凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~ 作:三軒となり
咲いた咲いた。
並んだ並んだ。
黄色! 黄色! 黄色!
一面を真っ黄色に染める花畑が示すのは、今日が魔術修行の始まって十日目であるという時間の経過と ────
「しんどい……」
「お疲れテンセイ、十回に三回は出るようになったね。火球」
未だ成功率五割にも満たない、俺の絶望的な魔術センスである。
「くっ、もうちょっとだけやろうかな」
「だめ、頑張りすぎは逆によくない。今日はオシマイ」
既に空は夕日に焼かれ、茜に溶ける紫が静かな夜の気配を連れてきていた。
流れる雲が
「はぁー。試験に間に合うといいんだけど」
「大丈夫。まだあと三日もある」
草原のド真ん中へドサッと倒れ込み、天を仰いだ視界に赤い瞳が映りこむ。
あれから数日経過したくらいだろうか? いつのまにかズィーはその前髪を片耳に掛けるようになっていた。
いやぁ良かった良かった。
火の球こそまともに出せないが、彼女の瞳を露出させた俺の功績は世に称えられるべきかもしれない。世界に一人、ヒロイン級の美女をプロデュースしたのだから。
とはいえ片目だけしか出していないのは、彼女なりにまだ少し抵抗があるのだろう。でもこれはこれで……アリです!!
「てか魔素の組み込みって難しすぎない?」
「それは当たり前」
本来であれば数か月かけて開拓者の養成所や、魔術学院等で教えを乞うような内容。素人が一朝一夕で習得できるわけがないとズィーは言う。
「むしろテンセイは筋が良い。普通はまぐれでも
「そういうもんかねぇ」
「うん。同じ花ばっかりなのは謎だけど」
足元に咲いたヒマワリの一つを見つめるズィー。吹き抜ける風がユラユラと揺らすそれを見て、俺は例のアホ毛を思い浮かべた。
「ふっ。まるでエルミスのアホ毛みたいだな」
一応は冗談のつもりで言ったし、とはいえ何か反応をして欲しかったわけではないのだが……アホ毛という単語が伝わらなかったのだろうか? ズィーは少しだけ神妙な面持ちで花を眺めたまま静止している。
「テンセイは、あの子とどういう関係なの?」
「えっ……?」
ふと口を開いたズィー。だがそれは全く予想だにしていなかった質問で、あの子というのがエルミスを差していることだけはすぐに分かったが……関係?
俺とエルミスの関係……なんだろう……。
告白まがいな事件はあったが、あれは一旦勘違いということで決着をつけている。けっして恋人ではない。ただ、そうは言ってもただの友人という気もしない。友達以上恋人未満という言葉もなぁ……なんかしっくりこないし。強いていうのならば ────
「旅の仲間? かな」
「旅?」
「一応、俺は生き別れた妹を探そうと思っててさ、グロリアスまで旅したいなって。その旅に彼女はついて来てくれるんだ。まぁ成り行き一緒に居るってのが近いかも」
「ふーん……」
「ん? ズィー?」
息を吐くように呟いたズィーは、とぼとぼと家に向かって歩き出した。先程とどこか雰囲気が異なる彼女が気になり、急いで後を追いかける。
「…………」
帰る途中、一言も話さなかったズィー。ここ数日で少し仲良くなれたかもなんて思っていたが、俺の勘違いだったのかもしれない。
「……またやってる」
なんてことは杞憂だったか、家の前につくと彼女は何事もなかったかのように言葉を発した。
「げぇ。今日も炭かよ……流石にきついぞ」
その視線の先、優しい明かりの灯った家の窓からはポーさんとエルミスが見えた。肩を寄せ合い厨房に立つ二人。なんとも微笑まし……くないんだよなぁこれが。不穏極まりない光景である。
鍋からは黒い煙がもくもくと立ち、さっきまで食材だったであろう何かが暗黒物質にクラスチェンジして作業台に並んでいる。
家事は当番制でやんぞぉ。とポーさんが言いだした所までは良かったのだが、その本人がこのザマだとは誰も思うまい。
いやまぁ……? 確かにあったけどね、そういう雰囲気は。ズィーもポーさんが「あーしが飯を作ってやるぜぇ」なんて言った瞬間、顔を顰めてたし。
エルミスと一緒であればなんとかなるだろうと思っていたが、よくよく考えるとずっと病気だった彼女も料理なんてしたことあるわけないしな。
「明日はわたし達が担当だし我慢」
「だな」
繰り広げられる惨劇を横目になんとも言えない表情で家の入口へ向かうと、玄関の戸に手をかけたズィーが小さい声で呟いた。
「わたしも一緒に探してあげようか?」
「え?」
「それ。わたしじゃないと
「ん?」
見つめられる胸元。
あぁ魔力融合炉のことかと納得す……ん?
「えっと、それはズィーも一緒にグロリアスまで来てくれるってこと?」
彼女はコクリと頷くと、返事はまだしなくても良いと言わんばかりにすぐ戸を開いて家の中に入っていってしまった。
「うぇーい、おつー……」
「お疲れ様です。テンセイさん、ズィーさん」
暗黒物質を乗せた皿を両手に掲げ、テンション激低なポーさんとエルミスのお出迎えを受ける。焦げ付いた臭いにあてられて、こちらの気分も爆下がりである。
「……わりぃな今日も晩飯は炭だ。って、どうしたズィー?」
「アレ。そろそろいいかなって」
ポーさんに目配せしたズィーは、スタスタと二階へ登って行ってしまった。
今のグロリアス行きの件。少し彼女と話たかったのだが……何かあったのだろうか? アレ……とは?
残された姉。なんとなくアレの正体を知ってそうな虹色をした暗黒物質製造機に聞いてみよう。
「アレ?」
「んー……。どうだったテンセイ今日の成果は」
「え? っと、昨日と変わらず成功率三割ってとこですね」
「なるほどなぁ。それで専用の増幅器とは……偉く気に入られたもんだ」
「増幅器?」
噛み合わない会話に首を傾げてみると、ポーさんは眉間へシワを寄せ、あー……と俺を見下すように目を細めながらドスの効いた声を飛ばして来た。
「テンセイ。てめぇ妹に手ぇだしたら殺すぞ」
「はいっ?!」
何を言われるかと思ったら、またこの人は意味の分からないことを。
ズィーに手を出す? 俺が?
いやいやいや、え?
まだ一週間そこらしか……。いやまぁ男女が一週間も同じ屋根の下で生活していたら、そこまでありえない話でもないのか? でも……ねぇ?
「ったく……。タイミングが悪りぃんだよな」
「?」
「わわっ!! ポーさんっ?!」
ポーさんは顔を顰めたまま、ぐぃっとエルミスを引っ張るとそのまま俺の方へ彼女を押し放った。
「んぐっ」
「あーしが居ねぇ間、テンセイの監視は任せたぜ嬢ちゃん」
「へっ? 監視?」
「彼氏に浮気されねぇようしっかりな」
「か、彼氏?! って……そ、そん……じゃ、あわあああわ」
そのままずいっと上を向いた彼女の顔はみるみる赤く染まっていき、頭頂部をドリルのようにグリグリと回しながら俺のみぞおちへ押し付けてくる。
首を振っているのか、はたまた攻撃されているのか。どちらにせよ摩擦でアホ毛がとれないか心配だ……てか、まじでポーさんはさっきから何を……?
「くひひっ。よしよし、そのままイチャコラしとけ。あーしより強い奴じゃねーと妹はやらねぇ。さて……」
「どこか行くんですか?」
暗黒物質を乗せた皿をテーブルへ置くと、ローブを纏い、杖を腰に差したポーさん。それはいまから出かける支度をしているように見えた。
「あーちっとな、周辺の小さな村々が
「それは……ちょっと心配ですね」
「この辺りにゃSランクの開拓者はあーしとヴォルフォクサーしかいねぇからな。もし
「
ウィンタムの町でみたあのゴブリンジェネラルのような
いかんな……。いくら安全という話を聞いていても、
「くひひっ。妹のことが気になるのか?」
伏せた顔から推し量られたか、心中を見事に言い当てられてしまい跳ね上がった眉を見て更にポーさんは笑いながら続けた。
「なーに。前も言ったがグロリアスに居るんなら絶対に安全だから心配すんな、あそこは
「あ、いえ……」
「しっかり準備して向かったって遅くはねぇ……。それより自分の心配をした方がいいかもな」
「えっ?」
吊り上げられていたポーさんの口角がスッと真一文字になる。
「今回の件、かなり黄な臭せぇ。証言によると急に辺りが暗くなったとか……」
「強力な蝕魅なんですか?」
いつになく真面目な表情を見せるポーさんに、俺は息を呑んだ。
「
するとその返事は工房の奥から返ってきた。声のした方へ目をやると、ズィーが布でくるんだ何かを抱きかかえながら階段を降りてきている。
「宵闇?」
「かつてリーファスを滅ぼしかけた大災害でな、
リーファスといえばあの世界樹のある首都、さらにウィンタムとこのリンドールの街も含めた国一つまるごとということ。それを滅ぼすなんていったらどんだけの規模なのか想像すらできない。
「えっ……それってヤバイんじゃ」
「…………」
張り詰めた緊張感に、エルミスもいつのまにかドリル攻撃を止め、固唾を飲んでいた。
「なんてね」
そんな中ズィーだけがいつもの無表情で、作業台の上に持っていた謎の白い塊をドサリと置くと、その音に合わせてポーさんもいつもの調子でくひひっと噴き出すように笑う。
「宵闇は既に賢者のジジイによって封印されてんだ。まぁ十中八九、違う
「えー……驚かせないでくださいよ」
「くひひっ。ってなわけでちょっくら金稼ぎにいってくるわ」
ばいならー。っと手を上げて家を出て行こうとしたポーさんが、すれ違い様に俺にしか聞こえないように耳打ちをしてくる。
(妹、特製だ。大事にしろよ)
「?」
「みりゃ分かる。ったくこのMOBのどこがいいのかねぇ」
夜の帳が降りた平原でも、星明りの下に輝く虹色のおかっぱ頭は大変に目立ち、トコトコと歩いていくポーさんの姿はしばらく見え続けていた。
────
───
──
「ズィーさん、これって何なんですか?」
誰も手をつけるはずのない暗黒物質は端に追いやられており、堂々と作業台の中央へ鎮座する白い布の包みを興味深そうにエルミスが覗きみている。
「ふっふっふー」
「ん?」
どこか得意げに胸を張ったズィーの顔は、先日のマッドサイエンティストモードになっていた。と、きたら急に不安が胸をざわつかせる。
なにせ彼女は融合炉とかいう危険物質を平然と人体に埋め込んでくるような人間……いや妖精。
「テンセイ。武器がないんでしょ? お姉ちゃんから聞いた」
「あぁ、持ってないな」
渡りに船といった感じに頷いたズィーは、しゅるりと布をほどいた。
「へっ? 腕?」
「これは……手甲?」
「テンセイ用に作った」
現れたのは肘までを覆う片腕用のガントレットだった。
全体は艶を抑えた黒。ただ完全な黒ではなく、重なる金属関節部分を縁取るように赤いラインが何本か走っている。そしてそれはジワリと熱を孕んだかのように鈍い光を放っていた。
指先にかけて関節が獣の顎のように鋭くトゲトゲしい形状をしてゆき、重厚でありながら妙に洗練された装甲デザインは心を鷲掴みにするほど ────
「か、かっこいい」
「かっけぇ………」
めちゃくちゃにカッコよかった。
中二心の急所を真正面からぶち抜いてくる見た目である。
「つけてみる?」
「いいの?」
「もちろん」
ズィーから差し出された黒色のガントレットを受け取ると、ずしりとした重みを感じ、それが確かな武器であるという実感を覚える。
恐る恐る右腕を差し込むと、内側にあった金属機構がカチカチと小さな音をたて、まるで生き物みたいに俺の腕へと吸い付いた。
「微調整する」
ズィーが触れて魔力を込めると、装甲が関節に沿って滑らかに動き、ガントレットはまるで最初から俺の腕の一部だったかのように馴染んでいった。
「すげぇ……違和感がない。ん? このスライダーみたいなのは?」
ガントレットを眺めていると手首の内側から肘の付け根あたりまで、金属の溝にはめ込まれるように、目盛とつまみがついていた。まるで機械の出力を調整する何かのような……。
「これは格闘用の武器兼、増幅器でもあるから」
「増幅器? ってちょいちょい耳にしてるけど何なの」
「その名の通り、魔術の出力を増幅させてくれる装置。発熱が凄くて扱える人は少ないけど、完全耐性を持っているテンセイなら大丈夫。そしてそのスライダーは融合炉とリンクさせてる調整用端子、わたしが常にテンセイに触れて融合炉の魔力量を調整するわけにもいかないでしょ?」
増幅ってそういうこと……あーだから……。
「小さい火球でも出せればいいって言ってたのはそういうことか」
コクリと頷いたズィーが、スライダーに手をかけ3目盛ほど上げる。
「ここが安全域。三十倍くらいに出力は増幅されるけど、テンセイなら多分反動はない」
次に、目盛の半分ほどまで上げられるスライダー。
「これは戦闘のここぞって時用、下手したら圧力で腕が折れるかも」
「え?」
「へっ?!」
ギョッとする俺とエルミスを無視して、スライダーが最上部まで上がる。
「そしてこれは切り札。融合炉の出力全開放」
「文字面だけでやばそうだね」
「ヤバイ。
なにその殺戮兵器……。
絶対使っちゃだめじゃん。
軽く引きながらズィーを覗きみると、彼女は少しだけ口元を緩めた。
「でも大丈夫。火の魔素だけを100%で取り込まないと使えないから、テンセイには……というかわたしでも使えない」
「な、なるほど……。100%は絶対無理だな、50%でも全然なのに」
「テンセイが熟練の開拓者なった頃に使えるようになる想定で設計してる」
グィと親指を立てたズィー。
序盤から終盤まで使える武器か……流石ベテラン回路設計士。
てか……。改めてガントレットを眺めてみたが、やっぱりめっちゃかっこいいなこれ。物語の主人公は剣とかが通例だろうけど、こういうちょっと異色な奴も好きだわ。
「凄く似合ってますよテンセイさん」
「そ、そう?」
調子に乗ってポーズをとっていたら、わぁっとエルミスが手を叩いてくれた。
「ちょっとだけ主人公っぽいです」
「ちょっとかい」
「ふふっ。格闘系の主人公ってなかなかいないじゃないですか」
「それはそうだな」
エルミスの中の主人公像も剣なのかもしれない。なんてことは俺だけでなく、ズィーも思ったらしい。
「剣とかの方が良かった?」
少しだけズィーが首を傾げる。
「なわけ、最高にカッコいいからこれがいい」
「ですね! 私もテンセイさんのイメージは剣よりもこっちかと」
「良かった」
「ありがとうなズィー、めちゃくちゃ嬉しい」
お礼を言うとズィーは一瞬だけ口を結び、視線を逸らした。白銀の髪の隙間から覗く耳がほんのりと赤い。
「べ、別に。武器は開拓者に必要だから」
やはり自分専用の武器があると一気に雰囲気が出るというか……。遂に俺もMOB脱却じゃないか? ネームドに昇格した気がする。
その日俺はガントレットを抱えたまま眠りについたのだった。