「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
「……意外と言うと失礼ですが、体力がおありなんですね、トーマさん」
アキハ先輩は鼻から下をシーツに隠したまま、恨めしげに呟いた。
その美貌は、朝露に濡れた薔薇のように汗ばみ赤らんでいる。いつもは透き通っている声は、かすれて甘く濁っている。
「次は、やられっぱなしでは済ませませんから」
アキハ先輩は、乱れて額に貼り付く前髪をかき上げる。切れ長の黒瞳は俺に焦点を合わせると、ふいっと逸らされた。
それはそれは悔しげである。
主導権を握られ、あられもない声を幾度となく引き出されたことが、どうにも悔しいらしい。
今のアキハ先輩には、いつもの完璧な生徒会長の面影はない。負けず嫌いな童女の顔があった。
「アキハ先輩こそ……深窓の令嬢とはとても思えないくらいの体力でしたよ」
俺は荒い呼吸を整えながら、本心からそう返した。
畏敬の念すら抱いている。
彼女のパワーとスタミナは男の俺と同等か、それ以上だった。
「
アキハ先輩は間延びした口調で言いつつ、ころんと俺の胸元へ倒れ込んだ。肌を通じて伝わる温もりと、心地よい重み。二人の心音が重なる。まだ少し弾んでいる。
「……というか」
アキハ先輩がハスキーボイスで囁く。いつもとは違った魅力がある。
上位者の彼女が、上目遣いで俺を見る。黒い瞳から放たれる、インクのように濃密な視線。
「呼び捨てにはしてくれないんですか?」
「それは……俺からしたら、アキハ先輩は『先輩』って感じですよ。尊敬しているからです」
「あら、そうですか。最中は何度も呼び捨てにしておられたのに」
「ゔっ」
「『先輩』って感じで
「す、すみませ」
「なぜ謝るのでしょう。なにか悪いことをしたのでしょうか。目を逸らされると寂しいです」
落ち着いたトーンで、淡々と言葉責めされている。
「あ、あんまり見つめんでください……」
「あら、どうしてでしょう。私はあなたの瞳も好きです。あなたも、私の瞳を見るのが好きなようでしたのに」
アキハ先輩は無邪気に微笑む。
俺が照れたので、自分の勝ちと判断したらしい。
アキハ先輩には、歳不相応に幼い面と、歳不相応に妖艶な面があるのを、きょう初めて知った。
俺は今まで、歳不相応に大人びた面ばかりを見ていた。知っているつもりで知らないことばかりなのだと知った。
俺はそっと、アキハ先輩の頭を撫でる。
「俺、ちょっと飲み物持ってきますね」
アキハ先輩にそう言ってから、ゆっくり体を起こす。窓の外には、すでに夜の帳が下りていた。
朝焼けの黄金色も、昼間の青空も、夕焼けの茜色も、一切はとうに消え失せている。
俺の病室は最上階にある。
窓外、眼下に広がる宵闇には、
窓ガラスに映り込む病室は薄暗い。時の流れを忘れた俺たちを余所に、ただモニターの電子音だけが規則正しく時を刻んでいる。
半日。
俺たちは12時間以上、交わっては休み、水分と栄養を取り、また求め合うことを繰り返していた。
常軌を逸している。
世界有数の財閥の令嬢……あの完璧超人の木南明先輩と、サルみたいに盛り合っていたなんて。
その前の晩の俺は、疎遠になっていた幼なじみと貪り合っていたという。たった二日前まで童貞だったのに、夢のような時間を過ごしたことになる。
実感が曖昧だ。
妄想にしても非現実的に過ぎる。
狂っている。
俺は窓辺に立ち、外を眺めた。
見下ろす街並みは、いつも通りの有り様だった。ネズミが隘路を走り抜ける。猫はそれを眺めて追うでもなく、のんびりくつろいでいる。見上げる夜空もいつも通りだ。カラスが数羽、高層マンションのバルコニーから俺を見下ろして飛んでいた。
俺たちだけが狂っている。
月と太陽は順番を間違えない。昼の後には夜が来る。鼠は猫には噛みつかない。カラスが白く染まったりはしない。
どこまでも平常運転の世界で、ただ俺の日常だけが、後戻りできないほど狂ってしまっていた。
だが、その退廃的な狂騒こそが、弱い俺には必要だった。
振り返る。目を合わせるのが気まずく、虚空に泳がせた俺の視線は、一糸まとわぬアキハ先輩の裸体を捉えた。
「アキハ先輩は……着痩せするタイプですね」
俺の視線は、先輩の身体を這い回る。慌てて引き剥がそうとしたが、よくよく考えたらもう今更だ。俺はスポーツドリンクを手にベッドへ戻り、アキハ先輩の目の前に座る。
アキハ先輩の白磁の肌は汗に濡れ、常夜灯の光を弾いて艶めかしく光っていた。
「あら。慎みのない私の贅肉がお気に召したなら何よりですわ」
先輩は俺の手からドリンクを受け取りつつ、わざとらしく胸を張った。
確かに、その豊かさは、制服の上からでは想像もつかないほどだった。
だが、俺が見ていたのはそこだけではない。
「勿論そっちも魅力的ですが……俺としては、この引き締まった筋肉と体幹に目が行きましたね」
俺は指先で、彼女のヘソ周りをなぞる。
「んっ……」
白磁のような肌の下、腹直筋がうっすらと、しかし確実に縦のラインを描いていた。
四肢もそうだ。
ただ細く引き締まるだけではない。しなやかな鋼が薄い脂肪の下に隠されている。抱きしめた時に感じた反発力、俺に巻き付きしがみついた四肢の力強さは、この鍛え上げられた肉体によるものだ。
俺は腹直筋をなぞる指先を右下へと這わせ、美しいエッジを描く腰骨と鼠径部を掌で撫でた。
「っ……」
先輩の身体がびくりと跳ねる。
目を合わせるとすぐに視線をそらし、腕で自身の腹を隠そうとした。
裸を見られることにはもう慣れたはずなのに、筋肉を見られることには耐性がないらしい。初めて見る、純粋な恥じらいの
先輩はとろとろと潤んだ瞳から粘らかな視線を放ち、
「……トーマさん、あなた、随分と女慣れしてらっしゃるようですね」
必死に俺を睨んだ。
「い、いやぁ、まぁ……」
まぁフユミとシたから先輩で二人目ですし、と言いかけてから、それはあまりにも最低で最悪なので口を
アキハ先輩は俺の手首を掴んだ。
「そもそも、あなたは女
アキハ先輩は俺の手の上から指を絡める。手の大きさに差があることを実感する。
「いやぁ、そんなそんな……」
俺は苦笑いで誤魔化す。強くは否定できない。
仲良くしたい一心で、半ば無意識に相手の琴線に触れようとしてしまう。八方美人な俺の悪癖だ。
「……そろそろ、もう一度お風呂に入りましょうか」
先輩が話題を変えるように提案する。
「ええ……」
俺は素直に従った。
特別病棟の広々としたユニットバス。
今、このフロアには俺たち以外の気配はない。先輩が手を回し、看護師や警備員を遠ざけているのだろう。
これで二度目の入浴だ。
結局また激しく動いて汗をかくことになるのに、と内心で呆れつつも、俺は彼女の後を追った。