「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第8話 記憶を取り戻したトーマと、訪れたフユミ。

 回想を終えた俺の口から漏れたのは、

 

「……どうしよう」

 

 情けないほど震えた声だった。

 

 必死に頭を抱えても、脳裏に焼き付いた過去は消えない。

 

 思い出した。

 全部、思い出してしまった。

 

 ゴールデンウィーク。

 あの空白の一週間で、俺が何をしたのか。

 俺は、フユミと、アキハ先輩と、ナツキと、コハルと──

 

 4人の女の子全員に、手を出していた。

 記憶の蓋が開いた今、それは奔流となって俺の脳内を埋め尽くし、内側から圧迫する。

 

 4月30日。夕立の中。

 衝動的に病院を抜け出した俺が、本能のままに向かったのはフユミの家だった。

 

 長年のわだかまりを解き、そして一線を越えた。あのときのフユミの体温も、泣き顔も、初めての感触も、すべてが鮮明だ。

 

 5月1日。朝焼けの病室。

 アキハ先輩が、俺の病状について話してくれた。

 気まぐれな天上人だった彼女の、無邪気と狂気。目まぐるしく入れ替わる加害者と被害者という関係性。俺たちは背徳的な共犯関係を結んだ。

 

 そして、コハル。

 ただのクラスメイト以上、ぎりぎり友人未満という関係性。近くも遠くもなかった距離感は、あの日あの夜ゼロより近くなった。

 

 あどけなさと貪欲さを覚えている。ココナッツの甘ったるい香りが、俺の頭の中に焼き付いている。

 

 さらには、ナツキ。

 文芸部の生意気な後輩。オタク仲間の女友達。

 部室でオタク話をするだけの関係だったはずなのに。

 ちょっとした()()()()の応酬がエスカレートして、とうとう一線を越えてしまった。

 抱えた腰の細さと背中に立てられた爪の鋭さを、指体が覚えている。

 

 四人。

 四人の記憶を、昨日のことのように思い出せる。

 

「……最低だ、俺って」

 

 頭を抱える。髪をかきむしる。

 

 四股だ。

 しかも全員、俺の人生においてかけがえのない、大切な人たちだ。

 俺の脳内で、四人の笑顔が、泣き顔が、艶めいた表情が、走馬灯のように回転する。

 

 選べない。

 誰か一人なんて、選べるわけがない。

 選ばなきゃいけない。でも選べない。

 

 どうにかしなきゃいけない。

 どうにかする方法がわからない。

 考えなきゃいけない。考えてもわからない。

 

 けれど、時間は止まらない。

 

 ナツキの囁きが頭の中にこだまする。

 

『私が、一番、いけない子です』

 

 吸い込まれるような昏い瞳が脳裏をよぎる。

 

『今から、一番になろうと思います』

 

 舞台劇──【パリスの審判】の最中の、あのキス。千人を超える観客の前で見せつけた既成事実。

 

『あとは、すべて、あなた次第です。どうか、あなたの望み通りになさって……』

 

 アキハ先輩の柔らかく湿った声が脳内に響く。

 彼女は全てを知った上で、選択権を俺に与えてくれた。

 

 選ぶ。

 全員を?

 誰か一人を?

 

 どちらにしろ俺は最低最悪のクズだ。

 

 どうする?

 どうすればいい?

 

 記憶を取り戻した今、俺は彼女たちとどう向き合えばいいんだ?

 

 思考は堂々巡りを繰り返し、答えの出ない迷路を彷徨う。

 

 罪悪感と自己嫌悪で吐き気がする。

 

 もういっそのこと──

 

 最悪に不誠実な決断を思い浮かべてしまった、そのとき。

 

 ピンポーン。

 

 無機質な電子音が、静寂を引き裂いた。

 

 ビクッ、と心臓が跳ね上がる。

 

 誰か。

 いや、考えるまでもない。

 

 心臓が肺に焦げついたみたいに、ドス黒く重苦しい熱が胸に広がる。

 

 布団をかぶって居留守を使いたい。ベッドの中で眠っている次の日になればいいのに。世界が終わるまで曖昧にまどろんでいられればいいのに。

 

 だが、インターホンの向こうの彼女は、絶対にそれを許さない。それはわかってる。

 

 俺は重い体を引きずり、玄関へと向かう。

 ドアノブに手をかける。金属の冷たさが、汗ばんだ掌に伝わる。

 

 ガチャリ。

 鍵を開け、ドアを引く。

 

 夕闇が迫る玄関口。

 逆光の中に、そのシルエットは佇んでいた。

 

「……フユミ」

 

 そこに立っていたのは、俺の幼なじみ。

 月澄・フユミ・エインズワースだった。

 制服姿のまま、カバンを両手で前の方に持っている。

 

 上目遣いの碧眼が俺を射抜く。

 

 いつも通りの、むすっとした美貌。

 

「何よ、その顔」

 

 そう呟いて、彼女は俺の脇をすり抜けた。

 

「お邪魔します」

 

 誰に言うでもない挨拶。

 ローファーを脱ぎ、慣れた手つきで俺の靴まで揃える。そして俺が呆然としている間にズカズカ上がり込む。足を止めることなく廊下の電気をつける。少し眩しい。照明をつけ忘れていたことに今さら気づいた。

 

 フユミはふん、と鼻を鳴らした。

 

「あんたが倒れてから結構タイヘンだったのよ。もー観客がたくさんいるせいでテンヤワンヤで」

 

 文句を言いつつリビングへと進んでいく。

 

「アキハ先輩と生徒会の人たちが協力してくれたおかげなんだから、後でお礼しときなさい」

 

 フユミは学生カバンを()()()で拭ってから、ソファの横に置く。そして、俺がソファの上に散らかした漫画本をパパっと手に取り、テーブルの隅に置き直した。

 

「それから、コハルは文化祭が盛り下がらないよう全力でフォローしてたから、それも感謝しなさい」

 

 フユミは流れるような動作で窓辺に歩み寄り、閉じていたカーテンをシャッ、と勢いよく開け放つ。夕日が差し込んでくる。窓を開け、網戸に夕風を通す。

 

 淀んでいた部屋の空気が、強制的に入れ替わる。

 

「あ、そうだ。これはオフレコだけどね」

 

 フユミは振り返り、人差し指を唇に寄せる。

 

「ナツキちゃん、子どもみたいに泣きじゃくってたわよ。『自分のせいだ』って。別にそんなことないのにねぇ。気にしてたみたいだから、アンタからは触れないようにしたげなさい」

 

「やめてくれ」

 

 俺は堪えきれず、そう言ってしまった。

 

「頼む……何も無かったみたいに、俺に優しくしないでくれ……」

 

 フユミは聞こえていないみたいに、スタスタと台所へ向かった。

 

 冷蔵庫を開ける音がする。

 

 無視された。

 いや、聞かなかったことにされた。

 俺はしばし呆けた後、慌ててキッチンへ追いかける。

 

「フユミ、俺は──」

 

「アンタこそ」

 

 フユミは俺に背を向けたまま、冷蔵庫の前で立ち止まる。庫内灯のLEDが逆光になり、フユミの背中は影を負う。

 

「それ、やめて」

 

 俺に背を向けたまま、フユミは続ける。

 庫内から漏れ出る冷気が俺の足下を這う。

 

「その、『罰してください』みたいな顔、やめて。反吐が出るから」

 

 何も言えない。思い浮かぶ言葉もない、何か言う資格もない。

 

 冷蔵庫がアラーム音を響かせる。

 開いている時間が長すぎたのだ。

 

 パタン、と冷蔵庫を閉める音。

 

 フユミが、ゆっくりと振り返る。

 子どもの頃みたいな笑顔を浮かべている。

 

「お腹すいてるでしょ。ごはんにしましょ」

 

 

 

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