「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
胃痛を抱えたまま息を吸ったり吐いたりしてると、気付けば昼休みだった。
俺は静かに席を立つ。
目指すは特別棟の文芸部室。
だが、彼女に社会的生命線を握られるのは御免だ。とはいえ放置できるはずもない。
そんな葛藤を抱きつつ、教室を出ようとした時だった。
「あ、トーマ! どこ行くの?」
背後から、弾むような声がかかった。
振り返ると、そこには
「コハル……どしたの? それ」
「えへへ、じゃーん! お弁当、作ってきちゃったんだ〜!」
包みからは、かすかに、しかし確実に俺の食欲を刺激する卵焼きや唐揚げの匂いが漂っている。
「先週言ってたでしょ? 『コハルの手料理食べてみたいなー』って」
……言ったか?
記憶にない。俺の空白の一週間は、ずいぶんと充実していたらしい。
コハルは屈託なく笑い、俺の腕を軽く叩いた。
「一緒に食べよ? 屋上行こ!」
「あ、おお」
俺は即答した。
断れるわけがない。手作り弁当、それも美少女によるものだぞ?
腹がはちきれても完食してみせる。
だが、そのとき。
――ガラララッ!!
教室の引き戸が、乱暴に開け放たれた。
そこに立っていたのは、一人の女子生徒。
ツヤめく黒髪ボブカット。理知的な瞳。パリッとした制服。
そして両手には、高級感あふれる黒塗りの重箱のような弁当箱が二つ。
『部室が私の世界の全て』と豪語していた彼女が、わざわざ2年の教室まで出張ってきたのだ。
見かけない美少女の姿に教室がざわめく。
シミズは教室を見回し、俺を見つけるなり、カツカツと靴音を立てて近づいてきた。
その黒瞳は、俺を射抜くような鋭い光を帯びている。
「先輩。遅いですよ。待ちくたびれて、肉が冷めてしまうところでした」
「シ、シミズ!? なんでここに……お前、部室から出ないんじゃなかったのか?」
「愛は時空を越えるのです。あと、先輩が来ないなら連行するまでです」
シミズは俺の目の前に立ち、重箱を突き出した。
「さあ、行きましょう。叙々苑です。特選カルビ弁当。これを食して、私との愛の誓いを新たにしましょう」
叙々苑の匂いが、唐揚げの匂いと混ざり合う。
右に手作り弁当のコハル。左に高級焼肉弁当のシミズ。
俺を挟んで対峙する二人の美少女。これは……弁当戦争だ。
コハルが、キョトンとした顔でシミズを見た。
「え、誰? トーマの知り合い?」
シミズが、コハルに一瞥をくれる。
直後、彼女の顔から先ほどの強気がスッと消えた。
「……あ、あの……文芸部の……こっ、後輩……です」
「えー、すっごいカワイ〜じゃん! アタシ、コハル! トーマのクラスメイトの
「あっ、し、シミズです」
「よろしくね! シミズちゃん!」
コハルは屈託のない笑顔で右手を差し出す。
シミズは顔を真っ赤にしてフリーズしている。こいつは極度の人見知りなのだ。
「え、えっと……よ、よろしくお……オハヨーゴザイマス」
数世代前のロボットのような動きで握手を返すシミズ。
「ふふ、シミズちゃん面白いね」
コハルは少し笑ったが、それは嘲笑ではない。親愛の笑いだ。
シミズは視線だけで俺に助けを求める。
(先輩、この“陽”の圧力は強すぎます。まさに強い核力そのものです。目が……目が合わせられません。早く、他者という名の地獄から私を連れ出してください……)
あー、これは完全に内弁慶だ。結局シミズはシミズのままだ。俺の前でだけ女王様。俺以外には、挨拶すらままならない。
(目くらい合わせておけよ)
(む、無理です! あんなに顔が整っている女子と話すだなんて!)
どの口が言うんだ、深窓の令嬢みたいな顔をしといて。
俺はため息をついた。
だが、ここでコハルを邪険にするわけにはいかない。
「コハル、ごめんな。こいつ、ちょっとシャイで」
「ううん! シミズちゃん、すっごくイイ子で楽しいよ!」
コハルは全然気にしない。それどころか、シミズの叙々苑の弁当箱を指さした。
「ねえ、シミズちゃん! それ、叙々苑だよね? いいよね〜! よかったら、一緒に食べない? 小説の話とかしようよ」
「……小説?」
シミズが、俺の背中から顔を半分だけ覗かせた。
「アタシけっこーオタクなんだよね。特にラノベの、『イリヤの空 UFOの夏』とか好きでさぁ」
「!!」
シミズの理知的な瞳が大きく見開かれた。
文学の話になると、コミュ障が引っ込むらしい。オタクの防御壁が解除されたのだ。
「……そ、それは! 奇遇ですね! 私も好きなんです!」
「マジ!? うれし〜。アタシ特に三巻が好きでさぁ。ラーメン屋の大食い対決とか部長の大冒険とか、すっごいワクワクしたんだよね!」
「……っ! お、おっしゃる通りです! あの他愛ない日常からイリヤの容態悪化の急転直下の落差が素晴らしく!!」
言葉が、出始めた。コハル相手でも、オタク趣味という共通の話題を見つけたらスイッチが入るのだ。
そして、コハルよ……ゲーム好きなのは知っていたが、オタクに優しいギャルだったのか……。
「だよねだよね!」
「まさしくです!」
オタクとギャルが20年前のラノベについて語らっている。永遠はここにあったのか。
「じゃ、屋上で話そ?」
「ぜ、ぜひ! 先輩もいっしょで!」
「え、あ、俺?」
二人は揃って、『何を今さら』という顔をした。
◆◆◆
数分後。
俺たちは、なぜか三人で屋上のベンチに並んで座っていた。
真ん中に俺。右にコハル。左にシミズ。
二人の美少女は、俺を挟んで、ランチ同盟を結んでいる。
「いただきまーす! ん〜! この肉やばっ! 溶ける〜!」
コハルは至福の表情で肉を頬張り、シミズはそれを満足そうに見つめている。
シミズはコハル相手にはまだ緊張気味だが、コハルが意外とオタクなことが幸いし、少しずつ心を開き始めているようだ。
「……
「えー? ただ片栗粉多めにしただけだけど。でも、トーマが好きなんだ〜」
シミズは、コハルが俺の名を出した瞬間、ビクッと体を震わせた。
「てか、コハルって呼んでよ。あたしもナツキって呼びたいし」
「あ、こ、コハルさん……」
コハルの積極性に抗えず、顔を赤らめつつ名前を呼ぶシミズ。普段の飄々とした態度とのギャップがあり、かわいい。
「えー、ナツキちゃん照れてる? かわちぃわぁ〜」
コハルは顔を寄せ、シミズの赤面を覗き込む。「か、からかわないでください」としおらしいシミズ。
あぁ^〜なんか百合っぽくなってきたぞ。
女の関係性!! 女の関係性!!(©小島よしお)
俺はカルビを噛み締めながら、二人の絆の美しさに心の中で涙した。
そしてとにかく飯が美味い。コハルの唐揚げは家庭的で優しい味付け。そして叙々苑のカルビは、プロフェッショナルの計算された美味さ。
「トーマ、美味しい?」
「先輩、お口に合いますか?」
左右から同時に聞かれる。双子ASMRみたいでドキドキする。
俺は大きく頷いた。
「ああ、最高だ。どっちも美味すぎて、ほっぺた落ちそうだわ」
二人が同時に「えへへ」「ふふ」と笑う。
青空の下、美少女二人に囲まれてランチ。
これぞ青春。
これぞラブコメ。
――だが、俺は忘れてはいない。忘れてはいけない。
この平和な光景の裏で、俺は『四股』という大罪を背負っていることを。
そして、この屋上の下には、まだ見ぬ強敵たち(フユミと秋葉先輩)が潜んでいることを。
そんな俺の苦悩(自業自得)も露知らず、コハルとシミズは談笑している。
「あ、そうだトーマ。放課後さ、またウチ来なよ。新しいゲーム買ったからさ〜」
「せ、先輩。放課後は……わ、私と、その、ドストエフスキーについて語り合う……約束だったはずですよ!」
……前言撤回。
戦争は終わっていなかった。叙々苑と唐揚げで一時休戦しただけだった。
俺は肉を喉に詰まらせそうになりながら、遠い空を見上げた。