凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~   作:三軒となり

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第33話 運命を断つ鋏と、万物を穿つ槍

 

──── ブォンッ!!

 

 頭上を薙ぐ巨大な黒い影。

 俺とズィーを背に乗せたヴォルフォクサーさんの身体が街の屋根から屋根へと跳び移るたびに、宵闇の首がほんの数寸先を何度も掠めた。

 

 突風などという生易しいものではない、まるで航空機が目と鼻の先を通り過ぎたような風圧にヒュッと背筋が凍る。

 直撃したら即死、なんてことは考えるまでもなかった。圧倒的質量が通過した後には、建物だったものが瓦礫へと変わっていて、宵闇の身じろぎ一つで街は崩壊していく。

 

「やべぇ」

 

 凄惨な光景を眺めながらも振り落とされないよう、ヴォルフォクサーさんの身体にしがみつく手は恐怖で震えていたが、その恐怖も意識が全て呑まれるほどに大きくはなかった。

 

「ふっ、広範囲の黒炎爆発さえなければどうということはない」

 

 白クマ……ヴォルフォクサーさんの声に焦りは無い。右に左、煙突を蹴ったかと思えば次の瞬間には傾いた屋根の上を滑るように駆け、大通りの石畳が顔の側面を擦るように壁を走る。街全ての構造物を足場のように使いながら攻撃を往なしている彼は、宵闇の全てを見切っていた。

 

《ちぃ……鬱陶しい氷だ……》

 

 苛立ちを滲ませた宵闇の声が街全体を震わせる。

 

 そう、宵闇を翻弄していたのはヴォルフォクサーさんだけではなかった。空中で何も足場にするものがなく奴の攻撃を躱しきれないと思った瞬間には、決まってそこに氷の壁が生まれた。

 

 氷壁に叩きつけられた大蛇の身体を街の鐘楼から高らかに見下ろす少女。

 ポー=パトリガロット。この氷を操作する開拓者屈指の魔術師が、深緑のローブをたなびかせている。

 

 最強と謳われた蝕魅(エクリプス)を前に、一歩も引かぬ二人のSランク開拓者の存在はあまりにも頼もしかった。

 

「あとはハサミのお嬢さんと合流して、奴の首を切るだけだな」

 

 跳躍の合間にヴォルフォクサーさんはこちらへ首を傾けると、先ほどズィーが見破った敵の弱点を確かめるように復唱した。

 

「うん。奴の身体その全てが魔術回路になってて、あの二つの頭部が魔力を供給している。片方を切ってももう片方がすぐに回路を使って修復するから同時に切るしかない」

 

 落ち着いた声で応じるズィー。

 

「なるほどな、一本はワタシが受け持つ。テンセイ、着いたら彼女に首を狙うよう伝えてくれ」

「は、はいっ! 分かりました」

 

 俺がそう返事をした時だった。

 

《まずは氷のコバエから落とすか》

 

 宵闇の低い声が響いたかと思うと、奴の頭部がグパッと裂けた。

 見上げた先にギラりと並ぶ牙。その一本一本は町の外壁のように大きく、唾液が糸を引いて滴り落ちるたび、建物がじゅっと音を立てて焼け焦げついている。

 

 蝕 滅 (イクリプス・ヴィミラニエ)

 

 双頭がその言葉を重ねた瞬間。

 大気が震えた。

 

「まずいっ!!」

 

 ヴォルフォクサーさんがバッと見上げた視線の先、鐘楼の上空には漆黒の太陽が出来上がっていた。夜の闇を搔き集め、圧縮し丸めたような球体……鼓動をうつたびに膨れていく太陽が。

 

 そしてその黒き恒星は、ポーさんに向けてゴォッともの凄い勢いで落下し始めた。

 

「あれは……やばい」

 

 宵闇の放った魔術が、開拓者試験の時に街を襲ったものだとすぐに分かった。リンドールの半分を一瞬で消滅させた究極の一撃。それが今、ポーさんへ降りかからんとしている。いや、ポーさんだけじゃない。あんなものが落ちたら残りの街も焼け野原だ。

 

「くそっ!! ────」

 

 ヴォルフォクサーさんが屋根を蹴る。これまでより深く、強く……。踏み抜かれた橙色の瓦は爆ぜ、俺達の身体は矢のように前へ飛び出した。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 だが間に合わない。

 鐘楼までの距離が絶望的に遠い。

 既に黒き太陽はポーさんの目と鼻の先にあった。

 

 終わる……。

 ポーさんと皆が死ぬ。

 

 『くひひ』

 

 勝手に結論を出そうした頭の中で、あの笑い声が俺を罵った。

 

「すげぇ……」 

 

 視線の先には、巨大な黒き太陽を前に杖を構えているポーさんがいた。

 

 次の瞬間、凍り付く街中の空気。

 

 屋根上を霜が走り、妖精の少女の立つ鐘楼に向かって冷気が伸びていくと、それは巨大な氷壁となった。一枚、二枚の話ではない、天から降る漆黒の太陽を受け止めようと数百枚の壁が氷の城塞を組みあげたのだ。

 

《無駄だ。魔術では防げぬ》

 

 僅かな希望を掻き消すかのように宵闇の声が響く。そして黒い太陽が氷の城に触れたその瞬間、カッと大爆発が起こった。

 

 爆発と共に崩れ落ちる氷の城塞。が、ポーさんは更に杖を突き出し、砕けた氷の隙間から新しい壁を生み出した。何枚も、何枚も、何枚も。

 

《グハハ時間稼ぎにしかならんぞ》

 

 だが漆黒の太陽は止まらない。あまりにも重い絶望を体現した黒が、氷を喰い破りながら徐々に街へと落ちていく。

 

「くひひっ」

 

 氷が砕ける音の中で、今度は脳内ではなく確かにポーさんの笑い声が聞こえた。

 

「時間が稼げれば十分だろぃ ──── 」

 

 気づけば俺達は既に鐘楼の下まで迫っていた。

 

「なぁ? テンセイ」

 

 ニヤリと笑う青い瞳と目が合った時、俺は全てを理解した。

 

「ヴォルフォクサーさん!!」

「あぁ!!」

 

 そう合図するよりも早く、ヴォルフォクサーさんの大きな手は俺の背中を掴んでいた。

 

「頼んだぞ、テンセイ!!」

 

 そして次の瞬間、その剛腕で槍を投げるようにヴォルフォクサーさんは俺の身体を黒い太陽へ向けて打ち出した。

 

 

「うおおおおおおおお」

 

 

 街を消し飛ばした魔術がなんだ。

 たとえ太陽だろうが、それが火の魔術である限りは……俺が!!

 

──── カッ!! 

 

 突き出した右腕のガントレットが黒炎に触れた瞬間、漆黒の太陽はぐにゃりと歪み、渦を描くように空間へ圧縮され消滅した。

 

《馬鹿な……。 蝕 滅 (イクリプス・ヴィミラニエ)すらも打ち消すだと……? まさか、火の完全耐性……いや、もはや無効化か》

 

「くひひっ。完璧だぜ、テンセイ」

 

 ポーさんの声が耳元で聞こえる。

 

「はは……ははは……」

 

 笑うしかなかった。恐怖が遅れてやってきて、全身が震えているがそんなものは落下中には些細なこと。吹き上げる風を受け、ふわりと石畳に着地したとき情けない声が漏れた。

 

「マジで死ぬかと思った」

「見事だ」

「ナイス、テンセイ」

 

 少し遅れて合流したヴォルフォクサーさんとズィー。

 

「──── そういうわけで、首を同時に落とせば奴は死ぬらしい」

「くひひっ。なるほどなぁやっぱりそういう系か」

 

 宵闇の倒し方を聞き妖精の少女が口元をニヤリと吊り上げた時、開拓者ギルドの扉が開いた。

 

「テンセイさん!!」

 

 そこに立っていたのはエルミスだった。ずっと様子を窺っていたのか丁度よいタイミングで飛び出してきた彼女はハサミを抱きかかえており、今にも泣きそうな表情を浮かべている。

 

「よかった……無事で……!! 凄い音がしてて……私……」

「エルミス、聞いてくれそのハサミの使いどころだが ────」

 

 しかしかながら再開を祝う暇などあるはずもなく、すぐさまエルミスに作戦の最終段階を伝える。

 

「──── は、はいっ。分かりました。やってみます」

 

 力強く頷いたエルミスの横へ、ヴォルフォクサーさん、ポーさん、ズィー、そして俺が並び、皆が宵闇を見上げた。

 

「さぁて、さてさて」

 

 一歩踏み出したポーさんが呟く。

 

「今までの借りを返すぜぇ、クソ蛇野郎」

 

 最強を倒すための準備は整った。

 ここからはクライマックス、最終決戦だ。

 

 

 

◇◆

 

 

 

 生暖かい風の吹く開拓者ギルドの屋上。

 

 ズィーの言っていた通り、高温以外はちゃんと温度がわかるんだなぁ……なんてどうでもよいことを考えてしまうのは、今目の前に起こっていることがあまりにも現実離れしているからだろう。

 

 眼下では崩れた街並みが黒煙を上げ、頭上では街そのものを呑み込まんとするほど巨大な蛇が首を(もた)げ、俺達を見下ろしている。

 

 宵闇のアーヴェント。双頭の蛇の赤黒い瞳はどこか魂ごと吸い込まれそうな無垢な狂気を孕んでいた。

 

《…………》

「どうしたぁ、でくの坊。攻撃してこねぇのか?」

 

 そんな怪物を煽るように笑うポーさん。片手を腰に当て、もう片方の手で杖をくるくると回すその姿は、いつも通りの彼女だった。

 

《信じられんが……その男に、我の攻撃は通用しないようだ》

 

 腹の底に響くような宵闇の声。

 それは俺に向けられているものだとすぐに分かった。

 

 視線だけで息が詰まりそうなほどのプレッシャー……最強と謳われるのも納得だ。

 

「くひひっ。てめぇの天敵だよなぁ火の完全耐性はよぉ。尻尾巻いて逃げ出すんじゃねーぞ」

《ふん……物理への完全耐性も持っていたらお手上げだが……》

 

 そう言って宵闇の口がガパッと裂けるように広がった。

 

《潰せば死ぬだろう?》

 

 同時に街全体を囲っていた胴体が大きく持ち上げられ ──── 空が消えた。そう錯覚するほどの巨体が視界を覆いつくす。

 

「ひぃっ……」

 

 隣でエルミスは震えあがっていた。無理もない、かくいう俺も今すぐ逃げ出したいほどに怖い。あんなものが降ってきたら、街ごと全部潰れて終わりだ。

 

「てめぇもその首を同時に落とせば死ぬんだろう?」

 

 ポーさんがそう告げると、振り下ろされようとしていた宵闇の身体がピタリと止まる。巨大すぎる質量が空中で停止したせいで、遅れて吹き荒れる豪風が屋上を叩いた。

 

《なぜそれを……》

「くひひっ。敵に教えるバカがいるかよ」

 

 虹色の少女は笑いながら中指を立てた。

 

「観念しやがれ。今日がてめぇの命日だぜぃ」

《粋がるなよ矮小な共存種共が。たとえ弱点が知られたとて、貴様らにこの首を落とすことは不可能、それは先の戦闘でも分かっているだろう》

 

「あぁ? 誰がいつ、てめぇの首を落とそうとしたって?」

 

《ん?》

 

「まだとっておきは見せてねぇつってんだよ、マヌケ」

 

 そう言ってポーさんは杖をしまうと、もう片方の手の中指も立てた。

 

 ダブルピースならぬダブル ────って。

 なんでさっきから、この人は挑発してんの?!

 

 ポーさんの言葉に、宵闇の殺気が目に見えるほどに濃くなっていく。

 空気が重い……。呼吸するだけで肺が押しつぶされそうだ……。

 

《戯言を》

「試してみるか?」

 

 その一言が合図だった。

 

 ブォンッ!!

 

 巨大な闇が落ちてくる。

 

 やばいっ、死 ────

 

「くひひっ」

 

 俺が薄目に身構えた瞬間。ポーさんは不敵な笑みを浮かべたまま突き出していた両の中指を、目の前で交差させた。

 

固有魔術回路の接続(ユニークコネクト) - 妖精達の世界旅行(オデュッセイア)

 行先(トゥ)凍てつく冥界(ニヴルヘイム)

 

 くるりと片手を反転させ、中指と人差し指でひし形を作り出すポーさん。その四角い領域は、何か吹雪の吹き荒れる……この世とは異なる世界を映していた。

 

起動(ドライヴ)

 

 そしてポーさんが結んでいた指を切り離したその瞬間、目の前の闇が真っ白に染まった。

 

──── !!

 

 吐く息すら瞬時に結晶化するほどの冷気。大気中の水分が一瞬で凍ったのだと、純白の世界を前に理解する。白い粒子が渦を巻き、それ以外の一切が静止した凍てつく領域がそこにはあった。

 

「ようこそ、絶対零度の世界へ」

《ぐ……う、動けん……》

 

 リンドールの街のど真ん中には、瞬く間に黒き大蛇を封じ込めた巨大な氷の柱が完成した。

 

「じゃっ、あとはヴォルフォクサーと嬢ちゃん頼むぜ。イキったはいいが多分長くは持たねぇ。くひひっ、ニヴルヘイムですら完全に凍らせれねぇとはとんだ化け物だぜ」

 

 両腕を頭の後方で組み、くるりと身体の向きを変えたポーさんがエルミスの肩をポンポンと叩く。

 

「やっちまえ、チョッキンとな」

「は、はいっ!」

 

 白くまと顔を見合わせたエルミスは力強く頷いた。

 

「えっと、あと一本はどうやって……」

「にししっ、いいからやんな。何もとっておきはそのハサミだけじゃねぇ」

 

 エルミスがすっとハサミを構えた横では、同じようにヴォルフォクサーさんが漆黒の槍を片手に持ち、大きく半身の構えをとりながら片足を深く踏み込んで槍を振りかぶっていた。

 

「ヴォルフォクサーさんの固有魔術でやるんですか?」

 

 俺の問いに返事はない。ただニヤリと笑う虹色の妖精少女の横で、ハサミと槍を構えた二人はシンクロするように叫んだ。

 

固有魔術回路の接続(ユニークコネクト) - 万物を穿つ槍(グングニール)

「神律の適用 - 運命を断ち切る鋏(アトロポス)

 

 大小二つの身体に灯る赤と青の光が、互いに呼応するかのように輝きを増してい く。

 

起動(ドライヴ)!!」

 

 そして空気を裂くような咆哮と共に、身体をしならせたヴォルフォクサーさんの手から漆黒の槍は放たれた。その足の踏み込みで屋根上の瓦が爆ぜ、抉れた欠片が後方へとはじけ飛ぶ。

 

 目にもとまらぬ速度で飛んでいった槍は眩いほどの白き光を纏い、大蛇の下顎へと突き刺さった。

 

穿(うが)てぇえええええええええ!!!」

 

 吼えた白クマの視線の先、槍は落雷のような轟音を鳴らし凍った宵闇の下顎を貫くと、その先端を消し飛ばすように遥か天空までをくりぬいた。

 

「すっげ……」

「今だっ!!」

 

 見下ろしたヴォルフォクサーさんの視線にエルミスが頷く。

 

「は、はいっ!! 対象は……」

 

 そしてチラリと俺の方を覗き見た彼女。その目は確認を求めていた。何を断ち切るのか……と。

 

 迷わず告げる。

 

「宵闇のアーヴェントだ」

「はいっ! 宵闇のアーヴェントを選択 ──── 顕現(アドヴェント)!!」

 

 握られていたハサミがゆっくりと開くと、街を覆っていた冷たい空気が目に見えるほどの奔流となってエルミスの周囲へと渦巻いた。

 

 目の前の闇を映す銀の刀身。その刃と刃の間には、空間を歪ませたような黒い裂け目があった。

 

 そして、その夜を閉じ込めたかのような黒い裂け目を ──── 刃が閉じ結んだ。

 

 刹那。ジャキンという金属音が鳴り、視界を斜めに分断した光の線が、目の前の大蛇を超え夜空へと走り抜けた。

 

 蛇を覆っていた氷が砕け、空が割れる。

 

 黒々とした巨大な鱗、その絶対の防壁にたった一本、ピッと赤い線が浮かんだ。

 

《ば、かな……》

 

 大蛇の双眸が見開かれ、その線はジワジワと太さを増すと、ふとしたタイミングでずるりと斜めにズレた。

 

 ゴッ……ドォオン。

 

 遅れてやってきた轟音。

 天を貫いていた巨体が倒れ、街全体が波打った。

 

「なんという一撃」

「くひひっ。やっぱりこいつぁー規格外すぎるな、ハサミだけで二本まとめて切れたんじゃねーの?」

 

 夜天のように空を覆っていた黒いモヤに入った細い裂け目はみるみる広がり、黒に支配されていた世界を押し返すように、眩い陽の色が流れ込んできた。

 

 空は砕け、闇は退き、雲海の白が金色に燃える。

 眩いばかりに射し込んだ陽の光は、この戦いの勝利を祝しているようだった。

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