凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~ 作:三軒となり
真っ白な世界に
それは上下左右、果ての無い空間。
床と呼べる面すら存在しない彼方の虚空。
その中心で唯一つだけ異質な黒が燃えていた。黒炎ではない、極限の質量が生み出した暗黒が、捻じ曲げた光の輪郭を
「あら、まだいらしたんですね」
「アーステールか、じきに発つ」
そんな漆黒に輝く長髪を
彼女の右腕の先、ピンっと立てられた人差し指の上にはスマホが一つぷかぷかと浮かんでいて、その画面は一枚の写真を映していた。チキンレースを仕掛けた哀れな男。自分が死ぬ瞬間だというのに満面の笑みでピースサインをしている……
「見てくださいこれ。人間って面白いですよね」
「写真?」
「あなたの爆発で死ぬ瞬間、彼が自撮りしたんですよ」
アーステールが指先を弾くとスマホがスーッと女の前へと滑っていき、彼女はそれを手に取った。
「この人間は転移せずに死んだのか?」
「はい。素直に何か選択しておけばよかったものを、愚かな男です」
「第二の人生が良いものとも限らない。神に人の判断を評することはできん」
漆黒に輝く女がスマホを見て動きを止め、その沈黙をアーステールがやんわりと破る。
「全てを司るあなたになら可能なのでは? えーっと、まだアマテラスとお呼びすれば良いのでしょうか? もしくはラー? ヘリオス?」
「もはや太陽は存在せぬ。次の管轄はまだ
「ふーん、ありますよ? 地球にはそれを呼ぶ名前が」
「ん?」
「クエーサー。宇宙で最も明るい天体につけられる名前です」
「ふむ」
──── ピピピピピピピ
クエーサーと呼ばれた女の横からアーステールがスマホを覗き込んだその瞬間だった。真っ白な空間にスマホのアラームが鳴り響き、一通のメッセージが画面に点る。
《設定されたテキストを読み上げます》
「これは?」
「さぁ?」
顔を見合わせた神二人に沈黙が生まれる。
そしてクエーサーが不慣れな手つきでスマホを眺めていると、突如機械的な音声が空間に響いた。
《きこえているか? アーステール。聞こえていたら、最後に俺がスマホで撮った写真を見てくれ》
「……?」
「………」
《見たか? じゃあ。俺、
《繰り返す、
《どうだ? これであんたを選択できたんじゃないか? 地球には一人も残っちゃいないんだ。誰も所有者がいなければ早い者勝ち……ルール上、問題ないはずだろ?》
響き渡った機械の音声、それはテンセイがスマホに打ち込んだものだった。
「アーステールよ……」
「あらあら……これは……一本取られましたね」
スマホを握りしめたクエーサーがアーステールを睨み、その鋭い視線を受けた彼女が冷や汗を垂らしながらニッコリと微笑む。
「ど、どうしましょう……」
「気がつかなかったのか?」
「そりゃあ、自分が死んだ後に宣言をする人間がいるなんて思わないですって」
「ふむ……」
ジリジリと後ずさってゆくアーステール。
「じゃ、じゃぁ、あとはクエーサーさんよろし──── くっ?!」
そして彼女がバッと振り返ってこの場を去ろうした時、クエーサーはパチンと指を弾いた。
途端、アーステールは何か見えないロープで全身を縛られたかのように背筋がピンと伸び、その場に直立して硬直する。
「ちょっ!! パワハラ反対!!」
「部下の後始末をつけること自体は、やぶさかでない。が、お前は余にこの男へ宿れと言っているのか?」
「そ、そりゃあもちろん……。今スマホを持っているのはクエーサーさんですし」
「こやつの言い分を認めると?」
太陽のように燃え盛る鋭い眼光を維持したままのクエーサーに向け、どこからともなく分厚いハードカバーの本を取り出したアーステールが空中で念じるようにパラパラとページをめくると、その中の一部をピッと開いて見せた。
「神たるもの、その創造物の願いについて平等と公平の理を持って聞き入れるべし。神律の第二条、第一項を反故にするおつもりで?」
「苦しいな。既に死んだ者のこれを、創造物の願いとして認めるのは」
クエーサーが指を横へスッと動かすと、アーステールの眼前に浮かんだ本はパタンと閉じられた。
それを見て顔を顰めるアーステール。
「人の願いに生死は関係ないでしょう? 地球が誕生して幾億年、その過程で種の存続を願い、死んでいった数千億の想いを無下にしないために今回の地球総転移は決まった訳ですし」
「それを提案したのもお前だろうアーステール。転移先のルナヴァリスの神が合意しただけで、神々の総意というわけではない」
表情を一切崩すことのないクエーサーに対し、口を尖らせたアーステールが唾を飛ばす。
「ブーブー、クエーサーさんのけちー」
「…………」
そのしわくちゃな顔はすぐに真顔へと戻った。
「はぁ……。そもそもあなたは働きすぎですクエーサーさん。少し気分転換に人間の世界で遊んで来てはどうですか? 案外面白いですよ、私のおススメはこのB ────」
「心配ない。それに余が休んだら誰が次の銀河を管理するというのだ」
その言葉を待っていたとばかりにウェーブがかった金髪を揺らし、アーステールはぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「はいはーい! 私がやりまーっす!」
「なるほど……粘った理由はそれか」
頭を抱えたクエーサーに詰め寄るアーステール。
「たまには部下にもやりがいのある仕事をさせてくださいよ、良い上司ってそういうものでしょ?」
アーステールの発言にクエーサは頭を抱え沈黙した後……。
「………予定が早まったことにするか」
しぶしぶと頷いた。
「えっ?」
「どのみちお前は恒星の神へと昇格させるつもりだったんだ」
「じゃ、じゃあっ?」
「半分手伝わせてやろう」
「やったっー!! これで私も最高神!!」
飛び跳ねるアーステールが何かを思い出したように両手をパンッと合わせる。
「そうだ、丁度
「はぁ……もう良い好きにしろ。余は何人に宿ればよいのだ?」
「いやいやぁ? クエーサーさんの他にもいるでしょう。手持無沙汰の神が……」
「ん?」
「これを」
アーステールがパチンと指をならすと、二人の目の前に七人の人間が横たわった。
皆息をしておらず、絶命している死体である。
「転移中のイレギュラーが……七人……」
「今回の太陽系の消滅で仕事がなくなった惑星の神の数も、私を除いて丁度七ですよね?」
相も変わらず無表情なクエーサーと、何かを企むように笑うアーステール。
互いに顔を見合わせ、その腹の内が通じ合う。
「神の転職先が人間とは……こちらの不手際ということであれば止む無しか」
「そうそう、いいじゃないですか。この子に宿りたいと言っていたあの神……クエーサーさんのこと大好きだし、近くに転生させておきますよ」
アーステールの視線の先には、手にハサミを抱えた一人の少女が横たわっている。
「やめてくれ……アイツは暑苦しい」
「ふふっ。まぁ皆さん久々の休暇ですし、暫くは眠っているんじゃないでしょうか?」
「ならば余もそうするとしよう、出来る限り太陽系の神とは関わりたくない……」
「皆さんが聞いたら泣いちゃいますよぉそれ。というか……ぶっちゃけ貴方がこれを本気で認めるとは思いませんでした」
アーステールは不思議そうに目を瞑ったまま眉を跳ね上げた。
「一つ気になることがあってな。ルナヴァリス……どうもキナ臭い星だ。もしかすると、余が行くことまで見越された運命やもしれん」
「えっ?」
「気にするな。それにしても余が人に宿ることになるとは……」
「ふふふ、先ほども言いましたが良い休暇になるかと」
「では……暫く眠る。あとは任せた」
「はいはーい、いってらっしゃいませー」
クエーサーの去った空間で、アーステールがふと何かを思い出したかのように首を傾げる。
「あれ……? そういえばクエーサーさん、一回眠ったら超新星爆発でも起きない限り目覚めないんじゃ……。あーあー、せっかく神を宿したのにテンセイさん可哀想ぉー、これじゃ死ぬまで顕現しないかも……。ま、どうでもいいですけどね」
虚無の空間へと響いた元地球の神の呟きは、どこか不穏な気配を孕んでいた。
「これで邪魔者は皆、居なくなったわけですし」