凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~ 作:三軒となり
自分が今まで想像してきた地獄というものが、どれだけ生ぬるかったのか。漆黒の巨体が横に薙ぎ払われるだけで通りの建物が消し飛び、聞こえる悲鳴達は轟音に飲まれた。
「いいですか? 勝負は一瞬、結界は長く持ちません」
黒炎に触れ、灰となって消えゆく人々の影を背に、そう告げた金髪の青年。リビオニールさんのエメラルドの瞳は街の惨状を映したまま痛みを堪えるように細められていた。結界の発生装置を石畳へ置くその指先が僅かに震えているのは、恐らく恐怖ではないだろう。彼は現状動ける唯一の高ランク開拓者、残された俺達に懸かっている命運の重さ、その全てを真正面から受け止めているに違いない。
「結界の発動と同時に、
コクリと頷きを返す。
ここまでは大丈夫、問題はこの後だ。
「それから僕の固有魔術で、テンセイさんを上空に打ち上げます。結界の外に出たら融合炉を解放してください。あとは宵闇との火力勝負です」
「…………」
返事はすぐに出来なかった。
結界に、ポーさんがくれた火の魔素、ズィーが作った融合炉と増幅器、それにリビオニールさんの固有魔術。宵闇を倒せる可能性のある材料は揃っている。ただ一点を除いて……。
俺の覚悟という、いかんともし難い一点を。
怖い。怖くないわけがない。目の前を覆いつくすあのバケモノに俺一人で突っ込むなんて……。失敗すれば死ぬ。俺だけじゃなくて皆。
目を閉じると今も聞こえる悲鳴。住民の皆に、ポーさんも、ヴォルフォクサーさんも、ズィーも……そしてエルミスも皆。
「くそっ……」
情けないくらい足は震えていた。
なんだよ俺。
今まで何のためにカッコつけてきたんだ。
思い出せ、投影しろ、お前の思い描く最強のヒーロー……そのメンタルを。
「ん……?」
不安に押しつぶされそうに俯いていた俺の袖がクイっと引かれる。その弱々しい感触に振り向くと、そこにはエルミスが立っていた。
いつのまに起き上がったのだろう。淡い水色のおさげは埃にまみれ、頬についた土が荒い呼吸に合わせパラパラと落ちている。まだ回復しきっていない
それでも彼女の指先は、俺の袖を離さずに掴んでいた。
「テンセイさんなら……できますよ」
消え入りそうな声。だがその一言は、なぜだろうか不思議なくらい鮮明に胸へと響いた。瞬間、別の声が脳裏で重なる。
『お兄ちゃんなら……できるよ』
死に物狂いで凌いできた極貧生活。その時に俺の背中を何度も押してくれた妹の声だ。エルミスの姿に、
体格も、性格も、声も、顔も違う人間。だが……絶望の底から希望を覗くその眼差しは、あまりにもそっくりだった。
「なんたって私の」
『なんたってアタシの』
重なる言葉が胸の奥を強く打つ。
「ヒーローなんですから」
『ヒーローなんだから』
ヒーロー……。
あぁそうだった。俺は、そういうものになりたかったんだ。一人でもいい。誰かにとっての、そういう存在に。
「はは……」
こんな極限の状況下で、無意識に笑いが漏れた。
そうだ。あの日、目の前に女神が現れた時に決めたじゃないか。なってみせると……。ヒーローに……。勇者に……。
物語の主人公に。
なんてな。
生憎、俺は妄想しか取り柄のない中二病のオタクである。主人公? なれるわけがない。俺がやってきたことはラノベの最強無敵の主人公を自分へ投影し、生きる力を貰い、誰かを守るために気持ちを奮い立たせてきただけ。
何度も、何度も、心の中に宿した最強を演じてきただけのオタクなのだ。
妄想の中だけなら最強な……偽りの主人公。
だが今はそれで十分、たとえ偽りだとしても一歩踏み出すための勇気されあれば良い。
力は皆がくれた。あとはなるようになれだ。
「ふぅ……」
深く息を吸う。
血と煤の匂いが肺を充たし、吐きそうになるほどに酷い空気だったが、意識は逆に冴えていった。
震えはまだ残っている。でももう顔は俯いちゃいない。
俺はリビオニールさんとエルミスへ力強く頷いた。
「始めてください。じゃあ行ってくる」
リビオニールさんは一瞬何かを確認するように俺の顔を窺ったが、覚悟を決めた表情で頷き返した。
「分かりました。いきます!!」
石畳の上に置かれた虹色の結晶が砕かれる。
バリィンと音をたて、その結晶が割れた刹那。風が俺達を包んだ。ただの風ではない。眩いばかりに虹色へ光る空気が幾重にも重なり、半透明な球体を作り上げていく。そして次の瞬間、その球体は爆発的な勢いで膨張を始めた。
《ぬ……?》
リビオニールさんの足元から広がるその虹色の球体が街の建物、逃げ惑う人々をすり抜け、押し広がっていく。
そして宵闇の巨体が浮き上がった。
《ちっ……いまいましい結界がまだあったのか……》
雷鳴のような低い声で吐き捨てた宵闇を乗せた結界の膨張は留まるところを知らず、山脈のようなその身体はいつのまにか街の外へとはじき出されていた。
それを確認したリビオニールさんが俺に向けて掌を突き出す。
「では」
彼の周囲に風が集ってくる。
「
掛け声と共に握られた彼の拳の先で、真っ白い光が羽ばたいた。
最初に現れたのは
神々しい輝きを放つ巨大な光の鷲が、俺の前に降り立った。
その翼がはためくたびに細かな光の粒子が夜気へと散っていく……。それはまるで別世界の生き物のようだった。
「乗ってください」
「えっ、これにですか!?」
思わず声が裏返る。
キュゥ!! っと鳴き声を上げた光の鷹は確かに触れることができた。さわり心地もまるで本物の羽毛を撫でているかのようだった。
「大丈夫、レガリアは必ずあなたを連れて行きます」
リビオニールさんの声に迷いはない。俺は突き出されたリビオニールさんの拳にガントレットをぶつけると鷲の背に飛び乗った。鞍などない、だが光の羽根が身体を包み込むように支えてくれて不思議と姿勢は安定した。
「ふぅ……クライマックスだな」
ゆっくりとはばたき上昇していく光の鷲レガリア。リンドールの街がすこしずつ眼下へと離れていく。
「テンセイさん!!」
聞こえたエルミスの声に下を覗き見ると、瓦礫の中で必死にこちらを見上げる彼女がいた。身体は今にも倒れそうなくらいふらついているのに、絞り出された声は真直ぐに届いた。
「絶対、帰ってきてください!!」
既に覚悟の決まっていた俺の背中を、さらにその言葉が強く蹴り飛ばす。
「あぁ!! 絶対!!」
笑って見せたがはたして上手くできていただろうか。
まぁ……もう見えてないか……。
エルミスはそのままズィーの腕に倒れ込み、目を閉じていた。
「髪を切ってもらうまでは死ねるかってな」
俺は……MMORPGの髪型プリセットが嫌いなんだよ。
なんで丁度良いやつをいつも準備してないんだ……なんて……。
ははっ……。なにをこんな時にくだらないことを……。だけど……不思議ともう怖くない。
「翔べっ、レガリア!!」
そしてリビオニールさんが腕を振った瞬間 ────
俺は空へと撃ち出された。
────
───
──
皮膚が引き裂かれそうなほどの風圧が全身を叩きつける。街の音が消え、紫に輝く結界は一瞬で背後へと流れていく。山よりも巨大な宵闇すら、遥か下方に見えた。
《ほぅ、わざわざ殺されにきたのか?》
はじき出された荒野で三本の頭がゆっくりとこちらを見上げていた。燃える漆黒の鱗を蠢かせ、睨む六つの赤い瞳全てが俺を喰わんと殺気を放っている。
さっきまでの俺なら見ただけで心が折れていただろう。何もかも、生物としての格が違う。奴が上位者で、人間とはコイツに殺されるためだけの存在であると。
だが……今は違う。背負ってきた皆の覚悟と、街の人々の命の重さが、俺を対等に奴と向き合わせくれる。
「言っただろ」
《ん?》
俺は右腕を……運命を握っている漆黒のガントレットを突き出した。
「俺はお前の頭を三つとも消し飛ばせるってな」
体の中に圧倒的な火の魔素を感じる。まるで血液が沸騰しているかのようだった。
ポーさん……ありがとうございます。
──── ガチンッ
ガントレットのスライダーへ指をかけ、最大まで引き上げる。そしてその重い感触と共に俺は唱えた。
「
胸の奥で融合炉が脈を打つ。小さな太陽の鼓動だ。
既に魔素は組み込まれている。
「
詠唱と共にガントレットの表面へ赤い線が走った。黒き装甲は鱗のように逆立ち、前腕部の外殻が左右へ開くと内部から燃え盛る炉心のようなものがせり出してきた。
「え、かっこよすぎだろ。なにこれ」
それはヒリつく空気にも関わらず、思わず笑ってしまうほどで……。やはりズィーには中二の素質があるに違いない。
ロマン溢れる謎駆動がジジッと音を立て、炉心の熱を震わせた。
「
そして最後の詠唱を唱え終わる頃には、ガントレットは黒色から極限の熱が生み出す眩い白色に変わっていた。
それは見上げる太陽の光のように。
大気を焦がす熱を絞り込み、構える。
眼下に蠢く宵闇を照らせと ────
喰らえ。全力全開だ。
「
その瞬間、目の前に光が生まれた。
試験の時に見たあの情けない火の球とはちがう。
黄金の核に、紅蓮の炎が渦を巻く本物の太陽が。
《馬鹿な……なんだその熱は……》
宵闇の声から余裕は消えていた。三本の頭が一斉に顎を開いたかと思うと、喉の奥で黒い炎が集まり球状に膨れ上がっていく。
《
そして奴の前にも太陽が吐き出された。光を放つのではなく、光を喰らう漆黒の太陽が。
大丈夫だ。
恐怖を、不安を、その全てを消し飛ばすために纏え ──── あの最強を。
「くひひっ。火力勝負といこうぜぃ、蛇野郎」
虹色の妖精少女よろしく口角を吊り上げた俺は、そのまま右腕を目の前の太陽へと叩きこんだ。
「うおぉおおおおおおおおお!!!!」
白と黒。ぶつかり合う二つの太陽。
音が消え。色が消える。
空間そのものが衝撃に耐えきれずに歪み、遅れて世界が悲鳴を上げた。見渡す限りの大地は溶け、全てが白と黒へと変わり果てていく。
《ありえん……火の権化である我が負けるなど……》
「ぶっ飛べえええええええええええ!!!!」
胸の奥ではじけた熱が、白金の太陽を更に膨れ上がらせた。黒を喰らい、闇を焼き、全てを包み込んでいく白き輝きへと。
《ぐああああああああぁああああああああ》
そしてその光は宵闇の三つ首をまとめて呑み込んだ。
勝った。そう確信する。
《ぐ……ぐふ……ぐはは》
だが……。
眩い光の先でその漆黒はまだ蠢いていた。焼けた肉がその瞬間から盛り上がり、炭となったはずの骨がつぎつぎと生まれてくる。
確かに俺の太陽は宵闇の太陽に勝った。
しかし……やつを殺しきれていない。
再生の方が……速い!?
「嘘だろ……」
喉から乾いた声が漏れた。指先の感覚が薄い。右腕は自分のものではないみたいに重く、ガントレットの白い輝きはほんの少しずつ弱まり始めていた。
火の魔素が……尽きる……。
「まずい、まずいまずいまずい」
まずいっ……。徐々に熱が押し返されている。
《見事だ人間よ……だが足りぬ。貴様の光では夜を終わらせるには足りぬ》
「くそっ……くそおおおおお」
俺は軋むガントレットをがむしゃらに突き出した。
腕が折れてもいい!!
千切れたって構わない!!
この命だってっ……!!
今ここでコイツを殺しきらないと、全てが終わってしまうんだ!!
頼む……!!
あと少しでいいから!!
だがそんな願いとは裏腹に、俺の太陽は小さくなっていった。そしてじわじわと宵闇の漆黒が視界を蝕んでくる。
終わりだ……。
胸の奥に、そんな言葉が落ちた。
すまない皆……。
届かなかった。奴に……俺の力は……。
すまない ────
【ふぁああ。この熱……ようやくか】
その時だった。
絶望の底から、あまりにも場違いな間の抜けた声が響いたのは。
「……え?」
脳内に、直接響く声。
女の声だ。退屈そうで、まるで長い眠りから起こされたばかりのような間延びした声。
【で、これはいったいどういう状況だ】
「誰だ!?」
思わず叫び、首を左右に振る。だが今俺がいるのは遥か街の上空、周りに誰も居るはずがない。
【ん? あぁなるほど
「一体何 ──── 」
【ところで人間、何故神律を使わない?】
「神律? いや……そんなもの俺は……」
【………ふむ】
「お、おい?」
【アーステールめ、どおりで……】
「だからさっきからあんたは何を」
【ならば、今から告げる名を叫べ】
「名前……?」
その女の言葉と共に何か胸の奥深く……融合炉よりも、心臓よりも、さらに奥に不思議な輝きが宿った気がした。
炎ではない、太陽とも違う。もっと遠く、もっと大きく、もっと眩しい……。
この光は ────
【