「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
前回までのあらすじ!
文芸部の後輩、ナツキ──
「では、行きましょう。ラブラブしましょう。イチャイチャしましょう。ゾンビ映画で真っ先に殺されるバカップルみたいに──最高に愚かで、最高に幸せで、私たちにピッタリでしょう?」
不謹慎な前口上とは裏腹に、俺たちは普通のデートをした。
お化け屋敷を探索し、特設お笑いライブを見て笑い合い、焼きそばを分けっこして、タピオカを回し飲みした。
一通り見て回った頃には、午後三時を過ぎていた。
俺たちは、体育館裏のベンチに腰を下ろした。
メインストリートからは外れた、木漏れ日の落ちる場所。遠くから、吹奏楽部の演奏する『いちごの片想い』が、くぐもった音色で聞こえてくる。
「……ふぅ」
ナツキは紙コップのメロンソーダを一口飲み、一息ついた。
「楽しいですね、先輩」
「ああ。正直、こんなに普通に楽しめるとは思ってなかったよ。もっとソワソワさせられるもんかと」
「でしょう? 私、意外と普通なんです」
ナツキはベンチから足をぷらぷらさせつつ、にんまりと笑う。いたいけな表情である。
そして、唐突に言った。
「私って客観的に見て、めちゃくちゃイイ女だと思いませんか?」
「……んん?」
あまりに脈絡のない自分語りに、俺は吹き出しそうになった。
「なんだ急に。確かにそうだけど」
「事実の確認ですよ。いいですか、よく見てください」
ナツキは立ち上がり、くるりと回ってみせた。
スカートがふわりと花のように広がり、しぼむ。
「ご覧の通り、貧相で貧乳でチンチクリンですが」
「自分で言うなよ」
「手足の長さとバランスには定評があります。スレンダーな美少女です」
ナツキはスカートの裾をつまみ、白い足を強調してみせる。日差しに透けるような透明感。確かに、そのシルエットは芸術的に整っている。
「それに、スペックも悪くない。私は弱冠十六歳にしてミリオンセラーを連発した天才作家です。財力と頭脳には自信がありますよ。――まあ、アキハさんほどではありませんが」
ナツキは指を一本立てる。
「性格だって、基本的にはドライでフランクです。束縛なんてしません。メンヘラ化して刃傷沙汰なんて断じてありえません。面倒な思いはせずに済みますよ――ま、コハルさんほどではありませんが」
二本目の指を立てる。
「それでいて一途です。意外と独占欲も強いので、案外かわいげありますよ。先輩は愛されたがりで、ゆるくマゾっ気あるようですから、その需要も満たせます――ま、フユミさんほどではありませんが」
三本目の指を立て、ナツキは自嘲気味に華奢な肩をすくめた。
「こうして並べると、中途半端ですねぇ。何においても二番手以下。帯に短し
「ナツキ……」
なんて返せばいいんだ。
フォローすべきか、笑い飛ばすべきか。
俺が言葉に詰まっていると、ナツキはスッと俺の隣に座り直した。
さっきまでよりも、近い距離。
触れ合う肩から、体温が伝わってくる。
「でもね、先輩」
ナツキは上目遣いで、俺を覗き込む。
その瞳に、さっきまでのコミカルな光はない。
吸い込まれるような深淵の闇だった。
「何においても二番手以下の私ですが、一つだけ、あの人たちに勝てる『一番』があります」
「……一番?」
「ええ」
ナツキは俺の耳元に唇を寄せた。
吐息が掛かる距離で、甘く、低く、囁く。
「私が、一番、いけない子です」
心臓を、冷たい手で鷲掴みにされた。
「私は『一番になりたい』とは言いません。『平等に愛して』とも言いません」
ナツキの指先が俺の手の甲をなぞる。
這うように纏わりつく、ささやかで滑らかな感触。
「二番目でも、三番目でもいい。誰かの代わりでも構いません。……ただ、私のところに来てくれればいいんです」
周囲の景色が色褪せる。
遠くで鳴る吹奏楽の音が歪む。
文化祭の喧騒が、取るに足りない背景のごとく遠ざかっていく錯覚。
ナツキの姿と声だけが浮き彫りになって、他のすべてがわからなくなる。
「他愛のないおしゃべりで充分です。欲を言わせてもらえるのなら……」
白魚のような手が俺の掌を返し、細くしなやかな指を絡める。
「触れてください。それ以上は求めません……なんて」
ナツキはクスクスと、錆びた鈴のように笑った。
濡れた瞳は細められ、口角が妖艶に歪んでいる。
滑らかな白磁の肌は、ほんのりと桜色に火照っている。
つい先程までの、気安い女友達のようなナツキはもういない。
今ここにいるのは、ふしだらな堕落に無上の悦びを見出す、ファム・ファタールだった。
「どうですか? 先輩。私、『都合のいい女』ですよ」
ナツキの手が、俺の太ももに置かれる。
小さな小さな掌に、底なし沼のような依存性を感じる。
一度足を踏み入れたら、心地よく沈んでいき、二度と浮かび上がれない。
俺は思わず喉を鳴らし、乾いた唇を舐める。
目の前の少女が、この世で最も危険な、禁断の果実に見える。
答えなくちゃいけない。
寂しいこと言うな。自分を安売りするな。ナツキが好きだ。
脳裏に湧き上がる幾つもの言葉は、あまりにも空虚に思えた。浮気者の俺がそれを口にすることに、どれほどの意味があるだろう。
それでも。
「ナツキ、俺は──」
続きを口にはできなかった。
唇を重ねられ、小さな舌が押し込まれる。全体重を預けられ、ナツキ以外のすべてがわからなくなる。
何秒経ったのか。
「──はっ。ふふふ」
唇を離したナツキは、嗤った。
上目遣いで俺を見上げながら、女王が愚者を見下ろすように。
「そういうのは答え合わせの後でしょう。せっかちは女受け悪いですよ」
小馬鹿にした口調で言ってから、ナツキは立ち上がる。
「外じゃなかったら最後までシてあげたのに。中々どうして、私もせっかちですね」
では、今日はこのへんで。
ナツキはそう言い残し、俺のもとを去った。
俺は呆けたまま自分の顔を撫で、あたりを見回す。
初夏の木漏れ日が、目に痛いほど眩しかった。