凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~   作:三軒となり

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第31話 作戦会議

 

 ゴゴゴっと地響きのような音が響き大地が震えている。

 

 最初それは地震だと思った。だがその揺れは一向に収まる気配を見せず、それどころか徐々に激しくなっていった。まるであの動いている山脈が、ゆっくりとこちらへ近づいてきているかのように。

 

「ヴォルフォクサーさん!? 大丈夫ですか!?」

「ワタシは良いっ、ポーを頼む!! それから街の結界を早く!! 少しでも時間を稼ぐんだ」

「お姉ちゃんっ!!」

 

 灼けた大地の上ではヴォルフォクサーさんが、地面へ這いつくばり荒々しい呼吸で肩を上下させていた。

 

 到底無事には見えない。黒い鎧は半ば砕け、白い毛並みは赤黒い血で(まだら)に汚れている。今すぐ倒れ込んでしまっても不思議ではない重傷を追いながらも彼は、気絶したポーさんを地面に着けぬよう大事に背負っていた。

 

「誰か!! 手を貸して!!」

 

 フィオナさんの叫び声に何人かのギルド職員が気づいて、徐々にヴォルフォクさーさん達の周りには人が集まってきた。だが、それらを追い払うように白クマは大きく手を横へと振り払う。

 

「ワタシに構うな、急いで結界を!! 全員死ぬぞ!!」

「もうやっています!! 落ち着いてください!!」

 

 血反吐を巻き散らしながら凄む白クマを前に全く怯まないフィオナさん。彼女の介抱もあってかヴォルフォクサーさんは次第に落ち着きを取り戻した。

 

 いや……落ち着いたというよりは、焦りや不安、身体の痛みを無理やりに喉の奥に押し込んだような顔だ。

 

「数刻の猶予もない、動ける開拓者を集めてくれ」

「一旦、ギルドの中へ入りましょう」

 

 そして鳴りやまぬ地響きを背に、俺達は開拓者ギルドへと駆け込んだ。

 

────

───

──

 

 建物の中は外の混乱が嘘のように静まり返っていた。

 

 先日ポーさんが腕相撲大会をしていた広間は表情を変え、酒の匂いも焼けた肉の香ばしさも、すべてが冷え切った空気の底に沈み込み、自分が固唾を飲み込む音ですらやけに大きく耳に響く。床には幾人かの負傷者が並べられており、職員に介抱されながらも皆が不安の表情を浮かべていた。

 

「街の状況は?」

 

 白クマ……ヴォルフォクサーさんの低い唸り声が静寂を裂く。

 

「概算で居住区の半数が消滅。生存者達は現在ギルド職員が緊急避難手順に則り南門前へと誘導中です」

 

 無駄のない口頭伝達。普段とは打って変わったフィオナさんの表情は、真剣で落ち着いており、現状出来うる最大限の対応が取られているのだと、俺は少しだけ安心感を覚えた。

 

「……避難は間に合わない」

「えっ……」

 

 だが芽生えた安堵はすぐに摘み取られた。

 頭を抱え、首を横に振るヴォルフォクさーさん。

 

「すぐに敵は街を囲うだろう、(むし)ろ結界がある街中の方が安全だ。今すぐ誘導を……」

 

 彼の口から出た結界という言葉……。正直、俺がまだ冷静さを保てていた理由はここにあった。ヴォルフォクサーさんが到着してすぐ、街をドーム状に覆う透明な膜のようなものが展開され、それが共存種の持ちうる最強の防護魔術壁だとズィーが教えてくれたのである。

 

 いかなる蝕魅(エクリプス)すら突破することはできないその膜は、時間稼ぎにしかならないが、その間に応援が駆けつけてくれれば助かるから心配ないと……。落ち着いた彼女の表情にどれだけ気持ちが救われただろう。

 

「そうですね、一旦外壁内での待機。避難手順パターンCで対応するよう伝達します」

 

 フィオナさんは数人の職員へ指示を出していた。

 

「あぁ。二、三日あれば首都からの応援が間に合う。ポータルを使うことになるだろうが、なんとかなりそうだな」

「よかった……」

 

 彼女へ目配し頷き呟いたヴォルフォクサーさんの言葉に、皆が胸を撫で下ろした瞬間だった。

 

「……気を落とさせて悪いが、状況はそう良くないらしい」

 

 ギィと音を立て開いたギルド奥の扉。その中から白髭を蓄えた筋肉質で貫禄のある大男が顔を出した

 

「ギルド長」

「バートレットさん」

 

 フィオナさんにバートレットと呼ばれた男はギルドの長で、皆の前に腰を下ろすと、彼はその顔を曇らせた。

 

「魔素貯蔵庫が先の一撃で全て破壊されている。このままだと結界は日没までも持つまい」

「そんな……商業区にある予備タンクは?!」

「…………」

 

 血相を変えた職員の叫びを前に、無言で首を横に振ったバートレットさん。街の損害は想像していたよりも深刻で、あの一撃で三分の二ほどの区画が消滅したらしい。

 

 本来ならば魔素の吹き出し口である『地脈』に発生装置を打ち込んで起動する結界、それを有事の際に街中で起動できるよう大量に魔素を溜め込んでいる貯蔵庫が大都市にはあるらしいのだが、その全てが塵に返ったというバートレットさんの報告は、(なご)みかけていた部屋の空気を重く沈み込ませた。

 

「なぁズィー。それってこの融合炉は使えないのか? 魔力を無限に生成できるなら……」

 

 そんな中ふとしたアイディアが閃き、俺はズィーに耳打ちしてみるも、彼女の首はすぐさま横へ振られた。

 

「ううん。テンセイが生成できるのは魔力。結界には魔素のほうが重要なの。六煉出力(ヘキサアウト)のために闇以外の六種類の魔素が大量にね」

「なるほど……」

 

 万事休す。

 

「け、結界が無くなったらどうなるんでしょうか?」

 

 エルミスが震わせた声を上げる。彼女が純粋であるが故の質問……だが恐らく、俺も含めこの場にいたエルミス以外の皆はその答えを明確に理解していた。

 

「…………」

 

 誰も口を開かない。いや、開けない。それを言葉にしてしまったら、必死に平静を保とうとしている心が壊れてしまいそうな気がした。

 

 長い沈黙。

 

 無限にも感じられた静寂は、ギルド長バートレットさんが返した無慈悲な回答によって破られた。

 

「この街の全員が死ぬ……」

 

 皆を悲嘆させる意味で言った訳ではない、きっとその先の……何か対策を考えようとしたのだろう。だが言葉は続かなかった。

 

「そんな……」

「……………」

 

「くひひっ」

 

 誰もが息を呑んだ静寂の中、座っていたズィーの足元から聞き馴染んだ笑い声が響いた。

 

「ならやるしかねぇだろうが。宵闇の野郎をよぉ」

 

「お姉ちゃん!!」

「ポーさん!!」

 

 みるとポーさんが目を覚まし、体を起き上がらせていた。

 

 顔色は最悪。どこか焦点も合っていない気がする……だがその口元にはいつもの不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「ポー、もう大丈夫なのか?」

「あぁ悪りぃ悪りぃ。熱暴走(オーバーヒート)するとはあーしらしくなかった」

 

 身体を気遣う白クマの手を軽く跳ね除けると、ポーさんは置いて合った椅子を足場にして受付のカウンターへと座り、皆の注目を一手に集めた。

 

「くひひっ。やるしかねぇ、ここにいるメンバーで宵闇を討つ」

 

「ちょ、ちょっと待てポー。あいつは数百年間討伐方法がわからなかった伝説の蝕魅(エクリプス)、かの十天すらも倒せずに封印という道を選んで ────」

「できる。フィオナ、ちょっとこれ借りるぜぇ」

 

 ヴォルフォクサーさんの言葉をぶった切ったドヤ顔をそのままに、ポーさんは受付裏にあった一冊の本をパラパラと捲ると、とあるページに指を挟みドンっとカウンターに叩きつけた。

 

 分厚い革張りの本。全員の視線がその一ページへと集まる。

 

「へ、蛇?」

 

 エルミスが小さな声を零したそこには、双頭の蛇が描かれていた。漆黒の鱗に覆われた蛇だ。絵であるにも関わらず、その吸い込まれるような赤い瞳と目が合った気がして背筋にゾワリと寒気が走る。

 

「宵闇のアーヴェントが無敵と言われる所以は二つ」

 

 例によって例のごとく、中指を立てるポーさん。

 

「一つ、切っても切っても無限に復活する驚異的な再生能力。こいつは魔術回路のせいだろうが、その仕組みが分からねぇとどうしようもねぇ」

「かの【天剣】が首を一本斬り飛ばしても無駄だったという(いわ)れがある」

 

 ヴォルフォクサーさんの補足に軽くうなずき、ポーさんは続ける。

 

「二つ、火の魔素の権化である奴の体表は常に超温度の黒炎で纏われており、その炎の範囲は自由自在。ただ大きく炎を広げるだけで皆燃え尽きて、しめぇだ」

「最強の攻撃力に、最強の防御力、それに無限の再生能力ときたら勝ち目など……」

「いや、ある。くひひっ、こっちだって切り札がよぉ」

 

 力強く笑ったポーさんの青い瞳は俺と、ズィーを見つめていた。

 

「あーしの妹、ズィーの固有魔術は相手の魔術回路を解析できる……絶対にあるはずだ。宵闇にも弱点が、そこを突くのさ」

「えっ……わたし……、でも相手に触れないと……」

 

 虚を突かれたような顔になるズィーから、ポーさんの視線は俺にズレた。

 

「そんでもってのとっておき。この男、テンセイは火の完全耐性を持っている。くひひっ。神が奴を殺せと言っているとしか思えねぇ、宵闇特攻の能力だ」

 

 それからポーさんは、細かい宵闇討伐作戦を皆に伝えた。

 

「いいか作戦はこうだ、 ────」

 

 

 

◇◆

 

 

 

「えっ……なんだこれ……」

「暗い」

「ひぃっ!!」

「ちっ……やはりもう囲われているか」

 

 開拓者ギルドを出た時、ドーム状に張り巡らされていた結界の向こうに見えた景色はガラリと変わっていた。

 

 完全なる闇……。

 

 確かに先ほどから陽の光は黒いモヤのようなものに遮られ、夜のように辺りは暗くなっていたが、それとは比べ物にならない漆黒が目の前にはあった。空も、雲も、遠くに見えていた山脈も……結界の全てが黒に塗りつぶされている。

 

「まさか……これって……」

「くひひっ、バカみてぇな図体しやがって」

 

 それが何かを理解した時、俺は言葉を失った。

 目の前の闇は闇ではなかったのだ。

 

 その漆黒は蠢いていた。とんでもなく巨大な何かがずるずると、結界の表面を這っている。

 

「鱗……?!」

 

 黒々と濡れた岩肌のような途方もなく巨大な鱗の列が、結界の外を幾重にも連なって覆い隠していた。その一枚一枚が城門のように大きく、擦れ合うたびに地響きのような金属音を散らしている。

 

 本にあった通りの蛇だった。いや、蛇という言葉では到底言い表せない。山脈を一本引き抜いてそのまま生き物にかえたような超巨大な大蛇が、街を包む結界もろともとぐろを巻くようにして覆っていたのである。

 

「ではギルド職員は住民の誘導へ!!」

「手の空いている開拓者は住民の避難に手を貸せ!! 急げ!! 結界もすぐ解けるぞ!!」

 

 ギルド長のバートレットさんが指揮をとり、フィオナさんをはじめ作戦を聞いた皆が動き始めた。

 

「では皆さん。後は任せました、避難誘導は我々が責任を持って行います。心置きなく戦ってください」

 

 力強く拳を握ったバートレットさんから激励の言葉が飛んでくる。

 

 ポーさんの告げた作戦の最初のステップは戦いの準備を整えること、住民の避難である。このクローズドサークルのどこにそんな場所があるのかと思ったが、一カ所だけ安全な場所があった。

 

『戦うにしろ、住民の皆さんはどうするんですか?』

『くひひっ、いい場所がある。なぁズィー?』

 

 そう、俺が魔術の修行をした謎の地下空間である。あのだだっぴろい草原なら数十万いや、数百万の人間でも入るだろう。

 

 ズィーが作ったゲートと呼ばれる謎空間のへの入り口は、例の地下階段を含め街の中に何箇所か用意されているらしく、一斉に住民達はそのゲートへ避難を開始した。開拓者ギルドのフィオナさん達の手際は見事なもので、先ほどの混乱とは打って変わって群衆は列を成して歩みを進めている。

 

 皆が大人しいのは宵闇の身体が見えていて恐怖しているからだろうか? 

 

 いや、すれ違う人達の表情に恐れは現れていない。むしろ……。

 

 皆の視線の先には二つの影があった。

 大小二つの影が。

 

「ユグドラシルの二人がいればきっと大丈夫」

「あぁ、あの二人ならきっと宵闇を……」

 

 虹色の髪に、白と黒のコントラスト。Sランクの開拓者二人が群衆に『勇気』を与えているのだと直感で理解できた。それほどまでにポーさんと、ヴォルフォクサーさんの立ち姿が『不屈』を宿していたため。

 

 誰よりも傷ついている白クマは、誰よりも胸を張っていて。

 誰よりも小さな魔術師は、誰よりも不敵に笑っている。

 

 この二人ならばと、皆がその強さに希望を見ていたのである。

 

「くひひっ、どうしたテンセイ。びびってきたか? 震えてんぞ」

「あ、いや……」

 

 その内の一人、ポーさんからの言葉を否定しようとして声が喉に引っかかる。

 

 ビビってないわけがない。

 

『まずは先陣。結界が解けた瞬間にテンセイが宵闇へと突っ込み、奴の体表全ての黒炎を無効化する』

 

 ポーさんが立てた作戦のステップ2が頭の中で反芻(はんすう)されていた。

 

 あの巨大な蛇に……。俺が……。

 

 魂が震える。

 

 確かに俺が触れれば炎は消えるだろう。試験の時も俺は無傷だった……この力が通用することは間違いない。でも恐怖まで消えたわけじゃなかった。

 

「……まぁ、ビビってますよ」

「くひひっ」

 

 俺は震える手を握りしめ、無理やり口角を上げた。

 

 死にたくはない。

 でも、ここで何もしない自分にもなりたくはない。

 

 これは俺にしかできないことなのだから。

 

「でも……」

「ん?」

 

 例え恐怖で震えていたとしても、そこに一歩前へ踏み出す気持ちがあるのならば……。俺の国には、少しだけ都合の良い言葉があった。

 

「やるしかないでしょう」

 

 武者震いという言葉が。

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