魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
バハルス帝国皇城、皇帝執務室――。
重厚な執務机の正面に設置された大型の魔導テレビに、三人の男たちの視線が釘付けになっていた。
画面に映し出されているのは、大陸南東部――ビーストマンの国の全景であった。
この軍事作戦の映像は、一般には一切公開されない機密映像である。
しかしジルクニフは、
「ルナール基地は帝国の領土内にあり、竜王国やビーストマンの国は帝国の安全保障に直結する地帯であるため、状況を正確に把握したい」
という切実な嘆願書を魔導国へ提出していた。魔導王アインズ・ウール・ゴウンはそれを寛大にも認め、この執務室の魔導テレビにのみ、上空のエルダーリッチが撮影する特別回線の受信を許可していた。
執務室は、息が詰まるような完全な沈黙に包まれていた。
画面の中で展開されているのは、人間の常識を遥かに超越した「虐殺」の光景であった。
◇ ◇ ◇
まず画面に映し出されたのは、飛行船群の第一波――『アルファ部隊』による外周への攻撃だった。
投下されたスケルトンたちが開いた第七位階魔法<ナパーム>によって、ビーストマンの国の広大な外周に巨大な火柱が立ち並び、紅蓮の炎の檻が完成した。
その瞬間、ジルクニフの頭の中で、かつてルナール基地を視察した際に抱いた最大の疑問が、音を立てて氷解した。
「そうか……そういうことか……!」
ジルクニフは額を押さえ、震える声で呟いた。
「あの数千体におよぶ脆弱なスケルトン……あれは戦うための兵士などではなかったのだ」
「……どういうことでしょうか?」
青ざめるヴァミリネンに、ジルクニフは戦慄を露わにしながら語りかけた。
「スクロールの特性を思い出せ。発動させた者は至近距離でその余波を受ける。人間であれば即死の自爆兵器だ。だが……死を恐れぬスケルトンであれば、高空から投下して確実に魔法を起爆させる生きた信管として使える! 魔導王は、スケルトンを『兵』ではなく、ただの『信管』として揃えていたのだ!」
「な……っ!?」
ヴァミリネンが息を呑み、言葉を失った。
だが、真の悪夢はそこからだった。
画面に進入してきたのは、飛行船群の主力――『ブラボー部隊』。
空を埋め尽くす巨鳥たちが、ビーストマンの国の全域へ無数のスケルトンを雨あられと投下した。
開かれたスクロールは、第九位階魔法<ニュークリアブラスト>。
カァッ――と画面が白熱した直後、大地を揺るがす核爆発の連鎖が、ビーストマンの国全域を呑み込んだ。
視界の果てまで広がる連鎖爆発。そこにあるものすべてが、炎と衝撃波にすり潰されて消滅していく。
「バ、バカなっ……! こんなの、あり得ねえだろっ!!」
バジウッドが机を叩き、軍人としての本能から絶叫した。
「防壁も、要塞も、堅牢な城門も、陣形も……全部関係ねえじゃねえか! こんなものを上空から無制限にばら撒かれたら、どんな軍隊だろうと一方的に焼き殺されるだけだ! こんなのは戦争じゃねえ! ただの天変地異だ!!」
「ええ……その通りです」
ヴァミリネンもまた、書類を取り落とし、膝をガクガクと震わせていた。
「これほどの広大な大地が……わずか数時間で完全に地図から消し去られようとしています……!」
飛行船部隊がもたらした「絨毯爆撃」という新たな戦術。
それは、この世界の戦争の概念を、根底から粉砕する空の軍事革命であった。
ジルクニフの背中を、滝のような冷や汗が流れ落ちる。
(もし……もしもあの時、魔導国への早期属国化を選んでいなかったら……)
脳裏に浮かんだのは、帝都アーウィンタールの上空を埋め尽くす飛行船群の姿だった。
いや、帝都どころではない。ビーストマンの国を丸ごと呑み込んだあの爆撃規模を見れば明白だ。バハルス帝国の主要都市と豊かな穀倉地帯が、一夜にして炎の海へと変えられていたに違いない――。
(あの時の判断は間違っていなかった。あの時、プライドを捨てて膝を屈したことだけが、帝国をこの地獄から救う唯一の道だったのだ……)
自らの選んだ屈辱が、結果として最大の英断であったという皮肉に、ジルクニフは乾いた笑いを漏らした。
しかし――。三人の思考すら停止させる「最後の一撃」が、画面に映し出された。
燃え盛る郷の上空に、たった一隻の飛行船『チャーリー部隊』が侵入した。
そこから投下された、たった一体のスケルトン。
そのスケルトンがスクロールを開放した瞬間――。
画面越しですら理解できるほどの、空間の歪曲。
音が消え、光が収束し、純粋な破壊の奔流が大地を襲った。
次の瞬間、画面に映し出されていたのは、炎すら消え去り、すり鉢状にえぐり取られた巨大な「虚無のクレーター」であった。
これまで「ビーストマンの国」と呼ばれていたものが――消滅した。
「…………」
「…………」
「…………」
執務室に、深い沈黙が降りた。
バジウッドも、ヴァミリネンも、もはや叫ぶことすらできず、ただ魂を抜かれたように口を開けて画面を見つめている。
あれほどの絨毯爆撃を行った上で、さらに駄目押しとして放たれた神罰。
「……ヴァミリネン」
静寂の中、ジルクニフが低く掠れた声で呼んだ。
「は、はひっ……!」
裏返った声で応じる秘書官に、ジルクニフは力なく視線を向けた。
「……いつもの薬を、持ってこい」
「か、かしこまりましたっ……!」
ヴァミリネンが慌てて棚へ走り、胃薬と水差しを運んでくる。
ジルクニフは震える手で白い薬を口に放り込み、水で一気に喉へと流し込んだ。
「帝国の民には、せいぜい呑気に野球やテレビを楽しませておけ。我らは、あの骸骨の傘の下で、平和という名の首輪をつけられたまま、大人しく踊っていればよいのだ」
ジルクニフの瞳には、深い諦念(ていねん)が宿っていた。
「次の新作アニメは、どんな作品を企画しているのかな。近日中に詳細を聞かせてくれ」
ふと思う――。
ジルクニフには「大親友」と呼べる友が一人いる。ペ・リユロだ。
それまで友人などいなかったジルクニフにとって、最初にできた友人が亜人だとは、十年、十五年前の自分に言っても絶対に信じるはずがない。
そう考えると――もしかすると――これまで嫌いな女第二位だったドラウディロンとも、心を許して分かち合える良き友になれるのかもしれない。
(三人でチキンを食べながら泡立つ葡萄酒を飲む……なんて、いいかもしれないな……)
窓の外には、冬の穏やかな陽光が帝都を照らしていた。