魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
『――グォォォォォォォォンッ!!!!』
洞窟を、大気を、そして鼓膜を破らんばかりの咆哮が大空洞に轟き渡った。
古代の守護巨獣――スフィンクス型ゴーレムが、四本の巨脚で大地を踏み締め立ち上がる。その眼窩(がんか)に宿る光は、侵入者を跡形もなく粉砕せんとする冷徹な殺意に満ちていた。
「くっ……! 短剣が壁に張り付いて抜けん!」
強磁界の壁に張り付いたアインザックが、歯を食いしばりながら腰のブルークリスタルメタルの短剣を引き剥がそうと腕を軋ませる。だが、岩盤そのものが巨大な磁石と化した壁は、熟練の戦士の力をもってしてもビクともしない。
「……む。じたばた」
その隣では、シズが無表情のまま、壁に背中を吸着された状態で両足をパタパタと空しく動かしていた。愛用のアサルトライフルも、少し離れた岩壁にガッチリと張り付いてしまっており、手を伸ばすことすら叶わない。
残された戦力は、金属を身につけていないエリスとエクレアだけだった。
「来る……!」
地響きを立てて前進を開始した巨獣を前に、エリスは即座に木製杖の切っ先を突き出した。
魔力を一気に練り上げ、詠唱を叩き込む。
「<ファイヤー・ボール>!」
杖先から放たれた灼熱の火球が、紅蓮の尾を引いて大空洞を切り裂き、スフィンクスの胸部めがけて直撃した。
シュウゥゥ……ッ。
爆発すら起きなかった。
火球はスフィンクスの外殻に触れた瞬間、まるで水面に落とした墨汁のようにジュッと霧散し、黒煙すら残さずに掻き消えてしまった。
「なっ……?! ならば、<マジック・アロー>!」
間髪を入れずに放たれた青白い三筋の光矢。必中の魔力弾がスフィンクスの顔面へと吸い込まれるが、それすらも不可視の障壁に弾かれたように、淡い燐光の飛沫(ひまつ)となって弾け散った。
「嘘でしょ……! まさか……魔法への絶対耐性……?!」
エリスの背筋に冷たい汗が伝う。
「……エリス」
壁に張り付いたままのシズが、エリスに呼びかけた。
「……まずは時間を稼ぐ」
「シズ先輩……わかりました!」
「エクレア様、二人で時間を稼ぎましょう! あなたは何ができるの!? 魔法? 武技?」
ちょこんと佇むペンギンに、エリスは必死に叫んだ。
エクレアの瞳がキラリと光る。
「掃除です」
「……は?」
「それ以外に何があるのでしょうか。この私以上に丁寧な掃除のできるものはおりません。トイレ掃除をすれば便器を舐められるほどですとも」
「…………」
そこへシズの小さな声が聞こえた。
「……エクレアはデコイに最適。昨日のメモ」
エリスの視線がスッと冷え切った。
そして、エクレアを抱えあげると、低く呟いた。
「あなたにできるのは……おとりよ。鳥だけに」
「鳥ではありません、バード……え?!」
エリスはエクレアを両手で抱えたまま助走をつけると、その丸っこい体をフワリと手放した。
落下するエクレアが地面に触れるより前――大きく後方へ振りかぶられていたエリスの右足が一気に振り抜かれる。
エクレアの丸々としたお尻へと完璧なインパクトを叩き込む――渾身のハイパントキック!
ドゴォッ!
「エクレろー!」
「ぎゃああああーーっ!? エクレませーーーん!」
エクレアの絶叫が洞窟内に木霊(こだま)する。
滞空時間の長い、美しい放物線を描いて、イワトビペンギンが高く天空へと打ち上げられた。
バフッ!
見事なナイスオン。
エクレアは、スフィンクスの頭頂部――石造りの頭巾の窪みへと着地した。
『――!?』
頭上に異物を乗せられたスフィンクスが、ピタリと動きを止めた。
スフィンクスは不快そうに頭を唸ると、猛烈な勢いで首を振り回し始めた。
荒れ狂う暴れ馬の如きヘッドバンギング――。
「ぬおおおおおおッ! 至高の四十一人に創造されし我がグリップ力を……舐めるなァーッ!!」
エクレアは短いフリッパーを頭巾の段差に力任せに引っ掛け、必死にしがみついた。
振り回されるたびに蝶ネクタイが激しくはためき、くちばしから泡を吹き出しそうになりながらも、驚異的な執念で頭上にへばりつき続ける。
「シズ先輩、次は――!」
エリスがシズへ向き直る。
「……私を撃つ」
「は?! なに言ってるんですか?!」
エリスが悲鳴のような声を上げる。
仲間を魔法で撃てなどと、正気の沙汰ではない。
「……心配ない。エリスの魔法くらいで、私は死なない」
シズは抑揚のない声で淡々と告げた。
「……それに、撃つのは私の右腕だけでいい。後ろの岩盤を狙う」
「でも、それじゃシズ先輩の右腕にも当たってしまいます!」
「……早くする。エクレアが死んじゃう」
視線を戻せば、頭上で振り回されるエクレアの白目が剥きかけていた。
「――っ!」
エリスは唇を噛むと、杖をシズの右腕へ向けた。
シズの目を見ると、そこには微塵の揺らぎもない。
「<マジック・アロー>!」
エリスの放った青白い光矢が、シズの頬をかすめて岩壁へと突き刺さった。
だが、岩壁が崩れる様子はない。
「……全然足りない。もっと」
「シズ先輩……っ!」
胸を引き裂くような悲痛をねじ伏せるかのように、エリスは絶叫のような詠唱を続けた。
「<マジック・アロー>! <マジック・アロー>! <マジック・アロー>!」
強く噛んだ唇に血が滲む。
あふれる涙が視界を歪ませる。
その涙が頬を伝ってこぼれ落ちていく。
それでも岩壁は崩れない。
シズの華奢な右腕には、いったいどれほどの衝撃が走っているのか――。
(考えちゃだめ。信じるのよ! シズ先輩を! 魔導国が誇る戦闘メイドを!)
エリスは大きく息を吸い込むと、全身の魔力を練りあげた。
そして両手で杖を握りしめると、真っ直ぐにシズへと向けた。
「シズせんぱーーーーい!!」
そして魂の詠唱を叫ぶ。
「<マジック・アローーーーー>!!」
ドガガガァンッ!
エリスの放った渾身の魔力弾が、ついにシズの右腕を拘束していた岩盤を砕いた。
飛び散る岩煙の中、シズの細い右腕が強引に前へと引き剥がされる。
自由を得た右腕が、まばたき一つの間に動く。
スカートの下に隠した太もものホルスターへと手を滑らせると、電光石火の早さで魔導拳銃(ハンドガン)を引き抜いた。
片手で構えられた銃口が、吸い込まれるようにスフィンクスへと向けられる。
エメラルド・グリーンの瞳が光る。
次の瞬間――シズの人差し指が、滑らかに引き金を絞り切った。
ズドォォォォンッ!!
大空洞を震動させる重厚な発射音。
銃口から閃光がほとばしり、超音速で撃ち出された魔力弾が、一筋の雷光となって貫いた。
パリンッッッ!!
澄み渡るような破砕音が響いた。
スフィンクスの額に埋め込まれていた紅いルビーが、直撃を受けた中心から蜘蛛の巣状に亀裂を走らせ、無数の光の破片となって四散した。
スフィンクスの両眼の光が、ふっと掻き消える。
回路が完全に沈黙し、バランスを失った巨体が、大音響とともに前のめりに崩れ落ちた。
ドォォォォォォォン……ッ!!
立ち込める土煙の中、スフィンクスの頭から転がり落ちたエクレアが、大の字になってピクピクと痙攣していた。