魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
スフィンクス型ゴーレムが沈黙すると、空気を支配していた強磁界が、潮が引くように霧散していった。
「おわっ!?」
アインザックが拘束から解放されて前へのめりそうになり、慌てて体勢を立て直した。
トスっと、シズ・デルタが、磁力の消失とともに軽やかに着地を決めた。
その右手に握られたハンドガンの銃口からは、一筋の紫煙が立ち上っている。
エリスは呆然と目の前の光景を見つめていた。
大空洞を満たしていた砂煙が晴れていく。その向こうには、何事もなかったかのように佇むシズの姿があった。
その無事な姿を認めた瞬間――エリスの中でピンと張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
「シズせんぱぁぁぁぁぁいっ!!」
エリスは杖を放り出して駆け出すと、なりふり構わず、シズにガバッと抱きついた。
「……ふぐっ」
予想以上の勢いで飛びつかれたシズの身体が、わずかに揺れた。
「腕……腕は無事ですかっ? 痛くないですかぁぁぁ?!」
エリスはシズのメイド服に顔をうずめ、大粒の涙をボロボロとこぼしながら号泣した。
鼻水と涙で、シズの胸元の布地が瞬く間に濡れていく。
シズは瞳をしばたたかせると、淡々と冷ややかな声を漏らす。
「……また服が濡れた。鼻水もついた。ショック」
シズは突き飛ばすでもなく、エリスの金髪をぽんぽんと撫でた。
エリスが涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、シズは『一円シール』を取り出して、ぺたりとエリスの額に貼り付けた。
「……ん。よくできました賞」
「ふえっ……?」
壁から解放されたアインザックが、腰に手を当てて苦笑いを浮かべながら歩み寄ってくる。
「俺の腰の心配もしてくれんか。危うくグキッといきそうになった」
床に大の字になっているエクレアが、抗議の声を絞り出す。
「私の……命がけの頭上ロデオも……少しは讃えてくれても、よいのでは……」
そのとき――ドドド……と、足元から鈍い地響きが伝わってきた。
「ぬっ……まだ何かあるのか!?」
アインザックが身構える。
スフィンクスの巨体が崩落した衝撃が大空洞の断層を刺激したのか、巨大な岩壁に亀裂が走り、ガラガラと凄まじい音を立てて崩れ落ちた。
直後――シュゥゥゥッという激しい噴出音とともに、真っ白な蒸気が大空洞を満たしていった。
岩盤の割れ目から、こんこんと湧き出る熱湯。
それは崩落によってできた巨大な岩の窪みへと勢いよく流れ込み、みるみるうちに湯船を形成していく。
洞窟の天井に自生する発光鉱石の光を浴びて、水面が幻想的に揺らめいた。
エメラルド、瑠璃、コバルト、黄金――見る角度によって鮮やかに表情を変える、美しい湯の煌めき。
「これは……温泉?」
エリスが呆然と呟いた。
暗く冷たい深淵の奥底に現れた、七色に輝く奇跡の泉。
その幻想的な情景に見惚れていると、崩落した岩壁の抜け穴から、トタトタとのどかな足音が響いてきた。
「む……敵か!?」
アインザックが短剣に手をかけたが、現れた影を見て目を丸くした。
そこにいたのは、茶褐色の硬質な毛皮に覆われた、カピバラ魔獣の子どもたちだった。
昨日遭遇した五メートルを超える巨獣とは異なり、体長は1.5メートルほど。
カピバラ魔獣の子どもたちは、警戒する探検隊のことなど気にも留めない様子で、トコトコと湯気に向かって歩いていく。
ポチャ……ザブン。
先頭の一頭が、なんのためらいもなく湯船へと飛び込んだ。
続いて他の子どもたちも、吸い込まれるように次々と湯の中へ入っていく。
肩まで湯に浸かると、目を細めて「ふごぉ……」と極楽そうなため息を漏らした。
「あ、見てください。あそこ……!」
エリスが湯気の立ち上る岩壁を指差した。
崩落した岩盤の奥深く。そこに群生していたのは、世にも奇妙な輝きを放つ鉱石群だった。
幾何学的な階段状ピラミッドの形状を成し、玉虫色の鮮やかな虹彩を放つ金属結晶。
そしてその母体となっている、漆黒の強磁性母岩。
シズが岩壁に群生する虹色のピラミッド結晶のひとつを、パキリと素手で折り取ってエリスに手渡した。
「これ……金属なの……? まるで虹を固めたみたい……」
エリスは息を呑みながら、指先から微弱な魔力をその結晶へと流し込んでみた。
その瞬間――ピキピキッ……!
エリスの手の中で、信じられない現象が起きた。
結晶の片面が一瞬にして凍りつき、真っ白な霜をまとって冷気を放ち始めたのだ。
しかし驚くべきことに、その反対側の面からは、カッと熱気が立ち上り、白い湯気を吹き出していた。
「な……に、これ……!?」
エリスは目を丸くして息を呑んだ。
ひとつの結晶から同時に「氷結の冷気」と「高熱の熱気」が生み出されている。魔法の理(ことわり)すら超越したような、未知の現象だった。
アインザックが結晶を覗き込み、驚愕に目を見張った。
「こんな鉱石、見たことも聞いたこともないぞ……!」
エリスの胸が激しく高鳴った。
「これこそ、魔導王陛下がこの未踏の地に眠っていると予見されていた、未知の資源に違いありません!」
そう言ってふと振り返ると、シズがメイド服を脱ぎ始めていた。
「シズ先輩?! なにやってるんですか?!」
「……カピバラ温泉。一緒に入る」
「ちょ、ちょっと待って、ここで脱がないでくださいっ!」
エリスはエルダー・リッチを指さして叫んだ。
「カメラを止めてー!」
「私も入りますとも」
「あんたはどうでもいい。……ペンギンだし」