「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第15話 ナツキとデート(前編)

 前回までのあらすじ!

 

 射的で特賞を当てた俺は、コハルからご褒美が貰えるらしい。

 

「ゴールデンウィークと同じことシてあげる。文化祭が終わったら……ね?」

 

 囁かれた爆弾と、耳たぶへのキス。

 

 教室を出て、俺は人混みの中を泳ぐように進む。

 行き交う生徒たちの笑い声、遠くから響く重低音、ソースの焦げる匂い。

 

 熱気は冷めるどころか、密度を増して肌にまとわりついてくる。

 

「ふぅ……」

 

 心臓は依然、早鐘を打っている。昂ぶる体温と浮遊感を、どこか他人事のように感じる。

 

 フユミとコハル。

 

 対極にある二つのエネルギーに浮かされ、俺の脳ミソは湯気を立てている。

 

 少し、頭を冷やそうか。

 そう思った俺は、人混みをかき分けて階段の踊り場へと向かった。

 

 俺は喧騒から逃れるように、渡り廊下へと続く階段の踊り場へと足を向けた。

 

 ふっ、と喧騒が遠のく。

 熱気も照明も、トーンが一段落ちた気がする。ヒンヤリとした静寂へ沈んでいく。

 

 踊り場には先客がいた。

 窓から差し込む光の中で、壁に背を預けている。

 

「おつかれのようですね、先輩」

 

 我が文芸部の後輩、ナツキ──冷水(しみず) 夏希(なつき)だった。

 

 手元の文庫本をパタンと閉じ、たたずまいを正す。

 黒髪のショートボブが、初夏の風に揺られて浮つく。

 

 校内アナウンスでの凛とした美声も記憶に新しいが、今のナツキはどこか気怠げでアンニュイな空気を纏っている。

 

「どうしたんだ、こんなところで。クラスの出し物は?」

 

「見ての通り、サボりですよ」

 

 ナツキは悪びれもせず、華奢な撫で肩をすくめた。

 

「私の仕事は開会式のアナウンスで終わりましたから。それに、私は幽霊部員ならぬ幽霊クラスメイトです。青春だの団結だのといった言葉を聞くだけで、蕁麻疹(じんましん)が出る体質なんです」

 

 言いながら、文庫本をスカートのポケットへ滑り込ませる。

 

 俺は思わず、苦笑交じりのため息をついた。

 

「ナツキ、よくそれで校内アナウンスなんて出来たな……」

 

「放送は機材という『機械』が相手ですから。それに、報酬としてアキハさんからエロゲ貰えますしね」

 

「白昼堂々エロゲって言うなよ……」

 

 仮にも花の女子高生が、清楚な美貌でなんてことを言うんだ。

 

「ふむ。先輩は『クラナドはエロゲっていうか人生だから』などとクダを巻くタイプの泣きゲー至上主義者ですか?」

 

「とんだ偏見と誤解だよ」

 

 ナツキの軽口は、いつも通りだ。

 そのいつも通りが、妙に懐かしく感じられる。

 

 そしてナツキの奴、さりげなくアキハ先輩のことを名前で呼んでるな……以前までは「木南さん」や「会長」と呼んでいたのに。

 

 あ、そう言えば。

 

「そう言えば、ナツキって何で上級生に()()付けしてんの?」

 

「建前上は敬意があるからですが?」

 

 飄々と言ってのけるナツキ。

 こいつ素で慇懃無礼なんだよな……。

 

「そうじゃなくて、なんで俺だけ先輩なの?」

 

「ああ、英語のミームのニュアンスを込めてるんですよ」

 

 英語のミーム……。“Notice me, senpai”か。

 

 英語圏のオタク界隈において、センパイというのは『恋心に気付いてくれない年上の想い人』というニュアンスで使われ

 

「えっ、あ、そゆこと!?」

 

 動揺した俺を、ナツキは真顔で見つめる。

 

「はい、そういうことです。好き好き大好き愛してます、やっと見つけた王子様、私が生まれてきた理由、それはアナタに出会うため」

 

「ガチ恋口上じゃねえか」

 

 予め覚えてきた台本を読み上げるような白々しさ。澄まし顔のナツキは俺から目を逸らさない。

 

 逸らせないのだ。

 ナツキは、なんでもないような表情とは裏腹に、耳も頬もリンゴ飴のように赤らめている。

 

「ということで、デートしましょう」

 

 言うが早いか、ナツキはするりと俺の懐に潜り込み、密着する。

 

 右腕に、柔らかな温もりが伝わる。

 小さく薄く細い肢体の頼りなさが、逆に俺の心臓を締め付ける。

 

 そんな俺の動揺を知ってか知らずか、ナツキは上目遣いで挑発的に微笑む。

 

「フユミさんもコハルさんもアキハさんも、今はお忙しいでしょうから。しばらくは私が先輩を独り占めしちゃいます。お嫌なら一人寂しく帰るので、是非おっしゃってください」

 

「嫌なわけないだろ」

 

「そう言うと思ってましたよ」

 

 ナツキは勝ち誇ったように、無邪気に笑った。

 先ほどまでのコケティッシュな雰囲気はどこへやら、年相応の少女の顔だ。

 

「では、行きましょう。ラブラブしましょう。イチャイチャしましょう。ゾンビ映画で真っ先に殺されるバカップルみたいに」

 

 ナツキは俺の腕をくいくいと引っ張る。ナツキとしては力を込めているのだろうが、素で弱すぎてあんまり引かれてる感じがない。

 

「なんなんだよその不謹慎な例え」

 

「最高に愚かで、最高に幸せで、私たちにピッタリでしょう?」

 

 したり顔のナツキは、それはそれは愛らしかった。

 

 

 ナツキと俺は腕を組んだまま、人の波を泳いだ。

 

 そこからの時間は、なんというか、「普通」だった。

 

 お化け屋敷――2年D組主催『戦慄病院』。

 

 ベニヤ板で作られた迷路の中、俺が「うおっ!?」と情けない悲鳴を上げる横で、ナツキは真顔で「ふむ」と呟いた。

 

「血糊の彩度が高すぎますね。酸化した血液はもっと黒ずみます」

 

「そこまで分析すんなよ」

 

「あと死体役の息遣いが大きすぎます」

 

「そこまで求めてやるなよ」

 

 お化け屋敷の後は、中庭の特設ステージ。

 

 お笑いライブが開催中だ。

 テレビでたまに見る若手芸人が、男子高校生たちにイジられながらネタを披露している。

 

「ふふっ。あのツッコミの間、絶妙に外してますね」

 

「手厳しいな、ナツキ」

 

「いえいえ、『テンポ感が悪いのが逆に面白い』という意味ですよ。……あははっ、今のボケはちょっと好きかも」

 

 ナツキは俺の腕にしがみついたまま、コロコロと笑う。

 屋台で買った大盛り焼きそばを半分こして、タピオカミルクティーを回し飲みして。

 

 他愛のないことで笑い合い、ツッコミを入れる。

 そこには、湿度も重力も、複雑な五角関係も無い。

 

 ただの仲の良い先輩後輩。

 あるいは、端から見れば『バカップル』そのものだったのかもしれない。

 

 あまりに自然すぎて、俺は忘れかけていた。

 この安らぎが、ゾンビ映画の序盤のような――破滅の前の静けさであることを。

 

 

 

 

 

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