小声でいさめるが、フユミは涼しい顔である。
「いいのよ。今は休憩時間ってことにしてあるから」
そう言って、フユミは俺をじっと見つめた。
その青い瞳は、以前よりもずっと深く、湿度を帯びているように見えた。
まるで、俺がそこに存在していること自体を確認し、噛み締めるような、切実な眼差し。
俺は思わず目をそらし、クレープを一口食べる。
美味い。
「おいしい?」
フユミが嬉しそうに尋ねてくる。
「ああ、美味い。すごく美味しいよ」
「よかった。生地、私が焼いたの。盛り付けも私」
「へえ、フユミがか。どうりで」
「ふふ。……もっと食べて」
フユミは、俺が食べる様子を、一瞬たりとも見逃さないというように見つめ続ける。
周囲からの視線が突き刺さる。殺意に質量があったなら、俺は今ごろ蜂の巣だ。
しかし、目の前のフユミがあまりに幸せそうに笑うので、俺は逃れることもできない。逃れようなんて思えない。
「トーマ」
「ん?」
「来てくれて、ありがとう」
フユミの手が伸びて、俺の頬についたクリームを指先で拭った。
そして、あろうことか、その指を自分の口へ運んだ。
「ちょっ!」
ギリリッ!!
と聞こえたのは誰かの歯ぎしりか、拳を握りしめた音か、はたまた怒りの霊圧で空間が軋む音か。
フユミは指先で口元を拭い、微笑む。
そして、
「……生きててくれて、ありがとう」
ごく小さな声でささやいた。
周囲の雑音にかき消されそうなほどのささやきだったが、その言葉には、万感の思いが込められている気がした。
「え、なんで?」
「ううん、なんでもない」
「なんでもなくはないだろ。『生きててくれてありがとう』はこっちのセリフだよ」
フユミには、物心ついた頃から今に至るまで、ずっとずーっと助けられてきたワケだし。
「フユミがいなかったら、今の俺は無いからね」
靴ヒモの結び方も、自転車の乗り方も、フユミに教わった。
七曜学園に進んだのだって、フユミと同じ学校に行きたかったからだ。必死で勉強しても、フユミと同じ特進コースには進めなかったけれども。
まあ、今こうやって一緒にいれるだけでも十分なのだが。
俺はお冷やを飲み干し、一息ついた。
「ってか、フユミも何か飲む? ドリンクのオススメとかある?」
黒板に書き出されたメニュー表を見ながら尋ねるが、フユミは応えない。
「フユミ?」
視線を戻す。
フユミは顔を赤らめ、わなわな震えていた。
「あ、アンタねぇ……」
「え、な、なに? また俺なんかやっちゃいました?」
「アンタほんと、ほんっと! もうホントに、このっ、この女たらし!! スケコマシ!!!」
「え、冤罪!!」
今回は別に変なことを言っていないはずなのに。
周囲の視線がヤバい!
明確に殺意を帯びている!
凶器があったら躊躇なく使いそうな空気だ!
「拳銃があったら……撃ちたい!!」
「こんなにも銃刀法を恨んだことはない……!!」
言ってる!!
今回ばかりはハッキリ言ってる!!
「トーマ!」
フユミの声にハッとする。
「クレープ、早く食べちゃって。冷めたらもったいないから」
「あ、ああ、もちろん」
俺はフユミがうながすままに、夢中でクレープを食べた。
甘い。おいしい。
クレープはもちろん、なんだかんだで幸せそうなフユミの笑顔も、脳が溶けそうなほどスウィートだ。
二人きりのテーブルは、甘酸っぱい幸せで満ちている。
しかし、その甘酸っぱい幸せは辛辣な殺気に取り囲まれている。俺の首に懸賞金がかかり、校内に貼り出されてもおかしくない勢いだ。
ああフユミ、お前の美しさは罪なのか。
恐怖と多幸感の板挟みで、俺の胃はキリキリと悲鳴を上げていた。