魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
竜王国、玉座の間。
中央に設えられた円卓を挟み、二人の視線が交錯していた。
「……ふん。見透かされてるんじゃ、可愛こぶっても無駄骨だな」
ドラウディロンは愛らしい表情をかなぐり捨て、ふてぶてしく主座に深く背を預けた。
足を組み、冷ややかな眼差しで、向かいに座る紳士服の悪魔を睨み据える。
「ええ、その方が話が早くて助かります」
デミウルゴスは満足げに眼鏡の位置を直すと、卓上に一枚の美しい魔導紙の条約書を滑らせた。
「では、本題に入りましょう。我が主、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下からのご提案です。まず第一に、我が軍による竜王国の救済費用、および今後配備されるアンデッド駐留軍の維持費は、すべて魔導国の通貨『エン』での支払いとさせていただきます」
「エンか。先日の……アインズマスだったか……贈り物の時に聞いた。我が国の金貨や銀貨を、すべてそのエンとやらに両替すればいいんだな?」
「左様です。魔導国中央銀行が公正なレートで全額を両替いたします。これにより貴国の経済は、我が国の経済圏へと正式に組み込まれることになります」
デミウルゴスは続けて淡々と告げた。
「第二に、スレイン法国に対する寄進の完全停止です」
ドラウディロンの眉がぴくりと動いた。
「法国への寄進を……やめろと?」
「当然でしょう」
デミウルゴスの口元に、冷酷な嘲笑が浮かんだ。
「毎年莫大な国費を貪りながら、貴国が存亡の危機に瀕した際には、まともな兵を派遣しなかった不実な宗教国家です。そのような無駄金をこれ以上垂れ流す謂れ(いわれ)はありません。法国への寄進を打ち切り、その予算を魔導国からの復興資材や食糧、そして魔導インフラの購入に充てるべきです」
「……違いないな」
ドラウディロンは自嘲気味に鼻を鳴らした。
毎年どれほど金を積んでも、法国は竜王国を見殺しにしようとしていたのだ。義理立てする理由は欠片(かけら)もない。
「そして……最も重要なのが、これです」
デミウルゴスが卓上に広げたのは、大陸南東部を描いた一枚の巨大な地図であった。
そこには、バハルス帝国、竜王国、そして消滅したビーストマンの国が記されていた。
デミウルゴスは黒手袋をはめた指先で、帝国の南東に位置するルナール基地から、竜王国の王都へと至る一本の直線を引いた。
「我が魔導国は、バハルス帝国から貴国へと直通する魔導鉄道を敷設いたします」
「て、鉄道……!? あの噂の、空中の道を走るという魔導列車か!?」
ドラウディロンが身を乗り出した。
噂には聞いていた。新首都ノヴァリアでは、驚異的な速度で人や物資を運んでいるという、魔導技術の結晶だ。
「お、お待ちください」
控えていた宰相が、恐る恐る口を挟んだ。
「帝国と我が国との間には、『飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)』の領土が横たわっております。そこを貫いて鉄道を通すなど不可能です」
「ククク……」
デミウルゴスが低く笑った。
「その飛竜騎兵の部族につきましては、魔導国が責任を持って平定します。鉄道の施設と運行の安全は、我がアンデッド軍が保障いたしましょう」
ドラウディロンは息を呑んだ。
山岳の覇者である飛竜騎兵すらも、魔導国の盤上の駒に過ぎないというのか――。
デミウルゴスの指先はさらに、東に位置する巨大な国家へと滑っていった。
「竜王国に鉄道が通れば、消滅したビーストマン領の開発、さらにはその隣国である『大ミノタウロス国』への巨大な物流ルートが開かれます。我が主が描かれるのは、武力による一方的な併合ではございません。エンという血液を大陸全土に循環させ、あらゆる国家を魔導産業の恩恵の下に統合する不可避の支配です」
ぞわり――と、ドラウディロンの全身を鳥肌が駆け抜けた。
(軍隊による侵略じゃない……。経済と物流、そして圧倒的な便利さで、大陸中の国を丸ごと手籠めにする気だ……!)
抗うことなどできなかった。断ればどうなるか――想像したくもない。
だが――魔導国は旧リ・エスティーゼ王国領土を、わずか三か月で新首都ノヴァリアへと生まれ変わらせたと聞く。デミウルゴスが提示する条件は、竜王国にとっても、破壊された自国の国土を瞬く間に復興させ、未曾有の繁栄を手に入れる唯一無二の「黄金の切符」に違いない。
ドラウディロンは深く息を吐き出すと、卓上のペンを手に取った。
「……いいだろう。その条件、すべて呑む。竜王国はこれより、魔導国の傘の下で再出発する」
魔導紙に署名が刻まれた瞬間、デミウルゴスは恭しく、完璧な礼を捧げた。
「賢明なるご決断に感謝いたします、女王陛下。アインズ・ウール・ゴウン魔導王の慈悲が、貴国に永遠にあらんことを」
◇ ◇ ◇
数日後――。
竜王国の王都、破壊された外郭防壁の上。
心地よい冬の澄んだ風が吹き抜ける朝、ミスリル級冒険者チーム『ドラゴ・カルテット』の四人は、並んで腰掛けていた。
ガルドが魔導国製の清涼飲料水を一口飲み、満足げに喉を鳴らす。
「ぷはーっ! なんだこのシュワシュワする甘い水は! 生き返るぜ!」
「……本当に美味しい。こんなの初めてです」
神官のセリアが微笑する。
見張り台の残骸に寄りかかるレンジャーのカイは、やれやれと肩をすくめた。
「ビーストマンがいなくなった途端、街のやつら、もう復興のお祭り騒ぎだ。現金なもんだよな」
眼下に広がる王都の街並みでは、避難していた数万の民衆が戻り、崩れた家屋の瓦礫を片付けていた。
驚くべきことに、その復興作業の先頭に立っているのは、デス・ナイトたちだった。人間の数十倍の膂力(りょりょく)を持つ漆黒のアンドッドたちが、巨大な岩石や倒木を軽々と運び、道路を舗装し、不眠不休で街を作り直していた。
「なんていう早さ……。信じられないわ……」
リーダーのマジック・キャスター、エリス・ヴァレンシアが、金髪を風になびかせながら呟いた。
「あんな恐ろしいアンデッドが、黙々と街を作ってるなんて……。何が起きているのか、頭が追いつかない……」
「ああ。……だがよ、エリス」
ガルドが指を差して笑った。
「あいつらのおかげで、俺たちは生きてる。王都のやつらも喰われずに済んだんだ。それだけで十分じゃねえか?」
「……そうね」
エリスは微笑み、東の空へと視線を向けた。
地平線の彼方から、暗雲を押し払うように、眩いばかりの黄金の朝日が昇っている。
山々を照らし、荒れ果てた大地を暖かな光で包み込んでいく。
絶望に閉ざされていた竜王国の残照は、いま静かに消え去り――大地を結ぶ轍(わだち)とともに、新たな時代の黎明が射し込もうとしていた。