凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~ 作:三軒となり
地下なのに風そよぎ、青空広がる草原のど真ん中。
「で、なんでこの組み合わせなんでしょうか……ズィーさん」
俺の目の前には、銀髪目隠れマッドサイエンティストが立っていた。そして遠くに見える家の裏手では、エルミスがポーさんに何やら腕立て伏せ的なことをやらされている。
プルプル震えて……。
あ……一回で終わった。
「さんは要らない」
「えっ?」
無表情で人形のような顔。その口元が僅かに動いたかと思うと、抑揚のない言葉が飛んできた。
「敬語も不要」
「あ……そ、そう……か?」
友好的な雰囲気は感じないのだが……、まぁ本人がそういうならタメ口でいかせてもらおう。歳も見た感じエルミスと同じぐらいだし、無理に敬語を使うのも確かによそよそしい気はする。
「……わたししか調整できないから、それ」
「えっ?」
腕を上げることなく指先だけを動かし指された俺の胸元。どうやら例の核融合炉のことを言っているらしい。
不具合があってもいいように俺のパートナーがズィーになったということであれば、納得もいくし安心ではある。急に爆発とかしたら怖いしな。
「なるほど……えっと、それで何すればいいの? 今から」
「……魔術の練習」
一言。そして沈黙。
「魔術ってのは、どうすれば? 一回も使ったことなくてさ」
「……魔術回路を繋ぐ」
「繋ぐっていうのは?」
「……詠唱」
まずい。一つ会話を挟むたびに世界が停止してしまう。
実は彼女は本当に人形で、内臓された単語でしか会話ができないのかもしれない……。なんて考えてしまうほどにズィーの言葉数は少なかった。
困ったな、これならまだマッドサイエンティストモードの方がマシである。
「あのー、もう少しだけ初心者に分かるように言ってもらえると助かるかも」
あまりの
「……ご、ごめんなさい」
「あ、いや。責めてるわけじゃなくてっ! 話すのが苦手……なんだっけ?」
ポーさんの紹介を思い出し尋ねると、コクリと頷き返してくれたズィー。
口下手な子か……。かくいう俺も女の子とのコミュニケーションに自信があるわけではないが、魔術の指導以前にアイスブレイクから始めた方が良さそうだなこれは。
「ちょっといい?」
「……うん」
一旦彼女と打ち解けるための会話から始めよう。そう思った俺は草原からひょっこり顔を出していた岩に座ると、ズィーもその隣に腰を下ろしてくれた。
相変わらずの無表情に、相変わらずの小さい声。一見、難攻不落の鉄壁要塞にも思える女の子……ズィー=パトリガロット。
だが俺は、彼女に僅かな可能性を見出していた。
同類という可能性を……。
俺は彼女の、先ほどの狂気のマッドサイエンティストモードを見ている。恐らくこの子は自分の好きなことになると流暢に言葉が出てくるタイプ、つまり ────
オタクだ。
「この核融合炉なんだけどさ」
「……魔素融合炉?」
「そう、それ。こいつの原理ってどうなってるの?」
「魔素融合反応の利用」
きた……。分かる、分かるよズィー。
なぜならば俺もまたオタクだから。
興味のある話題については話したくなるよな。
それに、核融合反応ならばは小説を書いているオタクの必修科目。深い専門性は無いにしろ何となくでの原理ならば理解している。
ポーさんから聞いた話。恐らく魔素とは原子のようなもので、すべて地球の物理化学の知識と置き換えることができそうだしな。
「なにかプラズマみたいなものを超高温に加熱して、魔素同士を合体させてる感じ?」
「プラズマ? リアクターの周りにエーテル結晶があったでしょ?」
うん。さっぱり分からん単語が出てきた。が、回り始めた彼女の口を止める理由にはなるまい。とりあえず知ったかでもいいから頷いておこう。
「結晶から出てるヴェルミ波がリアクター中のグラスファイト鉱に反応して魔力場を作り、魔素から核を分離させた状態の粒にエネルギーを与えることで、超高温の熱を生んでるの」
よしっ……まったく意味わからんけど、セリフが原稿用紙の一行を超え始めたぞ。それに、魔力は電力や磁力に置き換えられそうだし、熱というワードに関しては共通理解が及ぶ。
「その熱で何かタービンみたいなものを回してる感じ?」
「タービン? その熱は魔素の核同士を融合させる用。そこから別の魔素核を生み出すんだけど、それまた凄いエネルギーと魔力が発生するの。あなたの身体の中は超高温状態」
いい感じだ。ズィーの口角が僅かに上がってきた。
「超高温って、俺の体はいったいどれくらいの温度になってんの?」
「理論上は一億 ℃……とか? 今の技術じゃ測定は不可能」
「はいっ!?!?」
い、一億 ℃!? ……って何度?
そもそも地球基準のセルシウス温度であってる?
「生物なら即死するって言ったでしょ?」
「いや……俺も生物なんだけど」
「火の完全耐性ってのは高熱を無効化するから。一定温度までは普通に感じるっぽいし……不思議だよね。あなたの身体を分析してみて分かったけど、それよりも高い熱を身体に宿しているからなのかな? ふふっ、興味深い」
今、完全に笑った……よな。
目の前の彼女。銀髪で両目を隠した人形のような女の子は、先ほどとは異なり和らげな表情になっていた。アイスブレイク完了だ。
「それにしてもあなた、よくついてこれるね……わたしのこんな ────」
決して見えているわけではないが、両目を覆った銀髪の中で彼女と初めて目があった気がする。
「テンセイだ」
「えっ?」
「あなたじゃなくてテンセイって呼んでくれると嬉しいな。オタク同士仲良くやろうぜ、ズィー」
「あ、うん……。って、オタク?」
差し出した手を握り返してくれたズィーが僅かに首を傾げる。しまった、女の子をオタク呼びはまずったか?
「あぁ、オタクってのはズィーみたいな専門家のこと……かな」
「ふぅん。テンセイは何の専門家なの?」
「えっと……さ、サブカル……? てか、そろそろ魔術について教えてよ」
答えを持ち合わせていなかった俺は、その問いから逃げるようにして立ち上がり、なんとも微妙な笑顔で返事を誤魔化した。
不思議そうに首を傾げたままのズィーだったが、お尻についた土をサッと払うと姿勢を正して頷き、それ以上は追求して来なかった。
危ない危ない……。
「? そうだね。じゃあまずは回路の接続詠唱から」
「接続詠唱って?」
「えっと、わたしのあとに復唱してみて」
「わかった」
「
彼女がそう口に出した瞬間、足元から吹き上げた風がズィーの身にまとっていた白衣をはためかせ、そのまま彼女の前髪をフワリと持ち上げた。
「──── っ?!」
そよいだ銀色の前髪。その隙間からルビーのような美しい紅の瞳が顔を出す。
だが彼女はすぐにその瞳を隠すように顔をバッと俯かせた。そのあまりにも大袈裟で、わざとらしい素振りに違和感を覚える。
両の目を完全に覆う前髪。当初は顔に見せたくない傷でもあるのかと勘繰っていたのだが、そんなことは無かった。むしろとんでもない美人というか……隠しているのが勿体ないほどの顔なのに。
「ん?」
「い、いいから詠唱を」
「あ、あぁ。
ズィーを習うようにそのセリフを口にした途端。世界が虹色に塗りつぶされた。
決して比喩ではない。視界の全てを覆うほどの七色の小さな丸い粒達が、目の前にプカプカと浮いていたのである。そしてその空気中を漂う粒に触れると、それは手の表面にスゥっと吸い付いてきた。
「それが魔素。火・水・風・草・土・光・闇.....の七種類あって、魔術回路を繋ぐと見えるようになるの」
「すげぇ……。なんか泡みたいだ」
子供の頃にやったスーパーボール掬いを思い出させるようなカラフルな粒達は、よく見るとズィーの言ったように七種類存在していた。それも満遍なく。
まるでポーさんのおかっぱ頭のようである。
うっ、ちょっと目がチカチカしてきたぞ。
「じゃあ最初のステップ『組み込み』。その漂う魔素から必要なものだけを体内に取り込むの。詠唱はこう ────
「
ずずっと今まで手に吸い付いていた粒たちが体内へと入っていく。
おぉ……。なんか身体がぞわぞわする。
「イメージは肌で呼吸する感じ、その時にちゃんと欲しい魔素だけを選ぶんだけど……今日は適当に感覚だけ掴むとよい」
「なるほど」
選ぶ、というのはこの粒の中から火だけとか、草だけとかを言っているんだろうけど……いま七色全部入っていったよな? 全く選べるような気はしなかったんだが。どうやるんだろう。
「次のステップは『繋ぎ』。これは今取り込んだ魔素を任意の場所に集める工程。詠唱は ────
「
右腕を翳したズィーをマネするように俺も腕を突き出し復唱すると、指先にはジワリと見えないなにか……空気圧のようなものに触れる感覚が宿った。
「ここは自分の身体の中心から繋ぐ箇所まで、細胞一つ一つに導線を引くイメージ。適当に繋ぐと大幅に魔力を
「細胞!?……むずっ」
「最初は目を瞑って意識しながらやってみて」
意識っていっても……。自分の細胞どころか筋肉や骨すらよく分からんぞ。
「そして最後は『出力』。ここで魔素に魔力圧をかけて事象を顕現させる」
横で腕を上げたままのズィーが俺の胸元へ視線を落とす。
「増幅についてはまだ早いよね……」
「ん?」
「なんでもない。ここで複数の魔素を掛け合わせると色んなことができて、それを一煉から七煉で階級わけしてるんだけど……今回は一煉出力の火球にしようかな」
「ほう」
「出力の詠唱は ────
「ふむふむ、
「火球を出したいなら火の魔素、水球を出したいなら水の魔素って感じ。組み合わせが悪いと、あべこべの魔術が発動しちゃう。で、最後は ────
ズィーがそう口走ったと同時、彼女の指先にはチリチリと空気を焦がすバスケットボールほどの火球が浮いていた。
「おぉ凄げぇ!!」
「まぁ組み込みもちゃんとやってないし、最初は失敗すると思うけどやってみて」
「 ────
俺は脳内でズィーの火球よりも何倍も大きい火の球を想像してみた。そしてそれっぽい発声に合わせ、ぐっと腹に力を入れながら腕を突き出す。
すると胸の内からジワリと熱の広がるような感覚が……肩へ、腕へ、手の平へと染みていき、指先まで到達した瞬間 ────
「ぷっ!!」
ポンッという間抜けな音を立てて、
それは綺麗な黄色い花だった。
うん……。ヒマワリだねこれ。
「……っくく……ぷっ……火球を撃とうとして、お花を出した人は初めてみたかも」
呆気にとられる俺の横で、ズィーがお腹と口元を押さえ小刻みに震えている。
「えっと……どゆこと? これ」
「テンセイが組み込んだ魔素の比率、草・土が多かったのかも」
「え?」
「草と土で花。ぷっ……だめ……面白い……くくっ、まさかの
草原に響く女の子の笑い声。
思っていたよりも魔術回路とは……奥が深そうである。