魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
スケルトンを利用した印刷の実現――アインズにとっては、かつての知識という「得意領域」の範疇だった。
気づけば、トブの大森林には夜の帳が静かに降りており、工場の建設予定地も暗闇に包まれつつある。
(少し気分よく喋りすぎたか……)
その時、アインズの脳内にルプスレギナからの<メッセージ>が割り込んだ。
『アインズ様、大変です!』
普段の軽いノリとは一線を画す、切迫した声。アインズは即座に応答する。
『どうした、ルプスレギナ。何があった』
『そ、それが、ンフィーレアちゃんが! またなにかやらかしましたぁ!』
(またか! 今度は一体何をやったんだ、あいつは!)
『こんな時間に申しわけありませんが、とにかく見てもらった方が早いです! 今すぐカルネ村まで来ていただけませんか?!』
『わかった。すぐに行く』
アインズは<メッセージ>を切ると、隣に控える守護者統括に声をかけた。
「アルベド、一緒に来るか」
「はいっ、喜んで!」
アルベドは待ってましたとばかりにアインズに身を寄せ、その骨張った腕を我が物顔で抱きしめると、うっとりと肩に頭を乗せた。そして、至福の表情でゆっくりと瞳を閉じる。
<グレーター・テレポーテーション>
一瞬の浮遊感の後、転移が完了する。
しかし、アインズは沈黙した。
それを「自分との密着を楽しんでくれている」と都合よく解釈したアルベドは、しばらく身を擦り寄せ続けていたが、沈黙の長さに違和感を覚えて薄目を開けた。
「……アインズ様? ……なによ、これ……」
アルベドの言葉が途切れる。
アインズの全身から、精神安定化の緑の光が激しく放たれた。
(電気だ……! ンフィーレアのやつ、とうとう電気を作りやがった……!)
この世界にも、夜を照らす代用品は存在する。
平民なら蝋燭や油ランプ。富裕層や魔法職なら、第二位階魔法《コンティニュアル・ライト》を施したマジックアイテムなどだ。
しかし、それらはどれも「夜の闇を一時的に、部分的に退ける」程度のものでしかない。ゆえに、日が暮れたら寝る――それがこの世界の絶対的な基本だった。
だが、いま目の前にある光景はどうだ。
夜の帳が降りたはずのカルネ村は、まるで昼間のように白々と照らし出されていた。
大勢の村人たちが外に出て、談笑し、作業を続けている。
彼らの頭上や家々の軒先で輝いているのは、紛れもない――。
(これ、どう見ても電球だろっ!)
「アインズ様!」
アインズの出現に気づいたンフィーレアが、泥のついた手を拭いながら駆け寄り、その場に跪いた。
「ようこそお越しくださいました!」
「アインズ様だ!」
「アインズ様が来てくださったぞ!」
次々と村人たちが集まり、アインズの前に平伏していく。
口々に語られる感謝と畏敬の言葉を、アインズは静かに右手を掲げることで制した。一瞬にして、村に静寂が戻る。
「ンフィーレアよ。……これは、何ごとだ」
「はっ。この灯火のこと……でしょうか」
「うむ」
「これは『魔導ライト』――そう名付けました。『液状魔力』をエネルギー源とした灯火です。これさえあれば、魔法を使えない平民であっても、誰でも簡単に、安全に夜の闇を照らすことができます!」
(やっぱこいつ、この世界のエジソンだわ。いずれ魔法の価値すら暴落させてしまうかもしれん)
アインズが無言で圧倒されているのを、先を促されていると解釈したンフィーレアが、興奮気味に続けた。
「ドワーフの技術者たちに相談したら、すぐに外殻を作ってくれました。『熱鉱石の光を閉じ込めるようなものじゃな?』と、実に見事な職人技で……!」
(あいつらも仕事が早すぎるだろ! ンフィーレアの才能と、ドワーフの技術力が合わさると、こんな化学反応が起きるのかよ!?)
アルベドが、嫉妬を押し殺した表情でアインズの耳元に口を寄せた。
「アインズ様。液状魔力が発明された際、アインズ様は『これによって起きる変化は枚挙に暇がない』とおっしゃり、確か……『でんき』という言葉を口にされていました。これが、その……?」
「……そうだ」
アインズは威厳に満ちた声で頷いた。
(だけどな、アルベド! 次から次へと技術革新が起きすぎて、俺の頭の処理能力が追いつかないんだよ!)
ンフィーレアが、憧憬に満ちた目でアインズを見上げる。
「もしやアインズ様は、液状魔力からこのような灯火が生まれることを、最初から予見されていたのですか?」
「ふむ。当然だ。私が想定していたロードマップの一つに過ぎん」
「すごい……! やはりアインズ様は、世界のすべてを見通していらっしゃるのですね……!」
「だが、ここまで早く形にしてみせるとはな。ンフィーレア、お前の才覚には改めて感服した。素晴らしいぞ」
「もったいないお言葉です!」
ンフィーレアは顔を紅潮させ、さらに言葉を重ねた。
「あともう一つ、ドワーフたちが言っていたのですが……球体だけでなく、ガラスを『縦長の筒状』に成形することも可能だそうです。そうすれば、より広範囲を均一に照らせるのではないかと」
(それ蛍光灯じゃん? もう一足飛びに昭和のオフィス街にする気か?)
アインズの眼窩の赤光が、驚愕で激しく明滅した。
その様子を見たンフィーレアが、息を呑む。
「アインズ様……まさか、それすらも……?」
「ん? ああ。まあ、そうだな。球体にとどまらず、用途に合わせて様々な形状を模索するのは良いことだ。大いに進めるとよい」
「はい! アインズ様のご期待に応えてみせます!」
「うむ。私も少し驚かされた。ンフィーレアよ、これは実に素晴らしい発明だ。魔導国の、いや、この世界の歴史を塗り替える偉業だぞ」
「ありがとうございます!」
アインズは背後に控えるルプスレギナに視線を向けた。
「ルプスレギナ」
「はっ、ここに!」
「魔導ライトの量産体制を整える。ドワーフたちが要求する資材は、最優先で手配せよ」
「承知いたしましたぁ!」
「単純作業までドワーフたちにやらせる必要はない。アンデッドが必要なら、必要な数を貸し与える」
「了解ですぅ!」
「アウラ、マーレとも連携し、トブの大森林の工場エリアでの生産ライン構築も視野に入れよ」
「ははーっ!」
「ンフィーレアよ。必要なものがあれば、遠慮なくルプスレギナに申し出るがよい」
「はい、ありがとうございます、アインズ様!」
その時、アルベドがアインズの影に隠れるようにして、極めて低い声で耳打ちした。
「アインズ様。この者の重要性は、もはや一国の王をも凌駕いたします。万が一、他国へこの技術が漏洩する、あるいはこの者自身が拉致されるようなことがあれば、我が国にとって計り知れない損失となります。いっそ、ナザリックへ『保護』しては……」
「彼の研究の源泉は、このカルネ村での生活と、愛する者(エンリ)を守りたいという意志にある。『保護』してしまっては、その才能が枯れるやもしれん」
「なるほど……。では、監視と護衛を極限まで強化すべきですね」
「うむ」
アインズは内心で(ナザリックに「監禁」とか、ンフィーレアが可哀想すぎるだろ!)と冷や汗をかきつつ、影に向かって念話を送った。
(シャドウ・デーモン)
(はっ。御身の影に)
(ンフィーレアの監視および護衛を、これまでの倍に増員せよ。彼に敵意、あるいは不審な関心を持って近づく者があれば、即座に排除、または拘束せよ。一瞬の油断も許さん)
(御意。至高のお方の命のままに)
アインズはアルベドに向き直り、威厳たっぷりに告げた。
「アルベド。魔導国の総力を挙げてンフィーレアを守り抜くのだ。それが我が国の覇道へと繋がると心得よ」
「御意に。アインズ様のご意志、このアルベド、魂に刻み込みました」
アルベドは深く一礼し、その美しい顔に、冷酷かつ絶対的な決意を浮かべるのだった。