「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第14話 コハルのために射的(後編)

 パンッ!

 

 乾いた破裂音が、昭和歌謡の流れる教室に響いた。

 放たれたコルク弾は一直線に、獲物へと吸い込まれていく。

 

 命中!

 

 『特大うまい棒パック』の重心、そのわずか上一点に突き刺さる。

 

 狙い(あやま)たず。

 不安定に立てかけられていた巨大なパッケージを揺らす。

 

 ぐらり、と極彩色の円柱が傾く。まるでスローモーションのように、景品が棚の縁から滑り落ちる。

 

 ドサッ。

 鈍い音を立てて倒れる。

 

 耳鳴りがするほどの静寂。

 

 そして、

 

「――おぉー!!」

 

 耳鳴りがするほどの、大歓声。

 

「すごーい! 一発で取った!」

 

「チョーかっこいー!」

 

「あの人やっぱコハルちゃんのカレシ!?」

 

 女子たちの興奮した声が、教室の空気をビリビリと震わせる。

 

 俺は一息つき、コルク銃を下ろす。

 

 フッ、やれやれ。

 どうやら面目は保てたらしい。

 めっちゃ褒められてて超嬉しい。俺はニヤける口元をさりげなく手で隠し、クールに決める。

 

「ま、こんなもんかな」

 

 銃を受付の男子に返す。

 

 彼は目を丸くして、

 

 「マジかよ日村、お見事!」

 

 景品を拾い上げ、俺へ差し出した。

 

「ほい、特賞の特大うまい棒!」

 

 差し出された巨大な景品を俺が受け取るより早く、

 

「やったぁぁぁぁっ!!」

 

 コハルが、弾丸のような勢いで俺の懐に飛び込んできた。

 

「っと!」

 

 衝撃。

 柔らかく、温かく、そして豊かな弾力が、俺の胸板に押し付けられる。 

 

 コハルが俺の首に腕を回し、正面から抱きついてきたのだ。

 

「トーマ! すごすぎ! カッコよすぎ! マジで惚れ直した!」

 

「こ、コハル! 近い、近いって!」

 

 俺は慌てて両手を上げた。ホールドアップの姿勢だ。下手に触れば周囲のファンガールたちに八つ裂きにされかねない。

 

 だが、コハルは離れない。むしろ、さらに体を密着させてくる。ヘソ出しの素肌が、俺のシャツ越しに熱を伝えてくる。

 

「えー? いいじゃん、嬉しいんだもん! 約束守ってくれたんだからさ!」

 

 コハルは上目遣いで俺を見つめ、ニカッと笑った。

 天真爛漫を絵に描いたように咲き誇る満面の笑み。

 

 周囲の女子たちが「尊い……」「お似合いすぎ……」とため息を漏らすのが聞こえる。

 

 インスタ映えなんて次元じゃない。

 今のコハルは、この空間の主役、世界の中心だった。

 

「ほら、景品! みんなに見せたげて!」

 

 コハルは俺の手を取ると、高々と掲げて示した。

 

「いぇーい、拍手拍手〜!!」

 

 わあっと大喝采が湧き起こる。

 

 コハルは巧みだ。

 俺をヒーロー扱いすることで、俺への過剰なスキンシップをさらっとうやむやにしてみせた。

 

 これなら、俺もファンガールたちに責められずに済む。むしろ、青春の一ページとして祝福してくれてる。

 

 俺はコハルの恐るべきプロデュース能力に舌を巻いた。あと普通にメチャいい匂いしてドキドキしていた。

 

「……で」

 

 ふと、コハルの声のトーンが落ちた。

 周囲の喧騒にかき消されるほどの、ごく小さなウィスパーボイス。

 コハルは巨大なうまい棒を盾にして、俺たちの顔を周囲のカメラから隠した。

 

 パッケージの陰、二人だけの閉じた空間。

 至近距離にあるコハルの瞳が、とろり、と潤んで見えた。

 

「ご褒美、あげなきゃね」

 

 ラメ入りリップの唇がつやめく。

 コハルは俺の耳元に口を寄せる。温かい吐息が鼓膜をくすぐる。俺の背筋に甘い痺れが走る。

 

「文化祭が終わったら、ね?」

 

 俺の耳たぶに、コハルの唇が触れる。

 チュッという音が、脳髄に直接響いた気がした。

 

 血が沸騰したみたいに全身が火照る。

 公衆の面前での、あまりに大胆な犯行。

 心臓が肋骨を叩き折りそうなほど暴れている。

 

 俺は硬直してしまった。

 コハルはパッと体を離し、イタズラっぽく片目をつむってみせる。

 

 そして彼女は、人差し指を、自身の唇に当てる。

 

「ナイショね?」

 

 コハルはくるりと回転し、ファンたちの方へ向き直った。

 

「はーいお待たせ! 撮影再開しまーす! 今のスーパーショット撮れた子いるー? あとでDMで送ってねー!」

 

 キャーッという歓声が、波のように押し寄せる。

 コハルは瞬く間に、ファンガールズの中心へと戻っていった。

 

 残されたのは、ココナッツの甘い香りと、焦がれるように熱い耳たぶの感触だけ。

 

 俺は……呆然とするしかなかった。

 

「トーマ、ありがと! これ食べて頑張るから、トーマも楽しんでよね!」

 

 人混みの向こうから、コハルが巨大なうまい棒を抱えて手を振った。

 

 その笑顔は、どこまでも明るいアイドルのものだった。

 

 しかし。

 

 ──俺だけは、その瞳の奥にギラついた光を見た。

 

『文化祭が終わったら、ね?』

 

 甘ったるい声の残響は、耳から脳内を浸している。

 

 ど、どうしよう。

 文化祭が終わったら、俺はどうしよう。

 

 俺次第ではあるものの、どうするかまるで決めていない。決められない、と言っていい。

 

 空白の一週間に何があったのかも、未だに思い出しきれずにいる。

 

 俺は浮かされるようにして、自分の耳たぶを無意識に触る。 

 

 熱い。

 コハルの体温が残っている。

 

 俺はフラつく足取りで、射的コーナーを後にした。

 とにかく足を動かして気分転換しないと、俺の小さな脳みそがオーバーヒートしてしまう。

 

 俺はコハルの面影を振り切り、喧騒の渦巻く2年C組を背にした。

 

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