魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ノヴァリア王宮、統治評議室。
黒大理石の卓の一角に、大型の魔導テレビが据え付けられていた。
画面に映し出されているのは、広大な樹海と岩山に囲まれたビーストマンの国の俯瞰(ふかん)映像である。豪奢なローブを纏ったエルダーリッチが、魔導テレビカメラを携えて遥か上空を旋回し、鮮明な映像を中継していた。
主座に腰掛ける魔導王アインズ・ウール・ゴウンの周囲には、守護者たちの姿があった。
彼らの視線は、熱烈な崇拝と期待を込めて画面へと注がれている。
(……頼むから、うまくいってくれよ……)
アインズは、威厳に満ちた姿勢を崩さず、内心で冷や汗を流していた。
かつてエ・ナイウルの攻城戦において、アインズは自ら立案した作戦で敗北を喫したという苦い記憶がある。結果的には「深謀遠慮の偽装」として都合よく解釈されたが、二度同じ失敗をするわけにはいかない。
今回のアインズは「本気」だった。
アインズが採用したのは――シャルティアのやらかしによって発明された――魔導スクロールを用いた航空爆撃戦術であった。
高位階の魔法を封入できる魔導スクロールだが、発動させた者は至近距離でその魔法を直接受けてしまうという致命的な欠点がある。
だが――飛行船に乗せた数千体の「低位スケルトン」にスクロールを持たせて、自爆覚悟で上空から投下して開かせれば、それは完璧な「爆撃機」へと変貌する。
アインズはこの作戦の全貌を、守護者たちには一切知らせていない。もし失敗したら、新たな戦術の実験をしたまでだ――そう言うつもりだった。
テレビ画面の中、雲海を切り裂いて現れたのは、ルナール基地から飛び立ったボーン・アルバトロス飛行船群の第一波――『アルファ部隊』であった。
「……始まりますね」
アルベドがうっとりとした声で呟く。
上空から、数千体のスケルトンが次々と投下された。
そして――スケルトンたちが抱えた魔導スクロールが一斉に開放される。
第七位階魔法――<ナパーム>
ドォォォォォンッ!!
ビーストマンの国の外周部に沿って、天を衝く巨大な火柱が一斉に噴破(ふんぱ)した。
幾重にも重なる紅蓮の業火が瞬く間に燃え広がり、国の全域を巨大な「炎の壁」が完全に包囲する。
「ほう……!」
デミウルゴスが感嘆の声を漏らした。
「外周を炎の檻で囲み、一頭たりとも外へ逃がさぬための退路遮断……! なんと冷徹で完璧な初手でしょう!」
「アインズ様のお考えになる戦術は、芸術的でありんす」
シャルティアも頬を染めて見惚れている。
アインズは表面上「うむ」と重々しく頷きながら、内心で胸を撫で下ろしていた。
(よし、まずは外周の囲い込みは成功だ……)
◇ ◇ ◇
その頃、竜王国との国境付近――。
王都前から命からがら逃げ帰ってきたビーストマンの敗残兵たちは、眼前に広がる光景に絶句した。
「な、なんだこれはっ!?」
「俺たちの郷が……燃えている!」
帰るべき故郷の周囲には、天を焦がすほどの紅蓮の火柱が立ち並び、猛烈な熱波が吹き荒れている。とても生身で突破できる炎ではない。
「熱い! 入れねえぞ!!」
狼狽し、狂乱するビーストマンたち。
だが、彼らに立ち止まる時間は許されてはいなかった。
ズシン……ズシン……ズシン……。
背後から、大地を揺るがす無慈悲な足音が迫り来る。
振り返れば、数百体のデス・ナイトとデス・ウォリアーが、完璧な陣形を崩さぬまま、逃げ場を失った獣たちを追い詰めていた。
「ひっ……。挟み撃ちだ……!」
「嘘だろ……俺たちを皆殺しにする気かぁ!」
前方には地獄の炎壁。後方には死の軍勢。
これまで人間を家畜として喰らい尽くしてきた捕食者たちは、今や退路を完全に断たれた檻の中の獲物として、絶望の悲鳴を上げるしかなかった。
◇ ◇ ◇
炎の壁の内側――ビーストマンの国に、真の悪夢が降り注ごうとしていた。
上空に進入したのは、飛行船群の主力――『ブラボー部隊』。
「次は内側への殲滅(せんめつ)でしょう」
テレビ画面を見つめるデミウルゴスが、冷徹な微笑を浮かべて呟く。
「外周を塞いだ以上、中にいる者たちを確実に屠る必要がありますからね」
画面の中、飛行船から無数のスケルトンが国の全域へと雨のように投下された。
彼らが開いたスクロール――それは、
第九位階魔法――<ニュークリアブラスト(核爆発)>
カァッ――!!
画面越しですら目を覆いたくなるほどの強烈な閃光が、ビーストマンの国を白一色に染め上げる。
直後、超大規模な爆縮と衝撃波が連鎖的に炸裂した。
数千、数万の家屋や樹木が一瞬で薙ぎ払われ、炎と殴打の複合ダメージが大地を猛烈に粉砕していく。逃げ惑うビーストマンたちは、吹き荒れる爆風によって吹き飛ばされ、次々と肉塊へと変わり、燃え尽き、消えていった。
無数の核爆発が重なり合い、国全体が煮えたぎる炎の海と化す。
――空を制する者が地上を焼き尽くす、「絨毯爆撃」であった。
「素晴らしい……! なんという美しさ、なんという破壊力……!」
アルベドが両手を胸の前で組み、恍惚の表情を浮かべる。
デミウルゴスも深く頷いた。
「<ナパーム>で逃げ場を奪い、<核爆発>で内部を壊滅させる。これほどの効率的な焦土作戦、私などでは思いつきません。さすがはアインズ様です」
守護者たちの惜しみない絶賛を浴びながら、アインズの心境は極めて複雑だった。
(褒められるのは嬉しいが、なんというか……複雑だな……)
転生してアンデッドとなったアインズだが、前世の日本人としての倫理観が、無意識に居心地の悪さを疼(うず)かせる。
そして――。
画面に映し出されたのは、燃え盛る郷の上空へと単機で静かに進入する、最後の一隻の飛行船――『チャーリー部隊』であった。
「……あれ?」
アウラが不思議そうに首を傾げた。
「アインズ様。まだ何か落とすんですか? もう動くものなんて残ってないみたいですけど……」
デミウルゴスも眼鏡の位置を直しながら画面を注視する。
絨毯爆撃によって、すでにビーストマンの国は完全に壊滅している。これ以上の攻撃を加える軍事的な意味が、守護者たちには理解できなかった。
アインズは、まあ見ていろと言わんばかりに、無言で頷いた。
中心部へ向ったチャーリー部隊が落下したのは、たった一体のスケルトンであった。
マーレが小さく声を漏らした。
「あ……。も、もしかして……」
そう――それは、アインズの命により、マーレが自らの切り札を封じたスクロール――<ぷちカタストロフ>であった。
落下したスケルトンがスクロールを開放した瞬間――すべてが消え去った。
超位魔法すら凌駕する、理不尽極まりない究極の破壊エネルギー。荒れ狂う純粋な力の奔流が一撃となって中心部へと叩きつけられ、空間そのものを歪めながら、燃え盛る大地ごと――すべてを消滅させた。
爆煙すら残らない。炎の海だった場所は、巨大な虚無のクレーターへと姿を変えた。
「――っ!」
守護者たちが、息を呑んで硬直した。
沈黙を破ったのは、アウラの震える声だった。
「あ、あのスクロール……。アインズ様に言われて、マーレが作ったやつだよね……」
「そ、そうだと思う」
「あの時、アインズ様は『マーレの回復を確かめるため』と仰っていた……。でも、それだけじゃなかった。アインズ様はこの時を……ビーストマンを根絶やしにするこの瞬間を見据えて、マーレの切り札をスクロールに封じさせておられた……」
「まさか……あの時そこまで……先を見据えておられたのでありんすか?!」
シャルティアが両手で口を覆った。
「ああ……アインズ様。まさに神域の深慮遠謀でありんす」
(いや、違う。せっかくだから、一番威力が高いやつをトドメに使ってみただけなんだけど……)
「あ、あの、アインズ様」
マーレがおどおどと声をかけた。
「いくら僕の<ぶちカタストロフ>でも、これだけの広範囲を吹き飛ばすことはできないと、思うんですけど……」
「その通りだ。だが、数千発もの<ニュークリアブラスト>を絨毯爆撃したのだ。炎属性と殴打属性によって、すでに大地は粉砕され、煮えたぎっていたわけだ。そこへ<ぶちカタストロフ>を撃ち込んだのだ」
「あ、そうか。最後は綺麗にお掃除をしたわけですね。さすがはアインズ様!」
(いや、まあ、うん、そういうこと)
アインズは静かに立ち上がった。
「これで飛行船部隊による絨毯爆撃の威力を実験できた」
漆黒のローブを翻しながら、低く重厚な声を響かせる。
「我らの支配を邪魔する者に慈悲は不要だ。これにて、竜王国の憂いは完全に断たれた」
「「「ははっ!!」」」
守護者たちが熱狂する中、アインズは心の中で、誰にも見えない深いため息をついた。
「アインズ様」
デミウルゴスが静かに立ち上がり、恭しく一礼した。
「では、行ってまいります」