「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。   作:会澤迅一

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第10話 ☆月澄・フユミ・エインズワース(中編)

 トーマと初めて会った日のことは、もう思い出せない。

 

 親同士が仲良しで、家が隣り合っていて、物心つく前から一緒だった。

 

 大きくなったら結婚しようだとか、そんなお約束は全然なくて。

 

 私たちは兄弟姉妹(きょうだい)みたいに過ごしていた。

 

 引っ込み思案だった私から見ると、トーマは人気者だった。

 でも、きっとそれは私の憧れのせいで、本当のトーマは普通の子だったんだと思う。

 

 キッカケは、偶然だった。

 

 五年生になったばかりの頃。

 クラス替えで、私とトーマは別の組になった。

 

 帰り際にトーマのクラスの前を通りがかったとき。

 

『トーマは? 可愛いと思う女子いる?』

 

 教室の中から男子の声がした。

 

『月澄さんじゃね? いつも一緒だしさぁ』

 

『わかる! ハーフだしさ、めーっちゃ目立ってるよな』

 

 私の心臓はぎゅっと縮んだ。

 

 わかってる。バカにされてるわけじゃない。ただ目立つ外見だから、話題に上るだけ。

 

 ただそれだけのことが、幼い私には我慢できないほど、辛く苦しかった。

 

 その場を離れてしまえばいいのに、私は息を止めて固まってしまった。トーマがどう答えるのか、どうしても知りたいと思ってしまった。

 

『ハーフじゃなくてクォーターって言うんだけどね。フユミのお父さんがハーフだよ』

 

 トーマの声は、落ち着いていた。相手の男子たちは、トーマの訂正の意味がわからず、聞き流したみたいだった。

 

『で、月澄さんとはどうなの? やっぱカノジョ?』

 

『可愛いと思ってるでしょ? だから一緒にいるんでしょー?』

 

 からかうような口調。私の体から血の気が引いた。

 

 トーマは何て言うだろう。可愛くないって言うかな。当たり前だよね。トーマとしか喋れないし、トーマとしか遊んだことないし。オシャレだってできなくて、前髪だって伸ばしっぱなしだし。私みたいな変な子は可愛くない。

 

 当たり前なのに。

 もしトーマから「可愛くない」って言われたら、私はその場で死んじゃうだろう、と思った。

 

『可愛いよ』

 

 私は耳を疑った。

 きっと、相手の男子たちも同じだったんだと思う。

 

『俺が思ってるってか、見てわかるじゃん、可愛いって。いっしょにいる理由はそれだけじゃないけど』

 

 トーマは平然と続けた。

 

 少しだけの静寂の後、

 

『おまえ、エロじゃん!』

 

 一人が(はや)し立てた。でもトーマは、

 

『いや、あいつスゲーんだよ!』

 

 怒るでもなく、自慢げだった。

 

『めっちゃ本読んでて色んなこといっぱい知ってるし、料理も上手いし、英語も喋れるし、あと、体育いつも休んでるけど、走るのもチョー速くて、ダンスもできて、あとは──』

 

 トーマは私のことをずっと話していた。

 相手の男子たちもアッサリ毒気を抜かれ、トーマの話を楽しげに聞いていた。

 

 そのうち、すぐに話題が移り変わった。私は、ようやく動くようになった足で、昇降口へ向かった。

 

 浮き上がってしまいそうだった。

 誰もいない廊下で、私はスキップして、小躍りしながら歩いた。

 

 トーマが可愛いって言ってくれた。

 トーマが可愛いって言ってくれた!

 

 悪目立ちするから嫌いだった金髪碧眼を、トーマは褒めてくれた。

 独りの退屈を凌ぐために自然と身についただけの特技を、トーマは自分のこと以上に誇ってくれた。

 

 上履きからスニーカーに履き替え、出口のところでトーマを待つ。

 

 トーマはすぐに来てくれた。

 

『待った?』

 

 言いながらドタドタと履き替えて、私に並ぶ。

 

『ううん、今来たとこ』

 

 私は小さな嘘をついて、トーマと一緒に並んで歩く。

 

 トーマは楽しそうに、今日あったことを話してくれた。内容はもう思い出せないけど、トーマの仕草と表情は、怖いくらいに覚えてる。

 

 私は相槌を打ちつつ、トーマへの気持ちをどうにか言葉にしようとしていた。

 

 そのときまでのトーマは、友達や家族みたいな感じだった。いっしょにいると落ち着いて、あったかいような感じ。

 

 でも、「可愛い」って言ってくれたときからは違う。心臓がドキドキして少し痛いのに、それがイヤじゃない。不思議な感じ。

 

 あれこれ考えているうちに、夕焼けの色が変わった。

 

 太陽は沈みきる直前、帰り道は金色の光に包まれている。

 

『きれーだよな。レモンの色に似てるだろ』

 

 トーマは見惚れているみたいだった。

 

『マジックアワーって言うんだって』

 

 得意げに言う。私がトーマに教えてあげたことだから、私は知ってるのに。少し可笑しくて、すごく愛おしかった。

 

『フユミの髪の色とも似てるね』

 

 さらっと出て来た一言に、私は飛び跳ねて驚いた。

 

 私のこと綺麗って言った?

 いや、綺麗って言ったのは夕焼けのことで、レモンの色のことで、でも私も似てるって、私じゃなくて私の髪も私は私で、

 

 ぐるぐる考えて目を回しそうな私の顔を、トーマは覗き込む。 

 

『フユミの目の色は空より濃い青だよな。群青(グンジョー)って言うんだっけ? 前髪で隠しちゃうのもったいなくね?』

 

 なんてこと言うの、と思った。

 

 トーマは私が欲しい言葉を、きっと私より知っていた。

 

 

 

 

「……なーんて」

 

 私は泣き疲れたトーマを抱きしめたまま呟く。

 

「子どもの頃から女たらしなのよねー、あんたは」

 

 トーマに言ってはみたものの、返ってきたのは寝息だけ。泣き疲れて眠ってしまったらしい。

 

 こいつ、つくづくダメ男……。

 

 ま、心労が祟ったんでしょうけど。

 

 トーマを見ていると、たびたび思い出す童話がある。

 

 月と太陽になった兄妹のお話。

 

 兄が太陽で、妹が月。

 月になった妹は、夜に一人ぼっちなのが寂しくて、兄と役目を代わってもらう。

 

 念願叶って太陽になれた妹は、今度は昼間みんなに見られるのが恥ずかしくて、強い光で自分を隠した。

 

「私たちみたいよね」

 

 眠るトーマの頭を撫でる。涙の跡を指先でぬぐう。

 

 私は思う。

 はじめ、月だった妹は、何を思っていたんだろう。

 強い光に照らされて、自分から輝いているみたいに振る舞って。

 

 大好きな太陽の周りをぐるぐる周りつづけるのに、近づくことはできなくて、長い時間をかけて少しずつ離れていく。

 

 きっと、すごく寂しかったんじゃないか。

 

 私は思う。

 兄と立場を取り替えて太陽になった妹は、何を思っていたんだろう。

 本当の自分を誰かに見られるのが怖くて、それでもたった一人には見つけてほしくて。

 ぎらぎらぎらぎら輝いているうちに、自分でも自分が見えなくなって、月は近くにいるはずなのに、少しずつ遠ざかっていく。

 

 やっぱり寂しいままだったんじゃないか。

 

 私、寂しいのはイヤ。

 

「はぁ……」

 

 ため息は熱っぽかった。

 

「あーっ、ドキドキする。覚悟は決めたつもりなのに。……早く起きないかしら」

 

 とはいえ、無理やり起こすわけにもいかない。

 私はトーマを抱きしめたまま、自分の胸が高鳴るのを感じていた。

 

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