魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~   作:Camel おさ

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Extra-22 全世界緊急特番と各国の狂騒

新首都ノヴァリアにそびえ立つ、魔導国放送局『MHK』ビル。

その三階にある第一編集室は、前夜からの徹夜作業が続き、すでに二日目の昼を迎えていた。しかし、室内の熱気は冷めるどころか、むしろ過熱の一途をたどっていた。

机上には紫ポーションの空き瓶が散乱している。

 

その瞳に世界を揺るがす熱狂の青写真を宿した男――MHKプロデューサー、シン・ワーナベは、紫煙を燻らせながら編集卓のモニターを見つめていた。

 

「素晴らしい……実にいい画だ。アインザック隊長の二刀流、ここをコンマ数秒スローで繋いでくれ」

「はい、すぐに調整します!」

「エリス君の現場指揮も見事だな。彼女の凛々しさは『戦うAP』という我々の意図を完璧に体現してくれている。……そして、シズ様のエクレア殿に対する無慈悲なデコイ使い。ここはあえて劇的な音楽を切り、静寂の中にあの叫び声を響かせよう」

シンの的確かつ情熱的な指示を受け、疲労困憊であるはずの編集スタッフたちが、目を血走らせながらも嬉々として編集卓に向かう。

 

昨晩、エルダー・リッチが持ち帰ってきた初日分の収録素材は、シンの美学とスタッフたちの執念によって、すでに極上のエンターテインメントへと昇華されつつあった。

 

そのとき――編集室の一角が揺らぎ、漆黒の<ゲート>が開いた。

紫紺のローブをまとったエルダー・リッチが音もなく姿を現す。

 

シンは目を丸くし、咥えていた葉巻を手で外した。

「……おや、エルダー・リッチ? 何か不測の事態でも起きたのか?! 皆は無事か?!」

昨晩のように野営に入ってから戻るならともかく、まだ時刻は昼だ。不穏な事故や危機でもあったのではないかと、シンの眉間に緊張が走る。

 

しかし、エルダー・リッチは静かに首を横に振った。

「全員、健在です。ただ、ワーナベP殿より『特ダネが撮れれば適宜持ち帰るように』との指示をいただいておりましたので。急ぎ届けに来ました」

 

差し出された媒体をスタッフが受け取り、メインモニターへ投影した。

シンは紫煙を吐き出しながら、画面へ視線を向け――。

 

「……!?」

シンの指先から、葉巻の灰がこぼれ落ちた。

 

映し出されたのは、静まり返る白霧の湖面を、まるで滑るように疾走する豪奢な幽霊馬車。そして、風に揺れるボロボロの帳(とばり)の隙間から、物憂げに虚空を見つめる――世界で最も有名にして、実在するはずのない金髪碧眼の美女――。

 

「こ、これは……『蒼き皇女エレナ』……!? 馬鹿なっ、あれは帝国が制作したアニメの……!」

 

さらにカメラがパーンすると、白霧が晴れ上がった湖の対岸、天空を突くようにそびえ立つ古代文明の巨大なゲートが、圧倒的な威容を誇って佇んでいた。

 

静まり返る編集室。スタッフ全員が息を呑み、金縛りに遭ったようにモニターを凝視している。

シンは胸元に手を伸ばすと、魔導王陛下より下賜された懐中時計をぎゅっと握りしめた。瞳の奥に、強烈な創作者の炎が燃え上がる。

 

「信じられない……奇跡だ……。いや、これを奇跡で終わらせてはならない!」

シンは勢いよく立ち上がると、深く息を吸い込み、全員に向けて号令を下した。

 

「編成部に至急連絡を入れろ! 今夜の放送予定はすべて白紙だ! ゴールデンタイムの二時間枠をすべて使い、この南境のスクープ特番を緊急編成する!」

「し、シンさん! 今夜は大口スポンサーの歌番組もありますが……!」

「構わん! 全責任は俺が取る! 今夜、我々は世界中の人々に、この映像を届けるのだ! 魔導王陛下もきっとそれを望まれるはずだ!」

 

◇ ◇ ◇

 

同日、夜。

 

『――臨時特報! 本日予定しておりました番組を変更し、南境秘境で発生した世紀の超常現象と超古代遺構の発見を、緊急二時間スペシャルとして全世界へ緊急放送いたします!』

 

緊迫感あふれる劇伴(げきばん)とともに、画面いっぱいに煽りテロップが躍り出た。

 

『未踏の原生林を征くアインザック探検隊! 襲い来る未知の魔獣! そして白霧の湖に現れた、世界を揺るがす美しき幻影とは――!?』

 

画面が切り替わり、南境の原生林を突き進むソウルイーターの雄姿が映し出された。

樹上から急襲する俊敏な五体の魔獣。それに立ち向かったのは、歴戦の戦士――プルトン・アインザックだった。

魔導王陛下から下賜されたブルークリスタルメタルの短剣を閃かせ、電光石火の早業で三体を一刀両断する。

 

「きゃああっ! アインザック隊長、素敵ぃ!」

「やっぱり、いぶし銀の男は素敵よねぇ」

ノヴァリアやアーウィンタールの酒場では、マダム層から黄色い歓声が上がった。

アインザックの熟練の剣技といぶし銀の輝きが、年配女性たちの心を鷲掴みにする。

 

続いて画面に映し出されたのは、現場監督兼任の「戦うAP」、エリス・ヴァレンシアの姿だ。

オリーブドラブのコートに身を包み、現場を指揮しつつ魔法を放つ凛々しい姿に、今度は若い男性たちが色めき立つ。

「おいおい、あのAPさん、可愛いだけじゃなくてめちゃくちゃ強いぞ!」

「エリスちゃんファンクラブ作ろうぜ!」

と口々に盛り上がり、早くも熱狂的なファンが続出していた。

 

だが、前半最大のクライマックスは、その直後に訪れた。

 

地鳴りとともに現れた巨大な剛毛のカピバラ巨獣。

アインザックの刃すら弾く鉄壁の毛皮に対し、画面の端からトコトコと歩み出たのは、戦闘メイド――シズ・デルタだった。

シズは無表情のままエクレアを掴み上げると、

 

『……デコイ』

 

と淡々と言い放ち、カピバラの頭上高くへと放り投げた。

虚空を綺麗な放物線を描いて飛んでいく、蝶ネクタイのイワトビペンギン。

 

『ぎゃあああああああーっ! 私の覇道がああああーっ!』

 

絶妙なスローモーション演出と、哀愁漂う絶叫テロップ。

その瞬間、世界中のお茶の間と酒場が、大爆笑に包まれた。

 

「ぎゃはははは! 飛んだ! あのペンギン飛んだぞ!」

「あはははっ、シズ様、ひどい! でも可愛いーっ!」

「シズ様、容赦なさすぎ!」

 

シズ・デルタといえば、『アインズマス・コレクション』でモデルを務めた一人であり、その可憐な美貌とクールさで大衆に鮮烈な印象を残した魔導国の華だ。

そのシズが、無表情でペンギンを放り投げ、巨獣の弱点をさらすというシュール極まりない光景に、世界中の少女たちのハートが完全に撃ち抜かれた。

「シズ様、可愛いーっ!」

「あのペンギンさん、ぎゅーって抱きしめたい!」

 

しかし――番組が後半へと差し掛かったとき、世界を満たしていた陽気な笑いは、一瞬にして凍りついた。

 

映し出されたのは、白霧の湖――。

立ち込める白い霧の向こうから、波ひとつ立てずに現れた豪奢な幽霊馬車。

そして、物悲しくたなびく帳(とばり)の隙間から、静かに虚空を見つめる金髪碧眼の女性――。

 

◇ ◇ ◇

 

バハルス帝国の帝都、皇宮の私室。

ふかふかの長椅子でくつろぎながら、テレビを眺めていた皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、

 

ガタッ!

 

と弾かれたように立ち上がり、手に持っていた最高級磁器の茶杯を取り落とした。

名陶が床の大理石に激突して粉々に砕け散る。

 

「な……っ!? なぜだ……!? なぜエレナがそこにいるっ!?」

ジルクニフの喉から、掠れた悲鳴が漏れ出た。

 

『蒼き皇女エレナ』――それは帝国が国威発揚と外貨獲得のため、威信をかけて制作した世界初のアニメーション作品だ。その作品の主人公が――架空の人物であるはずのエレナが、なぜ人類未踏の湖を彷徨っているのか。

 

「だ、誰か! 誰かおらぬかァッ!」

 

扉が勢いよく開き、近衛兵と文官が青ざめた顔で飛び込んでくる。

 

「すぐに『蒼き皇女エレナ』の総監督、脚本家、そして歴史家を全員皇宮へ集めろ! 一人残らずだ! あの物語の原案はどこから持ってきたのか、史実の出処を徹底的に洗わせるのだ!」

「は、ははっ!」

「それから……至急、魔導王陛下への嘆願書を起草せよ! 我が国の学術調査隊を、あの『白霧の湖』へ派遣する許可を乞うのだ! 急げ!」

 

帝都の街中からは、夜の静寂を破るような民衆の大絶叫が聞こえていた。

『エレナ様が生きておられたぞーっ!』

『カイルはどこだ!? カイルもいるのか!?』

帝国中が、虚構と現実の境界を見失い、熱狂と狂乱のパニックへと叩き落とされていた。

 

ジルクニフは激しい胃の痛みに襲われ、腹を押さえて座り込んだ。

(あの骸骨はこれを知っていて、南境の深淵へ探検隊を行かせたというのか……!)

魔導王はアンデッドだ。幽霊が出現する場所くらい知っていてもおかしくはない。

 

(いや待て……)

ジルクニフの思考がさらに飛躍する。

(『蒼き皇女エレナ』製作の話を持ち込んだとき、奴は何と言った。『よくぞたどり着いた』――そう言っていたではないか。あの言葉の意味は……こういうことだったのか……?!)

あのときジルクニフは理解した。魔導王は未来を見通しているのではない。未来を設計しているのだと。

(魔導王……! 我々は奴の手のひらの上で、いったいどこまで踊らされているのだ……!)

 

 

【挿絵表示】

 

 

そのとき、机の上に置かれていた魔導ケータイがけたたましく鳴り響いた。

画面に表示された発信元は――竜王国女王、ドラウディロン。

 

通話ボタンを押した瞬間、鼓膜を破らんばかりのヒステリックな絶叫が飛び込んできた。

『ちょっとジルッ! テレビ見たわよね!? 何なのよあれはぁっ!』

 

◇ ◇ ◇

 

竜王国の王宮執務室。

女王ドラウディロン・オーリウクルスは、優雅に嗜んでいたはずの上等なワインを執務机の上に盛大にぶちまけていた。

 

「なんであんな人類未踏の密林奥地に、あんなとんでもない超古代遺跡が眠ってるわけぇ!? 魔導国は何をやらかしてるのよぉ!」

『落ち着け、ドラウディロン……。私の胃にこれ以上負担をかけるな……』

電話口の向こうで、額を押さえて呻いているであろうジルクニフの疲弊した声が返ってきた。

『相手はあの魔導王だぞ。我々の常識や理屈が通用する相手だと思うか……』

「もうやだ、恐ろしすぎる! ウチのすぐ裏手にそんな化け物じみた遺跡があるなんて聞いてないわよ! ねえジル、今からでも調査隊を出せるかしら?!」

『……嘆願書なら、今まさに起草させているところだ。貴国も相乗りするなら名前を連ねてやる。だが、魔導王の許可が出るかはわからん……』

 

帝国の若き皇帝と、古き血を引く竜王国の女王。

二人の首脳は、受話器越しに深いため息を重ね合わせるのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

一方その頃――。

世界を揺るがす大騒動の中心地である魔導国、その新首都ノヴァリアの王宮執務室。

大型の魔導テレビの前に並んで座っていたのは、魔導王アインズ・ウール・ゴウンと、宰相アルベドの二人だった。

 

画面には、白霧の湖に浮かぶエレナの幽霊馬車と、古代巨石遺跡が映し出されていく。

 

(えええええええっ!?)

アインズの頭蓋骨の中で、かつて鈴木悟と呼ばれた小市民の絶叫が木霊(こだま)していた。

 

(エレナって……ジルクニフたちが作ったアニメのオリジナルキャラクターじゃなかったのぉ?! なんで本物が、いや幽霊が、南境の湖を彷徨ってるんだよ?! もしかして俺、何か取り返しのつかない地雷を踏み抜いたのか……?!)

 

心臓など存在しない胸の奥が激しく軋み、精神安定化が発動する。

ふぅ、と息を吐きかけたアインズの耳に、隣から吐息のような甘い声が届いた。

 

「……ああ、なんと素晴らしいのでしょう、アインズ様」

 

見れば、隣に座るアルベドが、黄金の瞳をうっとりと潤ませ、両手を胸の前で組んでアインズを見つめていた。その表情は、至高の神を仰ぎ見る狂信者のそれである。

「帝国と竜王国は、喉から手が出るほどあの湖と遺跡の調査権を欲しがるでしょう。虚構すらも現実の支配のための布石に変えてしまわれるその神算鬼謀。戦慄を覚えるほどでございます」

 

(え、わかんない。なに言ってるの、この人。怖い怖い)

アインズの背骨のあたりを、冷たい汗が滝のように流れ落ちていく。

いや、アンデッドに汗腺などない。しかし、精神的にはまさに大洪水だった。

それでも、至高の主としての威厳が、そんな情けない本音を漏らすことを許さない。

アインズは瞳を静かに紅く灯し、低く重厚な声で威厳たっぷりに答えた。

 

「うむ。全ては、私の計画通りだ」

 

◇ ◇ ◇

 

時計の針を数時間巻き戻した南境の現地では、探検隊はすでに未知なる遺跡の奥深くへと踏み込み、誰も予想し得なかった深淵の扉を開け放っていた。

 

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