凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~   作:三軒となり

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第34話 勝利への道筋

 

 ほんの少し前まで空を覆いつくしていた夜は裂け、世界には眩い光が流れ込んでいる。そんな街を照らす日の光に向かって、皆が呆けたように口をポカンと開けていた。

 

「倒した……?」

 

 誰かの声が漏れた。あるいは俺が口にしたのかもしれない。だったとしたら無意識で……ただ、誰もが同じことを思っていただろう。

 

「くひひっ。とっとと街ごと薙ぎ払えばよかったものを、やっぱデクの坊だったな」

「久々に撃ったが少々反動がきついな……。固有魔術は」

 

 倒れ伏した宵闇の巨体の前に並んだ三つの影。

 真っ白な体毛と、深緑のローブと、薄水色の解けたおさげ髪。そんな勝利の立役者達を祝福するかのように、オレンジ色の光が等しく彼らを照らしている。

 

「や、やりました……テンセイさ……」

 

 そのうちの一人、バカでかいハサミを抱えた少女は脱力するように足をふらつかせると俺の胸元に身体を預けた。

 

「おっと。おつかれエルミス。最高の一撃だっ……って寝るの早」

 

 言い終える前に彼女の瞳は閉じられていた。一定のリズムで繰り返される呼吸に合わせて、その体温がじんわりと伝わってくる。ヒラヒラと揺れるアホ毛に、腕の中で上下する大きなたわわ。普段なら変な意味で意識をもっていかれたかもしれないが、今この時だけは別の高揚感が上回った。

 

 俺達は勝ったのだ。最強の蝕魅(エクリプス)に。

 

「二人とも凄かったですね。正直俺たちが居なくても勝てたんじゃ……」

「くひひっ。なわけあるか」

 

 ぜんまいのような杖の先で、コツリと俺の胸元が叩かれる。

 

「ズィーがいなけりゃ倒し方は分からなかったし、嬢ちゃんがいなけりゃ二本目は切れてねぇ。それにテンセイ……」

 

「えっ」

「テメェがいなけりゃあーしは消し炭だ」

 

 ポーさんの視線に合わせ、自分の胸を見つめる。

 

 炎への完全耐性……いや、もはや完全無効化といも言えるこの力が、まさかこんなに役に立つとはな。

 

「くひひっ。まぁ一番やべぇのはそのハサミだけどなぁ、空ごと切りやがったぜ」

「うむ。十天にすら匹敵する一撃、見事だった」

 

 ヴォルフォクサーさんも槍を支えに荒く息を吐きながら頷いた。

 

「本当にチートですよねこれ」

「くふっ。撃つ度に魔力切れを起こすようじゃ考え物だけどな」

「よく眠っている」

 

「てめぇもとっと休みやがれヴォルフォクサー。あんだけ動いたら熱暴走(オーバーヒート)すんぞ」

「お前もな、ポー」

 

 エルミスをギルドの中へ寝かせようと、彼女を抱えながら屋上の扉へと向かっていた俺の背中からは、ガチィンと槍と杖がぶつかりあうような音が聞こえてきた。本当に、あの二人は良いコンビである。 

 

「手伝う」

「ん? あぁ、ありがとう」

 

 すっと横から顔を出すと、意識を失っているエルミスの肩を片方持ってくれたズィー。彼女もまた今回の勝利の立役者だ。いつもは人形のような無表情も、今は薄っすらとした笑みを宿している。

 

「まさか本当に宵闇を倒しちゃうなんて、信じられない」

「ははは……ね。本当……異世界やべぇって」

「ふふっ。ねぇテンセイ、街が落ち着いたら ────」

 

 ズィーがそう言いかけた時、足元がほんの僅かに震えた気がした。

 

「……?」

周波数(ノイズ)が……消えてない」

 

 彼女の言葉の意味を理解するよりも早く ──── 風を切る音がした。

 

──── ヒュン

 

 何かが俺のすぐ隣を通り過ぎる。

 

 最初、ポーさんが瓦礫でも蹴り飛ばしたのだと思った。だが違う……振り向くとそこにいたはずのヴォルフォクサーさんの姿がない。

 

「がはっ!!」

「ヴォルフォクサー!!」

 

 遅れて岩が砕けたような鈍い音が響いた。

 

 音のした方向へ首を振ると、そこには壁の瓦礫に埋もれるようにして白い巨体がうなだれていた……。砕けた石片と、吐血の飛沫が舞い散る。そしてヴォルフォクサーさんの体は、ピクリとも動かなくなった。

 

「くそっ!! まさかあれで回路が破壊できてねぇのか?!」

「そんなバカな、確かに動力源は断ったはず……」

 

 動揺するポーさんとズィーが同時に宵闇の死体を見る。

 

 つられて俺も視線を向けた時、言葉を失った。

 

 転がった大蛇の頭部、その喉の断面が脈打っていたのだ。ずるっ……と湿った音が街の石畳を這うと、その切断面からどす黒い肉が盛り上がり、まるで意思をもっているかのようにぐちゅぐちゅと動き始めた。

 

 耳障りな音に合わせ肉が肉を喰い、骨同士がバキバキと繋がる。首の断面からぬらりと突き出す白い骨の周りへ肉が絡みつき、その外側を漆黒の鱗が一枚、また一枚と覆ってゆくそれは、まるで時間が逆流しているかのようだった。

 

《本当に我の首を落とすとは……面白い》

 

 顔はまだ繋がっていない。だがその声は間違いなく宵闇のもので。

 

「くそっまだ終わってねぇ。皆一旦下が ──── 」

 

 ポーさんが最後まで言い切る暇はなかった。再生中の体から鞭のように伸びた黒い触手のようなものが、俺には見えない速度で一振り。横に薙いだ。……のだと思う。

 

 ただ空気が爆ぜたのは分かった。視認すらままならない黒い一閃が、目の前を更地に変える。足場が消え……さっきまで立っていた屋上は積み木のように崩れ去っていく。

 

「っ ──── !!」

 

 エルミスを支えていた感覚が手から滑り落ち、咄嗟にズィーとエルミス、二人の腕を掴もうとした指先も土煙の向こうへと呑まれた。

 

 落ちる ────!!

 

 そう思った瞬間、背中に走った鋭い衝撃。地面に叩きつけられたのだと理解したのは、肺から空気が押し出された後だった。

 

「がふっ……」

 

 声にならない声が漏れる。

 痛い……が、それどころじゃない。

 

 エルミスは!? ズィーは!? ポーさんは!?

 

 視線を巡らせるが、土煙が濃すぎて何も見えない。瓦礫の崩れる音に、誰かのうめき声、遠くでカランと木の跳ねる音が鳴った。

 

「ごはっ」

 

──── ?!

 

 薄っすらと晴れた土煙の向こうで、虹色髪の少女が何度も地面に叩きつけられながら吹き飛ばされているのが見えた。石畳の上を転がっていく彼女の四肢は折れ曲がり、倒れ込んだ身体は微動だにしていない……。

 

「ポーさんっ!!!!」

 

《人智を超えた一撃……開拓者共も存外侮れんものよな》

 

 そして鈍く淀んだ声が降ってきた。

 

 足は地面に根でも張ったかのように、指先ひとつまともに動かない。山が倒れて来て、目の前で止まったのかと思うほどに理不尽な恐怖がそこにはあった。

 

 しゅぅううううう。という音を立て、生暖かい腐臭を孕んだ吐息がかかる。その(むせ)かえるような生臭さに息が詰まった。

 

 そう、俺の目と鼻の先には完全に復活を遂げた宵闇の顔があったのだ。

 

 二本ではなく……三本の頭が。

 

「なん……で……」

《先の小娘が言った通り、頭を同時に切り落とせば確かに我は死ぬ。だがそれは二本ではない、三本同時にだ》

 

 三つの口が、それぞれ別々に笑う。

 

《グハハ。かの賢者すら欺いた秘匿魔術はやはり有用だったようだな》

 

 三本だと……?!

 

 こいつは最初から隠していたのか、本当の急所を……。自分は双頭の怪物で、二本の首を切れば倒せると思わせるために。

 

 くそっ……。

 

 ポーさんは動けない。

 ヴォルフォクサーさんも。

 それにエルミスとズィーまで。

 

 今は俺一人しか。

 

 何をすればいい? どうすれば?

 頭を三つ同時に落とす?

 

 誰が? 俺……?

 

 そんなの……無理だ。

 

「…………」

 

 咄嗟に言葉は出てこない。

 相手は俺のことなど一瞬で屠ることができる存在。

 

 この先の一挙手一投足が、全て死と隣り合わせなのだと頭が結論づけている。奈落の上に引かれた先の見えない綱の上を、震えながら歩いているかのような感覚だった。

 

《グフフ、そう怯えるな。貴様はすぐに殺さぬ》

 

 宵闇の一つの頭が、ずぅっと俺の胸元を覗き込んだ。

 

《火の完全耐性というのは初めて見た。色々試したい》

 

 怖い。 怖い、怖い。怖い、怖い、怖い。

 

 でも……。

 考えろ……。

 頭を回せ……。

 

 勝てなくてもいい。倒さなくていい。

 とりあえずハッタリでいい、時間を稼ぐんだ。

 

 もしかしたら隣町から増援が来てくれるかもしれないし、ヴォルフォクサーさんかポーさんが回復するかもしれない。

 

 俺にできることは時間稼ぎだ。

 

「ず、随分と余裕だな」

 

《ほぅ?》

 

「もう一度、首を落とすことだってできるんだぞ?」

 

 おいおい……。

 以前宿屋の爺さんにかました演技力はどうしたよ俺……。

 

 震える声。それは一目で嘘だと自分でもわかるほど、下手なハッタリだった。

 

《貴様がか?》

 

 シュルシュルと長い舌を出し、六つの瞳でじっと様子を窺う宵闇。

 

「そうだ、俺が力を使えばお前の頭三つとも消し飛ばせる」

 

 頼む……少しでいい。

 警戒してくれ……。

 

 あとは何か奇跡よ起きろ……!!

 

《ふむ……。ならばすぐにでもやればよいではないか》

「そ、それは……」

 

 だ、ダメだ……続かない。

 喉が詰まる。何も思いつかない。

 

 そう俺が息を呑んだ瞬間だった ────

 

「うわああああああああ」

 

 通りの奥から聞こえてきた叫び声。

 

「なんで?! 宵闇は倒したって」

「おいっ戻れ!! 早く!!」

 

 土煙の向こう。地下への避難口の一つが開いていて、そこから住民が通りへ溢れ出していた。勝利の光を見たのか? あるいは誰かが「宵闇は倒れた」と叫んだのかもしれない。理由は分からないが、最悪のタイミングだった。

 

「ばっ……なんで出て……」

《グフフ。そんなとこに隠れていたのか》

 

「おいっ!! くそっ!! まっ ──── がっ」

 

 宵闇の注意が住民へと向いた瞬間、脇腹にとてつもない衝撃が走った。

 

 肺から空気がたたき出され、視界が白く弾ける。全身の骨が砕けたのかと思うほどの痛み、背中が灼けるようにあつい……。熱ではない……皮膚が裂け、血が滲んでいる感覚だ。

 

《やはり物理は効くようだな。まぁお前に興味がなくなったわけではないが……先に魔素を世界へ還すとしよう》 

 

 シュルシュルと伸びる舌には薄っすらと血がついており、あの先で俺ははたかれたのだと分かった。

 

「────」

 

 住民の方へ宵闇の頭が向くも、それを止める力はもう俺には残っていない。全身の骨が砕けている。立つことも……まともに呼吸することさえもできなかった。

 

「いやああああああああ」

「うわああああああああ」

 

 蹂躙されていく人々の叫び声が遠くに鳴る幻聴のように聞こえ、目の前が暗くなっていく。

 

「ごぷっ……うっ」

 

 こひゅーっと喉が鳴り、口の中は血で溢れていた。恐らく折れた骨が突き刺さった内臓がめちゃくちゃになっているのだろう。

 

 もはや痛みすら鈍い。

 

 ここで俺は死ぬ……。

 

 あぁ……どこで間違えたんだろう。

 いや、違うか……俺がただ、主人公ではなかっただけ。

 

 妄想の中なら何者にもなれた。

 ヒロインをピンチから助けるヒーローに。

 麗しきお姫様から言い寄られるモテ男に。

 そして、世界を魔王から救う勇者に。

 

 でも……現実の俺はここまでだ。

 ただのMOBとして瓦礫の中で消えるちっぽけな存在。

 

 すまない妹よ……会いに行けなくて……。

 

──── !

 

「……っ」

 

 ブラックアウトする視界の中で、何かが指先に触れる感覚があった。

 

「……テンセイ」

 

 微かな声が聞こえる。ポーさんではない。

 もっと小さく、淡々としている……。

 

「……テンセイ、生きてる?」

 

 視界の端に白銀の髪が映った。その横には薄水色のおさげ髪も。

 

 見るとズィーが崩れた壁に背を預け座っていた。額から血が流れ、片腕は力なく垂れている。そんな満身創痍の状態でも彼女はエルミスを守ってくれたのだろう。丁寧にエルミスは石畳へと寝かされていた。

 

「……ィー……」

 

 名前を呼んだつもり……。

 だが喉から漏れたのは、血の混じった呼吸音だけで。

 

「動かないで」

 

 ズィーが近づいてくる。半身をひきずるように……何度も身体を石畳に打ちつけながらゆっくりと。

 

 そして横まで来ると、彼女は震える手を俺の胸元に置いた。魔術の起動に合わせ薄緑色の光が燈る。

 

「全身骨折、肺の損傷、内臓出血多数……死ぬ一歩手前」

「────」

「しゃべらなくていい ──── 起動(ドライヴ)

 

 重ねてズィーが魔術を起動する。

 

 すると彼女の手から光の糸が何本も伸び、俺の身体の中へと潜り込んできた。

 

 折れた骨の位置を合わせ、破れた血管を縫い、潰れた内臓を膨らませる……。そんな感覚が全身を巡ってゆく。

 

 次の瞬間。さっきまで死にかけていた俺に身体は、なんとか起き上がれるくらいには回復した。

 

「っ、ぐっ……!!」

 

 鈍っていた痛みが返ってくる。

 

「よしっ。これで一先ずは大丈夫……くっ!!」

 

 熱暴走(オーバーヒート)……。以前エルミスが起こした時のようにズィーの顔には大量の汗が滲んでいる。

 

「ズィー!! 大丈夫か!?」

「うん、わたしはなんてことない。熱暴走(オーバーヒート)手前でもう魔術は使えないけど」

 

 首を振ったズィーが真剣な顔でこちらを見つめる。

 

「テンセイ聞いて」

 

 そしてその視線は俺の右腕に落ちた。

 

「最後の手がある」

「最後の手?」

「魔素融合炉の最大出力を使う」

 

 その言葉に、じわりと胸の奥が熱くなる感覚を覚えた。

 

 ここに入っている小さな太陽……魔素融合炉。

 無限の魔力を生み出すコイツを使う……?

 

「融合炉の熱を全て解放し、ガントレットで指向性をつけて火の魔術として奴に撃ち出す」

「それって……」

 

 俺は右手のガントレットにあるスライダーを見た。

 

「うん、以前教えた増幅器の切り札。一億℃の高熱で宵闇を焼き殺す」

「いや……そんな。奴は火の蝕魅(エクリプス)なんだろ?」

「そう、だから火力比べ」

 

 いやいやいや……。え?

 

 火を司る敵をそれよりも高い熱で焼き殺す?

 とんでもない脳筋思考……。それに……融合炉の原理は核だ。そんなものを街中でぶっぱなして無事にすむわけが……。

 

「それじゃズィー達も無事じゃすまないだろ」

「うん。だから最後の手」

「うんって……」

 

 ズィーは淡々と言い放った。

 その瞳は揺らぎなく俺の目を真っ直ぐに見ている。

 

「宵闇に殺されるくらいなら、わたしはテンセイに殺されたい」 

「……えぇ……」

 

 ちょっと待ってくれよ。

 考えてる時間がないのも分かる。

 

 だけど……そんな……。

 

 いや……無理だって。

 数十万人の命もろとも消し飛ばす魔術を俺に使え? 

 

 というか……。

 

「そもそも火の魔素がなきゃ融合炉の解放は使えないんだろ? 今や魔素は全部宵闇に持って行かれて ────」

 

 目まぐるしく脳内を駆け巡る悩みを、ズィーはぶった切るかのように告げた。

 

「まだ手はある……、純度100%の火の魔素を大量入手する方法が一つだけ」

「えっ?」

 

 白銀の少女は俯き、自分の手を見つめる。

 

「前も言ったと思うけど、わたしは異常個体……。身体を構成する魔素密度が非情高い」

「まさか……」

 

「わたしの身体を分解して、溢れた魔素をテンセイが組み込ば必要量に届く可能性はある」

 

 彼女の表情を見ればそれがどういうことを意味しているのか分かった。

 

 ズィーは死ぬつもりだ。

 

 そして大気へと還元された火の魔素を俺に取り込めと……。

 

 そんなこと……できるわけが……。

 くそっ……分かってる……。

 もうそれしか頼るものがないから彼女がその決断をしたのだということも。

 

 だが……。

 

「そんなこと俺には ────」

 

 そう言いかけて、この口は止まった。

 なぜならば、瓦礫の向こうに小さな笑い声が聞こえたから。

 

「っひひ……」

 

 かすれた笑い。今にも消えそうなのに、それは確固たる自信に満ちていた。

 

「ゴフッ……心配すんなぁ……火の魔素ならあるぜぇ……」

「お姉ちゃん?!」

 

 そう。瓦礫の向こうからはポーさんが身体を引きずってきていた。腕はあらぬ方向に曲がり、片足しかまともに動いていない。ローブはズタズタに裂け、体のあちこちには瓦礫の破片が刺さったままだ。

 

「うぷっ……あのクソ蛇野郎……やってくれんじゃねぇか」

 

 口元からは絶えず血が溢れ、呼吸のたびに喉奥でごぽごぽと嫌な音がしている。意識があること自体おかしい、そんな状態だった。

 

「ポーさん、動いちゃだめだ!!」

「うるせぇ……問題ねぇ」

 

「でもその身体」

「どうってことねぇ。内臓が二、三潰れて骨が……まぁ数えんのが面倒くせぇくらいには折れてる程度さ。てめぇに魔素を渡すくらい、わけねぇ」

 

 ガクッと目の前で膝を着いたポーさんをズィーが支えようとした瞬間。ポーさんは血まみれの手でそれを遮った。

 

「触んな……今、体内で無理やり回路を動かしてる。触れると腕が凍るぞ」

「凍る?」

 

「火の魔素だけ絞り込むために、他の六属性を全部押しのけてんだ……体の中は物理的にも魔術理的にもぐちゃぐちゃさ」

 

 意味は完全には分からない。でも彼女がとんでもないことをしていることだけは分かる。

 

 そしてポーさんが手を翳すと、純粋な輝く赤がその先へ浮かび上がった。

 

「凄い……魔素分離をここまで……」

「っひひ。できなきゃ魔術師名乗ってねぇよ……」

 

 血で滲んだ歯を見せるようにしてポーさんがズィーへと笑ってみせる。

 

「こいつぁあーしがズィーのために身体へ溜めつづけてきた火の魔素だ」

「わたしのため……?」 

 

「にししっ……。どんだけため込んでも、この目は赤くならなかったけどなぁ」

「えっ……」

 

「おめぇを仲間外れにしまいと頑張ったが……もう……要らねぇだろ? くひひっ」

「お姉ちゃんっ……」

 

 ポーさんは虚ろな視線を、感極まるズィーから俺へと移した。

 

「テメェのおかげさテンセイ……だから受け取れ、そしてあとは……ぶっ放せ……」

「ポーさん!!」

 

 そういってポーさんは全身から溢れ出す火の魔素を俺の体内に組み込むと、石畳に倒れ込んだ。同時に彼女の虹色の髪から赤い色がすぅっと抜けていく。

 

「なぁに……少し寝るだけだ……。起きた時にまた空が晴れてることを願うぜ……陰気くせぇったらありゃしねぇ……」

 

「…………」

 

 融合炉を解放したらどのみち皆死ぬ……。そんな無慈悲な結末をあえて口に出す必要などないだろう。きっとポーさんもそんなことは分かっていて、粋なセリフで締めくくったのだ……。

 

「ひひっ」

 

 と、思っていた俺の胸中に反して妖精の少女は、咳き込みながら再度ニヤリと笑った。

 

「開拓者ってのはなぁ……土地を広げていくからそう呼ばれてんじゃねぇ」

「え?」

 

「未来を切り開くから開拓なんだ。くひひっ。心配すんな……ちゃんと ────」

 

 何かを言いかけてポーさんがパタリと意識を飛ばした瞬間、遠くから何か蹄のような金属が石畳を叩く音が聞こえた。

 

 重く、速い。何かが瓦礫を越えてもの凄いスピードでこちらへ走ってくる。

 

「あれは?!」

 

 それは一頭のスレナリザードだった。背中には見たことのある銀色の鎧を着た青年が跨っている。

 

「間に合っ……てはないですね……。すみませんポーさん」

 

 ウェーブがかった金髪は汗と土埃に乱れ、疲労が滲んでもなお整った王子様の顔にはエメラルドの瞳が凛々しく光り輝いていた。

 

 リビオニール。あの時ゴブリンジェネラルに敗れた白銀の剣士が、この絶望を切り開くかの如く颯爽と俺達の前に現れたのだ。

 

「リビオニールさん……」

「遅れてすみません。ズィーさん……。っと……、あなたが、テンセイさんですね」

 

 ポーさんとズィーを一瞥した彼は真直ぐに俺を見つめ、自信満々にそう呟いた。

 

「えっと……?」

「ポーさんに言われ、一番近い街から小規模の結界生成装置を持ってきました。完全な展開は無理ですが……、一時的に宵闇を町からはじき出せます」

 

 リビオニールさんは、腰のポーチから砕けた水晶と金属片の塊を取り出した。

 

「…………?」

 

 状況の分からない俺とズィーが首を傾げると、リビオニールさんは全てを説明してくれた。

 

「ポーさんから万が一が起こった場合、最後にはあなたの……テンセイさんの持つその融合炉の力に頼ることになると ────」

 

 そう。この街最強の開拓者……今そこで倒れている妖精の少女は全てを見通していたのである。結界で宵闇を街の外まで弾き飛ばし、そこに俺が融合炉を解放して全力全開の魔術を叩き込む。その完全勝利への道筋を。

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