魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
竜王国、王都。
重苦しい暗雲が立ち込めていた王城の玉座の間に、けたたましい足音が響き渡った。
「陛下! 前線より急報です!」
常に冷静沈着で、取り乱したことなどない宰相が血相を変え、扉を押し開けて駆け込んできた。
玉座に身を沈めていた少女――黒鱗の竜王ドラウディロン・オーリウクルスは、ぎゅっと唇を噛み締めた。
(王都の防壁が破られたか……!? あるいは、また別の都市が……)
最悪の事態を想定し、胃が縮み上がるような緊張が走る。
もし王都が蹂躙されれば、いよいよ百万もの民の命を代償として捧げる始源の魔法を行使するしかない。その破滅的な決断が頭をよぎった瞬間――。
「勝報です! 大勝利にございます、陛下!」
宰相の口から飛び出したのは、予想だにしなかった歓喜の叫びであった。
「……は? 勝報……だと?」
ドラウディロンは間の抜けた声を漏らし、目を白黒させた。
「はい! 王都の外郭平原に突如として出現した魔導国のアンデッド軍が、群がるビーストマンたちを瞬く間に蹴散らしました! さらに、全都市の敵勢力も、ことごとく一掃されたとのことです! これにより、竜王国の全土において、ビーストマンは一頭残らず駆逐されました!」
「な……っ!?」
ドラウディロンは玉座から飛び上がった。
「勝った……のか? 本当に……この国は助かったのか……!?」
「はい! 我が竜王国は、救われたのです!」
ドラウディロンの全身から、張り詰めていた緊張が一気に抜け落ちた。
(よかった……。本当に、よかった……。民の魂を犠牲にせずに済んだ……!)
ドラウディロンは両手で顔を覆った。その指の隙間からは大粒の涙がこぼれ落ちる。
どれほどの重圧と恐怖に耐えてきたか分からない。国を守るため、「保護欲をそそる形態」を演じ続け、冷徹な君主であろうとしてきた。その過酷な日々から、ついに解放されたのだ。
「酒だー! あの魔導国から贈られた『泡立つ葡萄酒』を全部持ってこい!」
ドラウディロンは涙を乱暴に拭い、快活な声を上げた。
「はっ、かしこまりました!」
運ばれてきた黄金色に輝くスパークリングワイン。
栓を抜けば、心地よいシュワシュワという泡の音が響く。
ドラウディロンは瓶のまま口をつけて一気に煽った。
「ぷはぁっ! 五臓六腑に染み渡るとは、まさにこのことだな!」
豪快に笑い声を上げるドラウディロン。
「魔導王様々だ!」
――しかし。
「へ、陛下……! 国境監視部隊より、第二の緊急報が入りました……!」
通信兵が、青ざめた表情で部屋に駆け込んできた。
ドラウディロンは――幼女を演じることも忘れ――葡萄酒の瓶を手にしたまま、上機嫌に笑いかけた。
「どうした、そんな青い顔をして! 逃げ帰るビーストマンの残党でも見つかったか? 安心しろ、魔導国のアンデッドどもが片っ端からすり潰してくれるさ!」
「ち、違うのです……! 残党が見つからないどころではございません……!」
通信兵の震える声に、ドラウディロンは眉をひそめた。
「では何が起きたというのだ」
通信兵は震える手で羊皮紙を握りしめ、報告を読み上げた。
「魔導国の飛行船部隊が……ビーストマンの国全域に対し、天変地異のごとき大規模空爆を敢行いたしました。その結果、ビーストマンの国そのものが……大地ごと完全に消滅いたしました」
「……は?」
ドラウディロンの思考が、完全に停止した。
手から滑り落ちた葡萄酒の瓶が絨毯の上に落ち、黄金色の液体が広がっていく。
「今……何と言った……?」
「ビーストマンの国が……消滅いたしました……。生存者はゼロ……。山も、森も、川も……何一つ残っておらず、ただの巨大な大穴になっていると……」
静寂が、凍りつくように玉座の間を支配した。
あれだけの広さを持つ大地が、まるごと消え去った?
数百万の獣たちが住まう郷が、わずか数時間のうちに「無」へと変えられたというのか?
(あり得ない……。そのようなことは、どんな始源の魔法をもってしても不可能だ……)
ドラウディロンの背筋を、氷水を流し込まれたかのような猛烈な悪寒が駆け抜けた。
先ほどまでの歓喜と熱狂が、一瞬にして冷え切った底知れぬ恐怖へと反転する。
救世主として現れた魔導国。その正体は、想像していたような「強力な軍事国家」などという生易しいものではなかった。
世界の理そのものを一方的に書き換えてしまう、理不尽極まりない絶対の怪物だったのだ。
「あ、あの骸骨の王は……一体、何者なんだ……」
ドラウディロンの唇が、ガチガチと激しく震え始めた。
もし――もしも魔導国の機嫌を損ねれば、この竜王国もまた、地図上から綺麗さっぱり消し去られるのではないか――。
その時――コン、コン。
玉座の間の扉が、静かにノックされた。
「陛下。魔導国全権特使、デミウルゴス閣下がお見えになられました」
衛兵の緊張しきった声とともに、扉が厳かに開かれた。
入室してきたのは、仕立ての良い英国紳士風のスーツを纏い、眼鏡をかけた痩身の男。
背後には金属のような太い尾が揺らめき、その足取りは音もなく、優雅そのものであった。
「お初にお目にかかります、竜王国女王ドラウディロン・オーリウクルス陛下。魔導国が階層守護者、デミウルゴスと申します」
丁寧な一礼。完璧な礼法。
しかし、その身から滲み出る底知れぬ威圧感に、宰相も衛兵たちも息を呑み、金縛りにあったように身動きが取れなくなっていた。
ドラウディロンは必死に呼吸を整え、玉座の上で身を縮こまらせた。
(お、落ち着け……! 相手がどれほど恐ろしい化物だろうと、所詮は男だ。この幼い姿で、か弱く、おいたわしい悲劇の女王を演じきれば……)
頭をフル回転させ、自らの最大の武器である「演技」のスイッチを入れる。
ドラウディロンは瞳に涙を潤ませ、震える両手を胸の前で合わせながら、消え入りそうな愛らしい声を作った。
「あ、あなたが……魔導国のお方……? わ、私……とても怖かったの……。国を救ってくださって、本当に、ありがとうございます……」
庇護欲を極限まで刺激する、完璧な幼女の演技。
どんな猛者であっても、この哀れな姿を見れば情けを抱く――はずだった。
だが――。
「ふふ……」
デミウルゴスの口元に、三日月のような笑みが浮かんだ。
デミウルゴスは、すでに知っていた。事前に潜入させていたハンゾウの調査によって、この目の前の幼女が――本性を隠して――その姿を道具として利用していることを。
デミウルゴスは慇懃無礼なまでの礼儀正しさで、静かに言った。
「演技はそこまでにいたしましょうか、女王陛下。我が主、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下より託された、貴国の『復興』と『未来』についての重要なお話がございます」
その冷徹な眼差しに見据えられた瞬間、ドラウディロンの心臓が跳ね上がった。
(ば、バレてる!? この男……最初から私の正体を全部見透かしている……!?)
作った笑顔が引きつり、冷や汗が頬を伝う。
相手は、甘言や小細工が一切通用しない、深淵の知謀を持つ悪魔そのものだった。
「さあ、始めましょうか。竜王国の真なる黎明のための会談を」
デミウルゴスの眼鏡が妖しく白光し、運命の会談の幕が上がった。