凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~   作:三軒となり

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第32話 宵闇のアーヴェント

 

 焼けた大地の上で赤い火の粉がふわりと宙へ舞い、そしてすぐに黒々とした闇に飲まれて消えた。

 

 住民の避難が完了したあたりから地響きはパッと止み、パチパチと焚火の爆ぜるような音が静まり返った街に響いている。

 

「じゃあ、またあとでなエルミス」

「はい、テンセイさんもご無事で」

 

 開拓者ギルドの前。ハサミを胸に抱える薄水色の解けたおさげ髪をした少女は儚げな笑顔を見せていた。以前ゴブリンジェネラルと対峙した時とはまた違った笑顔。死を受け入れるのではなく、憂うような……。

 

 そんな彼女を心配させまいと無理やりに顔の筋肉を動かして笑みを浮かべてみるが、ぎこちなさすぎて逆に不安を煽ってしまったかもしれない。

 

「くひひっ、心配すんな嬢ちゃん。テンセイは絶対あーしとヴォルフォクサーが守っからよぉ」

「大丈夫、わたしもついてる」

 

 ポーさんとズィーが緊張と不安でガチガチになっていた俺の背中へ手を添えると、気合を埋め込むようにパンッ叩いた。けっして痛くはない軽い衝撃、でもそれは心に渦巻いていた恐怖を散らせるには十分だった。

 

 自然な笑みが零れた俺を見て、エルミスが力強く頷く。

 

「はいっ!! じゃあ作戦通り、私はギルドに待機しておきますので」

「あぁ、ズィーの解析が終わったら絶対に嬢ちゃんの出番は来る」

 

 同じく力強く頷いたポーさん、そして二人の視線は巨大なハサミへと注がれる。

 

 今回の作戦の最大の肝、運命を断ち切る鋏(アトロポス)

 

 俺の力で宵闇に近づき、ズィーの能力で敵の弱点を解析、最後にエルミスの鋏でそれを斬る。そしてこの3ステップをポーさんとヴォルフォクサーさんが全力でカバー、これが俺達の立てた勝利への道筋だった。

 

「さて、そろそろか」

「うん。結界が割れる……」

 

 ヴォルフォクサーさんとズィーが空を見上げると、紫に光るドーム状の結界には亀裂が走り始めていた。ピシピシと薄氷が割れるように崩れ去っていく膜。

 虹色に輝く破片の降り注ぐ様は、こんな最低最悪の状況にも関わず、光り輝く雪が降っているようで美しかった。

 

「うーっし。覚悟は決めたかぁ? テンセイ」

 

 呆気に取られていた俺の横でポーさんが笑う。

 

「いえ……流石に怖いですね。余裕で震えてます」

 

 あたりまえだ。異世界に来て数週間そこらで、命を賭した戦いに挑むなど正気の沙汰ではない。おまけに街の住民の命までかかってるとなれば、そのプレッシャーは計り知れない。

 

「結構結構。お前はただヴォルフォクサーの背中に座っときゃいい、不安なら目でも瞑ってろ。じゃあ……行くぜぇ ──── 起動(ドライヴ)

 

 くひひっ。と最後に笑い、ポーさんは魔術回路を起動して飛び上がった。街で一番背の高い鐘楼のテッペンへと。

 

「よし、二人とも乗れ」

 

 俺とズィーの目の前にヴォルフォクサーさんが伏せる。砕けた漆黒の鎧は既に脱ぎ捨てられており、こうしてみるとただの白クマにしか見えない。そしてその背中に跨ると分厚い毛皮の感触が伝わってきた。

 

「振り落とされるなよ」

「ぉわっ」

「ふふっ(ぎゅー)」 

 

 ヴォルフォクサーさんがスッと四つ足で立ち上がったことでバランスを崩した俺を、後からズィーが抱きしめるようにして固定してくれた。

 

 こんな状況でも、女性から密着されると落ち着かなくなるのは雄の本能なのだろうか? 人が死を感じた時に生存本能が働き、子孫を残そうと性欲が高まるというのは本当だったようだ。

 

──── ダッ!!

 

 なんて馬鹿なことを考えていると、ヴォルフォクサーさんは俺達を乗せて建物の屋根上へと飛び上がった。

 

「?!」

 

 開けた視界に息を呑む。

 

 遠くの外壁上。結界の割れた隙間からは黒光りして蠢く鱗が見えており、それが見渡す限り360度全方位続いている……敵は絶望的なまでの巨大さだった。

 

 って……うおぉ。

 

「すごっ」

「お姉ちゃんも全力全開」

 

 建物の屋根に上ってもなお見上げる程に高い鐘楼の上では、ポーさんが風に深緑のローブを靡かせながら杖を構えていた。そしてその周りには数十、いや、数百を超える巨大な氷の槍が浮かんでいる。

 

「ポーの攻撃に合わせて、突撃する。しっかり身体を掴んでおけ」

 

 そしてヴォルフォクサーさんが大きく息を吸い込んだその瞬間、ついに結界は全て崩壊した。

 

《グルルルル》

 

 湿った鈍く低い音が鳴る。蜷局(とぐろ)を巻いていた胴体の一部が歪んだがかと思うと、そこからぬらりと蛇の頭部が二本浮かび上がってきた。

 

 その顎は俺達のいる建物を一飲みにできると思えるほどに巨大で、頭頂部ではぼうっと赤い二つの光が灯り、雷鳴を飲み込んだかのような低い唸り声が辺りに響く。

 

《このノイズ、先刻の開拓者共か……、まさか逃げられるとは思わなんだ……。だがここまでのようだな》

 

 二つの頭部から発せられる声は重なり、淀んでいた。宵闇と呼ばれた蝕魅(エクリプス)の圧倒的なスケールを前に俺の身体が震えだす。

 

 怖い……怖い怖い怖い。

 なんだよコイツ……。

 やっぱりこんなの勝てるわけ ────

 

「大丈夫。理論上、倒せない蝕魅(エクリプス)はいない」

 

 だがその震えは、ズィーの力強い抱擁によって押さえつけらえた。

 

「いくぞっ!!」

 

 夜天を流れる青白い流星群……。その撃ちだされた数百の氷の槍と共に、ヴォルフォクサーさんは街の屋根の上を駆けた。

 

 それは走るというよりも空を飛んでいるかのようで、白い巨体が四肢を(しな)らせ屋根瓦を蹴り砕きながら跳ねていく。街の景色は全て背後に吹き飛んだ。

 

「うおぉおおお?!」

 

──── ガギィン!! ギィン!! ギィン!!

 

 みるみると近づいてくる黒い壁に、ポーさんの放った氷槍群が直撃する……。が、その一本も宵闇の鱗に傷をつけることすらできない。特級の狼すらも一撃で貫いた槍が一本も。

 

 金属が弾かれるような音を立て、砕けた氷の槍は地面へと落ちていく。

 

《そんな氷、黒炎すら不要……、んん? これは……囮か?》

 

 一瞬ポーさんの方へ宵闇の注意が向くも、片方の頭、その双眸がすぐに俺達を捉えた。

 

「来るぞテンセイ!!」 

《グハハ、飛んで火に入る虫とはまさにこのこと》

 

 頭上で轟く声が聞こえた直後、宵闇の胴体から黒い炎が噴きあがった。燃えているのに明るくない……漆黒の炎だ。

 

 その黒炎は波のように広がり、屋根から屋根へ、俺達を飲み込むように迫った。

 

「テンセイ、出番」

「あぁ、頼むぜ……俺の謎パワー」

「セイッ!!」

 

 炎壁の眼前でヴォルフォクサーさんがキュッとブレーキを踏み、俺を上へ放り投げた。

 

「うぉっ?!」

 

 ふわりと浮かんだ身体が天を仰ぎ、脳が走馬灯のように想いを馳せる。そういえば、どうやって炎を打ち消すかは決めていなかったなと……。

 

 スローモーションになる視界と、遠くなる音。それは体の上昇が下降へと変わった瞬間、また高速に動き始めた。

 

「うぉわあああ」

 

──── ガシィッ!!

 

 気づいた時には、ヴォルフォクサーさんの口に俺の身体が咥えらえれていて……。

 

「ふぉのははふっほふ」

「な、なななんて?!」

 

 そして口先に持ってきた俺の身体を先頭に、ヴォルフォクサーさんは炎へと突っ込んだ。まるで土をかき分けるブルドーザーのブレードのように。

 

「ちょっ?!」

 

 眼前に迫る黒炎を払う如く突き出した俺の右手が炎に触れた瞬間。宵闇を纏っていた炎がパッと消え去った。

 

《なに……?》

 

「うぉおおおおおおおおおおお」

 

 黒炎の海を白銀の少女を乗せた白クマが駆け抜ける。

 MOBっぽい男を咥えし白クマが。

 

《我の炎が消されているだと……ならば……ふんっ!》

 

 叫びながらも俺は、視界の隅で黒い影が動いたの見た。顔を上げると正面にあった宵闇の頭部のうち一つがない ──── いや……。

 

 建物数十棟分のサイズはあろうかという首が、街並みごと俺達を薙ぎ払うように横から迫っていた。

 

「ヴォルフォクサーさん!! 横、来てる!! 炎以外は無 ────」

「ひんふぁいはい」

「はい?!?!」

「大丈夫、お姉ちゃんがいるから」

 

 薙ぎ払われた宵闇の首が視界を覆い、終わった……と思った瞬間。ズィーの声と共にひんやりとした空気が頬を撫でた。

 

 刹那、俺達と宵闇との間に青白い光が走る。その光は瞬く間に巨大な氷壁となった。一枚ではない、二枚、三枚、四枚、分厚い氷の壁が連続して展開され、宵闇の首が振られる進路へと割り込む。

 

 ドゴォンと爆音が轟き、一枚目は容易く砕けた。だが、二枚目、三枚目が割れたときには宵闇の勢いが鈍り、四枚目でその首は完全に停止した。

 

《ちっ……いまいましい妖精の魔術師め》

 

 見なくても分かる……。

 

 ポーさんは今、くひひっと笑いながら中指を立てているだろう。

 クソくらえだ蛇野郎なんてセリフ付きで。

 

「ふぃふほ!!」

 

 ポーさんの加勢によって攻撃が止んだ隙に、気の抜けた声を上げながらヴォルフォクサーさんは宵闇の胴体に飛び乗った。そしてすぐさま俺とズィーを降ろし、叫ぶ。

 

「頼んだ、ズィー!!」

固有魔術回路の接続(ユニークコネクト) - 真理を覗く者(プロメテウス)

 

 コクリと頷いたズィーが魔術回路を起動し、宵闇の身体に触れる。指先から細い光の線が伸び、それは蜘蛛の糸のように宵闇の身体全体へ一気に広がっていった。

 

「外殻硬度……アダマンタイト級、魔素密度……100%。構成魔素……火。魔力反応……これは……内部構造も……間違いない」

 

 幾重にも重なる円環に身体を包まれるズィー。そして目の前に浮かんだホログラムのような半透明の板を指でなぞった彼女は、はっとその赤い瞳を見開いた。

 

「分かった……、超再生の能力の仕組み。コイツ、二つの魔術核が ────!!」

 

 言葉の途中で、宵闇の身体が大きく脈打った。

 

《鬱陶しい……》

 

 ズィーの足元、メラメラと暗い闇を放つ漆黒の鱗が黒炎を噴きだそうとしていた……。

 

「くっ!!」

 

 咄嗟に身体を投げ出し、ズィーを抱きしめるように庇う。間一髪で、放出された黒炎は俺の身体に当たり消え去った。

 

「大丈夫か?! ズィー!!」

「う、うん。ありがと……」

 

《まただと……》

 

「それで、倒し方は?!」

 

 俺とズィーを再度背中に担いだヴォルフォクサーさんが、宵闇の身体から街の屋根へと飛び降りる。

 

「左右の頭、それをほぼ同時に切り落とせばコイツは殺せる」

 

 白クマの背に跨る白銀の少女の瞳は、力強く蛇の双頭を睨みつけていた。

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