「私で童貞捨てたくせに」と学園美少女四天王から言われてるんですが、まったく記憶にございません。 作:会澤迅一
トーマと初めて会った日のことは、もう思い出せない。
親同士が仲良しで、家が隣り合っていて、物心つく前から一緒だった。
大きくなったら結婚しようだとか、そんなお約束は全然なくて。
私たちは
引っ込み思案だった私から見ると、トーマは人気者だった。
でも、きっとそれは私の憧れのせいで、本当のトーマは普通の子だったんだと思う。
キッカケは、偶然だった。
五年生になったばかりの頃。
クラス替えで、私とトーマは別の組になった。
帰り際にトーマのクラスの前を通りがかったとき。
『トーマは? 可愛いと思う女子いる?』
教室の中から男子の声がした。
『月澄さんじゃね? いつも一緒だしさぁ』
『わかる! ハーフだしさ、めーっちゃ目立ってるよな』
私の心臓はぎゅっと縮んだ。
わかってる。バカにされてるわけじゃない。ただ目立つ外見だから、話題に上るだけ。
ただそれだけのことが、幼い私には我慢できないほど、辛く苦しかった。
その場を離れてしまえばいいのに、私は息を止めて固まってしまった。トーマがどう答えるのか、どうしても知りたいと思ってしまった。
『ハーフじゃなくてクォーターって言うんだけどね。フユミのお父さんがハーフだよ』
トーマの声は、落ち着いていた。相手の男子たちは、トーマの訂正の意味がわからず、聞き流したみたいだった。
『で、月澄さんとはどうなの? やっぱカノジョ?』
『可愛いと思ってるでしょ? だから一緒にいるんでしょー?』
からかうような口調。私の体から血の気が引いた。
トーマは何て言うだろう。可愛くないって言うかな。当たり前だよね。トーマとしか喋れないし、トーマとしか遊んだことないし。オシャレだってできなくて、前髪だって伸ばしっぱなしだし。私みたいな変な子は可愛くない。
当たり前なのに。
もしトーマから「可愛くない」って言われたら、私はその場で死んじゃうだろう、と思った。
『可愛いよ』
私は耳を疑った。
きっと、相手の男子たちも同じだったんだと思う。
『俺が思ってるってか、見てわかるじゃん、可愛いって。いっしょにいる理由はそれだけじゃないけど』
トーマは平然と続けた。
少しだけの静寂の後、
『おまえ、エロじゃん!』
一人が
『いや、あいつスゲーんだよ!』
怒るでもなく、自慢げだった。
『めっちゃ本読んでて色んなこといっぱい知ってるし、料理も上手いし、英語も喋れるし、あと、体育いつも休んでるけど、走るのもチョー速くて、ダンスもできて、あとは──』
トーマは私のことをずっと話していた。
相手の男子たちもアッサリ毒気を抜かれ、トーマの話を楽しげに聞いていた。
そのうち、すぐに話題が移り変わった。私は、ようやく動くようになった足で、昇降口へ向かった。
浮き上がってしまいそうだった。
誰もいない廊下で、私はスキップして、小躍りしながら歩いた。
トーマが可愛いって言ってくれた。
トーマが可愛いって言ってくれた!
悪目立ちするから嫌いだった金髪碧眼を、トーマは褒めてくれた。
独りの退屈を凌ぐために自然と身についただけの特技を、トーマは自分のこと以上に誇ってくれた。
上履きからスニーカーに履き替え、出口のところでトーマを待つ。
トーマはすぐに来てくれた。
『待った?』
言いながらドタドタと履き替えて、私に並ぶ。
『ううん、今来たとこ』
私は小さな嘘をついて、トーマと一緒に並んで歩く。
トーマは楽しそうに、今日あったことを話してくれた。内容はもう思い出せないけど、トーマの仕草と表情は、怖いくらいに覚えてる。
私は相槌を打ちつつ、トーマへの気持ちをどうにか言葉にしようとしていた。
そのときまでのトーマは、友達や家族みたいな感じだった。いっしょにいると落ち着いて、あったかいような感じ。
でも、「可愛い」って言ってくれたときからは違う。心臓がドキドキして少し痛いのに、それがイヤじゃない。不思議な感じ。
あれこれ考えているうちに、夕焼けの色が変わった。
太陽は沈みきる直前、帰り道は金色の光に包まれている。
『きれーだよな。レモンの色に似てるだろ』
トーマは見惚れているみたいだった。
『マジックアワーって言うんだって』
得意げに言う。私がトーマに教えてあげたことだから、私は知ってるのに。少し可笑しくて、すごく愛おしかった。
『フユミの髪の色とも似てるね』
さらっと出て来た一言に、私は飛び跳ねて驚いた。
私のこと綺麗って言った?
いや、綺麗って言ったのは夕焼けのことで、レモンの色のことで、でも私も似てるって、私じゃなくて私の髪も私は私で、
ぐるぐる考えて目を回しそうな私の顔を、トーマは覗き込む。
『フユミの目の色は空より濃い青だよな。
なんてこと言うの、と思った。
トーマは私が欲しい言葉を、きっと私より知っていた。
◇
「……なーんて」
私は泣き疲れたトーマを抱きしめたまま呟く。
「子どもの頃から女たらしなのよねー、あんたは」
トーマに言ってはみたものの、返ってきたのは寝息だけ。泣き疲れて眠ってしまったらしい。
こいつ、つくづくダメ男……。
ま、心労が祟ったんでしょうけど。
トーマを見ていると、たびたび思い出す童話がある。
月と太陽になった兄妹のお話。
兄が太陽で、妹が月。
月になった妹は、夜に一人ぼっちなのが寂しくて、兄と役目を代わってもらう。
念願叶って太陽になれた妹は、今度は昼間みんなに見られるのが恥ずかしくて、強い光で自分を隠した。
「私たちみたいよね」
眠るトーマの頭を撫でる。涙の跡を指先でぬぐう。
私は思う。
はじめ、月だった妹は、何を思っていたんだろう。
強い光に照らされて、自分から輝いているみたいに振る舞って。
大好きな太陽の周りをぐるぐる周りつづけるのに、近づくことはできなくて、長い時間をかけて少しずつ離れていく。
きっと、すごく寂しかったんじゃないか。
私は思う。
兄と立場を取り替えて太陽になった妹は、何を思っていたんだろう。
本当の自分を誰かに見られるのが怖くて、それでもたった一人には見つけてほしくて。
ぎらぎらぎらぎら輝いているうちに、自分でも自分が見えなくなって、月は近くにいるはずなのに、少しずつ遠ざかっていく。
やっぱり寂しいままだったんじゃないか。
私、寂しいのはイヤ。
「はぁ……」
ため息は熱っぽかった。
「あーっ、ドキドキする。覚悟は決めたつもりなのに。……早く起きないかしら」
とはいえ、無理やり起こすわけにもいかない。
私はトーマを抱きしめたまま、自分の胸が高鳴るのを感じていた。