魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Phase2-5 肖像画

『魔導ランプ』発明の翌日。

ナザリック地下大墳墓、第九階層――玉座の間。

アルベドの招集によって、階層守護者、領域守護者ラナー、そしてプレアデス一同が居並ぶ中、アインズは玉座に深く腰掛け、支配者としての威厳を全身から漂わせていた。

 

玉座の傍らに立つアルベドが、昨日の出来事――トブの大森林の印刷工場、およびカルネ村での『魔導ランプ』の発明――と、それに伴うエネルギーインフラの展望についての説明を終える。

 

「――説明は以上のとおりよ。なにか質問はあるかしら?」

 

守護者たちの間に、沈黙が流れる。最初に口を開いたのはシャルティアだった。

「情報が多すぎて、頭が追いつかないでありんす。液状魔力に、魔導ランプ、それに新通貨……」

「ソウダナ。我ラ武人ニハ、少々複雑ガ過ギル。デミウルゴス、モット噛ミ砕イテ説明シテクレ」

コキュートスが太い腕を組み、隣の知恵者に視線を送る。

 

デミウルゴスは顎に手をやり、不敵な笑みを浮かべた。

「ふむ。あなた方には少々、高度すぎたでしょうか。アウラ、マーレ。君たちはどうですか?」

「トブの大森林にはあたしもいたからね。新しい情報としては、カルネ村の『魔導ランプ』のことくらいかな」

「ボ、ボクも……半分は知っていることだったので、アルベドさんのお話、理解できたと思います……」

「よろしい」

デミウルゴスは満足そうに頷くと、視線をアルベドへと戻した。

「では、実務的なところから確認しましょうか。アルベド、例の『絵師』の手配はどうなりました?」

「ええ、ようやく見つかったわ。今日、こちらへ連れてくる予定よ」

「結構。……アインズ様、一つお教えいただきたいことがございます」

 

突如、自分に水を向けられ、アインズは内心でビクリと身体を震わせた。

(げっ、俺?! 油断してた……! いや、落ち着け。威厳を保つんだ!)

「なんだ、デミウルゴス。言ってみよ」

「はっ。先日、新通貨『エン』と既存硬貨の価値換算について教えていただきました。この通りだったかと――」

 

1金貨 = 100,000エン

1銀貨 = 1,000エン

1銅貨 = 100エン

 

「これはつまり、金貨・銀貨・銅貨に対応する、3種類の紙幣を発行する――ということでしょうか」

「既存の硬貨と一対一で対応させる必要はない。扱いやすさと、流通の利便性を考慮し、私はこのように考えている」

アインズは、あらかじめ考えておいた紙幣の額面を提示した。

 

10,000エン

5,000エン

2,000エン

1,000エン

 

「アインズ様、1,000エンより小さい端数を扱う場合はどうされるのですか?」

「紙幣である必要はない。偽造さえ防げれば、大量に余っている金属を加工して、硬貨として使えばよいだろう」

 

500エン

100エン

50エン

10エン

5エン

1エン

 

「えーっ? 銅貨の100分の1の価値しかないお金なんて、使うんですか?」

アウラが不思議そうに首を傾げる。

「デミウルゴス。答えてやれ」

「はっ」

デミウルゴスが眼鏡のブリッジを指先で押し上げる。

「アウラ。先日交易の話をしたのを覚えていますね」

「うん、覚えてるよ」

「もし、他国に100万個売れる商品があったとしましょう。それを、たった『1エン』高く売るだけで、どうなりますか?」

「あっ……! 全部で100万エンも儲けが増える!」

「その通りです。たった1エンの差が、国家規模の取引では莫大な富の差となる。だからこそ、細かな端数を規定する貨幣が必要なのです」

(あー、なるほどー、そういうことかー。勉強になるなぁ、デミウルゴス先生……)

アインズは内心で深く感心しながらも、表面上は「当然だ」と言わんばかりに深く頷いた。

 

「では、紙幣の額面が決まったところで――」

デミウルゴスが、本題を切り出すようにアルベドへ視線を向けた。

「アルベド。紙幣には、アインズ様の肖像を描くのでしょう?」

「ええ、当然よ。それ以外の選択肢など存在しないわ」

「しかし、紙幣は4種類あります。すべてアインズ様にするのですか?」

「ええ。絵師には、アインズ様の神々しきご尊顔を、4つの異なる角度から描かせるつもりよ。どれも至高の芸術品になるわ」

(おーい、ちょっと待てー。全部俺の顔とか恥ずかしくて死ぬわ! どんな自己主張の激しい王様だよ!)

アインズの精神安定化が静かに発動する。

 

この暴走を止められるのは自分しかいない。アインズは重々しく、かつ諭すような声で口を開いた。

「私の考えを述べよう」

全員の視線が、一斉にアインズに集中する。

「4種類すべてを私にしてしまっては、国民が使用する際、区別がつきにくくなり、支払いの間違いが起きやすくなるだろう」

「……! 実用性を重視されるのですね。では、どうされるおつもりで?」

アルベドが胸の前で手を組み、うっとりとした表情で尋ねる。

 

「1万エンは、私で良いだろう」

「当然でございます!」

守護者たちが一斉に賛同する。こればかりは譲れないという表情だ。

「そして、5千エンは、魔導国の宰相であるアルベド、お前がふさわしい」

「わ、私がっ? 私が紙幣に描かれるのですか?!」

アルベドの顔が歓喜に染まり、腰の黒い翼が激しく羽ばたく。

「うむ。そして、2千エンは……モモンだ」

(うん。2千円札って、昔の日本にもあったよな。ちょっと珍しいやつ。表舞台と裏舞台の境界に立つ『英雄モモン』の立ち位置には、ちょうどいい絶妙なレア感だろ)

 

「……素晴らしい!」

デミウルゴスが、震えるような感嘆の声を上げた。

「まさか、モモンという偽りの英雄を創り出した時点で、すでにこの新通貨の流通と、国民の心理的融和まで計算に入れておられたとは……! 2千エンという、最も流通の鍵となる位置にモモンを置くことで、国民は魔導国への帰属意識を無意識に植え付けられる……!」

(いや、そこまで考えてないけど? 単に2千円札って珍しいからモモンでいいかなって思っただけなんだけど?)

 

「では、アインズ様」

アルベドが、期待に満ちた目で身を乗り出す。

「最後の『千エン』は、どなたにされるのですか?」

 

アインズは沈黙した。

(あ、やべ。千円札のキャラ考えてなかった。誰にしよう……デミウルゴス? いや、それだと守護者の中で角が立つか?)

アインズが答えを探して沈黙した、その瞬間――。

アルベドの脳裏に、電撃のような閃きが走った。

 

――いずれお前の名と功績は、魔導国中へ広く行き渡ることになるだろう――

 

あの時、エ・ランテルの執務室で、液状魔力を持ち込んだあの人間に、アインズ様が告げた絶対の予言。

「……まさか」

アルベドの目が見開かれる。

「アインズ様! ようやく理解いたしました!」

「ほう?」

(え、何を?)

「ンフィーレアですね?!」

「ンフィーレア……ですと?」

デミウルゴスの眼鏡の奥の目が、鋭く光る。

「ンフィーレアちゃんっすか?!」

後方に控えていたルプスレギナが、思わず素っ頓狂な声を上げた。

「がすっ!」ナーベラルの拳がルプスレギナの脳天へ容赦なく叩き込まれ、

「あうっ!」と短い悲鳴を上げてルプスレギナが沈黙する。

 

静寂を取り戻した玉座の間で、アルベドが熱弁を振るう。

「アインズ様は、あの液状魔力の発明の時点で、すでに仰っていたのです!  ンフィーレアの名と功績を魔導国中に行き渡らせる――と! つまり、あの時点で、この新通貨『エン』の発行と、その肖像画に彼を起用することすら、すべて視野に入れておられた!」

 

玉座の間に、凄まじい衝撃が走った。

(えええええええええっ? 俺そんなこと言ったぁーっ? それっていつぅー?)

アインズの内心の絶叫をよそに、デミウルゴスが深く、深く頭を垂れる。

「……流石はアインズ様。あの時点で、すでにここまで完璧なグランドデザインを描いておられたとは。私の浅知恵など、足元にも及びません……」

「う、うむ……」

アインズは、引き攣りそうになる顔の筋肉――そんなものないが――を必死に抑え、静かに頷いた。

「ようやく、私の真意に辿り着いたか、アルベド。よくぞ気づいたな」

「はっ! アインズ様がおっしゃられた御言葉は、このアルベド、一言一句たりとも忘れてはおりません!」

頬を紅潮させ、翼をパタパタさせる。

「あの時だなっ?」

「はい、あの時でございます!」

「あ、あの時だなっ?」

「そうでございます!」

(どの時だよっ! アルベド、お前もか!)

 

アインズの内心の絶叫は、誰にも届くことはなかった。

 

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