凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~   作:三軒となり

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第10話 シングルベッドの罠

 

 通りに並ぶ石造りの家々を眺め、首を伸ばしながら見上げた町の外壁。

 

「えーっと……。北と南に大きな門があって、中央のこのマークは……なるほど噴水か。そんでもってこっちに ────」

 

 俺とエルミスは衛兵から貰った地図を眺めながら、ウィンタムと呼ばれた町の中を歩いていた。

 蜘蛛の巣のように伸びている道を西の方へなぞっていくと、人差し指が×印へと重なる。

 

「ここら辺だと思うけど……」

「あっ、あれじゃないです?」

 

 広場からそう遠くない路地裏の一角に、目的地であろう建物はあった。

 

 二階建て。灰色の石壁はところどころが黒ずみ、継ぎ目には苔が張り付いている。窓枠の木材は乾ききっており、細かなひび割れが走っていた。

 

「これは……まさにファンタジー世界の宿って感じだな」

「映画のセットみたいですね」

 

 軒にはベッドの形をした木製の看板と、小さなランタンが吊り下がっている。お世辞にも綺麗とは言えないが、どこか冒険心をくすぐる雰囲気のある宿だ。

 

「入ってみるか」

「はい」

 

 水色のアホ毛を左右に震わせるエルミスと顔を合わせ、入口の(かし)材でできた重厚な扉へ手をかけると、蝶番(ちょうつがい)がギィっと音を鳴らした。

 

 中へ足を踏み入れた瞬間に、鼻をついたのは古びた木材と酒の匂いで。受付らしき部屋の中央には丸テーブルがポツンと一つ、ただでさえ狭い空間をさらに窮屈に見せていた。

 

「食事かい、泊まりかい」

 

 しわがれた声のした方向へ目をやると、木製カウンターの奥で椅子にもたれかかりながらこちらをじろりと睨みつけている瘦せこけた老人が一人。

 

「…………」

 

 白髪交じりの髪を短く後ろに結んだ爺さんの細い目が、まるで品物を値踏みするかのように俺達の全身を舐めまわした。

 

 あまり気持ちの良いものではない洗礼を受け、漂っていた陰気を払うかのように俺は作り笑いを浮かべる。

 

「一晩泊まりたいのですが、部屋って空いてますか? できれば食事も」

「予算は?」

 

 爺さんが変わらぬ表情のまま、指でカウンターをトントンと叩く。

 その視線の先へ、俺は巾着袋を広げた。

 

「これで足りますかね?」

 

 袋の縁から覗く銀貨二枚と銅貨五枚を見た途端。爺さんは鼻で笑い、やれやれと首を横に振った。

 

「冗談だろ? 銀貨二枚じゃせいぜい安物の酒とシチュー止まり。ふかふかのベッドに入りたきゃ全く足りねぇぞ小僧。そうだなぁ宿泊なら十枚は必要さね」

「十枚……」

 

 衛兵に言われた通り、俺は五枚の銀貨から三枚を抜いていた。

 

 なるほどね……。

 

 俗世に疎い転移者は『詐欺られるぞ』という警告だったのだと、この爺さんの卑しい顔をみて理解する。

 

 それに、現地民であるヴォルフォクサーさんが一泊程度にはなると言って渡してくれた金額の倍もするはずがない……。おかげで全財産を上回る金額をふっかけられても、俺は焦ることはなかった。

 

 全く、こういうことはさせないで欲しいね……。駆け引きや交渉、腹の内の探り合いなんて苦手なことこの上ない。

 そうはいっても金は重要だし、やるしかないんだけど。

 

 お得意の他者投影(妄想)を使って、上手くこの身に鋼メンタルを宿すとしよう……。すぅ ────

 

「…………」

 

 内心を透かされないよう虚勢を張り、沈黙を恐れず爺さんと睨み合う。できる限り鋭く、圧を込めて、イメージするのは歴戦のギャンブラーだ。

 

 ビビるな。あの狼に比べたら爺さん相手など大したことはない。

 

「そちらこそ冗談じゃないですか? 三枚もあれば十分でしょう」

「ちっ……せめて四枚は積みな。持ってんだろ? 転移者だと思ってふっかけてみたが、案外肝が太てぇな小僧」

 

 根負けして天を仰いだ爺さん。

 どうやら俺は思ったより演技派だったらしい。

 

「よかった……」

 

 竜頭蛇尾とはこのことで。緊張の溶けてしまった俺はほっと胸を撫で下ろしながら、懐から取り出した追加の銀貨を二枚、カウンターへと重ねた。

 

「まいど。飯付で一泊、部屋は二階の角だ」

 

 爺さんはスッと硬貨をカウンターの内に落とすと、代わりに錆びたシンプルな鉄鍵を差し出した。

 

「ベッドは一つ、壁が薄いから気を付けろよ。隣は長旅帰りのごろつきだ、扉を蹴破ってでも交ざりたがるやもしれん」

 

 不意の言葉に、目の前の老人が何を言ったのか理解できなかったのだが、細い目の見つめる先を辿りエルミスへと達した時、俺は全てを察した。

 

「えっ、ベッド一つ!? いや、それはちょっと……」

「銀貨四枚なんだ当然だろ。もちろん飯も一人分。二人とも飲み食いしたけりゃ八枚。単純計算で倍さね」

「は、八枚……」

 

 しまった。この爺さんの方が何枚も上手(うわて)。いや、本来なら寝具や料理の数を確認するべきだろう俺の落ち度か……。

 

 くそぅ、そんなん分かるかって。

 こちとら異世界旅行は初ですよ?

 

 ポケットの中で握りしめた残り一枚の銀貨に手汗が滲む。

 

 た、足りない……。どうする。

 

 何があるか分からない以上、宵越しの銭も少しは残しておきたい気持ちがあった。

 

 だがしかし……。

 

 首は振らず、目線の動きのみで隣にいる少女を透かし見る俺。

 

 エルミスと同じベッドで寝るとか……ダメだろ、ダメダメ。

 お、俺はまぁ良いとしても、絶対彼女はイヤに決まってる。

 

 って、ん?

 

 ポケットに突っ込んだ腕にヒクヒクと伝わる感触があり……、みるとエルミスが俺の袖を引いていた。

 

 どこか緊張した面持ちで薄っすらと頬を赤く染める彼女。金色の瞳を、右下と俺の顔へ行き来させながらその口がボソリと言葉を呟いた。

 

「わ、私は大丈夫ですよ……? テンセイさんと同じベッドでも」

 

 なんだと……?

 いや落ち着け、勘違いするな。

 

 出会ってすぐの美少女からの好感度が限界突破している。なんてのは幻想であり妄想。ラノベやアニメだけで許される夢物語りである。

 

 彼女の言った「大丈夫ですよ」はきっと信頼……いや、「コイツなら絶対に手を出してこないだろう」という侮蔑に近い気持ちかもしれない。

 どちらにせよ、決して男女のアレな感情ではないはずだ。もしや……ずっと無防備な彼女を背負い、歩き続けたことで〝人畜無害〟の称号を俺は獲得したのだろうか?

 

 男としてそれはどうなんだろうと思わなくもないが……よい。この際それでよい。結果、二人でぬくぬくと布団の中で寝られるのだから言うことないだろう。

 

 決して邪な下心などないと、俺は自分に言い聞かせ頷いた。

 

「そ、そう? じゃあこのまま泊まろうか」

「は、はいっ……」

 

「ふっ。お盛んなことで結構。食事場はその奥、満席になったことはないが早めに食べておくといい。夜はろくでもない連中が来たりするからな」

 

 俺とエルミスが互いに醸し出していたぎこちない雰囲気をぶった切るように、爺さんは腕を上げて一階奥の扉を指さした。

 

 異世界転生一日目の夜は、まだ始まったばかりである……。

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