「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

83 / 85
第16話 ナツキとデート(後編)

 前回までのあらすじ!

 

 文芸部の後輩、ナツキ──冷水(しみず) 夏希(なつき)が暇してるので、デートすることになった。

 

「では、行きましょう。ラブラブしましょう。イチャイチャしましょう。ゾンビ映画で真っ先に殺されるバカップルみたいに──最高に愚かで、最高に幸せで、私たちにピッタリでしょう?」

 

 不謹慎な前口上とは裏腹に、俺たちは普通のデートをした。

 

 お化け屋敷を探索し、特設お笑いライブを見て笑い合い、焼きそばを分けっこして、タピオカを回し飲みした。

 

 一通り見て回った頃には、午後三時を過ぎていた。

 

 俺たちは、体育館裏のベンチに腰を下ろした。

 

 メインストリートからは外れた、木漏れ日の落ちる場所。遠くから、吹奏楽部の演奏する『いちごの片想い』が、くぐもった音色で聞こえてくる。

 

「……ふぅ」

 

 ナツキは紙コップのメロンソーダを一口飲み、一息ついた。

 

「楽しいですね、先輩」

 

「ああ。正直、こんなに普通に楽しめるとは思ってなかったよ。もっとソワソワさせられるもんかと」

 

「でしょう? 私、意外と普通なんです」

 

 ナツキはベンチから足をぷらぷらさせつつ、にんまりと笑う。いたいけな表情である。

 

 そして、唐突に言った。

 

「私って客観的に見て、めちゃくちゃイイ女だと思いませんか?」

 

「……んん?」

 

 あまりに脈絡のない自分語りに、俺は吹き出しそうになった。

 

「なんだ急に。確かにそうだけど」

 

「事実の確認ですよ。いいですか、よく見てください」

 

 ナツキは立ち上がり、くるりと回ってみせた。

 スカートがふわりと花のように広がり、しぼむ。

 

「ご覧の通り、貧相で貧乳でチンチクリンですが」

 

「自分で言うなよ」

 

「手足の長さとバランスには定評があります。スレンダーな美少女です」

 

 ナツキはスカートの裾をつまみ、白い足を強調してみせる。日差しに透けるような透明感。確かに、そのシルエットは芸術的に整っている。

 

「それに、スペックも悪くない。私は弱冠十六歳にしてミリオンセラーを連発した天才作家です。財力と頭脳には自信がありますよ。――まあ、アキハさんほどではありませんが」

 

 ナツキは指を一本立てる。

 

「性格だって、基本的にはドライでフランクです。束縛なんてしません。メンヘラ化して刃傷沙汰なんて断じてありえません。面倒な思いはせずに済みますよ――ま、コハルさんほどではありませんが」

 

 二本目の指を立てる。

 

「それでいて一途です。意外と独占欲も強いので、案外かわいげありますよ。先輩は愛されたがりで、ゆるくマゾっ気あるようですから、その需要も満たせます――ま、フユミさんほどではありませんが」

 

 三本目の指を立て、ナツキは自嘲気味に華奢な肩をすくめた。

 

「こうして並べると、中途半端ですねぇ。何においても二番手以下。帯に短し(たすき)に長し」

 

「ナツキ……」

 

 なんて返せばいいんだ。

 フォローすべきか、笑い飛ばすべきか。

 俺が言葉に詰まっていると、ナツキはスッと俺の隣に座り直した。

 

 さっきまでよりも、近い距離。

 触れ合う肩から、体温が伝わってくる。

 

「でもね、先輩」

 

 ナツキは上目遣いで、俺を覗き込む。

 その瞳に、さっきまでのコミカルな光はない。

 

 吸い込まれるような深淵の闇だった。

 

「何においても二番手以下の私ですが、一つだけ、あの人たちに勝てる『一番』があります」

 

「……一番?」

 

「ええ」

 

 ナツキは俺の耳元に唇を寄せた。

 吐息が掛かる距離で、甘く、低く、囁く。

 

「私が、一番、いけない子です」

 

 心臓を、冷たい手で鷲掴みにされた。

 

「私は『一番になりたい』とは言いません。『平等に愛して』とも言いません」

 

 ナツキの指先が俺の手の甲をなぞる。

 這うように纏わりつく、ささやかで滑らかな感触。

 

「二番目でも、三番目でもいい。誰かの代わりでも構いません。……ただ、私のところに来てくれればいいんです」

 

 周囲の景色が色褪せる。

 遠くで鳴る吹奏楽の音が歪む。

 文化祭の喧騒が、取るに足りない背景のごとく遠ざかっていく錯覚。

 

 ナツキの姿と声だけが浮き彫りになって、他のすべてがわからなくなる。

 

「他愛のないおしゃべりで充分です。欲を言わせてもらえるのなら……」

 

 白魚のような手が俺の掌を返し、細くしなやかな指を絡める。

 

「触れてください。それ以上は求めません……なんて」

 

 ナツキはクスクスと、錆びた鈴のように笑った。

 

 濡れた瞳は細められ、口角が妖艶に歪んでいる。

 滑らかな白磁の肌は、ほんのりと桜色に火照っている。

 

 つい先程までの、気安い女友達のようなナツキはもういない。

 今ここにいるのは、ふしだらな堕落に無上の悦びを見出す、ファム・ファタールだった。

 

「どうですか? 先輩。私、『都合のいい女』ですよ」

 

 ナツキの手が、俺の太ももに置かれる。

 小さな小さな掌に、底なし沼のような依存性を感じる。

 

 一度足を踏み入れたら、心地よく沈んでいき、二度と浮かび上がれない。

 

 俺は思わず喉を鳴らし、乾いた唇を舐める。

 目の前の少女が、この世で最も危険な、禁断の果実に見える。

 

 答えなくちゃいけない。

 寂しいこと言うな。自分を安売りするな。ナツキが好きだ。

 

 脳裏に湧き上がる幾つもの言葉は、あまりにも空虚に思えた。浮気者の俺がそれを口にすることに、どれほどの意味があるだろう。

 

 それでも。

 

「ナツキ、俺は──」

 

 続きを口にはできなかった。

 

 唇を重ねられ、小さな舌が押し込まれる。全体重を預けられ、ナツキ以外のすべてがわからなくなる。

 

 何秒経ったのか。

 

「──はっ。ふふふ」

 

 唇を離したナツキは、嗤った。

 上目遣いで俺を見上げながら、女王が愚者を見下ろすように。

 

「そういうのは答え合わせの後でしょう。せっかちは女受け悪いですよ」

 

 小馬鹿にした口調で言ってから、ナツキは立ち上がる。

 

「外じゃなかったら最後までシてあげたのに。中々どうして、私もせっかちですね」

 

 では、今日はこのへんで。

 

 ナツキはそう言い残し、俺のもとを去った。

 

 俺は呆けたまま自分の顔を撫で、あたりを見回す。

 初夏の木漏れ日が、目に痛いほど眩しかった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。