凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~ 作:三軒となり
ジャキン ──── っと。
甲高く、それでいて妙に透き通った切断音が広場の空気を震わせた。
緑色の巨体、ゴブリンジェネラルはピタリと動きを止めたまま動かない。
振り上げた炎の剣も、地を砕かんばかりに踏み込んだ足も、獲物を嬲る愉悦を滲ませた醜悪な笑みさえも……すべてが静止している。
《は……?》
ポロっと
──── ガシャン。
静寂に凪いだ石畳へ黒鉄の鎧が落ちる。
真直ぐな一本の線がゴブリンジェネラルの眉間から鼻を通り、口のど真ん中を裂いて喉へ、胸へ、腹へと赤黒いラインを引いていく。
そしてそれがずるりと左右に割れると、血飛沫が一拍遅れてやってきた。緑色の巨体が、内臓と鮮血をぶちまけながら崩れ落ちる。
その後ピクリとも動かなくなった
「やった……」
「テン……セイさ……」
「おっと!!」
横でふらついたエルミスの身体を受けとめるも、その瞬間に彼女はアトロポスの反動で意識を失い、すぅすぅと寝息をたて始めた。
「お疲れ、だけど……」
彼女の身体を左半身で担ぎ、残った右腕で拳を構える。
《ギィア》
《ギギギ》
そう。大ボスを倒しても、まだ大量の雑魚が残っているのである。俺の目線の先には数十……数百の小鬼達が所狭しと
「リビオ!! くそっ、このままじゃまずい」
「おっさん!! 後ろだ!!」
「ちぃっ!!」
倒れたままのリビオニールさんを介抱するおっさんの周りにも、小鬼達が群がっていた。一匹ずつ殴り倒しているが、徐々に緑色の波が彼が呑み込んでいく。
いくらゴブリンが雑魚とはいえこの量……。それに上位の個体も何体か混じっている。壁に、屋根に、通りに蠢く小鬼達。正直ゴブリンジェネラルを倒したからといって、状況が好転したとは言えなかった。
「どうなってんだよコイツら次から次に」
「ちっ、こっちで一人やられた!!」
「まずいぞ門が!!」
「くそっ、噴水に寄れ!! 円陣を組むんだ!!」
切り伏せられた死体を踏みつけ、次が来る。さらにその後ろから次が、また次。倒れている仲間などお構いなしに、前へ前へと押し寄せてくるゴブリン軍団。
戦いとは、最後には数がモノを言うのだと思い知らされた。街の開拓者達は一歩、また一歩と広場の中央へと押しやられていた。
まずい……。
エルミスを抱えたままじゃ強引に突破して逃げることもできない。万事休すかと息を呑んだその瞬間 ────
「
目の前の全てが白に染まった。
同時に肌を刺すような〝冷気〟が町を包む。
「なんだこれ!?」
吐いた息が白い。
いやそれどころじゃない、町全体が氷に閉じ込められたようだった。
パキパキと音を鳴らしながら進む氷の筋は、目の前に群がるゴブリン達、その一匹も漏らさず全ての個体を氷塊へと変えていく。
頭の先からつま先まで真っ白に染まり、完全に静止する小鬼達。
動くもの全てが静止した町の広場は静寂に包まれた。
「くひひっ。わりぃわりぃ。全部狩りつくしたと思ったが、まだ居たんだなゴブジェネ」
「
そんな沈黙を切り裂いたのは特徴のある笑い声だった。白い靄の中で、大小二つの影が揺らめいている。
「ヴォルさん!! ポーさん!!」
だれかが叫んだその名前に、予感は確信へと変わった。
白クマと、レインボーおかっぱ頭……。それは森で俺を助けてくれたSランクの開拓者の二人。ヴォルフォクサーさんと、ポーさんだった。
「うぇっ。リビ僧死にかけてんじゃん、だいじょうぶかぁ? ヴァナっとく?」
「むやみに世界を開くな。すぐ治癒魔術をかけてやれ、それで十分だろう」
「ちっ、他人の身体に回路繋ぐのだりぃんだよなぁ」
リビオニールさんの近くでしゃがみ込み、つんつんと指で彼を突つくポーさん。
そんな彼女の頭をコツンと叩いたヴォルフォクサーさんの槍の先が目に入った時、俺は驚愕した。
重厚な槍。艶を拒む黒を宿したその太い柄の先には、先ほどエルミスが倒したゴブリンジェネラルの頭部が七つほど連なって刺さっていたのである。
「ヴォルフォクサーさん……それは」
「ん? おぉテンセイ、無事だったか。森の中で
「くひひっ。特級だって聞いていたが、まさか
町を壊滅させた
「つか門の前にも死にかけてる開拓者共が結構いたぜ? 軽く治療しといたが、手の空いているやつは救護に行ってやれ」
「それで、このゴブリンジェネラルは誰が倒したのだ? 見事な太刀筋だが、この様子だとリビオニールではあるまい?」
真っ二つに割れた死体の前で、ヴォルフォクサーさんが首を捻る。
「あ、それならエルミスが」
「なに!?」
「くひひっ。森のアレはマジだったってことか」
二人は互いに目配せすると、無言で軽く頷き合った。
「テンセイよぉ、オメェどこの宿に泊まってる?」
「え、そこの角にあるやつですけど」
ポーさんが、その青い瞳を薄っすらと細める。
「白鼠亭か、なるほど。明日の朝迎えに行くから、嬢ちゃんとそこで待ってろ」
「えっ? それはどういう……」
「くひひっ、隣町のリンドールまでお前らを連れていくのさ」
「
ヴォルフォクサーさんが補足するように言葉を繋げたが、俺はいまいちピンときていなかった。
「?」
「くひひっ、久々に出てきたなぁ。天上へ至る可能性を秘めた化け物がよぉ」
「ふむ。ユグドラシルも連議会入りが近いかもしれんな」
わけがわからないと眉を
「ほいじゃー、また明日なぁ」
「手の空いている開拓者は町の修復にあたるぞ、ついてこい」
背中越しにヒラヒラと二人の腕が振られ、その小さい方……虹色のおかっぱ頭の横でパチンっと指が弾かれると、町中で氷漬けになっていたゴブリン達が一斉に砕け散った。
サァーっと引いていく冷気の中、どこかで誰かが上げた
それは勝利の余韻か、命の危機が去った安堵か、深いため息が漏れた。
「はぁ……」
美少女と出会い、狼に殺されかけ、白クマに救われ、レインボーおかっぱ頭にも殺されかけ、ゲロ旨いシチューに出会い、大ピンチに遭遇し、謎の能力が開花した……。
あまりにもいろいろなことが起こりすぎた異世界生活一日目も、ようやく幕を閉じようとしていた。
◆◇
「おーいそっち持ってくれ」
「東門の方もだいぶやられてるらしいぞ」
「土魔術が得意な奴はいるかー?」
先ほどまで殺伐としていた通りには活気が満ちていた。
失ったものは決して小さくないはず。それでも立ち止まらないこの世界の人達はきっと、何度も
「やっぱ異世界すげぇな……」
ぽつりと呟いた言葉が窓の外へ溶けていく。宿屋の一室、銀貨四枚で借りた部屋の窓辺で俺は、町の復興作業を見降ろしていた。
あれからエルミスを休ませるために部屋に戻ってきていた俺は、彼女を寝かせた後にすぐ復興作業の手伝いに入るつもりだったのだが、女将さんから「いいから休んどきな」と突っ返されてしまい絶賛手持無沙汰状態である。
勝手の分からない転移者が手伝うことなどなく、ただの足手まといという理屈を聞かされてしまったらもうどうしようもあるまい。
なんとも言えない気持ちのやり場に困り、ふと顔を上げる。
「うわぁ……まじで異世界すげぇな」
見上げた夜天には宝石箱をひっくり返したかのような星空が広がっていた。黒い天蓋に敷き詰められた無数の光は、まるで天を流れる川のようで……手で掬えてしまいそうなほどの輝きを放っている。
空に向かって握った指が
だが、そこには僅かな熱が籠っていた。
「火の完全耐性……」
あの
俺の力? なのか分からないが、目の前で起きた不思議な現象をアイツはそう呼んだ。その言葉を鵜呑みにしてよいものか……。それに発動条件もよく分からない、あの時エルミスを庇ったから?
「……すぅ……すぅ……」
シングルベッドの上で気持ちよさそうに眠る彼女に視線を落とす。
そういえば……。
俺の能力も謎だが、彼女の言動にもかなり不自然な節があった。
彼女はいったい……。
あ、やばい。
考え事してたら俺も眠気が……。
…………。
…………。
…………。
「んがっ?!」
跳ねるように起きた身体。
どうやら俺は、床の上でうたた寝をしてしまったらしい。あれからどのくらい時間が経ったのだろう? 騒がしかった窓の外は既にしんっとしている。
「んん……テンセイさん……?」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
聞こえた声に視線をやると、目を覚ましたエルミスがベッドの上であくびをしていた。
彼女がアトロポスの反動から起きたということは、だいぶ寝ちゃってたな俺……。
「へっ?! て、テンセイさん、もしかして床で寝てるんですか?」
「あ、うん。全然気にしないでいいよ、慣れてるし」
「あ、え、っと……」
「ん?」
薄暗い部屋の中、彼女の
しばらく口を開きかけては閉じるを繰り返したエルミスは、やがて意を決したように身体に掛かっていた薄い掛け布団をきゅっと握りしめて呟いた。
「わ、私は……その……大丈夫、です……よ?」
視線は下がったまま。長いまつ毛の影に隠れた金色の瞳が、ちらちらと落ち着きなく揺れている。そしてその真っ白な頬は、徐々に赤く染まっていった。
「て、テンセイさんと……一緒に寝ても」
最後のほうはほとんど囁きに近く、胸元で指先をもじもじと絡めながら上目遣いにこちらを
いやいやいやいや……。
そんな……ねぇ?
乗るなよ俺のパトス……落ち着くんだ。
絶対に手を出したらダメだぞ。
そういうことじゃない、これは信頼の証。
決してそういうことじゃないからな。
……というか、エルミスもエルミスだろ。
男慣れなんてしてなさそうだし少し注意しておかないと、これからもこの調子で接されると心臓に悪い。
「エルミス。ダメだよそういうことを簡単に言っちゃ」
「えっ?」
「俺のこと信頼してくれてるんだろうけど、手を出してくるような男もいるからね」
「えっと……手を出すというのは……?」
「その、ほら、あ、え……エッチなこととかね……危険でしょ?」
「い、いいですよ……テンセイさんなら……その……しても」
(んんぅ……?)
聞き間違いかな?
だよな。危ねー。
いまエルミスが、エッチなことしてもいいですよ。
って言ったのかと思った。
えっ……?
…………。
…………。
「どうせ最後だし、そういうことも……」
…………。
…………。
……え?
感情のジェットコースターとはまさにこのことで、ピンク一色に染まりかけた脳内がその一言でスンッと凪を取り戻す。
それも、仄暗い凪を。
「最後……? そういえばさっきもそんなこと言ってたよね」
「あ、いや……」
「最後って、どういう意味なの?」
「えっと……」
一瞬の溜めを挟み、彼女は小さな声で続けた。
「私、もうすぐ死んじゃうんです……」
「ん?」
俯いたままのエルミス。ふるふると震える指先には力が入りすぎているのか、白くなった関節が星明かりに浮いて見えていて……。
「実は私、余命一ヶ月なんです」
そう告げた彼女の声はあまりに静かだった。