魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
エン説明会の翌日。
アインズは執務室で、アルベドからの報告を聞いていた。
「――以上が本日のご報告になります」
アルベドは穏やかな口調で、すべての報告を終えた。
仕事とはいえ、アインズと過ごせるひととき。アルベドはこの時間が好きだった。
「うむ。特に問題はなさそうだな。報告ご苦労」
特に難しい判断を求められるわけでもなく、いつものように、すべてアルベドが良きに計らった後の報告を聞くだけで済んだことに、アインズは安堵していた。
「時に、アインズ様」
「ん? まだ何かあるのか?」
「はい。その、昨日のこと……なのですが」
アインズはそっと身構える。
(ん? エンの説明なら――主にデミウルゴスが――したはずだけど?)
無言で先を促す。
「昨日、この執務室にて、アインズ様はアウラ、マーレ、そしてドワーフたちを――と仰りかけました」
(そ、そうだった……! なんか忘れてた気がしたの、これだったかぁ!)
しかし、すぐに精神安定化が機能する。
「ふむ。アルベドよ、よく覚えていてくれたな」
「はっ。アインズ様がお話しになろうとしていたにもかかわらず、私が遮ってしまいました。お許しください」
「気にせずともよい」
(しかし……何を話そうとしてたんだっけ? アウラ? マーレ? それにドワーフ?)
「お気遣いありがとうございます。それと、死体をご所望でしたが、いつでもご利用いただけます」
(おおおお思い出したぁーっ!)
「ふむ。では、すぐに動くとしよう。絵師の手配はどうなっている」
「そちらは、もう少々お時間をいただければと。現在、全力で探しております」
「問題ない」
アインズは<メッセージ>を発動した。
『アウラ』
『アインズ様! 何かご用でしょうか!』
『ふむ。いまどこにいる』
『トブの大森林です。ドワーフたちの仕事ぶりを見て回ってるところです』
『ナイスタイミングだ。マーレもいるか』
『はい、マーレも一緒です!』
『では、いまからそちらへ行く』
『ほんとですか?! お待ちしてます!』
<メッセージ>を切断したアインズは、アルベドへ目を向けた。
「いまからトブの大森林へ行く。一緒に来るか」
アルベドの顔がぱっと輝く。
「はいっ! ぜひご一緒させていただきます!」
「では、私につかまるがよい」
アルベドはそそくさとアインズの左側へ擦り寄り、腕を絡め、必要以上に身体を擦り寄せると、首をアインズの肩へ寄せた。
<グレーター・テレポーテーション>
一瞬で、トブの大森林へ到着する。
「……アルベド」
「はい、なんでしょうか」
「……もう着いたのだが」
「……はい」
「……離れて……くれないか」
上目遣いでじとっとアインズを見つめていたアルベドは、しぶしぶ身体を離した。
「アインズ様ぁー!」
かけ寄ってきたアウラが勢いよく飛びつく。
「おっと」
少し遅れて、マーレもおずおずと近づき、
「え、えいっ」
恥ずかしそうにアインズへ抱きついた。
「はっはっは。よしよし」
「………………いつまで抱きついているつもり?」
気づけば、アルベドが二人をじっと睨んでいた。
「アルベドぉ。また焼きもち?」
「だ、だって……!」
急に年頃の少女のような声を出したアルベドを見て、
「そこまでだ」
アインズが静かな声で制する。
「――はっ」
アルベドは即座に冷静さを取り戻した。
「アインズ様。今日はどのようなご用事ですか?」
アウラが明るい声で尋ねる。
「うむ。お願いがあるのだ」
そこでアインズが話した内容は――。
「じゃ、じゃあまずは、ボクがここを平らにして、大きな建物――工場を作ればいいんですね」
「そうだ。目安は、三百体のスケルトンが作業できる広さで頼むぞ」
「それと、結界ですね」
「うむ。アウラは魔獣による生物的な警戒網を敷いてくれ。マーレは隠蔽・迷彩結界を張り、工場を外部から見えないようにするのだ」
「わかりました!」
二人揃って元気よく返事をする。
「アインズ様、これはエンのための工場でしょうか」
「流石だな、アルベド。その通りだ」
「結界を張るのは、工場の存在を秘匿し、製造工程の漏洩を防ぐためですね」
「うむ」
「そして、死体をご所望されたのは、アンデッドに作業を行わせるため」
「す、すごいです、アインズ様……流石です」
「しかし、アンデッドにどのような作業をさせるのでしょうか」
「追って話そう。まずは絵師だ」
「絵師……ですか?」
「うむ。紙幣には高度な意匠が必要になる。単純な模様では偽造される危険があるからな」
「なるほど……!」
そこまで言ってから、アインズはふと気づいた。
(……待てよ? 紙幣って何描くんだ?)
「ドワーフにも何かやらせるんですか?」
アウラの質問に、アインズは現実へ引き戻される。
「ドワーフには金型を作ってもらう」
「金型をどうするんでしょうか」
「ふむ。工場に結界を張れば、製造工程を見られる心配はないだろう。しかし、エンは広く出回ることになる。すると、良からぬことを考える者が現れる」
アルベドの目が金色に輝く。
「偽造される危険がある……」
「その通りだ。そこで、この世界の人間には決して模倣できない『仕掛け』を施すのだ」
アルベド、アウラ、マーレの胸が震える。
アインズ様は、いったいどこまで……先を見据えているのか。
(なんか感動してるっぽいけど、元の世界の常識を言ってるだけなんだけどな)
「ところでアインズ様」
「なんだ、アルベド」
「絵師には何を描かせるのでしょうか。アインズ様はエンは紙幣――つまり紙を使うと仰っていました。その紙に絵を描かせる、ということでしょうか」
「そうだ。紙幣には人物の肖像を描く」
(あ、やばい、なんか嫌な予感がする)
「それはつまり、魔導国の紙幣なのですから、アインズ様を描くということですね?!」
(やっぱそうなるよねー)
「す、すごいです! アインズ様が描かれた紙幣、早く見たいです!」
「見たい見たーい!」
「う、うむ。その件は追って指示を出そう。それより、ドワーフに金型の依頼をすることにしよう」
「はーい! じゃあ呼んできますねー!」
(いったん問題先送り! アンデッドいっぱい作らなきゃいけないし! 俺は忙しいの!)
死霊系魔法より得意な<問題先送り>を発動させたアインズであった。
(なんか最近<グラスプ・ハート>より、<問題先送り>の方が発動回数多くないか?)
◇ ◇ ◇
誰に対してともつかない言い訳を内心で呟きながら、アインズはドワーフの技術者たちへの指示を終えた。
彼らに命じたのは、紙幣の「凹凸版印刷」の基礎となる、極めて精密な金属製の原版(金型)の作成だ。元の世界の日本円がそうであったように、手触りや微細な線による偽造防止は基本中の基本である。
ドワーフたちが畏まりながら下がっていくのを見届け、アインズは再びアルベドへと向き直った。
「さて、アルベド。先ほどの話の続きだ。アンデッドに何をやらせるか――だったな」
「はい、アインズ様。実は、他にもお聞きしたいことが山のようにあるのですが……」
アルベドが、まるでねだるような、それでいてこちらの底を見透かそうとするかのような上目遣いでアインズを見つめてくる。
(うわ、出たよ。これ以上突っ込まれたら、俺の薄っぺらい経済知識が全部剥がれ落ちる! ここは質問を挟ませる隙を与えず、一気に主導権を握るしかない!)
アインズは内心の冷や汗を「支配者の威厳」という仮面で覆い隠し、厳かに右手を掲げた。
<低位アンデッド創生> 『スケルトン・スクライバー』
アインズの影から、どろりとした黒泥のような魔力が湧き出し、それが一体の骸骨の形を成していく。
現れたのは、通常のスケルトンとは明らかに異なる異様な姿だった。
サイズが非常に小さく、その骨格は細身だ。右手の指先はまるで鋭利な万年筆のペン先のようになり、左手にはインク壺を思わせる不気味な魔力の器が融合している。
「こ、このアンデッドは……? ナザリックの図鑑でも、見たことがありませんが……」
アルベドが目を丸くする。
それもそのはずだ。これはユグドラシルにおいて、プレイヤーがゲーム内の「手紙」や「スクロールの写本」を自動で行うために召喚する、戦闘能力皆無の、いわば『事務用便利ツール』に過ぎない。
「うむ。このスケルトンに戦闘能力は皆無だ。だが、できることが一つだけある」
アインズは、さも偉大な秘術を披露するかのように、重々しく告げた。
「このスケルトン・スクライバーは、一度目にした視覚情報を完璧に記憶し、それを寸分違わず、超精密かつ超高速に模写(コピー)する能力を持つ。……アルベド、これが何を意味するか分かるか?」
アルベドの美しい瞳が、驚愕と、それに続く狂信的な歓喜に染まっていく。
「もしや……! 絵師が描いたアインズ様の尊き肖像画を、このアンデッドに……!」
「その通りだ。どれほど複雑な極細線で描かれた肖像画であっても完璧に再現する。ドワーフの金型による凹凸印刷と、このスクライバーによる超精密な模写――この二重の工程を経ることで、この世界の人間には逆立ちしても真似できない、絶対的な偽造防止紙幣が完成するのだ」
「素晴らしい……! これならば、アインズ様の御尊顔を汚すような不届きな偽造など、天地がひっくり返っても不可能です! しかも、それを三百体も召喚して、不眠不休で大量生産――印刷――させるのですね!」
「うむ。その通りだ」
(まあ元の世界でいう『印刷機』の代わりなんだけど)
アルベドが、アインズの「深謀遠慮」に心底から酔いしれ、うっとりとした感嘆の吐息を漏らした。その時――脳内に、緊迫感に満ちた割り込みが入った。
『アインズ様、大変です!』
ルプスレギナからの<メッセージ>だった。