「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
前回までのあらすじ!
射的で特賞を当てた俺は、コハルからご褒美が貰えるらしい。
「ゴールデンウィークと同じことシてあげる。文化祭が終わったら……ね?」
囁かれた爆弾と、耳たぶへのキス。
教室を出て、俺は人混みの中を泳ぐように進む。
行き交う生徒たちの笑い声、遠くから響く重低音、ソースの焦げる匂い。
熱気は冷めるどころか、密度を増して肌にまとわりついてくる。
「ふぅ……」
心臓は依然、早鐘を打っている。昂ぶる体温と浮遊感を、どこか他人事のように感じる。
フユミとコハル。
対極にある二つのエネルギーに浮かされ、俺の脳ミソは湯気を立てている。
少し、頭を冷やそうか。
そう思った俺は、人混みをかき分けて階段の踊り場へと向かった。
俺は喧騒から逃れるように、渡り廊下へと続く階段の踊り場へと足を向けた。
ふっ、と喧騒が遠のく。
熱気も照明も、トーンが一段落ちた気がする。ヒンヤリとした静寂へ沈んでいく。
踊り場には先客がいた。
窓から差し込む光の中で、壁に背を預けている。
「おつかれのようですね、先輩」
我が文芸部の後輩、ナツキ──
手元の文庫本をパタンと閉じ、たたずまいを正す。
黒髪のショートボブが、初夏の風に揺られて浮つく。
校内アナウンスでの凛とした美声も記憶に新しいが、今のナツキはどこか気怠げでアンニュイな空気を纏っている。
「どうしたんだ、こんなところで。クラスの出し物は?」
「見ての通り、サボりですよ」
ナツキは悪びれもせず、華奢な撫で肩をすくめた。
「私の仕事は開会式のアナウンスで終わりましたから。それに、私は幽霊部員ならぬ幽霊クラスメイトです。青春だの団結だのといった言葉を聞くだけで、
言いながら、文庫本をスカートのポケットへ滑り込ませる。
俺は思わず、苦笑交じりのため息をついた。
「ナツキ、よくそれで校内アナウンスなんて出来たな……」
「放送は機材という『機械』が相手ですから。それに、報酬としてアキハさんからエロゲ貰えますしね」
「白昼堂々エロゲって言うなよ……」
仮にも花の女子高生が、清楚な美貌でなんてことを言うんだ。
「ふむ。先輩は『クラナドはエロゲっていうか人生だから』などとクダを巻くタイプの泣きゲー至上主義者ですか?」
「とんだ偏見と誤解だよ」
ナツキの軽口は、いつも通りだ。
そのいつも通りが、妙に懐かしく感じられる。
そしてナツキの奴、さりげなくアキハ先輩のことを名前で呼んでるな……以前までは「木南さん」や「会長」と呼んでいたのに。
あ、そう言えば。
「そう言えば、ナツキって何で上級生に
「建前上は敬意があるからですが?」
飄々と言ってのけるナツキ。
こいつ素で慇懃無礼なんだよな……。
「そうじゃなくて、なんで俺だけ先輩なの?」
「ああ、英語のミームのニュアンスを込めてるんですよ」
英語のミーム……。“Notice me, senpai”か。
英語圏のオタク界隈において、センパイというのは『恋心に気付いてくれない年上の想い人』というニュアンスで使われ
「えっ、あ、そゆこと!?」
動揺した俺を、ナツキは真顔で見つめる。
「はい、そういうことです。好き好き大好き愛してます、やっと見つけた王子様、私が生まれてきた理由、それはアナタに出会うため」
「ガチ恋口上じゃねえか」
予め覚えてきた台本を読み上げるような白々しさ。澄まし顔のナツキは俺から目を逸らさない。
逸らせないのだ。
ナツキは、なんでもないような表情とは裏腹に、耳も頬もリンゴ飴のように赤らめている。
「ということで、デートしましょう」
言うが早いか、ナツキはするりと俺の懐に潜り込み、密着する。
右腕に、柔らかな温もりが伝わる。
小さく薄く細い肢体の頼りなさが、逆に俺の心臓を締め付ける。
そんな俺の動揺を知ってか知らずか、ナツキは上目遣いで挑発的に微笑む。
「フユミさんもコハルさんもアキハさんも、今はお忙しいでしょうから。しばらくは私が先輩を独り占めしちゃいます。お嫌なら一人寂しく帰るので、是非おっしゃってください」
「嫌なわけないだろ」
「そう言うと思ってましたよ」
ナツキは勝ち誇ったように、無邪気に笑った。
先ほどまでのコケティッシュな雰囲気はどこへやら、年相応の少女の顔だ。
「では、行きましょう。ラブラブしましょう。イチャイチャしましょう。ゾンビ映画で真っ先に殺されるバカップルみたいに」
ナツキは俺の腕をくいくいと引っ張る。ナツキとしては力を込めているのだろうが、素で弱すぎてあんまり引かれてる感じがない。
「なんなんだよその不謹慎な例え」
「最高に愚かで、最高に幸せで、私たちにピッタリでしょう?」
したり顔のナツキは、それはそれは愛らしかった。
◇
ナツキと俺は腕を組んだまま、人の波を泳いだ。
そこからの時間は、なんというか、「普通」だった。
お化け屋敷――2年D組主催『戦慄病院』。
ベニヤ板で作られた迷路の中、俺が「うおっ!?」と情けない悲鳴を上げる横で、ナツキは真顔で「ふむ」と呟いた。
「血糊の彩度が高すぎますね。酸化した血液はもっと黒ずみます」
「そこまで分析すんなよ」
「あと死体役の息遣いが大きすぎます」
「そこまで求めてやるなよ」
お化け屋敷の後は、中庭の特設ステージ。
お笑いライブが開催中だ。
テレビでたまに見る若手芸人が、男子高校生たちにイジられながらネタを披露している。
「ふふっ。あのツッコミの間、絶妙に外してますね」
「手厳しいな、ナツキ」
「いえいえ、『テンポ感が悪いのが逆に面白い』という意味ですよ。……あははっ、今のボケはちょっと好きかも」
ナツキは俺の腕にしがみついたまま、コロコロと笑う。
屋台で買った大盛り焼きそばを半分こして、タピオカミルクティーを回し飲みして。
他愛のないことで笑い合い、ツッコミを入れる。
そこには、湿度も重力も、複雑な五角関係も無い。
ただの仲の良い先輩後輩。
あるいは、端から見れば『バカップル』そのものだったのかもしれない。
あまりに自然すぎて、俺は忘れかけていた。
この安らぎが、ゾンビ映画の序盤のような――破滅の前の静けさであることを。