「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
回想を終えた俺の口から漏れたのは、
「……どうしよう」
情けないほど震えた声だった。
必死に頭を抱えても、脳裏に焼き付いた過去は消えない。
思い出した。
全部、思い出してしまった。
ゴールデンウィーク。
あの空白の一週間で、俺が何をしたのか。
俺は、フユミと、アキハ先輩と、ナツキと、コハルと──
4人の女の子全員に、手を出していた。
記憶の蓋が開いた今、それは奔流となって俺の脳内を埋め尽くし、内側から圧迫する。
4月30日。夕立の中。
衝動的に病院を抜け出した俺が、本能のままに向かったのはフユミの家だった。
長年のわだかまりを解き、そして一線を越えた。あのときのフユミの体温も、泣き顔も、初めての感触も、すべてが鮮明だ。
5月1日。朝焼けの病室。
アキハ先輩が、俺の病状について話してくれた。
気まぐれな天上人だった彼女の、無邪気と狂気。目まぐるしく入れ替わる加害者と被害者という関係性。俺たちは背徳的な共犯関係を結んだ。
そして、コハル。
ただのクラスメイト以上、ぎりぎり友人未満という関係性。近くも遠くもなかった距離感は、あの日あの夜ゼロより近くなった。
あどけなさと貪欲さを覚えている。ココナッツの甘ったるい香りが、俺の頭の中に焼き付いている。
さらには、ナツキ。
文芸部の生意気な後輩。オタク仲間の女友達。
部室でオタク話をするだけの関係だったはずなのに。
ちょっとした
抱えた腰の細さと背中に立てられた爪の鋭さを、指体が覚えている。
四人。
四人の記憶を、昨日のことのように思い出せる。
「……最低だ、俺って」
頭を抱える。髪をかきむしる。
四股だ。
しかも全員、俺の人生においてかけがえのない、大切な人たちだ。
俺の脳内で、四人の笑顔が、泣き顔が、艶めいた表情が、走馬灯のように回転する。
選べない。
誰か一人なんて、選べるわけがない。
選ばなきゃいけない。でも選べない。
どうにかしなきゃいけない。
どうにかする方法がわからない。
考えなきゃいけない。考えてもわからない。
けれど、時間は止まらない。
ナツキの囁きが頭の中にこだまする。
『私が、一番、いけない子です』
吸い込まれるような昏い瞳が脳裏をよぎる。
『今から、一番になろうと思います』
舞台劇──【パリスの審判】の最中の、あのキス。千人を超える観客の前で見せつけた既成事実。
『あとは、すべて、あなた次第です。どうか、あなたの望み通りになさって……』
アキハ先輩の柔らかく湿った声が脳内に響く。
彼女は全てを知った上で、選択権を俺に与えてくれた。
選ぶ。
全員を?
誰か一人を?
どちらにしろ俺は最低最悪のクズだ。
どうする?
どうすればいい?
記憶を取り戻した今、俺は彼女たちとどう向き合えばいいんだ?
思考は堂々巡りを繰り返し、答えの出ない迷路を彷徨う。
罪悪感と自己嫌悪で吐き気がする。
もういっそのこと──
最悪に不誠実な決断を思い浮かべてしまった、そのとき。
ピンポーン。
無機質な電子音が、静寂を引き裂いた。
ビクッ、と心臓が跳ね上がる。
誰か。
いや、考えるまでもない。
心臓が肺に焦げついたみたいに、ドス黒く重苦しい熱が胸に広がる。
布団をかぶって居留守を使いたい。ベッドの中で眠っている次の日になればいいのに。世界が終わるまで曖昧にまどろんでいられればいいのに。
だが、インターホンの向こうの彼女は、絶対にそれを許さない。それはわかってる。
俺は重い体を引きずり、玄関へと向かう。
ドアノブに手をかける。金属の冷たさが、汗ばんだ掌に伝わる。
ガチャリ。
鍵を開け、ドアを引く。
夕闇が迫る玄関口。
逆光の中に、そのシルエットは佇んでいた。
「……フユミ」
そこに立っていたのは、俺の幼なじみ。
月澄・フユミ・エインズワースだった。
制服姿のまま、カバンを両手で前の方に持っている。
上目遣いの碧眼が俺を射抜く。
いつも通りの、むすっとした美貌。
「何よ、その顔」
そう呟いて、彼女は俺の脇をすり抜けた。
「お邪魔します」
誰に言うでもない挨拶。
ローファーを脱ぎ、慣れた手つきで俺の靴まで揃える。そして俺が呆然としている間にズカズカ上がり込む。足を止めることなく廊下の電気をつける。少し眩しい。照明をつけ忘れていたことに今さら気づいた。
フユミはふん、と鼻を鳴らした。
「あんたが倒れてから結構タイヘンだったのよ。もー観客がたくさんいるせいでテンヤワンヤで」
文句を言いつつリビングへと進んでいく。
「アキハ先輩と生徒会の人たちが協力してくれたおかげなんだから、後でお礼しときなさい」
フユミは学生カバンを
「それから、コハルは文化祭が盛り下がらないよう全力でフォローしてたから、それも感謝しなさい」
フユミは流れるような動作で窓辺に歩み寄り、閉じていたカーテンをシャッ、と勢いよく開け放つ。夕日が差し込んでくる。窓を開け、網戸に夕風を通す。
淀んでいた部屋の空気が、強制的に入れ替わる。
「あ、そうだ。これはオフレコだけどね」
フユミは振り返り、人差し指を唇に寄せる。
「ナツキちゃん、子どもみたいに泣きじゃくってたわよ。『自分のせいだ』って。別にそんなことないのにねぇ。気にしてたみたいだから、アンタからは触れないようにしたげなさい」
「やめてくれ」
俺は堪えきれず、そう言ってしまった。
「頼む……何も無かったみたいに、俺に優しくしないでくれ……」
フユミは聞こえていないみたいに、スタスタと台所へ向かった。
冷蔵庫を開ける音がする。
無視された。
いや、聞かなかったことにされた。
俺はしばし呆けた後、慌ててキッチンへ追いかける。
「フユミ、俺は──」
「アンタこそ」
フユミは俺に背を向けたまま、冷蔵庫の前で立ち止まる。庫内灯のLEDが逆光になり、フユミの背中は影を負う。
「それ、やめて」
俺に背を向けたまま、フユミは続ける。
庫内から漏れ出る冷気が俺の足下を這う。
「その、『罰してください』みたいな顔、やめて。反吐が出るから」
何も言えない。思い浮かぶ言葉もない、何か言う資格もない。
冷蔵庫がアラーム音を響かせる。
開いている時間が長すぎたのだ。
パタン、と冷蔵庫を閉める音。
フユミが、ゆっくりと振り返る。
子どもの頃みたいな笑顔を浮かべている。
「お腹すいてるでしょ。ごはんにしましょ」