凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~ 作:三軒となり
集中とは必要な感覚以外を遮断するということなのかもしれない。
「すぅ……」
呼吸に合わせ、試験会場の喧騒が耳からすぅーっと遠ざかっていく。深く吸い込んだ酸素が脳に行き渡たり、指先へと巡る。目の前にズンっと佇む立方体へ
「
体調は絶好調。ポーさんが居なくなってから食事に暗黒物質が出てこなくなったことも追い風になっている。唯一の不穏因子があるとすれば……。
ちょっと、少ないか?
魔術回路を接続した瞬間に視界を覆った七色の粒達の中で特に赤色、火の魔素の量が修行をしていた時よりも少ないように感じられた。
まぁ気のせいだろう。ズィー曰く大気中の魔素は外的要因が無い限りは七種類全て均一になっているらしいし、きっとこれは俺の心の弱さがみせている錯覚だ。
自信を持て。
あれだけ修行したんだ、今なら絶対に火球は出せる。
目を瞑り、心臓の横にある融合炉へと意識を傾け魔力の網を編んでいく。五角形の網目をゆっくりと全身へ。
「
よしっ、完璧だ。
今まで一番よくできたんじゃないか?
しっかりと赤色の魔素が身体に取り込まれていくのが確認できた俺は、自信をもって残りの詠唱を完了させた。
「
さぁ決めるぞ。
黒色のガントレットの甲を見つめ、息を深く吸い込む。
「
「テンセイ!! スライダー忘れてる!!」
魔術回路を起動した瞬間に背後から聞こえたズィーの叫び声。その内容を耳が理解するよりも早く、俺の視界には絶望が見えていた。
指先にプカプカと浮かんでいたのは確かに狙った火球、魔術は成功している。だが……増幅器であるガントレットのスライダーを初期値から動かしていなかったため、そのサイズは豆粒ほどの大きさだった。
「なんだぁ? 転移者が魔術を使うとか言い出したからとんでもないもんが出てくるかと思ったら、ガキのお遊びかよ」
「何かミスったのかもしれないぜ? めっちゃ動揺してるし」
「テンセイさん……」
後悔の念が浮かぶよりも早く、周りからは冷笑が飛んできた。
しまったぁ……。
緊張して完全に忘れてた。
修行の時は増幅器を使ってなかったからつい、いつもの癖でそのまま起動してしまった。こんな豆粒撃つまでもない、完全に失敗だ。
「ふむ……、次がラストチャンスだぞ」
「は、はい」
案の定、ミニ火球を試させてもらえることはなく、試験官から無慈悲に二回目のトライを言い渡された俺。頷きで結果を受け止め、仕切り直しのストレッチを挟んでから再度腕を
今度は間違えるものかと、あらかじめスライダーの目盛を三分の一まで上げておく。一目盛でも十分、ズィーはそう言っていたが念のためだ。
さて……。
なまじ一回目で成功してしまったため、50%を二回連続で引かないといけなくなってしまった。が、大丈夫。俺ならできるさ。さっきのイメージだ、さっきと同じことを繰り返せば絶対にできる。
「
魔術回路は一度の出力で自動的に接続が切れるようになっているため、俺は再度回路を繋ぎなおした。
あれ……?
そして視界に魔素が現れた時、先ほどの違和感はより顕著になっていた。
火の魔素がほとんどない?
いや、とういうか流れていっている?
目の前にフワフワと浮かぶ七種類の魔素のうち、確かに赤色の粒だけが斜め上空へ移動していっていた。何かに吸い寄せられるように、ゆっくりと。
えっと、よくわらからんがこれはマズいよな?
魔素が無くなるまえに早く魔術を起動しないと。
目を瞑り魔力の網目を練る。何千回と繰り返した所作、だが今回はそこにノイズが混じった。焦りというノイズが。
まずい……。
できあがった歪な網の目は到底さきほどのものに及ぶわけがなく、最初からやり直すも上手くいかない。
「どうした? はやくしろ」
「は、はい」
急かす試験官からのプレッシャーが更にミスを誘発し、額に汗が落ちる。
更に目の前からみるみると消えていく火の魔素。
「
たまらず溢れてしまった組み込みの詠唱は、発した瞬間にもうダメだと頭が理解した。組み込まれた魔素のほとんどが草と土……、修行中に何度この光景をみたことか。
「
そこから先もできうる限り集中してみたものの結果はやはり予想通りで……目を丸くした試験官の前で、綺麗な黄色いヒマワリの花が咲いた。それも増幅器のせいで身の丈よりもバカでかくなったヒマワリが。
終わったぁ……。
テンセイ先生の次回作にご期待ください。
まじかぁ……。
試験ってどれくらいの周期でやってるんだろう。
「こ、これは……」
「不合格ですよね、ありがとうございました」
「ちょっと待ちたまえ。これは
「えっ?」
そういうと試験官は他の試験官を呼び寄せ、なにやら相談を始めた。
「お、おつかれさまですテンセイさん」
「どうしたの?」
「なんか審議だって」
イマイチ状況が呑み込めず、一旦エルミスとズィーの元に戻った俺は二人に試験官の言葉をそのまま伝えた。するとズィーが顎に指を乗せてコクコク頷く。
「
「なるほど、ってことはまだ可能性があるのか?」
「うん、十分ある」
「大丈夫ですよテンセイさんならきっと!! 綺麗なお花でしたしっ!!」
と、いってもなぁ。
二人の励ましを受けてもなお、気持ちがあまり前を向かないのは視線の先で話す試験官たちの表情が芳しくないからに違いない。
ほら、担当した男の方はこちらを見て首を横に振っている。一発目はゴミ火球が出たぞ……そんなことを言ってる表情だ。
「175番の君、こちらへ」
「は、はいっ!」
それからほどなくして再度試験フィールド内に呼び出された俺の前で、試験官は結果を告げた。
「残念ながら協議の結果……」
あぁ……。
『残念ながら』という出だしが聞こえた瞬間に俺は目を瞑り、頭を抱えた。
真っ黒い瞼の裏に浮かぶのは二週間の修行と、手伝ってくれたズィーやエルミス、それにポーさんへの申し訳なさで……。やっぱり俺には才能がないんだなぁとガックリ首が垂れ落ちる。
「175番、君は不合 ────」
ッチッ────ドォオオオオオオオン!!!!!
それは意識が吹き飛ぶほどの爆音と衝撃だった。
刹那、閉じていた瞼が跳ね上がる。
そして目の前の光景を見た時、俺は絶句することしかできなかった。
「……は?」
脳がその理解を拒絶している。
熱で歪み、煤と灰の混ざりあった視界。
目の前にあったはずの何もかもが……無くなっていたのである。
そこにいたはずの試験官も、観客の皆も、石畳も、並び建っていた家々も……その全てが街ごと、黒く灼け爛れた大地に変わっていた。
「テンセイ!!」
「テンセイさん!?」
「いやあああああああ」
「うああああああああ」
叫び声がした背後へはっと振り返ると、そこには阿鼻叫喚する人々が恐怖で顔を歪ませていて。揺れる薄水色の解けたおさげの女の子、エルミスが絶望の表情で俺を見ていた。
みると俺の立っている足元から先が円形状に消し飛んでいた。いや、消し飛んだというより何か巨大な顎が街ごと喰いちぎったかのような……歪な形状にえぐれ、その境界線では仄暗い炎が燃えている。
「なん、だよこれ……」
足が震えた。未だ脳は現実を拒み身体は上手く動かない。また目を瞑れば元の街に戻るんじゃないかと、そんな淡い期待を抱く程にその光景は信じ難いものだった。
「……え?」
焼け野原になった街の半分を前に、呆然と立ち尽くした俺の肩には妙な重みがあった。ぽんっと、誰かが親しげに手を置いたかのような……。
「なに……」
ゆっくりとそこへ視線を向けると、俺の右肩には腕が乗っていた。肘から先だけしかない腕が。焼け焦げた袖には開拓者ギルドの紋章が縫われており、あの試験官のものだというのがすぐに分かった。
「……うっ」
理解が追いついた瞬間に胃の奥がひっくり返る。喉からこみ上げてきた何かは、吐き気なのか悲鳴なのかもはや分からない。
そして俺はその腕を払い落すことができなかった。数千、数万の命が一瞬で消え去ったという事実を受け入れることができなかったのだ。
激しい鐘の音が鳴り、人々が叫んでいるのにもかかわらず世界は酷く静かで……。
「おいっなんで……急に暗く」
「えっ……夜?」
そして突然、まだ昼間だというのに辺りは暗闇に落ちた。
皆の心情を表すかのような淀んだ闇が、恐怖と不安をさらに掻き立てる中、俺は確かに見た……遠くの