凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~ 作:三軒となり
大パノラマを望む崖の上で、そよぐ潮風が虹色のおかっぱ頭を揺らしている。
「くひひっ。興奮してるとこ悪いがテンセイ、あーしらの国リーファスはあっちな」
浮遊大陸を正面に90度左へ。ポーさんの指先に促されるまま首を回すと、そこには連なる山脈が大地を裂くように横たわっていた。
無限に思えるほど続くその山頂は雪化粧を整え、裾野へいくにつれ徐々にその粉を
「おぉ……」
こちらの景色も全くもって地球スケールではなかった。
山の麓。一面の緑の大地をギザギザと切り裂くように走る長い川の果てには、周りの山脈よりも巨大な……雲すらも突き抜けるほど高く聳える一本の樹があった。
まるで世界の中心はここだと言わんばかりに佇む巨大な幹。そこから伸びる枝は無数に広がり、漂う雲と共に空を支えているかのようだ。
「あの世界樹のふもとにワタシ達が拠点を置くリーファス共和国の首都、シグワズラルがある。まぁ途中どこかの町や村で休むことになるだろうが、まずはシグワズラルを目指すと良い。リーファスで一番大きい都市だからな」
白クマ……ヴォルフォクサーさんは、槍の柄で地面に大きな地図を書いていた。
左を向き、翼を広げたドラゴンが心臓を握りつぶしているかのように見える大陸の地図。その竜の瞳には×印が打たれ、リーファスと文字が刻まれている。それはルーン文字のようなまるで見たことのない形だったのだが、何故か識字ができてしまった。
これも異世界転生あるある……か。
便利だから突っ込むまい。
てか……。
「世界の端っこなんですねここ」
「くひひっ。あぁ、だから見た目ほど穏やかな国じゃねえぞ?
ポーさんは持っていた杖でざざっとリーファス共和国の上に線を引いた。
「エクリプス?」
「さっきの狼さ。特級
「世界の均衡を保つもの。惑星の生み出す抑止力。その呼び名は様々に存在するが、まぁ分かりやすく一言で表すならば我々の『敵』だ」
「あーしらの金づる。でもあるけどなぁ、くひひっ」
真面目に淡々と述べるヴォルフォクサーさんと、揶揄うように笑うポーさん。
それから二人は
近くの木陰にエルミスを寝かせ、集中して頭に叩き込んでみたが……それはまぁ難解なことこの上ない話だった。
「簡単に言うと世界の情勢は、
「魔素がな、あーしらの生命線なのさ」
よくある異世界転生モノよろしく、世界には『魔素』と呼ばれる不思議エネルギーが充満しているそうで。ポーさんやヴォルフォクサーさん、共存種と呼ばれる者たちがそれを生活の支えにして暮らしているのだとか。
「顔を洗うための水道や、パンを焼く釜戸の火、部屋の明かりに、掃除用の風起こし、今や魔素がなきゃ誰も生活なんかできやしねぇ」
なるほど。地球でいうところの電気、ガス、水道ってところか?
「そんな便利な魔素も、無限に存在している訳ではない。当然使えば使うだけ消費されていく惑星の資源なのだ」
「くひひっ。一部の狂信者達が奴らを『均衡を保つ者』なんて呼び崇めているのもそれが理由さ」
共存種が自由に魔素を使うことを良しとしない惑星の生み出したバケモノ逹。それが、むしばみ -
奴等は惑星の持つ自衛機能のようなもので……自分たちに置き換えて見ると、人間が石油やら鉱物資源やらを使いまくり森林伐採等をしたせいで環境問題が起き、怒った地球の天変地異によって人間の間引きをする。ってな感じか?
どっちが悪者なのか一概に言い切れない難しさを覚える。
「そして魔素を大量に放出している『地脈』と呼ばれる場所がルナヴァリスには点在していてな、それを我々と
「だから陣取り合戦……」
コクリと頷いたヴォルフォクサーさんは、腰に結び付けていた革のポーチから楔の形をした水晶を取り出した。
「コイツを『地脈』に打ち込むと周囲に結界が展開され、強力な
そう言ってヴォルフォクサーさんは、手書きの地図にポツポツと斜線の範囲を描いていった。どうやらそれが現在結界の張られている区域らしく、大陸全土の約三割ほどといったところだろうか?
「くひひっ。共存種弱えー……と思ったか?」
「あ、いや」
表情を読み取られたか、こちらを向いたポーさんはニヤリと笑っていた。
「心配すんな。結界がないからといって、森にいたあのナイトウルフみたいなのが蔓延ってるわけじゃねぇ。深度っつう考え方があってな ────」
より魔素濃度が高い地域ほど強力な蝕魅が生まれるという理屈で、深度1から深度7までランク分けされた危険度マップ。
結界がなくとも、深度1〜2あたりの地域は比較的弱い
「深度に合わせて
中でも
「それでいて
それが何体も居るって……。
やっぱこの世界、殺伐としすぎだろ。
妹は大丈夫か……ってそうだ!!
「すみません、グロリアスって国はこの地図でいうとどの辺りにあるんですか?」
「ん? 王国はここだな」
ヴォルフォクサーさんが槍で差したのは大陸のど真ん中、幾重にも結界の張られた場所だった。
「くひひっ。王国に用でもあんのか? あそこは平和すぎてつまんねーぞ」
「あ、いや……俺の妹がそこに居るらしくて」
「ほぅ。それはまただいぶ遠い所に。ここからだと一
さっき言ってた三樹節が約三ヶ月だったから……。
一ヶ月か? いやはや……。
妹との合流を最優先目標としていたが、これは怪しくなってきたぞ。
「くふふっ。まぁでもグロリアスなら安全は折紙付きだ、近郊にゴブリン一匹出やしねぇんだから。しっかり準備してから会いに行ったほうがいいぜぇ? どう考えてもやべぇのはテンセイ、お前の身の方だ」
神の言葉に、現地民の裏付けまで取れた。
妹が安全なのは間違いないのだろう。
となるとポーさんのいう通り、問題は俺の方で。
「さっきの狼……特級でしたっけ? グロリアスまでの道のりで出て来たりするんでしょうか?」
「くひひっ。まぁそうそうあんなのは出てこねぇが、ここから王国までの道だとそうだなぁ……特級が出るような深度4の領域は二、三カ所あるな」
いやいや……。
あんなのと二、三回遭遇して生き延びられる自信などあるわけがない。
仮に俺にすごい力が宿っていたとしてあれと戦えるか?
どう考えても無理じゃね?
動きすら見えなかったし。
「くひひっ。悩むのは町についてからにしやがれ、雑談はこれくらいでしまいだ」
がっくりと肩を落としていた俺の目の前で、地面に描かれた地図をガシガシと足で消し始めたポーさん。どうやらそろそろ出発するらしい。
「すみませんあと一個だけ。そのエルミス……さっき
支度を整えるヴォルフォクサーさんとポーさんを誘導するように、俺はチラリとエルミスへ視線を移した。釣られた二人の顔も彼女の方へと向く。
「くふっ、心配すんなぁ。
神律に、魔術回路……。
はいもう頭はパンクしそうです。
「くひひっ。細けぇことはギルドで聞け、今から説明してたら日が暮れちまう」
「すまんなテンセイ。ワタシ達は依頼を受けていて、早々に終わらせたいのだ」
「あ、いえ……。むしろここまで色々と助かったというか」
「いいってことよぉ。国民を守るのも開拓者の役目ってな」
そう口にすると崖の方へトコトコと歩いて行ってしまったポーさん。
屈伸に背伸び、ストレッチをしながら崖下を覗く彼女を横ぎり、ヴォルフォクサーさんが木陰で眠るエルミスをひょいと肩に持ち上げた。
ん?
「あぁ心配しないでくれ。別に君の彼女を取ろうというわけではない。魔術回路を使えない身体じゃ危ないからな」
「えっと彼女じゃ……てか、なんでお二人はさっきから崖下の方を?」
崖の縁で背伸する虹色のおかっぱ頭の横に、エルミスを担いだ白クマが並ぶ。
「くひひっ。準備はいいかぁ?」
「え?」
下に何かあるのかと、二人の横で崖下を覗こうとした俺に向け、ポーさんは杖を構えた。
「カウント3でいくぜぃ。3、2……」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って。何を ──── 」
「1、どーん!!」
次の瞬間、背中に走った衝撃。
ポーさんの杖に小突かれた俺は、まるでバットに打たれたボールのように崖から飛び出した。
「ぎゃあああああああああああああ」
風が顔を叩きつけ、視界が揺れる。胸が絞られるような恐怖の中でゴォっとした音だけが絶えず耳元で鳴っていた。
みるみると近づいてくる崖下の海岸線。
真っ白な砂浜が綺麗だなぁ……いやいやいや!?!? 無理無理無理!!!! 死ぬ、死ぬぅううううう!!!!
「くひひっ。せっかくだ、魔術回路が何なのかだけは教えといてやるよ」
轟く風切り音の中で、ポーさんの声が聞こえた気がした。
「
コイツが回路の設計詠唱だ、大気中から魔素を取り込み、魔術を起こす箇所へと繋ぐ、最後に出力に変換して……」
砂浜に身体が直撃するかという寸でのところで、ポーさんは杖を振りかざした。
「
刹那。ぐんっと背中を引っ張られるような感触を受け、落下は空中で止まった。
ヒュウと砂浜の白い砂が渦を巻くように舞っており、錯覚かと思うほどに薄い緑色の竜巻が下から俺の身体を支えている。
「これが魔術。まぁ転移者は魔力がないから使えないけどな。だから代わりに神律っつうもんがあるんだろうが……。ほらもう消えるぞ、くひひっ」
──── ドサッ
「ぐぇっ」
本日二度目の顔面強打。
顔にこべりつく砂を払った手に感じるヌルっとしたこの感触は、きっと鼻血だろう。ほらね……鉄臭い。
「大丈夫か?」
「くひひっ。あーあー痛そう痛そう」
血をぬぐい顔を上げると、心配そうにこちらを覗き込むヴォルフォクサーさんと、相も変わらず邪悪な笑みで口角を吊り上げるポーさんが立っていた。
異世界に来て既に二回も死を覚悟するとは……。
「はぁ……やっぱり、異世界やべぇ」
砂浜に倒れ込み、大きくため息を吐く。
『開拓者』と『
……なるほどねぇ。
あまりにも現実離れした体験に、俺は今なら最高の小説が書ける気がした。