魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
漆黒のゲートを抜けると、そこは終着駅だった。
視界を覆っていた闇が吹き払われた瞬間、強烈な南国の陽光と、肌をじっとりと撫でる湿った熱気がエリス・ヴァレンシアの全身を包み込んだ。
一瞬前までいたノヴァリア・グランド・プラザの涼やかな大理石ロビーが、まるで夢であったかのように遠のく。
「……ここが、竜王国の最南端……」
目の前に広がっていたのは、竜王国最南端の終着駅都市『テルミナ』の広大な石造り広場だ。
魔導国主導のインフラ整備によって敷設された鉄路の果て。かつては辺境の開拓集落に過ぎなかった場所が、今や巨大なターミナル駅として変貌を遂げていた。
そして、広場の彼方にそびえ立つ建造物を仰ぎ見たエリスは、思わず息を呑んだ。
白亜の巨壁――。熱帯の鬱蒼たるジャングルとの境界を断ち切るように、真新しい巨大防壁が地平線の彼方まで延々と連なっていた。
その頑強なゲートの両脇に、微動だにせず仁王立ちしている巨躯がふたつ。
漆黒の鎧を纏い、波打つ長大なフランベルジェと巨大な盾を構えた不死の騎士――デス・ナイト。
そして広場の中央では、ひとりの魔道士が静かに探検隊を待ち受けていた。
紫紺の豪奢なローブを纏い、頭蓋骨を露出した不死者――エルダー・リッチ。
手には最新の魔導技術が惜しみなく投入されたカメラが重々しく抱えられている。
「今回の探検特番のメインカメラマン、よろしくお願いします」
エリスがアシスタント・プロデューサーとして声をかけると、エルダー・リッチは無言のまま、一行に頭を下げた。
ゲートの前には、魔導国より配備された四頭のソウルイーターが待機していた。
「三頭に我々が跨がり、四頭目は物資の運搬用だ」
アインザックの指示に従い、水、保存食、そして紫ポーションが詰め込まれた頑丈な荷駄(にだ)が四頭目の背に固定される。
「エクレア様、あちらの荷物の上にお乗りいただけますか?」
「ふむ、見晴らしは悪くありませんね。我が玉座として認めて差しあげましょう」
エリスが抱き上げて荷駄の天辺へ座らせると、エクレアは満足そうにフリッパーを組んだ。
アインザック、エリス、そしてシズ・デルタが、それぞれソウルイーターの鞍へと跨がる。
シズは無表情のまま、ソウルイーターの首筋をぽんぽんと軽く叩いた。
「……出発」
ギギギと重い軋み音を立てて、テルミナの防壁ゲートが開門される。
踏み出した先には、陽光を遮るほどに鬱蒼と生い茂る原生林と、見渡す限りの緑の海――人類未踏の南方ジャングルが広がっていた。
◇ ◇ ◇
密林の洗礼は、足を踏み入れてから一刻も経たないうちに訪れた。
見上げるような巨木が何重にも枝葉を広げ、地表には湿り気を帯びた熱気が淀(よど)んでいる。道など存在しない原生林の中を、ソウルイーターの蹄(ひづめ)が腐葉土を踏みしめていく。
エルダー・リッチが高度数メートルの位置を滑らかに浮遊しながら、先頭を行くアインザックと、周囲を警戒するエリスの横顔を的確にフレームに収めていた。
その時――。
先ほどまで耳を打っていた鳥たちの甲高い鳴き声と、無数の羽音が、ふっと不自然に途絶えた。 パラパラとこぼれ落ちる乾いた樹皮の破片。
エリスの元ミスリル級冒険者としての本能が、激しい警報を鳴らした。
「リッチ! 高度を下げて! 私たちの背後から前方を撮って!」
エリスがエルダー・リッチに指示を出し、木製の愛杖を握り直した、その刹那――。
頭上の樹冠が、爆発したように激しく揺れた。
「――敵襲ッ! 戦闘になる、下馬しろ!」
アインザックの鋭い咆哮と同時に、頭上から五筋の黒緑色の影が弾丸のごとく急降下してきた。
未踏の地に潜む、正体不明の捕食者たち。
二足歩行のしなやかな後脚、鳥類と爬虫類を掛け合わせたような鱗に覆われた肉体、カミソリのように研ぎ澄まされた巨大な鉤爪――大人の背丈を優に超える俊敏な肉食魔獣が、探検隊へ跳躍してきた。
すかさずエリスが指示を出す。
「リッチ! 敵の背後へ回って! ザックさんの戦闘を正面から撮って!」
「グルアアアッ!」
先頭の三体が、前衛のアインザックめがけて一斉に爪を振り下ろす。
「フッ!」
短い呼気とともに、アインザックの身体が滑らかに沈み込む。
左腰から抜かれたエ・ランテル最高峰の短剣が空気を裂いて、襲い来る最初の一体の鉤爪を、絶妙な角度で受け流した。金属同士が擦れ合う甲高いスキッド音が響き、敵の切っ先が宙を滑って体勢が大きく崩れる。
その隙を、歴戦の戦士は見逃さない。
右腰から閃光のごとく抜き放たれたのは、青い靄を纏う『ブルークリスタルメタルの短剣』――!
ズバッ!!
まるで熱したナイフでバターを両断するかのような、滑らかすぎる斬撃。
青い残光が一閃した瞬間、体勢を崩した魔獣の巨躯が、斜め一直線に真っ二つへと両断されていた。
「ガ、ア……!?」
驚愕の声を漏らす間もなく、続く二体が左右から挟み撃ちを仕掛けてくる。
アインザックは身を翻しながら、左手の短剣で右の牙を払い、反転の遠心力を乗せた右手の青い刃を水平に薙ぎ払った。
青い魔力の軌跡が空を薙(な)ぎ、二体の首が同時に宙を舞う。
血飛沫が樹葉を叩き、前衛の三体があっという間に物言わぬ肉塊へと変わった。
訓練所で磨き抜かれた短剣二刀流の技前(わざまえ)。
老練な戦士の動きには、一切の無駄がなかった。
だが、残る二体は異常な敏捷性でアインザックの頭上を跳び越え、後衛の隊列――エリスとシズめがけて一直線に飛びかかってきた。
「ギシャアアッ!」
裂けた大口から覗く無数の牙。
常人なら恐怖にすくむ間合い。だが、数々の修羅場をくぐり抜けてきたエリスの思考は冷静だった。
まずはカメラマン――エルダー・リッチに指示を出す。
「リッチ! そのまま飛行して前進! 次は後衛の戦闘を撮りなさい!」
(密林の中で<ファイヤー・ボール>を使えば火災に巻き込まれる! ここは――)
瞬時に戦況を俯瞰したエリスは杖を掲げ、凛と通る声で指示を飛ばした。
「左をシズ先輩、右を私が攻撃!」
「りょうかい」
「リッチ! 銃撃と魔法の連弾よ! その瞬間を逃さないで!」
シズが白銀の魔導銃を構える。
銃口が微塵の狂いもなく左の魔獣の眉間を捉えた。
パシュッ!
乾いた発射音とともに、超高速の魔導弾が魔獣の頭蓋を正面から粉砕する。
「<マジック・アロー>」
ほぼ同時に、エリスが手にした木製杖から、青白い魔力光が三筋撃ち放たれた。
ドガガッ!
必中の魔力弾は空中で美しい螺旋を描き、右の魔獣の喉元、心臓、そして腹部へと吸い込まれた。
急所を穿(うが)たれた魔獣が吹き飛び、痙攣(けいれん)しながら地に伏す。
静寂が戻った――。
僅か数秒の電光石火の迎撃劇。
銃口をゆっくりと下げるシズ、凛々しく杖を構えるエリス、そして短剣の血を払うアインザック――その姿を舐めるように撮影したエルダー・リッチは、満足げにカメラを構え直した。
「ふうっ……。シズ先輩、良い連携でしたね」
エリスが安堵の息を漏らしながら微笑むと、
「……ん」
シズが小さく親指を立てた。その姿をエルダー・リッチがアップで写す。
アインザックも豪快に笑って、
「見事な連携だった。これならどんな魔境だろうと――」
短剣を鞘へと収めかけた、その時――。
――ズズズズズズン……!!
アインザックの言葉を遮るように、大地が底鳴りを上げた。
地面の泥水が波打ち、周囲の巨木が一斉に軋みを上げて揺れ動く。
「何事です……!? 地震……!?」
荷物の上でエクレアがフリッパーをバタつかせる。
鬱蒼としたジャングルの奥、生い茂るツタや巨木をまるで枯れ枝のようにへし折りながら、それは姿を現した。