魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Extra-4 死臭なき五影と冷徹なる盤上

ノヴァリア王宮、執務室。

魔導王アインズ・ウール・ゴウンは、執務机の上に広げられた一枚の稟議(りんぎ)書を見つめていた。

 

表題には、流麗な文字でこう記されている。

『竜王国への潜入調査におけるハンゾウの借り受けについて』

 

提出者はデミウルゴス。

 

(……ハンゾウの貸し出し稟議か。デミウルゴスが必要だと言うなら断る理由はない。ルナールに基地を造るとなれば、竜王国の戦況を正確に把握しておくのは基本だしな)

 

情報戦の重要性は、ユグドラシル時代から骨身に染み付いている。

敵の戦力、地形、補給線、心理状態――それらを把握せずに戦端を開くなど、愚か者のすることだ。

 

アインズはすでにハンゾウを待機させていた。

 

「……ハンゾウ」

アインズが低く厳かな声で呼ぶと同時に、執務室の影がわずかに揺らめいた。

すっと床の影から染み出るように、五体の忍び装束を纏った異形――レベル八十を超える高位隠密系モンスター、ハンゾウたちが姿を現し、流れるような動作で床に片膝をついた。

 

「御身の前に」

五体のハンゾウが一糸乱れぬ礼を見せる。

 

アインズは彼らの姿を見下ろしながら、かつてドワーフの国へ赴いた時のことを思い出していた。

あの時、管理しやすいようにと、リーダーの右腕に赤い布を巻かせただけで、ハンゾウリーダーは覆面の下で顔が崩れるほど喜び、信じられないほどの働きを見せてくれた。

 

(あの時のモチベーションの上がりっぷりは凄かったな……。よし、今回は五体全員に個別の名前を与えてやるとするか)

 

アインズは威厳を崩さぬよう、ゆっくりと告げた。

「お前たちに、個別の名前を与える」

五体のハンゾウの肩がピクリと跳ね上がった。

 

「まず、リーダーであるお前の名は『コウ』だ。この五体を束ねよ」

「は、ははぁっ! 至高なる御方より名を賜る栄誉……このコウ、命に代えても職務を全ういたします!」

アインズは満足げに頷き、他の四体へと視線を向けた。

「続いてお前は『オツ』、お前は『ヘイ』、お前は『テイ』、そしてお前は『ジン』だ」

「「「「ははぁぁぁっ!!」」」」

四体が一斉に深く頭を垂れた。

その全身からは、至高の主から名を授かったことに対する狂喜と崇拝のオーラが立ち上っている。

 

(甲乙丙丁戊(こうおつへいていぼ)……いや、戊(ぼ)は呼びにくいから壬(じん)にしたんだが、こんな記号みたいな名前でよかったのか? ま、まあモチベーションが爆上がりしたなら何よりだ)

 

アインズは内心でツッコミを入れつつ、深く冷徹な声色で命を下した。

「お前たちに命じる任務は、竜王国への事前潜入調査だ。ビーストマンの戦闘能力、侵攻状況、各都市の被害、竜王国の軍事力と冒険者の力量――その一切を余すところなく調べ上げよ」

「御意に」

「良いか、戦闘は極力避けよ。現地で人間がどれほど無残に食われていようと、生存者を救出するような余計な真似は一切禁ずる。お前たちの最優先事項は『正確な情報収集』だ。細大漏らさず、私とデミウルゴスに報告せよ」

「畏まりました!」

 

アインズはさらに、自ら大量に作っておいた魔導スクロールの束を机の上に取り出した。

 

「これは第七位階魔法<グレーター・テレポーテーション>を封じたスクロールだ。必要なだけ持っていくと良い。遠慮なく、かつ迷いなく使え」

「寛大なるご配慮、深謝いたします!」

 

ハンゾウたちが恭しくスクロールを受け取り、懐へ収める。

 

「行け。我が期待に応えてみせよ」

「「「「「御意!」」」」」

 

五つの影は、音もなく執務室の暗がりへと溶け込むように消え去った。

 

◇ ◇ ◇

 

竜王国――。

かつて緑豊かだった大地は今、降りしきる冷たい雨と、立ち上る黒煙に覆われていた。

 

五体のハンゾウは、気配を完璧に遮断し、竜王国の各地へと散開していた。

 

リーダーのコウは、地方都市「オハス」の崩落した防壁の上に、雨煙に紛れて気配を消していた。

眼下では、ミスリル級冒険者チーム「ドラゴ・カルテット」が、泥にまみれながら死闘を繰り広げている。

 

(……交戦終了。ミスリル級前衛戦士、盾大破、剣損壊。魔術師および神官、残存魔力枯渇。射手、残弾ゼロ。戦力維持限界)

 

コウの冷静な複眼が、泥の中に頽(くずお)れる四人の冒険者の姿を捉える。

彼らは辛うじて目前の群れを撃退したものの、その戦力は完全に底を突いていた。

次の一波が来れば、全滅は免れない。

 

その時、オハスから数里離れた地方都市を監視していたオツから、<メッセージ>による情報共有が入る。

 

『こちらは防衛線完全崩壊。ビーストマン別部族が市街地へ侵入。人間側の組織的抵抗は消滅。家畜としての捕食および解体作業が開始された』

 

オツが潜む地方都市では、雨音をかき消すほどの阿鼻叫喚が響き渡っていた。

防壁を破ったビーストマンの群れが、逃げ惑う民や守備兵を生きたまま引き裂き、貪り食っている。

だが、オツの心に憐憫(れんびん)や嫌悪といった感情は一切湧かない。アインズの命令通り、ただ冷徹に被害状況と敵の行動パターンをデータとして記録し続ける。

 

一方、別の主要防衛ラインを監視していたヘイの視界には、まばゆい光を放つ剣戟(けんげき)が映っていた。

 

(竜王国唯一のアダマンタイト級冒険者チーム「クリスタル・ティア」。リーダー、セラブレイト)

ヘイは双眸(そうぼう)を細め、その動きを値踏みする。

ホーリーロードの特性を活かした剣技<光輝剣>によって、セラブレイトは群がるビーストマンを次々と両断していた。

その実力は、せいぜいレベル三十程度。

(個としての戦闘力は現地水準では突出している。アダマンタイト級およびミスリル級以上が直接当たる戦線ではビーストマンの撃退に成功しているが……)

 

さらにテイが監視する複数の侵攻ルートからの情報が重なり、一つの明確な戦況図が浮かび上がる。

ビーストマンは部族単位に分かれ、竜王国の複数都市を同時に侵攻している。

人間の成人に対するビーストマンの基礎身体スペックの差は、およそ十倍。個としての強者は見当たらないものの、平均値の高さと圧倒的な物量が人間側をすり潰していた。

 

アダマンタイト級は一チームしか存在せず、ミスリル級も疲弊の極みにある。

二つの都市が陥落し、三つ目の都市が落ちるのも時間の問題であり、このまま推移すれば、竜王国全土がビーストマンの巨大な養豚場と化すことは確実であった。

 

◇ ◇ ◇

 

ジンは首都の王宮深くへと潜入していた。

 

装飾が施された玉座の間。

高い天井の梁(はり)の影に張り付いたジンの眼下には、いま三人の人物の姿があった。

 

「よし! 任せたぞ!」

玉座に座る幼い少女――竜王国の女王、ドラウディロン・オーリウクルスが、天真爛漫な声を張り上げた。

平伏していた騎士が感激に顔を紅潮させて立ち上がり、颯爽と部屋を出ていく。

 

重厚な扉が閉まり、静寂が戻った数秒後――。

「そろそろ良いか?」

「はい。彼で最後でしたので問題ございません」

 

隣に立つ宰相の冷淡な返答を聞いた瞬間、少女の表情が劇的に崩壊した。

「だーるいな。本当に疲れた。いい加減、この姿を止めたいんだがな」

「何度も言っていますがダメです。陛下が保護欲を刺激される形態だからこそ、皆は頑張ってくれるのですから」

「形態言うな! 酒を持ってこい!」

ドラウディロンは悪態をつき、宰相は一礼して部屋を退出していった。

 

扉が閉まり、玉座の間に完全な静寂が訪れる。

 

誰もいなくなった部屋で、ドラウディロンは己の両手をじっと見つめた。

その小さな指先が、目に見えてカタカタと震え始める。

ドラウディロンは小さな身体を折り曲げ、頭を抱え込んだ。

その瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

「魂の魔法を行使するには、軽く見積もっても百万の民の魂を磨り潰さなきゃならないんだぞ……。民を救うために、民を百万殺すのか……」

少女の姿をした女王の、押し殺したすすり泣きが、薄暗い玉座の間に虚しく響き渡る。

 

天井の闇の中から、ジンはその光景を、感情を交えずに見つめていた。

女王の精神状態、始原の魔法の行使条件と限界、そして国家としての完全なる詰み――。

 

ジンはスクロール<グレーター・テレポーテーション>を取り出した。

(――情報収集完了。アインズ様およびデミウルゴス様へ報告する)

 

隠密の影が、一瞬にして竜王国の闇から掻き消えた。

集められた戦況データは、やがて魔導国の謀略の歯車と噛み合い、竜王国の主権を巡る天秤を決定的に傾かせることとなる。

 

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