魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
白霧の晴れ渡った湖をスクロール<フライ>で渡りきった探検隊は、未知なる巨石建造物の足元へと降り立った。
断崖に築かれた巨石ゲートには、青い燐光(りんこう)を放つ幾何学模様が刻まれている。人類未踏の密林深部に、これほど巨大な古代文明の遺構が存在していたこと自体、歴史を根底から覆す大発見だった。
MHK本社へ緊急特番用の映像を届け終え、<ゲート>で合流したエルダー・リッチが、紫紺の豪奢なローブを翻しながら深々と一礼した。
「ワーナベPより伝言がございます。『最高の撮れ高だった。今夜の特番で全世界をひっくり返してやるから、奥の遺跡でも派手にやってこい』とのことでした」
「え? まさか番組を差し替えて特番を流すつもり?」
(……ワーナベPなら、やりかねない)
エリスはこめかみを押さえ、深いため息を漏らした。
「ここから先は正真正銘、何が潜んでいるかわからんぞ」
アインザックは右腰に差した『ブルークリスタルメタルの短剣』を確かめながら、その瞳を爛々と輝かせた。
「よし、では扉を開ける――」
そう言って巨石ゲートに手をかけたアインザックは、全身に力を込めて唸り声を上げた。
だが、見上げるほど巨大な石扉は、山そのものと完全に一体化しているかのようにビクともしない。表面には取っ手も鍵穴も見当たらず、青白く発光する幾何学模様が、冷徹な光を放っているだけだった。
「……むぅ、びくともせんぞ。鍵穴も見当たらんが、どうやって開けるのだ……? 古代の合言葉でも唱える必要があるのか?」
腕組みをして渋い顔を浮かべるアインザックの横から、シズが静かに歩み出た。
「……ちょっとどいて」
シズは扉と対峙すると、エメラルド・グリーンの右目で、扉の表面を走る幾何学模様をなぞるように走査していく。オートマトンの精密演算機構が、光の明滅パターンと魔力の流れを一瞬で情報化した。
「……見えた」
「えっ?」
エリスが首を傾げると、シズは淡々とライフルを構えた。
「……電磁吸着ロック。でも、ここ……回路の急所」
シズは銃口をスッと持ち上げ、幾何学模様が交差する結節点へと、ピタリと据えた。
――バシュッ!
消音された銃声とともに放たれたパルス弾が、青白い幾何学模様の回路へと吸い込まれた。
次の瞬間――バチバチバチィッ!
激しい火花が散り、扉全体を脈打つように巡っていた青白い燐光が、スーッと消えていく。
カチリ。重厚な金属の噛み合いが外れる音が小さく響いた。
プシューーーッ……! ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
強烈な磁気吸着が解かれた瞬間、圧縮された空気の漏れ出る音とともに、巨大な両開きの石扉が地鳴りを立ててゆっくりと内側へと押し開かれていった。
「な、なんだと……!? たった一発で、古代の封印を解いてみせたというのか!?」
アインザックが顎が外れんばかりに目を見張り、エリスもまた驚愕に唇を震わせた。
「古代文明の複雑怪奇な幾何学回路を、初見で見抜いてショートさせたの……!?」
「当然です。至高の四十一人に創造されし我らの前には、古代の扉など紙同然ですとも」
エリスの胸元でエクレアが得意げに胸を張り、シズが小さく親指を立てた。
「よし、突入する!」
アインザックの号令とともに、探検隊は巨石ゲートをくぐり、洞窟の内部へと足を踏み入れた。
洞窟内部の空気はひんやりと冷たく、壁面には青白い発光苔が群生していた。
人工的な切石で組まれた回廊が緩やかな傾斜を描いて続いている。
先頭を行くアインザックの後ろから、エルダー・リッチが魔導カメラを構えて追従する。
だが、進むにつれて、最初の異変が顕(あらわ)れた。
「……あれ?」
エリスが歩みを止め、真鍮製のコンパスを見つめた。
磁針がピクピクと痙攣するように震え、やがて狂ったように猛烈な勢いで回転を始めたのだ。
「ザックさん、見てください。コンパスが完全にイカれています。この遺跡、強い磁場が働いているみたいです」
「む……? 言われてみれば……」
アインザックが足を止め、腰の短剣に手をかけた。
「短剣が、やけに重い」
「私の杖は木製ですし、コートも魔導糸の特注品ですから影響はありませんが……」
「銃も、重い」
シズも手にした銃を見つめながら小さく呟いた。
やがて回廊の突き当たりに辿り着くと、そこには天井まで届く巨大な黒曜石の両開き扉がそびえ立っていた。
扉の表面には、複雑怪奇な魔法陣と、古代文字がびっしりと刻み込まれている。
「この扉の向こうが……最深部だな」
アインザックが息を呑み、扉の縁に手をかける。
「何が待ち受けているかわからんぞ。覚悟はいいか」
「はい。行きましょう」
「……ん」
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
三人が体重を預けて押し開けると、重厚な石扉が擦れ合い、地鳴りのような重低音を響かせながらゆっくりと開かれていった。
眩い光とともに視界が開け、探検隊は最深部の大空洞へと足を踏み入れた。
そこは、言葉を失うほど広大な大空洞だった。
ドーム状の天井が頭上高くに広がり、足元には黒々とした巨大な岩盤が広がっている。
空洞の奥からはもうもうと湯煙が立ち上り、硫黄の匂いが混ざり合った熱気が肌を撫でた。
そして、その立ち込める白煙の向こう側――。
空洞の最奥に広がる巨大な岩盤の上に、見上げるほど巨大な「石の巨獣」が鎮座していた。
両前脚を前方にまっすぐ伸ばして伏せられた巨躯。堂々たる獅子の胴体の上に乗るのは、人間の面貌(めんぼう)だった。頭部には古代の王がまとう頭巾が両肩へと垂れ下がり、その額の中央には、深紅のルビーを思わせる巨大な紅い宝玉が埋め込まれている。
伏せの姿勢のまま微動だにせず、悠久の虚空を見据えるその威容は、まさに「スフィンクス」そのものだった。
「……あれは、古代の守護神の石像か?」
アインザックが感嘆の息を漏らした、そのときだった――。
ズン……ッ!!
空洞全体を満たす磁界が、『臨界点』を突破したのだ。
「ぬわぁぁぁぁぁっ!?」
アインザックの全身を覆う鋼鉄製の鎧と腰の短剣が、目に見えない巨人の手に鷲掴みにされたかのような勢いで引っ張られ、側面の黒い岩壁へと猛スピードで叩きつけられた。
――バチィィィィィンッ!!
背中から岩壁に激突したアインザックは、手足を大の字に広げた無様な格好のまま、岩肌に完全に圧着されていた。
「ぐ、ぐぬぬぬっ!? か、体が……鎧が壁から離れん!! 磁石だ、壁そのものが超強力な磁石になっている!!」
「ザックさん!? 何が起きて――」
エリスが駆け寄ろうとした瞬間、今度は隣から「ガギィィィン!」という硬質な金属衝突音が響いた。
「……む」
シズ・デルタまでもが、岩壁に大の字になって張り付いていたのだ。
「……くっついた。動けない」
シズは緑の瞳をパチクリと瞬かせ、小刻みに手足をバタつかせた。だが、オートマトンの身体は壁にペタリと吸着され、手にしていたアサルトライフルも壁面にガッチリと張り付いて固定されていた。
「シズ先輩までぇ!?」
エリスの悲鳴が洞窟に木霊(こだま)した。
次の瞬間、視界の端で「ヒュオッ!」と風を切る不穏な音が響く。
エルダー・リッチが抱えていた金属製の大型魔導カメラが、猛烈なスピードで岩壁に向かって一直線に吸い寄せられていく――!
「カメラが――!」
その瞬間、エルダー・リッチが驚くべき機転を見せた。
エルダー・リッチは紫紺のローブを翻して壁とカメラの軌道上へと滑り込み、自らの背中を岩壁へと預けた。
ドゴォッ!!
飛来したカメラを、エルダー・リッチは胸部と両腕の骨でガッシリと受け止めた。
壁 | エルダー・リッチ | カメラ
という、完璧なサンドイッチ状態。
「リッチ、ナイス判断!」
エリスが叫ぶ。
エルダー・リッチは壁に背をつけたまま腕と腰を必死にひねり、カメラの首を振る『アンデッド三脚』と化した。
エルダー・リッチは骨の指先でカメラのダイヤルをカチリと回し、超広角レンズへと切り替える。
画面手前には、壁に大の字で張り付いてジタバタと小さく足を動かすシズと、顔を真っ赤にして鎧を引き剥がそうとするアインザック。そしてその奥に広がる不気味な大空洞全体が、ダイナミックな画角に見事収められた。
「カメラは助かった……。でも、どうするのよ、これ……」
金属を身につけていないエリスとエクレアだけが無事だった。
しかし、探検隊の二名が完全に壁の装飾品と化してしまったのだ。
そのとき――
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!
最奥の岩盤の上で、石像として静まり返っていたはずのスフィンクス像が、突如として激しく軋み始めた。
「な、なんだ!? 石像が……動いているのか!?」
壁に張り付いたアインザックが叫ぶ。
それはただの建造物などではなかった。
この遺跡を守護する『深淵の主』――スフィンクス型ゴーレムだったのだ。
シズとアインザックが壁に張り付き動けない、絶体絶命の探検隊――その眼前に、古代の守護巨獣が目を覚ました瞬間だった。