凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~   作:三軒となり

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第26話 ズィー=パトリガロット

 

 それから何度腕を振ったことだろう。

 

 チョロチョロと水が出たかと思えば、砂がパラパラと落ち、パチンと静電気が走る。数十本生えたヒマワリは草原に小さな花畑を生み、ズィーがそこに如雨露(じょうろ)で水をまいていた。

 

「で、でねぇ……」

 

 どうやら俺には絶望的にフィルタリングという技術の才能がなかったようで、あれから一回も火球なんて出やしなかった。

 

「そろそろ休憩する?」

「ま、まだまだ…… ってうわっ ────」

 

 向日葵の手入れが終わり、岩の上に座って退屈そうに欠伸をするズィーの元へと近づいた時、俺は疲労のせいか地面に()つまずいてしまった。

 

 倒れ込む先にはヒマワリの花畑が ──── くっ!!

 

 花々を潰さないよう咄嗟に身体を捻り、ズィーの座っていた岩の方へ倒れ込んだ俺は、そのままおもいっきり頭を岩に打ちつけた。

 

「いっ……ん? あんまり痛く無い?」

「何してるのテンセイ……」

 

「あ、いや。せっかくズィーが育ててくれた花を潰さないようにって……」

「そんなのいいのに。自分の身体より花を優先するとか、度がすぎるお人好しは身を滅ぼす」

 

「それは……てか、なんか岩に頭をぶつけたのにあんまり痛くなかったんだけど……」

「そりゃあ、魔力で肉体が強化されてるから」

 

「えっ、そうなの?!」

「気づいてなかったんだ……。お姉ちゃんが最強になれるかもって言ったのはそういうことだよ? 魔力の扱いを極めれば、身体を鋼のように強くすることもできる。そうだ……ちょっと出力を調整してみようかな」

 

 そういうとズィーは俺の胸元に手を翳して、魔力を込めた。

 

「出力の調整?」

「うん。テンセイは今、無限の魔力を生成できるけど過剰出力にならないようにリミッターをかけてるの。魔力の扱いにも慣れてきただろうし、その(しきい)値を少し上げてあげる」

 

 胸の奥でジワリと融合炉が動く気配を感じたと同時、身体を覆っていた魔力の膜がズズッと広がるような感覚が芽生えた。

 

「おぉ、なんか不思議な感じがする……」

「うん。これでもう一回やってみて」

「よしっ、組み込み(エンベッド) ──── 起動(ドライヴ)

 

 するとどうだろう。構えた指先に、やけに薄緑色の魔素が多く体内に入っていったなと感じた次の一振りは、過去一の強さで緑色の輝きを放ち、突風とも言える風を生み出した。

 

「うぉっ!! 火球じゃないけど、ちょっと魔術っぽいのが出た!!」

「──── っ !!」

 

 そんな突風がふいにズィーの前髪をさらう。

 

 そして目元をすっかり覆っていた銀の髪は羽衣のようにふわりと浮き上がった。細い髪の隙間から覗く澄んだ赤。やはりその瞳は磨き上げられた紅玉のように美しくて……。思わず息を呑んだ俺を前に彼女は慌ててそれを隠した。

 

 まただ。昨日も感じた違和感。やはり何か彼女は瞳に対してコンプレックスを抱いているのだろう。せっかく綺麗な目をしているのに勿体ないというか……。

 

「ズィーのその前髪って ──── あ、いや何でもない」

 

 ふとした疑問が無意識に口から漏れようとした所に慌てて掌が蓋する。これは身体的特徴の話……センシティブな話題の可能性がある。下手に触れない方が良いかもしれない。

 

「…………」

「…………」

 

 訪れた静寂に耐え切れなかったのか、彼女はぼそりと言葉を(こぼ)した。

  

「ごめん……私の目、気色悪いでしょ」

 

 だがその言葉は全く予想外のもので……。

 

 ん? 気色悪い?

 彼女は何を……。

 

「えっ? いや、そんな。むしろ綺麗な瞳だなぁって思ったけど」

「そういうのいいから」

 

 感じた不穏な空気に、恥ずかしながらも素直に感想伝えてみた俺の前でピシャリと拒絶の言葉を言い放ったズィー。

 

 そして彼女はそのままプイっと身体ごと背を向け深く俯いてしまった。

 

 えっと……? 何か地雷踏んだ?

 

「ご、ごめん。気に障ったのなら謝るけど……赤い瞳って何か曰くつきなの?」

 

 聞いてすぐにこの質問はかなり無神経かもしれないと思ったが、本当に意味が分からなかった俺はそのまま彼女の返事を待った。

 

蝕魅(エクリプス)と同じ……」

 

 ボソリと小さな声が漏れる。

 

「えっ」

「種族の中で少し身体が大きくて、目が赤いこと以外は普通なのにね……」

 

 いつの間にかこちらを向いていた彼女は笑おうとしたのだろう。ピクリと頬を動かすも、その口元はひどく歪んだものになっていた。

 

 そしてその言葉を切っ掛けに、今まで()き止められていた何かが弾けたに違いない。済し崩すように淡々と、ズィーは自分のことについて話してくれた。

 

「私は異常個体なの ────」

 

 ポーさんや彼女、妖精種(フェアリー)には時折魔素密度の高い変種が生まれることがあるらしい。

 小柄で青い瞳を一般とする通常個体とは異なり、体組織に異常をきたした変種の体型は大きく……。高い魔素密度は、()()()()()()()()()()()()と同じ赤い瞳を作りだすのだとか。

 

 『蝕魅(エクリプス)の子だ』

 

 幼い時からそんな心無い誹謗中傷を受けてきたであろう彼女を想うと、俺は言葉がすぐに出なかった。彼女にとって、この前髪はおしゃれなんかじゃなければ、劣等感を隠すなんて生易しいものでもない……深く抉られた傷を覆う包帯だったのである。

 

「本当にごめん、そんなこと知らずに変なこと言って……」

 

 俺はやり切れない思いで頭を下げた。

 

「ううん。わたしの方こそごめんなさい」

 

 軽く前髪が左右へ揺れる。

 

「テンセイが転移者なのを忘れてた。そっちの世界じゃこんな差別や偏見はないんでしょ」

「それは……」

「あと……一応お世辞でも綺麗って言ってくれたのは嬉しかったし」

 

 いつも通りの声量に戻ったズィー。

 ただ、その笑顔は歪なままだった。

 

「お世辞じゃないけど」

「えっ?」

 

 自分でもかなり気障(キザ)なことを言っている自覚はあった。でも、お世辞にはしたくないというか……ここで濁してしまうと彼女は一生自分の目を呪いの印みたいに思い続ける気がしたのだ。

 

 他人の痛み、そしてその過去を推し量ろうというのは烏滸(おこ)がましいこと。それは解っている。だけど俺も……身体的特徴に負い目を感じていたことがあった。転生をした今でこそ面影は消えているが、昔の俺の顔にはクソ叔父と殴り合った際についたデカい傷が入っていたのである。

 

 地球にいた時の俺の顔は醜く、不細工で、周りの友人は気にせず接してくれていたが、初対面の人間がギョッとして奇異な視線をむけてくることにはどうも慣れなかった。

 

 それは身体的劣等感という辛く(おぞ)ましい悲嘆の運命。

 

 そう。コンプレックスとは呪いなのである。

 深く、心の底まで蝕む呪い。

 

 だが俺はその呪いを解く方法を……いや、和らげる特効薬を知っていた。

 

 俺の妹がそうだったように絶対的な肯定者。なにがあってもその特徴を好きでいてくれるという存在。そんな人間が近くに一人いるだけで、心が安らぐということを。

 

 ならば彼女の瞳を本心で美しいと思った俺が、その特効薬になるべきだと強く心が背中を蹴り飛ばしていた。俺に魔力という異世界で生きて行くための力をくれた彼女へ……それがささやかなお礼になるかもしれないと。

 

「すぅ ──── 」

 

 深呼吸を一つ。

 

 この身にもう一人の自分を降ろす。

 ファンタジーが大好きで、妄想全開な俺を。

 

「ちょっと前、オタクは専門家だって話をしただろ?」

「えっ、急にどうしたの?」

 

「実は俺、赤い瞳のオタクなんだ」

「へっ?」

 

 嘘は言っていない。

 何故ならば俺は中二病。

 

 赤い瞳? 大好物です。

 魔眼みたいでカッコいいじゃんね。

 

 くっくっく、見せてやるとしよう。

 ありとあらゆる瞳術を妄想しつくした境地を。

 

 俺は片目を手で覆うようにポーズを取った。

 

「我が右目に宿りし紅の(ことわり)よ。深淵に沈む赫灼(かくしゃく)の意志を解き放ち、瞳を愚弄(ぐろう)する者に逃れ得ぬ破滅を与えたまえ。その身、その魂、その運命すらも(ひざま)づかせ、絶対なる(あか)をここに……真紅冥王眼!!」

 

 決まった。

 

「えっと……何を言ってるの?」

「俺の考えた最強瞳術の完全詠唱。相手は死ぬ」

 

「意味が分からないんだけど……」

「くっくっく、そなたは美しい。たとえこの世界の全てがそなたの瞳を否定しよとも、俺だけは絶対に肯定し続ける。残念だったな麗しの姫君よ、その珠玉を秘めた朱は俺のものだ」

「……ぇー……」

 

 くっっはっっー!!

 

 清々しいくらいのドン引き。

 冷たい視線が痛いぜ。

 

 だが良い、これで良い。

 最後にもう一押し。

 

「まぁ俺は好きだよ? ズィーの赤い瞳。だから ────」

「だから……?」

「俺の前ではありのままで居てくれてもよいというか……」

 

 いかん……。

 あまりにセリフが恥ずかしすぎて、中二憑依が剝がれちまった。

 

 せめてポーズだけは耐えろ……。

 この小っ恥ずかしさを乗り切った先に光はある。

 

「…………」

 

 両手で顔を覆う俺の決めポーズを前に俯く彼女。

 

「ぷっ、くくっ」

 

 一瞬、泣いているのかと思うほどに肩が小刻みに震えると、小さな笑い声が聞こえた。

 

「てっきり専門家だっていうから、治してくれるのかと思ったのに」

「あ、いや……」

 

「バカみたい」

「ご、ごめん……」

 

 頬に影を落とした長い前髪が左右に揺れる。

 

「ううん。違うの……」

 

「ん?」

「そんなふうに言われたら、今までこの目を嫌ってたわたしが馬鹿みたいだなって」

 

 僅かに口角の上がった彼女を前に、俺は首を振った。

 

「馬鹿じゃないよ」

「え?」

 

「深く抉られた傷なんだ、簡単に良くなるものじゃない。だけどまぁ……ちょっとずつ埋めていけばいいんじゃないかな」

「埋めるっていうのは……」

 

 ズィーの前で再度片目を隠しポーズを決める。

 

「真紅冥王眼。ネガティブを殺す圧倒的なポジティブでさ ──── アホなことなら任せてくれ、妄想だけなら俺は最強だからな」

 

 その決めポーズの前に、彼女はまた黙った。

 

 長い沈黙も、不思議と苦しくはない。

 やり切った……よな。

 あぁ妹よ。俺もお前のような存在に一歩近づけただろうか。

 

「ねぇテンセイ」

 

 ふと顔を上げたズィーが、そっと前髪へと手を伸ばす。いつもの真っ直ぐに銀髪降ろす仕草ではなく、ためらいながらも少しだけ脇へ流すように……。

 

「どう……かな? 真紅冥王眼」

 

 そこに現れた赤い瞳はやはり美しく。蝕魅(エクリプス)だとか、不吉だとか、そんな言葉で汚していい色じゃない。

 

「ふっ、最高に中二病してる」

「なにそれ。でも、ありがと」

 

 赤はもう怯える必要がある痛みではなく、誰かに決めつけられた呪いの証でもない。

 

 それはただ、彼女だけの色になった。

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