魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
Phase1-1 新エネルギー「液状魔力」の発明
「まいどーっす! ルーン武器はいかがっすかー!」
快活な声がカルネ村に響き渡った。
荷車すら使わず、巨大な武器束を軽々と抱えたルプスレギナ・ベータが、村の中央広場へとやってくる。
斧。剣。短槍。短剣――。
どれもドワーフの国で打たれた品であり、表面には独特な文字――ルーンが刻まれていた。
「いやー、売れ残るとアインズ様に申しわけないんでぇ。一本くらいは買ってほしいところっす」
へらへらと笑いながら言うルプスレギナだったが、村人たちは自然と武器へ目を向けていた。
――かつての襲撃。
あの日の恐怖は、カルネ村の住人たちの記憶に深く焼き付いている。
ジュゲムが斧を手に取る。
「ほう……軽いな」
ブリタも短剣を覗き込んでいた。
「この文字、本当に効果があるんだろうねぇ」
「あるらしいっすよー。なんか光ったりするらしいっす」
「……あんた、わかってないだろ」
「わかってないっす」
ルプスレギナは堂々と言い切った。
そこへ、一人の青年が通りかかる。
「あれ、ルプスレギナさん?」
「お、ンフィーレアちゃん」
薬師の青年――ンフィーレア・バレアレだった。
彼は武器には興味がない。が……ふと一本の短剣に目が留まる。
「……ん?」
刻まれたルーン文字。
そのうちの一つへ、ンフィーレアが無意識に指先を触れさせた瞬間――。
「ぼうっ」
短剣が青白く発光した。
「……は?」
ンフィーレアが固まる。
周囲も静まり返った。
「な、なんすか今の?!」
ルプスレギナが飛び上がった。
「なんで光るんすか?! ンフィーレアちゃん何したんすか!」
「いや、僕は何も……」
光は脈打つように明滅している。
まるで、短剣そのものが呼吸しているかのようだった。
ルプスレギナの顔から軽薄そうな笑みが消える。
アインズ様に関係する何かかもしれない。
「ホウレンソウっす」
「え?」
「ホウレンソウは大事っす!」
ルプスレギナは真顔で言った。
即座に<メッセージ>を発動する。
『アインズ様』
『ルプスレギナか。どうした』
『カルネ村で少々妙なことが起きまして』
『妙なこと?』
ルプスレギナは、見たものをそのまま説明した。
『……なんだと?』
わずかに低くなった声。
ルプスレギナは思わず背筋を伸ばした。
『ルーン文字が発光したと言ったな? どの文字だ』
『えーっと……縦線がこう二本あって、途中に斜めの横線が一本入ってるやつです』
『……ふむ』
アインズは記憶を探る。
確か、魔力関連の効果を持つルーンだったはずだ。
しかし、なぜ反応した?
ンフィーレアは戦士ではない。ましてやドワーフでもない。
だが――。
(そういえば、ンフィーレアは特殊なタレントを持っていたな……)
ユグドラシルにも存在しなかった、この世界固有の異能。
その可能性をアインズは考える。
『その短剣をンフィーレアに貸与しろ』
『調査をご命令、ということでしょうか』
『うむ。なぜ反応したのかを調べさせるのだ』
『承知いたしました』
『それと……ルプスレギナ』
『はいっ』
『よく報告した』
一瞬でルプスレギナの顔がぱあっと輝いた。
『ありがとうございます!』
<メッセージ>が切断される。
「アインズ様に褒められたっすー」
ふにゃりと顔を緩めるルプスレギナ。
その横で、ンフィーレアは短剣を見つめていた。
胸の奥が妙にざわつく。
何か‥‥何か掴めそうな感覚。
今まで届かなかった場所へ、あと少しで手が届くような――。
――この頃、ンフィーレアは研究の壁にぶつかっていた。
紫色のポーション。
その完成によって、自分の研究は確かに一段階先へ進んだ。
アインズ様からも評価された。
だが、それで終わりではない。
もっと先がある。もっと高みに行ける。
そう信じていた。
ポーション濃度の向上――そのためには、水の比率を減らさなければならない。
だが、限界があった。魔力が霧散する。安定しない。
ならば……いっそ、魔力そのものを液体にできないか――。
狂気じみた発想――しかし、その仮説だけはずっと頭から離れなかった。
そして今――手の中の短剣から、濃密な魔力を感じる。
「……これだ」
ンフィーレアの目が見開かれた。
「おばあちゃん!!」
勢いよく研究小屋へ飛び込む。
「ぬおっ!? なんじゃ急に!」
「行けるかもしれない!」
「は?」
「次の高みに!」
――それから三週間。
ンフィーレアとリィジーは研究小屋へ籠もったきり、ほとんど姿を見せなくなった。
◇ ◇ ◇
「エンリちゃん、欲求不満っすねぇ」
「え? ええっ?」
エンリの家。ルプスレギナのからかい声が響いた。
「ンフィーレアちゃん、夜も籠りっぱなしで――」
その瞬間。ばんっ、と扉が開いた。
「エンリ!」
飛びこんできたンフィーレアは、頬がこけ、目だけが異様に爛々としていた。
「できたんだ!」
「な、なにがっ?」
差し出されたガラス瓶。
その中で、青白い液体が淡く輝いていた。
「綺麗……」
エンリが呟く。
「新しいポーション?」
「違う!」
ンフィーレアは叫ぶように言った。
「これは――エネルギーなんだ!」
「えねるぎー?」
「魔力を、液体として固定化したんだよ!」
ルプスレギナがぽかんと口を開ける。
意味は分からない。
だが……なんだかとんでもないことだけは分かる。
「ホウレンソウっす!」
「また!?」
「ホウレンソウは大事なんすよ!」
ルプスレギナは再び<メッセージ>を飛ばした。
◇ ◇ ◇
――エ・ランテル。執務室。
報告を受けたアインズは沈黙した。
(……待て)
嫌な予感がした。非常に嫌な予感が。
(まさか……電気とか発明したんじゃないだろうな……?)
もし人類側が本格的な技術革命へ踏み込めば、この世界は急激に変化する。
その技術を魔導国が独占してしまえば、支配という意味では必ずしも悪いことではない。
だが――制御できるのか?
アインズはしばし考え込む。
『ルプスレギナ』
『はい、アインズ様』
『すぐにンフィーレアをこちらへ連れてこい』
『それがですね……』
『どうした』
『倒れて眠ってしまいまして』
『……は?』
『魔力を使い果たしたみたいっす』
アインズは思わず黙った。
数秒後。
『回復魔法をかけてやれ』
『承知いたしました!』
(言われなくても回復してやれよ……)
◇ ◇ ◇
「アインズ様」
アインズが用意した<ゲート>を通り、エ・ランテルの執務室へと到着したンフィーレアが跪く。
先ほどまで死人のようだった顔色も、ルプスレギナの回復魔法によって改善している。
「久しいな、ンフィーレア」
「はい。お時間をいただき、ありがとうございます」
アインズがンフィーレアを見下ろす。
アインズの傍らにはアルベド。さらに数名のメイドたちも控えていた。
「さっそくだが、見せてもらおうか」
「はい」
ンフィーレアがガラス瓶を差し出す。
メイドの一人がそれを受け取り、アインズのもとへ運ぼうとした、その瞬間。
「待ちなさい」
静かな声。
だが、その場の空気を一瞬で凍らせるには十分だった。
「得体の知れない物を、アインズ様へ直接近づけるつもり?」
メイドが硬直する。
「も、申しわけございません!」
アルベドは無言のまま手を差し出した。慌ててメイドがガラス瓶を渡す。
アルベドは慎重にそれを持ち上げ、目の高さへ掲げた。
青白い液体。淡く発光している。まるで、生きているかのように。
(……これは、なんなの?)
アルベドが僅かに眉を寄せる。
そこから感じる魔力は、決して弱くない。
だが、魔法とも違う。ポーションとも違う。
液体化した魔力――とでも言うべきか。
アルベドが蓋へ手をかけた、その時だった。
「アルベド様!」
ンフィーレアが思わず声を上げる。
さらに口を開こうとするンフィーレアに、アルベドの視線が突き刺さる。
「発言を許可した覚えはないのだけれど?」
「し、失礼いたしました!」
ンフィーレアは即座に頭を下げた。
「ですが、まだ安定していないのです。開封は危険かもしれません」
「危険ですって?」
アルベドの声音が低くなる。
「そのような物を、アインズ様へ献上しようとしていたの?」
「そ、それは――」
ンフィーレアの額へ汗が浮かぶ。
アルベドから漏れ出す圧力に、呼吸すら苦しい。
「アルベドよ」
アインズが静かに口を開いた。
「はっ」
「よい。そのままこちらへ」
アルベドはなお警戒を解かなかったが、アインズの命令に逆らうことはない。
恭しくガラス瓶を差し出す。
アインズはそれを受け取った。
青白い光が骨の指を照らす。
「ほう……」
アインズはしばし瓶を眺める。
(なんかちょっとSFっぽいな……)
そんな感想が脳裏をよぎる。
だが表面上は威厳を崩さない。
「美しいな」
「ありがとうございます!」
ンフィーレアの顔が明るくなる。
「新たなエネルギーと言ったな」
「はい! これは『液状魔力』です!」
研究者特有の熱が声に混じる。
「高濃度の魔力を液体化し、保存することに成功しました! これを利用すれば、魔力をエネルギー源として使用できます!」
「液状魔力、か……」
アインズは思考する。
(なるほど。電気じゃないのか)
内心で少し安堵した。
もし電気の発明だった場合、文明発展速度が読めなくなる。
だが、魔力利用なら話は別だ。それは魔導国が圧倒的優位を持つ分野だからだ。
「電気とは違うのだな?」
「でんき……ですか?」
ンフィーレアが首を傾げる。
「申しわけありません。そのようなものは存じ上げません」
「そうか……」
アインズは内心で頷いた。
(よし。まだ産業革命ではないな)
「アインズ様?」
アルベドが不思議そうに声をかける。
アインズは沈黙していたことに気付いた。
「……素晴らしい」
低く、重々しい声。
「これは極めて価値ある発明だ」
アルベドが息を呑む。
「恐れながら……」
アルベドが慎重に口を開く。
「私にはまだ、この発明がどれほどの意味を持つのか理解できておりません」
「そうだろうな」
アインズはゆっくり頷いた。
「これによって起きる変化は、枚挙に暇がない」
アルベドの瞳が揺れる。
そこまで――こんなガラス瓶を一つ見ただけで――先を見通しておられるのか。
「さすがはアインズ様……」
小さく漏れた呟き。
アインズは聞こえなかったふりをした。
(いや、俺もそこまで具体的には分かってないんだけど……)
「説明はいずれ行う」
誤魔化すようにアインズは続けた。
「それより、まだ安定していないと言ったな?」
「はい」
ンフィーレアはすぐ真面目な顔へ戻る。
「現状では、容器に問題があります」
「容器?」
「はい。ガラス瓶では容量が少なく、少しずつ使うことにも難があります。また、破損の危険もあります。より安全に、大量保存できる容器が必要です」
アインズは少し考える。
(……LPガスとか石油タンクみたいな感じか?)
現代知識が脳裏をよぎる。
「ふむ……LPガスのようなものか」
「えるぴー……?」
「ああ、気にするな」
アインズは咳払いした。
「独り言だ」
危ない危ない、と内心で冷や汗を流す。
「ルーンを利用したと言ったな?」
「はい。液状魔力の生成には、ルーン技術が不可欠です」
「よかろう」
アインズは深く腰掛けた。
「アルベド」
「はっ」
「ドワーフたちへ協力を要請しろ。ンフィーレアが必要とするルーン刻印を量産できる体制を整えさせるのだ。武器の生産は放置して構わん」
「承知いたしました」
「加えて、液状魔力に適した容器も開発させよ。彼らは金属加工に優れている」
「かしこまりました」
「アウラとシャルティアはドワーフたちと面識があったな。必要なら彼女たちも使え」
「御心のままに」
「そしてンフィーレアよ」
「はい」
「ドワーフたちと協力し、量産に向け力を尽くしてくれ。必要なものがあれば何でも言ってくれてよいぞ」
「承知いたしました!」
「うむ。いずれお前の名と功績は、魔導国中へ広く行き渡ることになるだろう」
ンフィーレアは、このときはまだ知る由もなかった。自らの功績が、後に思いもよらぬ形で国中へ知れ渡ることを――。
◇ ◇ ◇
「アルベド、急に呼び出すとは何事ですか。しかもこのような時間に」
ナザリック地下大墳墓、第九階層。
執務室へ入ってきたデミウルゴスは、普段と変わらぬ落ち着いた声音で言った。
「私はアインズ様のため、一分一秒すら無駄にするつもりはありません。その私を呼び出したのですから、よほど重要な案件なのでしょうね」
「ええ。アインズ様のお言葉についてよ」
デミウルゴスの表情がわずかに変わる。
「……ほう?」
「昼間、ンフィーレアがエ・ランテルの執務室へ来たの」
アルベドは簡潔に説明を始めた。
液状魔力。
新たなエネルギー。
ドワーフへの協力要請。
そして――。
『電気とは違うのだな?』
『LPガスのようなものか』
『これによって起きる変化は、枚挙に暇がない』
そこまで話したところで、デミウルゴスが静かに眼鏡を押し上げた。
「なるほど……」
低い声。
だが、その思考速度は凄まじい。
「つまりアインズ様は、その『液状魔力』が世界へもたらす変化を、既に完全に見通しておられる」
「そう。でも問題はそこではないの」
アルベドが珍しく苛立ったように眉を寄せた。
「『電気』とは何なのか。『LPガス』とは何なのか。私にはまるで分からなかった」
沈黙――。
デミウルゴスの指が止まる。
「……理解できなかった、と?」
「ええ」
アルベドは苦々しげに頷いた。
「アインズ様は当然のように口にされた。つまり、アインズ様の御知識の中では、極めて基本的な概念なのでしょう」
「……」
「それなのに、私は理解できなかった」
部屋へ重苦しい沈黙が落ちた。
デミウルゴスは微動だにしない。
だがその内側では、猛烈な速度で思考が回転していた。
電気。LPガス。
どちらも聞いたことがない。
しかし、アインズ様は液状魔力の比較対象として扱われた。
つまり――。
(エネルギー体系……?)
いや、違う。
もっと根本的な何かかもしれない。
だが断定できない。
情報が足りない。
理解が届かない。
――届かない?
デミウルゴスの背中に、じわりと汗が浮かぶ。
自分が……至高のお方の御知識へ……届いていない。
その事実が、彼に恐怖にも似た感情を抱かせていた。
「アルベド」
「なにかしら」
「あなたは、その場でお聞きしなかったのですか」
責める口調ではない。確認だった。アルベドもそれを理解している。
「聞こうとは思ったわ」
アルベドは静かに答える。
「でも、アインズ様は『いずれ説明する』と仰った」
「……なるほど」
デミウルゴスは目を伏せる。
つまり――現段階では、まだ説明不要と判断されたのだ。
それは何故か――理解が追いついていないからか。
あるいは――我々が、自力で到達できるかを試しておられる?
デミウルゴスの思考がさらに加速する。
もしそうなら――もし、アインズ様が試練として与えたのなら……。
理解できませんでした、では済まされない。
「デミウルゴス」
アルベドが低い声で言った。
「私は恐ろしいの」
「……」
「アインズ様は、私たちが見てもいない場所を見ている」
アルベドは机へ視線を落とす。
「あの『液状魔力』を見た瞬間、既にその先の世界を見通しておられた」
「……ええ」
デミウルゴスはゆっくり頷いた。
その額から、一筋の汗が流れ落ちる。
「やはり、我々では至高のお方へ届かない」
だが――。
だからこそ――。
理解したい。少しでも近づきたい。
その欲求が、守護者統括と第七階層守護者の胸中で、静かに燃え上がっていた。