凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~ 作:三軒となり
扉を開けると、乳製品の芳ばしくも濃厚な香りが鼻を包んだ。
「うわぁ」
「おぉ美味そうな匂い」
あいも変わらず低い天井の梁から吊るされたランタン。その頼りない光の照らす四つの木製テーブルが、部屋の中をギュウギュウに占拠している。爺さんの言う通り、受付の奥は宿の食事場になっていた。
「…………」
部屋の隅からチラリと飛んできた視線。みると革鎧を着込んだ中年の男が、あごひげを撫でながら木製のジョッキをユラユラと揺らしている。どうやら現在の客は、このおっさん一人だけのようだ。
おっさんは俺とエルミスを一瞥だけして、直ぐにテーブルへと視線を戻した。
「あんたらさっさと座んな、今日はシグワピッグのシチューだよ」
そしてその逆、厨房のようなスペースから活気ある声が飛んでくる。
宿の女将さんだろうか? エプロン姿のふくよかな女性が、両手に大きな木製の椀を抱えて出てきた。
その
「おぉ……」
「わぁ……」
中では白い湯気を立てたシチューが、とろりとした表面を揺らしていた。
じっくり煮込まれたことの分かる、形をホロホロに崩した肉の塊と、赤と緑の野菜たちが乳白色の海にプカプカと浮いている。
濃厚な乳の香りが鼻を
同時に溢れ出る生唾をゴクリと飲み込むと、豪快な笑い声が飛んでくる。
「がははっ、熱いうちに食べな」
「えっと取り皿なんか ────」
今すぐかきこんでしまいたい気持ちを抑え、エルミスの分もとりわけようと顔を上げるとそこにはもう一皿、全くの同じシチューが滑ってきた。
「あれ、確か一人分だけって……」
パチパチと不思議そうに
「サービスさね。ったくあのジジイ、転移者からも銭をふんだくるなんてきたねぇったらありゃしない」
笑顔を浮かべた女将のおばさんから、バチコンっと豪快なウィンクが放たれる。
「「ありがとうございます!!」」
なんと優しい女将さんだろう。
心からのお礼と共に、無意識に頭は下がった。
「まぁ転移者がわんさか来たことで、食糧事情に問題が出始めてるのは事実だけどねぇ」
腕を組み、顔を少しだけ
やっぱりそうか……。
人類がみんな押し寄せて来たのだ。衣食住の問題が、そらかしこで起こっていても不思議はない。
神がいけると踏んだのだ。てっきり莫大な資源を持った豊かな国ばかりなのかと思ったが……
「すみません。そんな中で二人分もシチューを出してもらって」
転移者というより、侵略者にでもなった気分だ。
「がはは、気にしないどくれ。リーファスは自然豊かで広大な国だからね、まだ余力はあるほうさ。代表であるセフィラ様も、困っている転移者は積極的に受け入れる方針を出しているし、あたしもアンタらみたいなのを見たらお節介するようにしているのさ」
「やっぱり転移者って雰囲気とかで分かるもんなんですか?」
「だいたい顔つきを見れば分かるさね。皆、平和ボケしてる王国暮らしみたいな顔だからねぇ。ここいら境界線にはもっと荒々しいような奴らしかいないのさ、それに……」
そう口にしたおばさんが、エルミスへと視線を落とす。
「こんな珍妙な武器を持ってるのも転移者の特徴さね。なんだいそりゃ?」
「あぁこれハサミなんですよ。エルミス、見せてあげたら?」
「は、はいっ!」
エルミスが革のホルダーからハサミを抜き、テーブルの上にガチャリと置く。
「ほぇー、これがかい? デカすぎて使いにくそうだが……」
「び、美容師用のやつなんですけど、こんなに大きくなるとは私も……」
ハサミを手に取り、軽く振り回す女将さん。
「ありがとう。やっぱり面白いねぇ。ここ最近、転移者の持ち物を見るのがアタシの楽しみなんだが……この町は
なるほど。全然転移者っぽい人間を見ないと思ったが、そういうことだったのか。
となると、ひとまずその隣町を目指すのが良さそうだな。既に生活している転移者と会えば、色々と情報も貰えるだろう。
「ちなみに他の転移者はどんなものを持ってきてました?」
「んー……、こないだはピコピコ音のなる槌をもってた奴がいたね、ありゃぁ傑作だった。叩いてもポコアラットすら倒せないんだ」
おばさんはガッハッハと男勝りな笑いを飛ばし、バシンバシンとエルミスの肩を叩いた。その無骨な手で叩かれるたびに、両サイドのおさげとアホ毛を跳ねさせたエルミスが、ひぇっと小さな声を漏らしながら目をまん丸に見開いている。
まるでライオンと仔猫……。
いや、流石にシチューの恩人を猛獣に例えるのは失礼か。とはいえ、どうみてもこの巨大なハサミは女将さんの方が似合っている気がする。
「ぶゎはっ、やめといてやれって女将さん。まるでリーファスベアとピコラビットだぜ? 可愛い子ちゃんが固まっちまってんぞ」
例えは違えど俺の心を代弁したかのような声が、先ほど見たおっさんの座っていたテーブルから飛んできた。
目をやると、ひげ面のおっさんがジョッキの底をこちらへ向けていて……酔いがだいぶ回っているのだろう、真っ赤な顔で下卑た笑みを見せている。
「あぁ? そんな口きいている暇あったら、アンタも例の
片目を顰めた女将さんに向けて、おっさんはジョッキを横へ振った。
「ダメダメ。今回は〝ユグドラシル〟のSランク二人が駆り出されてる。下っ端の出番はねぇよ」
「へぇ。特級相手にあの二人を出すとは、国も思い切ったね」
「なんでも既に何人かのAランクが消息を絶ってるらしいぜ、てかエールのおかわり頼むわ」
突き出されたおっさんのジョッキを受け取ると、女将さんはアンタ達もエールで良いかい? と俺達に確認して厨房の中に戻って行った。
勢いと気迫に負け、訳も分からず俺とエルミスは頷いてしまったが……、エールって酒だよな? 俺は良いとしてエルミスは大丈夫か?
って、ん?
肌を舐めるような視線を感じ、顔を向けるとおっさんが肩肘をつきながらニヤニヤとこちらを
「可愛い嬢ちゃんだな。気をつけろよ、美人の転移者ってのは狙われやすい」
「へっ?」
「なんならオレが今、口説いちゃおうっか ────」
「あーどうも。さっき言ってたSランクの開拓者ってのは、白クマと虹色の髪をした女の子のことですか?」
嫉妬ではなく無意識だと信じたい。気がつくとエルミスをおっさんの視線から遮るように、俺は身体を乗り出していた。
「へぇ、転移者のクセに知ってるのか。ヴォルフォクサーとパトリガロットを」
「昼間、森で狼に襲われていたところを二人に助けてもらったんです」
「狼……、ナイトウルフか?! よく生きてたな兄ちゃん」
「とんでもなく強かったですよあの二人。一撃でしたもん」
俺の返事に、ニタリと笑ったおっさんが得意げに話を始める。
「あの二人はリーファスの最高戦力。Sランクの中でも指折りの開拓者だからな。いずれ天
すっと指さされた天井。
「天
「まぁ転移者は知らねぇか。Sランクより上の開拓者を括るランクなんてものはねぇ。だからその中でも上澄み、皆が異名で呼ぶ開拓者が十人いるのさ。
「
「あぁ、そしてその十天にいずれ到達するであろう開拓者を『天上に至る』と称するんだ」
あぁ……なるほど。天井じゃなくて天上か。
「
「あぁそうだ、ちなみに ────」
それからおっさんは
旨っ……!!
シチュ―がうますぎて正直、話しには集中できていなかった。
目を輝かせながらスプーンを頬張っているエルミスもまた、一切おっさんの話は聞いていないだろう……。二つ頭をした宵闇と呼ばれる蛇がどうだとか、
まぁ本人も酔っぱらっており、俺らが話を聞いているかなど微塵も気にしてはいなさそうだから良いか。
「──── ってな感じでな。この辺りは深度1~2、中級まで出てくるから気を付けろよ? つかお前らナイトウルフ以外の
「はい、まだ転移してきたばかりなので」
「うーむ……、そいつぁとっとと慣らしといた方が良いな。この世界じゃ
魔術回路……。
確かにポーさんがそんなことを言っていたなと思い出す。
「転移者は魔力がないんでしたっけ?」
「あぁ。体の作りが現地民の俺らと違うらしいからな、魔術が使えなくても開拓者になってる奴はまぁまぁいるらしいが、よくやるよ」
「へぇ。それでもいるんですね、開拓者になってる転移者」
「いや、むしろ多いぜ? 転移者で開拓者になるやつは」
「えぇ?! そうなんですか?」
「あぁ、隣町にゃわんさか溢れてるぜ」
思わぬ収穫である。異世界にきて数ヶ月そこらの転移者でも開拓者になれるのならば、目的としていた職探しは開拓者でも良さそうだ。
とはいえ……平和ボケした地球人が
「開拓者って、
「あぁ魔力が無い代わりに、お前らは不思議な力が使えるんだろ?
出たよ神律……。
俺は持ってないんだよなぁ、何故か……。
「ちなみに兄ちゃん達はどんな神律 ────」
カンカンカンカン!!!!
おっさんの言葉を遮るように、突如として激しい鐘の音が響いた。
「へっ?」
「な、なんだ!?」
「召集だ!!
直後、扉の方から受付の爺さんの叫び声が響き、不穏な空気と緊張とが身体を強張らせる。
「お、丁度いい。兄ちゃん達よぉ、
ざわつく俺の心とは裏腹に、先ほどまで真っ赤にしていた顔をいつのまにか落ち着かせたおっさんは、ニヤリと口元を歪めていた。