魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Extra-12 戦いを終えた者たちの新しい戦場

竜王国。

すっかり復興された地方都市オハスには、白亜のドーム状スタジアムが建設されていた。

 

「カイ! もっと腰を落とさねえか!」

「へいへい。言われなくても分かってるっての」

 

ドーム内の鮮やかな芝の上で、白球を追いかける男たちがいた。

かつて血と泥にまみれてビーストマンと戦っていたミスリル級戦士ガルドと、レンジャーのカイ、そして元冒険者だった者たちである。

いま彼らの体を包んでいるのは鎧ではない。

白地に真紅のラインが鮮やかに映える、真新しい野球のユニフォームだった。

 

「……本当に、信じられない光景ね」

バックネット裏のベンチから、その光景を見つめていたエリス・ヴァレンシアが、小さくため息をついた。彼女の隣には、かつてチームの命を必死に繋ぎ止めていた神官セリア・フローラが、やはりどこか落ち着かない様子で腰掛けている。

 

三か月前、魔導国の不眠不休のアンデッド軍が竜王国に足を踏み入れた瞬間、世界は一変した。またたく間に街が整備され、国境はデス・ナイトたちによって鉄壁の監視下に置かれた。

その結果、冒険者ギルドが扱っていた「魔獣退治」や「警備」という戦いの労働は、完全にこの国から消滅したのである。

 

「ガルドもカイも楽しそうですね」

セリアが穏やかに微笑んだ。

冒険者としての職を失い、途方に暮れていた彼らに冒険者組合から斡旋(あっせん)されたのは、プロ野球リーグへの転職だった。鍛え抜かれた筋力と持久力を持つガルドたちは、今や新設された竜王国球団のスター候補として、泥にまみれている。

 

「男の人はいいわよね。体を動かす仕事が残っていて……」

エリスは自らの細い指先を見つめた。

魔法の力を失ったわけではない。だが、戦う場所のないマジック・キャスターなど、ただの奇妙な特技を持った人間に過ぎないのだ。

 

「ふふ、私は少し、ワクワクしているんですよ」

セリアは、膝の上に置かれた一冊の分厚い『台本』を愛おしそうに撫でた。

彼女の転職先は、バハルス帝国で制作が始まったばかりの、新作アニメの「声優」だった。

 

経緯は極めてシンプルだった。

魔導国の放送局(MHK)の人間がルナール基地での面談の際、セリアの清澄(せいちょう)で、聴く者の心を洗うような美しい声に目を留め、バハルス帝国のアニメスタジオへ推薦状を送ったのだ。

試験的にマイクの前で喋らされたセリアの声は、制作陣を狂喜させ、新作アニメのヒロイン役に満場一致で抜擢された。

 

「アニメ……だっけ? まさか、セリアの声が『動く絵』に吹き込まれて、世界中のテレビに流れることになるなんてね」

「はい。神官としての祈りの言葉ではありませんが……私の声で、世界中の子供たちが笑顔になってくれるなら、これも一つの『救い』の形だと思うんです」

セリアの瞳には、かつてオハスの絶望の雨の中で見せていた涙の痕は、もうどこにもなかった。

 

「エリスだって、素晴らしいお仕事じゃないですか。あのシン・ワーナベ様に直接スカウトされたのでしょう?」

「スカウト、と言えば聞こえはいいけれど。ただの実務の穴埋めよ」

エリスは苦笑しながら、手元の手帳をめくった。

 

かつて辺境の死線において、限られた魔力と戦力を冷静に計算し、チームの命を繋ぎ止める「指揮」を執り続けていたエリスの知性と統率力。

それを見抜いたシン・ワーナベは、彼女をアシスタントプロデューサーとして迎え入れた。

 

『いずれ、君の手で竜王国に「ローカル局」を立ち上げるんだ。そのための技術を、俺の傍で徹底的に盗んでみせろ』

 

葉巻を燻らせながら不敵に笑ったシンの姿が、エリスの脳裏に浮かぶ。

魔導国が提供するインフラの扱い方、番組を制作し情報を届けるためのプロセスの管理――。それは、戦いとは全く異なる。だが、エリスの知性を熱く刺激する、新しい「戦場」だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

キーン!

バックネットの向こうで、バットが白球を捉える乾いた快音が響く。

 

「牙を抜かれて、家畜の檻に入れられた……女王陛下は、そう自嘲していたらしいけれど」

エリスは立ち上がり、静かに芝を見つめた。

「それでも……温かいお風呂に入れて、美味しいご飯が食べられて、明日誰かが喰い殺される心配をせずに眠れる。……そんな檻なら、喜んで入るわよね」

「はい。本当に、温かい檻ですね」

セリアも立ち上がり、ガルドたちの元気な声が響くグラウンドへ向かって、穏やかな笑みを向けた。

 

ドラゴ・カルテットは、もう戦わない。

戦う必要のなくなった世界で、彼らは魔導国が提供する「平和という名の、逃げ場のない甘美な揺りかご」の歯車として、新時代の一歩を踏み出したのであった。

 

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