凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~ 作:三軒となり
立ち尽くす女性が、泣き叫ぶ子供が、杖をつく老人が、津波のように通りへ雪崩れ込む群衆に押し倒され、石畳の上でその身体をボロ雑巾のように
やがて通りの幅いっぱいに人がすし詰めになるようにして止まる荒波。あの肉の壁の下にはいったいどれほどの人が押しつぶされているのだろう、だが誰もそんなことは気に留めない。気にしている余裕がない。
カンカンと鳴り響く鐘の音は止まず、焦げ付いた臭いが鼻をつく。目の前には正気を失った群衆達。それはこの世の地獄だった。異常な空気が包み込むリンドールの街は、阿鼻叫喚の地獄に落ちたのだ。
「皆さん落ち着いてください!! ゆっくり南門へと進みましょう」
「
しばらくすると開拓者ギルドの中から職員であろう女性達が大きな看板を持って出てきた。的確に、それでいて迅速に始まる人々の避難誘導。
建物の屋上からもギルドのお偉いさんのような男が声を張り上げ、町の南を大きく指さしている。
「早くいけよ!!」
「押すなって!! 子供が倒れてるんだぞ!!」
「どけっ!! 邪魔だ!!」
だが一度パニックを起こした群衆を落ち着かせることは難しく、誰も誘導なんて聞いちゃいないなかった。響く罵声に怒声が重なりすぎて、聞こえていたとしても誰一人として理解できなかったろう。
「マジで何が起こったんだよ……」
不幸中の幸いというか焼け野原に一人佇んでいた俺は、その悲惨な状況を群衆よりも冷静に見ることができた。
「テンセイさん!!」
「テンセイ!!」
そんな中こちらに駆け寄る影が二つ。エルミス達の存在をしっかりと認識したことによって俺の頭は、より落ち着きを取り戻した。まずは人混みを避け、現状把握をすべきと二人の状況を確認する。
「二人も無事?」
「うん」
「は、はい。テンセイさんも……っ?!」
二人に近づいた途端、顔を青ざめさせたエルミスのぎょっとした金色の瞳が俺の右肩あたりに注がれる。その視線を辿る途中で、俺は自分の肩に試験官の腕が乗っていたこと思い出した。
「ん? あ……」
「ひぃっ!!」
「ふむ」
あまりの生々しさゆえ
「えっ!? ズィー?!」
こんなもの見慣れていると言わんばかりに、眉ひとつ動かさずその断面を見つめるズィー。
「この焼け方……
「えっ?!」
表情を険しくしたズィーの視線が空へと移る。
「さっきから火の魔素が何かに吸い寄せられている……巨大な力……」
「確かに俺もさっき思ったんだ、気のせいじゃなかったのか」
「うん。近くに火の魔素を司る
「あなた達!! 何やってるの!!」
ズィーの視線に誘導されるように俺とエルミスが空を仰いだ瞬間、こちらに一人のギルド職員が駆け寄ってきた。
オレンジ色の髪……フィオナさんだ。肩には避難誘導用の看板を担いでいる。
「フィオナさん! 一体何があったんですか、こんな」
「そんなことより今は避難……いや、ズィーさんが居るなら伝えておいたほうが良いわね」
フィオナさんはズィーを一瞥すると、その胸元から一枚の封書を取り出した。
「先刻、一通の手紙がこの支部に届いたの。どうやら近隣の町村、少なくともこのリンドールより西は全滅している」
「は?」
「お姉ちゃん……」
フィオナさんの言葉に、ズィーが顔を曇らせる。
そうだ。ポーさんは言っていた。近くの村に行ってくると……まさか彼女も? いやそれだけじゃない、ここから西の町も全部ってことはウィンタムの町のおばさんや、あの爺さんとおっさんも?!
「大丈夫、情報はポーさんから送られてきたものだから彼女は生きてるはずよ」
一瞬空気が張り詰めるも、フィオナさんが覗かせた僅かな笑顔にズィーはふぅと息を吐いた。だが、俺とエルミスの表情は硬いままで……。
「よかった」
「て、テンセイさんもしかして」
「あ、あぁ。フィオナさん、ウィンタムの町の人達って……」
瞳を震わせながら覗き見たフィオナさんは、浮かべていた儚い笑顔のまま頷いた。
「幸い、ウィンタムの住人は首都への避難を始めていたらしいわ。町長の迅速な判断が町を救ったって書いてある」
「本当ですか?! 良かった」
女将さん達の無事に、俺とエルミスはホッと胸を撫で下ろす。
「ただ状況はかなりマズイわ。これを引き起こしたのは
宵闇。その名前にズィーは再度顔を強張らせた。
「やっぱり、でも奴は封印されている筈じゃ」
「直接見たとポーさんの手紙に書いてあったから間違いない。封印が破られたんでしょうね……ベルモレットさんももう歳だし」
「どうするの? 宵闇を相手できる開拓者なんて今この国には居ない」
「既にギルドは近隣各国に向けて十天の救援要請を出しているけど、今は連議会の準備期間に入ってる。間に合うかどうか……」
内容は半分も分からない。だがズィーとフィオナさん、二人の険しい表情から現状がかなりまずい事になっているのは伝わってきた。
「あの……」
「ごめんなさい、二人にはさっぱりよね ────」
それから俺とエルミスに向けて、簡単に状況を噛み砕いて説明してくれたフィオナさん。
宵闇と呼ばれる
こちらも最強の開拓者、十天とよばれる存在によって封印されたのだが討伐ではなく封印という手段をとったのも、その強さが故の仕方のない措置だったのだという。
「
こういう時、エルミスはちゃっかり鋭い指摘をしてくれる。あまり話を分かっていないようなフリをしてしっかり聞いているらしい。
「えぇ。深度七でのみ生まれる
そういって押し黙ったフィオナさん。
最強の
その響きにまだピンと来ていないものがあった。俺がこの世界に来て見た最も強い
「なら皆で戦う感じですか? 強い開拓者の人がいっぱいいるんでしょう? この街には」
そんな俺に突きつけられたのは、鋭い視線で。
「Aランク以上の開拓者は皆集められてその
「えっ」
「そしてポーさん以外からの連絡はない……」
「そんな……」
両目を閉じ、深く俯いたフィオナさんの肩は震えていた。
Aランク以上の開拓者が全滅?
今、この街には誰も戦力が居ないって……こと?
途端、ぞくりと背中に寒気が走る。
はっと振り返り、見つめた焼け野原……。パチパチと焼け焦げた音に合さった街の喧騒は、消えて行った数万の命達が上げる悲鳴のようにも思えた。
この惨劇をたったの一撃でやってのけるような化け物がもう少しでやってくる。そんな絶望の未来が今までにない恐怖を俺の心に植え付けた。
「……ん? なんだあれ?」
見つめる灰色の大地の遥か彼方、昼なのに暗闇を降ろしたその境界線で、黒い山の輪郭が動いた気がした。
いや、気のせいじゃない。まるで大地を這うかのようにずるずる、そしてゆっくりと、でも確かに山は動いていた。
目を凝らしてみるとその動く山の中心でボヤっと黄色い光が灯った。右に左、コマ送りのようにギザギザと移動するその光が段々とこちらへ近づいてくる。
もの凄い速度だ。
パッ、パッ、っとした点滅に合わせ数十mは動いているだろう光。それが視認できる距離に入った瞬間、俺は息を飲んだ。
それは白クマ……ヴォルフォクサーさんだった。
背中にぐったりとうなだれた女の子、ポーさんを乗せたままその四肢で大地を駆けている。全身をばねのようにしならせ、ぐんぐんと近づいてくるその身体からは血が吹き出ているのが見えた。
そしてその光が目の前まで来た時、まるで獣の咆哮かのようなけたたましい声で、ヴォルフォクサーさんは叫んだ。
「結界を張れぇええええええええ!! 宵闇が来るぞぉおおおおおおおお!!」