凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~   作:三軒となり

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第37話 名も無き銀河核

 

 暗く淀んだ空へ、一閃の光が走る。軌跡を描くのは王冠(レガリア)と呼ばれる白く巨大な鷲。その背に跨った一人の男こと……俺、水無月(みなづき) 天成(てんせい)は深く息を吸い込んだ。

 

 眼下の世界が全て闇に飲まれていく。リンドールの街を囲う結界の上にとぐろを巻いた大蛇、宵闇の巨体が蠢くたびに大地が震えていた。

 

「ふぅ……。いくぞ」 

 

 地上を覆う闇へ向けて突き出した右腕。既に熱は冷め、艶の無い黒へと還ったガントレットは所々にひび割れており、隙間からはパチパチと火花が散っている。

 

 もう俺に武器はない。

 

 残された手段はたった一つ。謎の声が教えてくれた、果ての宇宙に輝くこの世で最も明るい天体の名前。 

 

 俺は翳した腕を胸に叩きつけるようにして、その名を叫んだ。

 

「神律の適用 ─ 名も無き銀河核(クエーサー)!!」

 

 瞬間。深く沈み込むような重低音の鼓動が世界に響きわたった。

 

 始まりは胸の奥。心臓の裏側辺りで小さな火種のようなものが弾けた感触だった。それは一瞬で燃え上がり、大気を震わせる鼓動が脈打つたびに勢いを増してゆく。血ではない、炎そのものが血管を通り全身へ広がる感覚に喉も、肺も、四肢も、焼けるような熱で満ちた。

 

 意識が……遠のいていく……。

 

《なんだその魔力密度は》

 

 虚ろな意識の中、俺は宵闇の声が震えるのを聞いた。それは奴の見せた初めての恐れで……絶望をばら撒く山のような巨体がずるりと緩み、街から離れるように大地を削っていく。

 

「ぐっ……っ……」

 

 呼吸ができない。五感も……まるで自分のものでないかのような気がする。いや、これは……そうじゃない。

 

「だれ……だ……」

 

 俺以外の誰かが俺の五感を一緒に覗きこんでいた。心の内ある恐怖という感情を、見知らぬ影がひどく珍しいものに触れるように味わっている。

 

【「これが、人の身体か」】

 

 声が聞こえた。耳からではない、頭の中でもない。俺自身がそのセリフをしゃべっていた。

 

 途端、跳ね上がる視界。俺は確かに宵闇を見ていたはず、だが今は空よりも更に上、宇宙に漂う星々から自分自身を見下ろしているような視界があった。

 

 巨大な惑星に浮かぶ、ちっぽけな人間。

 白き鷲の上で右腕を心臓に叩きつけている男。

 

 俺だ。

 

 そう理解した瞬間。今度は視界が身体の内側へと落ちた。この胸の内に光輝く星々が渦を巻いていて、その中心に立つ一人の女性がこちらを見ている。神々しい輝きを放つ燃え盛る黒髪と、灼熱を宿す切れ長の瞳。それはあの日、アーステールに見せてもらった太陽の神だった。

 

 神が手を伸ばし、互いに指が触れ、掌が重なりあう。すると何か不思議な感覚が身体へと流れ込んできて ────

 

 俺は全てを理解した。

 

 彼女の名……宇宙の果てにある銀河の神、クエーサー。そしてこの身体が彼女と同化しているのだということを。

 

【「神が……宿った?」】

 

:【力を貸すだけだ、後はお前が決めろ】

:「えっ……」

 

 心の内。クエーサーがその燃え盛る瞳でじっと俺の目を見つめている。

 

:【人の行く末を決めるのは神ではない】

:「…………」

 

 彼女がそう告げたと同時、意識がはっきりと戻ってきて視界が鮮明になった。

 

 だがそこにあった景色は全くの別物だった。上下左右、360度の全てが視えており死角という概念がない。空気の流れが肌で分かる。街の瓦礫の崩れる音も、どの方角から何個落ちたのかさえも理解できた。

 

 世界が遅い。

 

 宵闇が顎を開く様も、黒炎が渦を巻く様子も、まるで水中の出来事かのように緩慢で……。

 

 右腕が上がる。いや、俺が上げたのか?

 軌道を整えたのはクエーサーな気がする。

 

:【考えなくとも、理解(わか)るはずだ】

:「…………。あぁ」

 

 その返事に合わせ、クエーサーの意識がすっと消えていった気がした。そして体の制御が俺の意識の元に戻される。

 

 彼女の言う通り、全て理解(わか)った……。

 俺の神律『名も無き銀河核』の全てが。

 

《貴様一体な ──── !?》

 

──── パチンッ

 

 宵闇が何かを言いかけた瞬間に弾いた指。すると奴の三本あった首の一本が、音もなく消し飛んだ。

 

 頭の中が冴えわたっている。

 

 この世の(ことわり)、その深淵の底を俺は見た。到底言葉では表すことのできない何もかも。次元が、座標が、質量が、原子の運動すら全て解る。

 

 これが……神の見ている世界か……。今なら、指先一つで森羅万象を支配できるだろう。

 

「あと二回、俺が指を弾けばお前は死ぬ。宵闇のアーヴェント」

 

《馬鹿な!? ありえん、ありえんあり ──── 》

 

──── パチンッ

 

 さらに首の一本が消し飛ぶ。

 

「あと一回」

 

《ふざけるなぁああああああ》

 

 残された首の咆哮。同時に奴の全身が泡立った。

 

 鱗の隙間が裂け、肉が盛り上がり、そこから次々と新たな頭部が生えてくる。一本や二本ではない、山に森が生い茂るようにその数は数千、数万を超える規模に膨れ上がった。

 

 黒き蛇の大群が、巨大な一つの塊として俺と対峙する。

 

《グハハ。身体中の細胞全てに核を分散させた。どうやったか分からんが、その神律とやらで飛ばせるのは首一本が限界とみえる。この全身を同時に消滅させることは絶対に不可能だ》

 

 無数の口が同時に笑い大気が震える。確かに奴の纏う黒炎は、先ほどとは比べ物にならないほど強くなっていた。

 

 これが最強の蝕魅(エクリプス)の全力。

 

 だが……もはや俺が怯えることはない。

 

 遥か彼方からも届く宇宙一明るい天体の輝きに勝る熱など、この世に存在しないのだから。

 

 どれだけ増やそうと。

 どれだけ散らそうと。

 その輝きの前に全ては虚無へと還る。

 

「勘違いするな、俺はまだ神律を使っていない」

《なにを……?》

 

──── パチンッ

 

【「顕現(アドヴェント)」】

 

 クエーサーと俺の声が重なり、その一言が唇から零れた瞬間。

 

 世界は鼓動を止めた。

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

「凄い……」

 

 お姉ちゃんと、ヴォルフォクサーさんと、エルミスさん。皆の無事を確認して、わたしは……いや、リンドールの街にいた誰もが空を見上げていた。

 

 そこに浮かぶ見たこともない光。

 どうかな、光と呼んでいいのかも分からない。

 

「お、おいっ!! なんだあれ!!」

「宵闇の魔術じゃない……あれは……」

 

 

 遥か昔、誰かが聞いた。

 この世界に神がいるのなら、それは一体どんな形をしているのだろうと。

 

 遥か昔、誰かが答えた。

 きっと大きな目なんじゃない?

 だって神様は皆んなのことを見ているのだから。

 

 そして今、誰もが思った。

 ならば空に浮かぶあれは……。

 

 神なのかもしれないと。

 

 

 深淵を覗く真っ黒な瞳と、それを縁取る歪な白い光。

 

 リンドールの上空には、巨大な目が浮かんでいたのである。

 黒くて……眩しい瞳が。

 

 全てを吸い込んでしまいそうなその深淵の闇は光を捻じ曲げ、まるでこの世界ごと無に帰そうと脈打っているかのようだった。

 

 けれど、少しも怖くはない。

 なぜならあの中心には ────

 

 彼がいると分かっていたから。

 

「テンセイ……!!」

 

 喉の奥から掠れた声が漏れる。

 

 黒い瞳の中、白き鷲の背に立ち、宵闇へと手を翳す一人の男。

 

 英雄というには少し頼りなく、神というには華やかさが足りない。

 

 最初は口先だけの男だと思った。こっちが恥ずかしくなるくらいキザで、都合の良いことばかりを並べるお調子者。

 

 だけどその彼は今、誰よりも前に立っていて。

 だれよりもあの最強の蝕魅(エクリプス)を倒す可能性を秘めている。

 

『妄想だけなら俺は最強だからな』

 

 あの時、彼はそう言った。

 馬鹿みたいな言葉。でもどうだろう。

 

 国を亡ぼすと言われた怪物を前に。

 世界最強すら諦めた夜を前に。

 

 一歩も退かず立ちふさがる彼は本当に ────

 

「テンセイ、あなたは」

 

──── パチンッ

 

 指を弾くような音が世界に響いたと同時。

 

 神は(まばた)きをした。

 

 黒い瞳が閉じ、生まれた虚無。

 

 凝縮された闇が大気を、森を、大地を……そして宵闇の身体の全てを無に帰した。音も、光すらも許さない究極の波動。宇宙を作りだしたビッグバンは、きっとこんな感じだったに違いない。

 

 

 そんな宇宙創生の爆発が止み、黒に塗りつぶされていた空へ透き通る蒼が広がっていく。

 

 それは水に落とした絵の具のように。

 色を失った世界へ、命を吹き込んだ。

 

 リンドールの街へ光が注ぐ。

 崩れた屋根に、折れた塔に、傷ついた人々の頬に。

 

 やがて街を覆っていた結界は砕け、虹色の欠片となり降り始めた。

 

 その煌めく光の中を一人の男が落ちてくる。

 白き鷲の背から力を失ったように。

 

 服はボロボロ、ガントレットは砕け、全身は力なく垂れていた。英雄と呼ぶにはあまりにも締まらない……。

 

 だが、街のだれもが彼の姿から目を離さなかった。

 

 彼が宵闇を倒し。

 彼が空に光を取り戻した。

 

 彼が、リンドールの街を救ったのだ。

 

「宵闇を倒した……」

 

 誰かが呆然と呟いた。次の瞬間。

 

「うぉおおおおおおおおおおお」

「わああああああああああああ」

「すげぇええええええええええ」

 

 勝鬨の声が上がる。

 

「勝った……勝ったんだ!!」

「あれは誰だ!? あんな開拓者……」

「誰でもいいだろ!! 急げ、落ちてくるぞ!!」

 

 声が重なり合い、涙混じりの叫びが次々と波となって広がってゆく。

 崩れた通りを越え、焼けた広場を越え、天から落ちてくる一人の男を迎えに。

 

 誰かが風魔術を使い、彼を受けとめた。

 

 そしてリンドールの全ての住民が今、その中心にいる男を称えている。

 

 英雄として。この街の未来を切り開いた開拓者として。

 

「本当に最強だったんだ……」

 

 わたしはその光景に、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

 嬉しいのか、誇らしいのか、この感情が何なのかは自分でも分からない。

 

「テンセイ!!」

 

 足は勝手に動いた。人混みをかき分け、虹色の光の注ぐその中心へ。

 

 誰かに押されるように輪の中に踏み込んだ瞬間、彼は顔を上げた。

 汚れていて、疲れきっていて、今にも気絶しそうな顔。

 

 そして彼は少し困ったように笑って、わたしに向けて右手をかざした。 

 

「ごめんズィー。これ、壊しちゃった……」

 

 街を救った英雄の第一声がそれである。

 自分のことよりも誰かの……。それはあまりにも……テンセイらしくて。

 

 胸の奥にあった熱がふっと形を変えていく。

 

「ふふっ。そんなのまた作ってあげる」

 

 この日リンドールの空に光を取り戻した男の名を、この街の住民は決して忘れないだろう。

 

「おつかれさま ──── テンセイ」

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