凡人、異世界を開拓す。~こういうのって地味なスキルが実は最強でしたって展開で合ってますよね?~ 作:三軒となり
足元に広がる砂は雪のように白く、踏みしめるたびにサッと小さな音を立てた。
波打ち際では透きとおった海水が静かに寄せては返し、そのたびに砂の表面に白い泡の膜を残している。そんな美しい海岸線に足跡をつけていくと、やがて砂浜は細い小道へと姿を変えた。
背の低い草木が両脇に並ぶY字路、その中央でヴォルフォクサーさんとポーさんが足を止める。
「こちらへ行けば、あとは町まで一本道だ。迷うことはあるまい」
「くひひっ。じゃあなテンセイ、ルナヴァリス生活頑張れよぉ」
スッと槍で指し示された道の先には、小高い草原の丘が見えていた。
「え?」
「なぁに心配すんな。ここから先の深度は1、害虫程度の
「いや、そうじゃなくって……」
「ん?」
街までついてきてくれるんじゃないんですか。
そう口にしかけて、俺は言葉を飲み込んだ。
二人は言っていた。森の
俺達の道案内のために、Sランク開拓者二人の時間をこれ以上奪うわけにもいかないだろう。
「なー、んでもないです。色々と、ありがとうございました」
「……? あぁそうか。すまない、気がきかなかった」
別れ際、ヴォルフォクサーさんは何かに気づいた素振りを見せ、腰に巻いていた革のポーチから小さな巾着袋を取り出すと、すっと俺に向けて差し出した。
チャリっという金属音が響く。
「くふふっ。優しいねぇ、ヴォルフォクサーさんは」
「えっとこれは?」
エルミスが背中からずり落ちないよう片手で抑え、その巾着袋を受け取ると、小銭のような感触が中にはあった。
これは……カネか?
「持っていけ、宿で一泊できるくらいはあるだろう」
「いや、それは流石に……」
この世界の通貨なんて持っちゃいない俺達にとって、ありがたいことこの上ない
まだこの世界の文化や風習を理解しきれていない現状、この袋をおいそれと受け取ることは心理的に憚られた。
「ふっ。出会ったのが男一人なら『さらば』の一言だったが。女の子を野宿させるわけにはいくまい。それは背中のお嬢さんへの
「くひひっ。エルミスの嬢ちゃんをしっかり守ってやれよぉ。案外転移者の女ってのはモテるからなぁ」
戸惑う俺を鼻で笑い飛ばし、くるりと
「ありがとうございます……」
そんな背中に一礼して巾着袋を開けてみると、今も遠くで見えている世界樹が
鈍い輝きを手に握りしめて想う。
「楽しいことばかりでもなさそうだなぁ異世界」
この十枚の硬貨達が物語っていること、それはこれから異世界で生きて行くためには金を稼がねばならないという現実である。
結局いつの世の中も生活の原資は必要。ポーさんが言っていた通り、街の職業斡旋所に転移者がごった返しているというのはそういうことだろう。
もちろん、妹の元へ向かうためにも金はいる。
「とりあえずの目標が更新されたな。職探しだ」
やっぱり異世界転生といえば冒険者……いや、ここでは開拓者だったか。そんな花形の職に憧れはあるものの、地球上がりの平和ボケした転移者がすぐになれるものなのだろうか?
森で会った狼、あんなのと戦えと言われてしまったら速攻で辞表を叩きつける自信がある。薬草取りとかそういう採集系の依頼もあるとよいが……。
「……はぁ……どうしよ」
転移前に最強無敵の主人公になるとか意気込んでいたのが恥ずかしい。
てか、金を稼げなかったらこれから先……野宿!?
「やべぇやべぇ、とりあえず急ぐぞ。いざ始まりの町へ!!」
◇◆
どのくらい草原を歩いただろう。いくらエルミスが軽いとはいえ女の子一人を抱えた状態で、飲まず食わずの徒歩の旅には身体が悲鳴を上げ始めていた。
「ぜぇ……はぁ……し、しんどい」
「ん、んぅ……」
「おっ!! エルミス、起きた?」
そろそろ一度彼女を下ろして休もうか。そんな思いで立ち止まった俺の耳元を、小さな吐息が撫でた。
「ここは……ふぇっ!? て、テンセイさん!?」
「あ、ちょっとまって降ろすから」
「え、わ、私、もしかしてあれからずっとテンセイさんに?」
「うん。
「すみません、ご迷惑おかけしてしまって」
申し訳なさそうに身体を
「いやいや気にしないでくれ。全く問題ない……ってかエルミスのお陰でお金も手に入ったし」
「へっ? お金ですか?」
それから俺は歩きながら、ヴォルフォクサーさんとポーさんから教えてもらったことを彼女にも話した。
狼に殺されそうになったことや、崖から飛び降りたことを伝えると、ひぇえっと顔を青ざめさせるエルミス。
ここまでリアクションが良いと話し甲斐もあるというもので……もし彼女が起きていて、ポーさんに崖から突き落とされてたらどんな反応を見せただろうか。
なんてことを考え、つい揶揄うような笑いが漏れてしまった。
「? なんで笑ってるんですか?」
「いや、エルミスが可愛かったからつい」
「か、かわっ!?」
くいっと首を傾げたかと思うと、次の瞬間にはあわあわと目を泳がせ頬を染めゆく彼女。その表情を見て、自分の口から出たセリフの恥ずかしさを自覚する。
「は、反応がな。反応が」
危ない危ない。
会ったばかりの女の子に可愛いなど、童貞が言って良いセリフではない。
でも……。
『言葉は無意識に漏れていたぞ』と照れ隠しをする
「もうっ……テンセイさんが変なこと言うから、また身体が熱くなっちゃったじゃないですか」
果てしなく広がる草原の向こうでは夕日がゆっくりと沈みかけており、哀愁の漂う光が空を
草原の草一本一本はその光を受け、まるで無数の小さな炎のように揺れている。
「…………………」
ノスタルジックなオレンジに燃ゆる世界の中に佇む少女は、どこか儚く、言葉では形容し難いほどに美しかった。
「テンセイさん?」
夕日の残光を写すエルミスの瞳は、金色に輝く宝石のようで……。心を見透かされそうな気がして直視することができない。
「やっぱ異世界すげぇや」
「え?」
「なんでもない」
「えー、なんですか? 教えてくださいよぉー……うわぁっ!! 見てくださいテンセイさん!! 夕日が……初めて見た……、凄い綺麗 ────」
わぁと花開くように口を広げ、夕日を眺めるエルミス。
「!?」
そんな彼女の横顔を見て、俺も同じような顔になった。
彼女の頬をキラリと光る雫が垂れたのである。見間違うはずもない、エルミスは夕焼けを見て泣いていた。
「えっと……エルミス?」
「あっ……すみません。こんな景色、見れるだなんて思ってなかったので」
「たしかに。地球じゃ見れないかもな、こんな大草原の夕暮れなんて」
泣く程のことか? なんて野暮なことをいうのは止めた。
それほどまでに夕焼けと、彼女は美しかったから。
ヴォルフォクサーさん。あなたの言う通りでした。
こんな子を野宿させるわけにはいきませんよね。
「てか急ごう、日が完全に沈む前に町につかないと」
「え、あ、はいっ!!」
キミの方が綺麗だよ。
そんなクサすぎるセリフが一瞬頭に浮かんだが、勿論口には出さない。
(我ながらキモすぎる……)
一人で勝手にほくそ笑み、羞恥心に襲われ身を悶えさせるオタクがここいた……まぁ俺のことなんだけども。
───
──
─
それから丘を二つほど越えたところで、辺りは夜の闇に染まった。
「もう何も見えなくなっちゃいましたね……大丈夫かな……」
「二人の話だと日が沈む前にはつくって行ってたからそろそろだと ──── お!」
視界の先で、ぼやっと暗闇に明かりが灯ってゆくのが見えた。石造りの城壁らしき影……門の上では篝火が焚かれ、炎が揺らめいている。
「わぁっ!! 町だ!!」
「思ったよりも小さいな」
それは生活拠点というよりは、何か軍事施設のような趣を感じさせる町だった。
「止まれ」
町の外壁にある門の手前で、傍らに立つフルプレートの兵士に呼び止められた俺達。長刀で武装した……この町の衛兵といったところだろう。
「お前たち、どこから来た?」
「えーっと、あっちの森から」
銀色のヘルムに空いた僅かな隙間から、こちらを覗き見る衛兵の目つきは険しい。
ヴォルフォクサーさん達の話によれば、あの森は深度4。現在危険区域認定されており高位の開拓者しか立ち寄れないのだとか。
そんなヤバイ森からやってきた謎の男女二人組。そして見てくれはめちゃくちゃ弱そうという。
一応エルミスのハサミだけは、開拓者要素としてカウントできなくもないのかもしれないが……それを補ってなお、オロオロと小動物のように身体を縮こまらせている彼女は、とても
むしろ襲われる側のそれである。
となればこの兵士の鋭い視線にも納得がいくというもので、何か面倒が起きる前にこちらから説明しておいた方がよさそうだ。
「えっと……。俺達は転移者でして、さっきヴォルフォクサーとポーって人から町へ行くように言われて来たんです」
「なにっ!? それは本当か?!」
「えぇ。ナイトウルフとかいうのに襲われていたところを助けてもらいまして。とりあえず食事と寝床を確保できればなと……この町に」
警戒の視線をすぐには解かなかった衛兵も、俺とエルミス、エルミス長めで行ったり来たり首を振ると、長刀の柄を握りしめていた手をすっと緩めた。
決まり手は……エルミス山脈。だろうな。
「なるほど、それは災難だったな。にしても転移者か……タイミングが良いというか、悪いというか」
「え……?」
「今、町は森の
────
「いやーまさかこの町、
しばらくして出てきた衛兵は、手に一枚の羊皮紙を握っていた。
「ほら、この町の地図だ。宿の場所に印をつけておいた、恐らくだが空いているとしたらそこしかねぇ。お前ら金は持ってるのか?」
「えぇ一応」
「見せて見ろ」
先ほどヴォルフォクサーさんに貰った巾着袋の口を広げて見せると、衛兵は軽くうなずき懐から別の巾着袋を取り出した。
「半分こっちに移して、その半分を全財産だって宿の主に伝えるといい」
「えっ」
「行けば分かる。まぁ……勉強だと思って頑張れ」
「はぁ」
「あとはそうだなぁ。夜明けと共に、この町を出て隣のリンドールまでいけば職業斡旋所がある。そこを拠点に、暫くは金を稼ぐといいさ。なーに心配すんな、この世界にゃ仕事は星の数ほどあるからよ」
「えっと……、ありがとうございます色々教えて頂いて」
「がっはっは。転移者には優しくしろってな、セフィラ様からのお達し……この国の方針だ。良かったなぁお前ら、転移先がここリーファス共和国で」
バシィっと俺の肩を叩き羊皮紙と巾着袋を押し付けると、衛兵は門を開いてくれた。
するとたちまち、今までは聞こえていなかったガヤガヤとした喧騒が耳を打つ。
「リーファス共和国最西端、ウィンタムの町へようこそ」
夜の冷たい空気をくぐり抜け、一歩石畳へと足を踏み入れた瞬間。
世界はガラリと姿を変えた。
どーんと引かれた大通りを沿うようにある石造りの家々。その窓には暖かな光が灯り、どこかの酒場だろうか? 弦楽器の愉快な旋律と酔客たちの笑い声が溢れている。
「ばかかお前!! その装備じゃあのダンジョンは死ぬって」
「前衛は任せたって言ってるでしょ?」
「今日は西の森でゴブリン十匹、割のいい依頼だったな」
「ふふっ。スクロール代に全部消えたけどね」
革鎧に身を包んだ剣士はトカゲのような顔をしており。杖を背負ったあれはウサギか? 肩に巨大な斧を担ぐ大男もいれば、あみあみの
ウィンタムと呼ばれた町の広場には、様々な異世界が溢れていた。