魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ノヴァリア・グランド・プラザ――かつて『プラザ合意』が交わされた、新首都ノヴァリアの中心部にそびえ立つ高級ホテル。
その最上階に用意された特別スイートルームには、豪奢な食事が並べられた円卓があり、探検隊の面々が集まっていた。
魔導王アインズ・ウール・ゴウンの計らいで手配されたこの部屋は、明日から始まる南方探検の前泊施設であり、顔合わせを兼ねた前夜祭の会場でもあった。
だが、乾杯を待つ円卓の一角から、何やら押しつぶされたようなうめき声が聞こえてくる。
「……シ、シズ殿……息が……!」
声の主は、シズ・デルタの腕の中にがっしりと抱え込まれた一羽のイワトビペンギンだった。
じたばたと短い翼と足をバタつかせているが、オートマトンであるシズの怪力から逃れられるはずもなく、徐々に白目を剥き始めている。
「は、放しなさい……。私はナザリック地下大墳墓の執事助手、誇り高きバードマンのエクレア・エクレール・エイクレアーです。この私がナザリックを支配するときのために……ぐえっ」
「か、可愛い……! シズ様、私にも抱っこさせていただけませんかっ?」
エリス・ヴァレンシアが、目を輝かせて身を乗り出した。
「……ん。ちょっとだけ。貸してあげる」
シズが名残惜しそうに腕を緩めると、救出されたエクレアはエリスの豊かな胸元へと滑り込むように抱きかかえられる。
「おお……! なんという柔らかな包容力……実に快適な運び手です。よろしい、今後は貴女が私を運びなさい」
「はいっ、喜んで」
偉そうに胸を張るペンギンと、満面の笑みで抱きしめるエリス。
そのシュールすぎるやり取りを前に、元エ・ランテル冒険者組合長のプルトン・アインザックは、乾いた笑いを漏らした。
「とにかく……我ら探検隊の門出と、未知なる大発見を祈願して……乾杯!」
「「「乾杯!」」」
アインザックとエリスが冷えたエールのジョッキを打ち合わせ、エリスの腕の中に収まったエクレアは、テーブルに用意された特注の高級カクテルに優雅に嘴(くちばし)をつけた。
一方、シズはストローの刺さった高カロリーのドリンク(チョコ味)をちゅうちゅうと吸いながら、無表情に三人の様子を眺めていた。
「いやあ、素晴らしい部屋だな。こんな高級宿には泊まったことがないぞ」
アインザックは豪華な調度品を見渡して感嘆の息を漏らす。
「エリス君、明日からよろしく頼む。まだ若いのに元ミスリル級のリーダーだと聞いている。頼りにしているぞ」
「はい、アインザック様。不束者ですが、精一杯努めさせていただきます」
エリスはエクレアを優しく膝に乗せたまま居住まいを正し、丁寧に頭を下げる。
美しい金髪を揺らし、理知的で冷ややかな美貌を綻ばせるその姿は、まさに「有能なアシスタントプロデューサー」そのものであった。
◇ ◇ ◇
二時間後――。
テーブルの上には、アルコール度数の高いドワーフ製の蒸留酒やエルフの果実酒の空き瓶がいくつも転がっていた。
「おい、ザック」
静かなスイートルームに、ドスの効いた低い声が響いた。
アインザックは目を丸くして、声の主を見る。
そこには、完全に目が座り、頬を真っ赤に染めてテーブルに肘をつくエリス・ヴァレンシアの姿があった。
「え、エリス君……?」
「酒が足りねぇぞ、ザック。もっと強いの持ってこい!」
先ほどまでの理知的で丁寧な言葉遣いは見る影もない。
さらにエリスは、自分の膝の上で澄ました顔をしてカクテルを舐めていたエクレアの頭の金色の飾り羽を、ぐしゃぐしゃと乱暴に撫で回し始めた。
「おいこら、ペンギン。甘そうな名前しやがって。エクレる、エクレろ、エクレないって、五段活用かよ!」
「エクレア・エクレール・エイクレアーです」
「エクレるとき、エクレれば、エクレよう」
「だから違います。ああ、もう、ぐしゃぐしゃと頭の羽に触らないでいただきたい」
「なーにがナザリックの支配よ! 可愛い鳥のくせに!」
「鳥ではありません、バードマンです。だからやめなさい、羽毛が乱れる」
エクレアが短い翼をバタつかせて抗議する。
エリスのあまりの豹変ぶりに、アインザックは冷や汗を流しながら恐る恐る尋ねた。
「エ、エリス君。君は普段からそういう言葉遣いなのか……?」
「あ?」
エリスは空になったグラスを揺らしながら、深いため息をついた。
「竜王国で『ドラゴ・カルテット』のリーダーやってた時はさ、毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際だったのよ。戦闘中に『アインザック隊長』とかまどろっこしい呼び方してたら、舌噛んで死んじゃう。だから全員呼び捨て。指示は最短。それが一番生存率が高い」
その言葉の裏にある、苛烈な過去。
若くしてミスリル級という高みに到達するまでに、どれほどの死線をくぐり抜けてきたのだろうか。
リーダーとしての重圧。仲間の命を預かる責任。その全てを背負って戦い抜いてきた証が、この飾らない言葉遣いなのだ。
アインザックは口元に優しい笑みを浮かべ、自身のグラスに酒を注いだ。
「……そうか。相当厳しい戦いをしてきたんだな」
「え?」
「まあ、今日は前夜祭だ。無礼講で構わん。存分に飲んで、溜まった毒を吐き出してしまえ」
かつて荒くれ冒険者たちを束ねていた元組合長の、大人の余裕と温かい包容力。
その温もりに触れた瞬間――エリスの表情が、くしゃりと歪んだ。
「そうなんですよぉ〜!」
突如として、先ほどのドスの効いた声から一転、甘ったるい泣き声が響き渡った。
エリスは膝の上のエクレアをポイッと放り出し、机に突っ伏した。
「な、なんと乱暴な……!」
床に投げ出されたエクレアが抗議の声をあげるが、エリスの耳には届かない。
「あの頃は毎日が命がけだったのぉ〜。魔導国が来てくれて、ようやく平和になってぇ、せっかく安全なテレビ局に就職できたと思ってたのにぃ……」
ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、日頃の鬱憤と不満が、決壊したダムのように溢れ出す。
「それなのに、シン・ワーナベPったら、番組の勉強だからって徹夜で『蒼き皇女エレナ』の全話一気見とかやらされてぇ。挙句の果てに『人類最大の未踏の危険地帯に、死なないAPとして行ってこい』なんてぇ。おかしいでしょぉ、なんでAPがジャングルで魔獣と戦わなきゃいけないのよぉ〜」
エリスはすっかり泣き上戸の酔っ払いモードへと移行し、隣に座っていたシズにガバッと抱きついた。
「ねえ、聞いてよ、シズちゃぁ〜ん! 私もう結婚できないかもしれないぃ〜!」
「……うわぁ」
突然抱きつかれたシズは、無表情のままドン引きした声を漏らした。
「……服が濡れた。ショック」
「うぅ〜、シズちゃん、慰めてぇ〜……」
シズは諦めたようにため息を漏らすと、エリスの金髪をポンポンと撫で始める。
「……心配ない。結婚できる。どこかに相手はいる。南境のジャングルで見つかる」
「ふぇぇ……シズちゃぁぁん……」
エクレアが小声で話しかけた。
「シズ殿。ジャングルの奥地に人間はいないのでは?」
「ん。いない」
「…………」
エクレアがくちばしをパクパクと動かした。
「……今日のメモ。エリスはお酒を飲むとポンコツになる」