凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~   作:三軒となり

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第06話 Sランク開拓者

 

 歩くたびに薄水色のアホ毛が視界の端で揺れ。耳元をくすぐるように掠めると、ふわりと甘い香りが漂ってくる。

 

「んぅ……」

「………っ」

 

 すやすやと眠っているエルミスを担ぎながら歩く俺の瞳は、確かに前を向いているにも関わらず、かといって何かを見ているわけではなかった。

 

 木々の緑も、足元の石ころも、そよぐ風音に、土の臭い、五感で感じる全てが薄い膜の向こう側にあるかのようで、頭の中には何も入ってこない。

 

「…………」

 

 理由は明確だった。

 『柔らかい何か』のせいである。

 

 彼女を支えるために組んだ後ろ手が、スベスベした『柔らかい何か』に触れていて。彼女を担いだ背中にも、二つの『柔らかい何か』が押し当てられている……。

 

 その字面からは想像できない凶悪な精神攻撃がががが。

 

 いや、落ち着け俺。

 

 これは不可抗力。眠っている女の子を安全な場所まで運ぶという、極めて紳士的かつ人道的な行為をしているだけであって、そこに邪な感情など一切ない。

 

 堂々としていればそれで ────

 

「うぅん……」

「ひぃっ!!」

 

 時折頬にかかる彼女の吐息が神経をなぞり、身体を跳ねさせる。

 

 はぁ……心臓に悪い。

 

 俺は溜息を一つ吐き、煩悩を奥歯で噛み殺しながら元居た池の場所に向かってトボトボと歩みを進めた。

 

 

「おぉ、丁度いいなこれ」

 

 先ほどエルミスと出会った池のほとりに戻ってくると、石碑が置かれていた台座が人を寝かせるのに丁度よい形をしており、そこへ俺は彼女をそっと降ろした。

 多少ゴツゴツしているが、地面に寝かせるよりはましだろう。

 

「あとは……」

 

 近くに落ちていた鋭利な石で服の裾を切りとり、そのまま池の水につけ雑巾のように絞り上げてから彼女の額へそっと乗せる。気休めかもしれないが、ちょっとはクールダウンになるはずだ。

 

「ふぅ」

 

 台座へ座り一息つくと、立て掛けていた例の物が目に留まった。茶色の革ケースに包まれた、取手まで銀色に輝くステンレス製のバカでかいハサミだ。

 

「とんでもない威力だったな……」

 

 運命を断ち切る鋏(アトロポス)……、とか言ったっけ?

 

 そのワードに俺は心当たりがあった。

 

 一応は自分の長所だと思っているのだが、小説を書く上であらゆる参考書を読み漁っていたこの妄想頭には、様々なジャンルの知識が広く詰め込まれている。特に中二心を(くすぐ)る神話系の章は分厚い。

 

 アトロポスといえばギリシャ神話に出てくるモイライの一柱、運命を司る女神の名前だ。そのハサミで断ち切られた運命の糸……『死』という結末は最高神すらも覆せないという絶対の力の持っている。

 

 もしやこのハサミ、選択したものであれば何でも切れるとか? それならランクチートも納得というか……最強だ。

 

 ごくりっ……。

 

 世界を切ったこのハサミを前に、異世界転生モノの醍醐味『俺TUEEE』の可能性を垣間見るが、冷静に考えてこれは彼女の能力。重要なのはハサミの付け根、鏡面のような銀色に映るこのMOB男の力がなんなのか……。

 

「で、結局、俺は何を持ってきたんだよ……」

 

 姿形は違えど、この精神や記憶は転移前の俺、水無月 天成(テンセイ)そのもの。神を欺く為に講じた一発逆転の策は細部までハッキリと覚えている。

 

 転移できたのだからあの作戦は成功したはず。でも、だとしたら俺は何かしらを持っていないとおかしい。

 

 うーん……。

 

「全然わかんねー。まぁ今はそれどころじゃないか」

 

 考えることは色々あれ、ともかく日が暮れる前には何とか森を出たかった。

 

 流石に知らない森の中で夜を越すなんてのは不安しかない。どれだけ広大な森なのかも分からない以上、エルミスが回復したらすぐに出発したほうが良いだろう。 

 夜まで歩き続けになるかもしれないし一旦体力回復を……。

 

「この池の水、綺麗だけど飲めるんかな? 池って寄生虫とか ────」

 

《ヴォオオオオオオオオオオン》

 

 突如響いた獣のような咆哮。その大気を揺さぶる程の重低音は、思わず耳を覆ってしまうほどで。

 

「な、なんだ!?!?」 

 

 身体を強張らせながら音のした方向……、森の暗がりへ顔を向けた俺の背筋は凍りついた。

 

「ひぃっ……」

《グルルルルルルルルルルルル》

 

 木々の間からじっとこちらを見つめる赤い瞳が二つ。その鋭い目線は今にも俺に飛びかからんと殺気を放っている。

 

 木洩れ日を受け、徐々にソレの姿はハッキリと見えてきた。

 巨大な牙に、滴り落ちる唾液、漆黒の毛並はまるで夜を纏っているかのようで。

 

「まじかよ……」

 

 オオカミ……。

 それも大型トレーラー程はあるサイズのオオカミだ。

 

「うぉあっ?!」

 

 ズンッと巨大な前足で踏み込まれた一歩が大地を揺らし、その衝撃がビリビリと足へ伝わってきた。

 

〝これは人が勝てる相手ではない〟

 

 そう直感が警鐘を叩き鳴らす。

  

「やばいやばいやばいやばいやばい」

 

 極度の緊張で呼吸は浅くなり、体は萎縮して思ったように動かない。

 

 みてくれこそ大きいがきっと序盤のモンスター……。こんなもの、ラノベの世界では何の気なしに読み飛ばしていたような展開のはず……なのに、現実に叩きつけられた恐怖はあまりにも想像を絶するものだった。

 

 こ、殺される。

 そうだっ!! エルミスは!?

 

 台座に寝たままの彼女を視界の隅で捉えるも、幸い狼は俺しか眼中にないようだった。ならば少しでも彼女から距離を離そうと足に力を入れるが、膝はガクガクと震え全く動かない。

 

「う、動けよっ!! しまっ……?!」 

 

 めいっぱいの力を込め、引きずった足。だがそれは全く認識できていなかった木の根に躓いた。

 

《ガァッ!!》

 

 視線が逸れた瞬間、狼が姿を消す。

 

 速すぎて見え ────

 

「すまんっ!!」

 

 ドゴッ。

 

「かはっ?!」

「ポー、任せた!!」

 

 男? の声と共に横腹に走った凄まじい痛み。

 

 さらに一回、二回、三回と衝撃を体に感じた時、自分が池の上を水切り石のように跳ねているのだと理解できた。

 

 視界はジェットコースターのように流れ、身体の制御は全く効かない。このまま硬い岩や木に当たって死ぬのだろうとすら思ったその瞬間 ────

 

 ぽよんっ!!

 

 ぽよんっ?!

 

 予想に反しクッションのような……『何か柔らかいもの』に受け止められ、俺の身体はピタリと止まった。

 

「くひっ、くひひっ。ったく人を蹴り飛ばすかね普通? この泡、持続時間短いからもう消えるぜぃ。キャッチはよろしく、ヴォルフォクサー」

 

 次に聞こえてきたのは中性的な声だった。

 

 目まぐるしく変わる天と地に全く思考の追いつかない中、パンッと泡の弾けるような音と共に、今まで俺を包んでいた柔らかい感触が無くなる。

 

「な、なにが……」

 

「大丈夫か?」

 

 ぐるぐると回っていた視界が捉えたのは、白と黒のコントラストで、焦点が合っていくにつれ、その白が何か動物の体毛のようなものであることを脳が認識する。

 

 見たことのあるような顔のシルエット。

 真っ白でフサフサな毛並みに、黒い鼻と髭が……。

 

「っておわぁっ!! 白クマ!?」

「あ、おい。暴れるなっ、こら」

 

 まさかの白クマに俺は掴まれていた。それも漆黒の鎧を身にまとった二足歩行する白クマにである。

 

「た、助けっ食われるっ!! うぉっ」

「落ち着けっ、別に食ったりはせん!!」

 

「くふっ。おめぇ、よく死ななかったな。ヴォルフォクサーの蹴り食らって」

「?! レインボー!?」

 

 白クマに足首を掴まれて宙吊りになった俺を、今度は虹色のおかっぱ頭が覗き込んできた。その童顔に似合わぬ悪魔的な笑みを浮かべた男の......いや、この声質は女の子か?

 

 性別不明。深緑のローブを纏った子供がニヤリと笑う。

 

「くひひっ、ヴォルフォクサー。流石に逆さは辛いんじゃねー?」

「あ、あぁ。すまない」パッ。

「ちょっ!?」

 

 ドサッ。

 

「ぐへぇ」

「うひひ。あーあー、痛たそー」

「暴れるからつい」

 

 着地の衝撃で鼻血が出る程の高さからご丁寧に下ろされ、ようやく天地が正常へと戻った俺を、何か物珍しい動物でも見るかのような顔で見つめる二()……でよいのだろうか?

 

 漆黒の鎧を纏う白クマと、深緑のローブを纏うレインボーおかっぱっ子がそこにいた。

 

「なぜ深度4の領域に人が、もしや今回招集された開拓者の一人か?」

「いやいやぁ、Aランク以上にゃ見えないぜぇ? めっちゃ弱そうだし」

 

 深度? 開拓者? それにAランク……。

 

 訳の分からない単語で繰り広げられる二人の会話。

 

「いてて……あ、あなた達は……?」

「「…………」」

 

 互いに「どうする……?」といった表情が交わされている。

 

 吊られていた時には気づかなかったが、白クマの背中には身長の二倍はあろうかという漆黒の槍が携えられていた。

 レインボーな子供もローブを括る皮ベルトに、ぜんまいのように先の渦巻いた木の杖を差している。

 

 さながらパーティの前衛と後衛。

 槍使いと魔法使いといったところだろう。

 

「さてどうする? ポー」

「くひひ。あとあと、まずはナイトウルフだろぃ」

「だな。着地合わせる。はっ!!」

 

──── ドッ!!

 

 そんな掛け声と共に、視界から消えた白クマ。

 

 彼が立っていた場所には獣のような足跡が深く地面を抉るように残っており、どうやら思いっきりジャンプしたらしい。

 

「うぃー。んじゃまぁ……、

 汎用魔術回路の接続(コモンコネクト)

 

 白クマを見失い、たじろぐ俺の横で虹色髪の子供がスッと杖を構える。

 

組み込み(エンベッド)繋ぐは|杖(トランス)四煉出力:氷槍(クアドラブルアウト)

 

 彼女が口にした詠唱ともいえるような言葉に、大気は白く濁り出し、肌を刺すような冷気が辺りを覆ってゆく。そして頭上ではパキパキと音が鳴っていた。

 

「まじかよ……」

 

 それは目を疑うような光景で、瞬きもしないうちに子供の頭上に氷の槍が出来上がったのである。俺の身長よりも大きい、巨大な槍が。

 

起動(ドライヴ)

 

 決めセリフのような発声と共に振りかざされた杖。その軌跡をなぞるように氷の槍が、もの凄いスピードで撃ちだされた。

 

「いったい何がどうなっ ──── ってあれは!?」

 

 飛んでいった槍を追うように首を振った先、池の対岸にはあの狼がいた。水に入るのを躊躇(ためら)っているのか、牙を剥き出しにしてこちらの様子を伺っている。

 

──── ドゴォン!!

 

「今度は何!?」

 

 狼を見ていた俺の視界を、空から降った一本の線が左右真っ二つにぶった切った。それはまるで流星が落ちたのかと思う程の衝撃で……、生まれた突風が辺りに土煙をまき散らす。

 

「うぉっ!?」

「流石ヴォルフォクサー、ドンピシャ」

 

 土煙が掃けるとそこには先ほどの白クマが、漆黒の槍でオオカミの顎を大地に突き刺していた。

 

《グガァアアアアッ》

 

 そして苦しむ狼の胴体へ、虹色髪の子供が飛ばした氷の槍が直撃する。

 

 深々と突き刺さった巨大な槍は誰の目に見ても致命傷で……。身体中から噴き出したドス黒い液体が血なのだと俺が認識したときには、既に狼はピクリとも動かなくなっていた。

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